夢を見ていた。
放課後から夜中にかけて、あんな激烈な体験をしたためか、見た事もない奇妙な夢だった。
無尽に広がる荒野を、小柄な誰かが一人歩いている。
よくよく見れば、その細い線と髪型から、金髪の少女だと分かった。
土塊や岩が転がる黒い大地を、一歩一歩足を引き摺る様に歩いている。
元は白かったであろう衣装と鎧は斑に黒く汚れ、所々破れて白い地肌が見えている。
そして一際目につくのは、右手に握った光り輝く黄金の剣だ。
だがしかし、見事な剣は半ばから折れて、切っ先が存在しなかった。
その余りの有様に、オレは少女を支えようと手を伸ばそうとした。
勿論夢だから、そんな事は出来ない。
でも、解っていても、少しだけでいいから、彼女の手助けをしたかった。
すると、彼女は唐突に足を止めた。
その時、オレは漸くこの荒野に転がっているものが岩や土塊なんかではなく、無数の死体である事に気付いた。
何百、何千、何万と言う無数の死体が、所狭しと転がっているのだ。
それは嘗てオレが体験した地獄と同じものだ。
ここもまた、あの黒い太陽と同等の地獄だったのだ。
そして、その地獄の中で唯一生ある少女が背後を、こちらへとゆっくりと振り向いた。
射抜く様な鋭さの、金属質な冷たさを感じさせる金の瞳がこちらを見つめる。
その瞳からは凄まじい重圧を感じるのに、何故だろうか、オレはその瞳が泣くのを我慢している様に見えたんだ。
そこで夢は唐突に終わった。
瞼を開ければ見慣れた天井で、此処が自宅の寝室である事にすぐ気づいた。
(あれ、セイバーだよな?)
あの竜の様な兜の下、バーサーカーとの戦闘で初めて晒した素顔。
幾らか若い気がしたが、あの少女はセイバーなのだと何故か確信した。
あの姿は?あの死体の山は?あの折れた剣は?
分からない事が多すぎた。
(セイバー本人に聞くのもな…。)
そこで昨夜の神父の説明を思い出した。
(英霊って、確か過去に存在してたんだから、歴史や伝承を調べれば何か解るかも。)
よし、今日は色々とやる事が出来たぞ。
「んじゃ、さっさと起きますか。」
こうして、衛宮士郎の聖杯戦争二日目が始まった。
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(で、アーチャー。あんた、朝から何やってんの?)
(そう怒ってくれるな、凛。私も遊んでいた訳ではない。)
黙々と配膳されていく朝食を見ながら、凛は念話でアーチャーと情報交換をしていた。
(ランサーはクー・フーリン。バーサーカーはヘラクレス。あんたはまだ不明で、セイバーはあれ、と。)
(ランサーはセイバーからだがな。台所に来たのも私の監視だろうし、見事に隙が無い。)
早朝、アーチャーが勝手知ったるとばかりに台所に立った所、直ぐにセイバーがやってきた。
彼女自身、料理の腕には覚えがあるとして調理に参加したのだが、その意識は常にアーチャーに向けられていた。
恐らく、毒物等を警戒していたのだろう、と言うのはこの頃の彼女を知るアーチャーだから言える。
(しかし、ランサーの真名を教えてくれるなんてね。)
(何れ知れるものなら、さっさと使って信頼を得る。合理的だな。)
クー・フーリンはケルト神話の大英雄だが、その弱点にゲッシュがある。
犬を食わない、食事の誘いを断らない、と言うのが特に有名で、これのお蔭でゲッシュを破り、大幅に弱体化した所を敵軍を道連れに死亡したのが彼の最後だ。
つまり、手段さえ問わなければ何時でもランサーを確殺できる。
(ま、暫くは対バーサーカーで同盟って事で良いかしら?)
(願ったりだな。アレは私の弓では殺し切れんし、キャスターと学校の結界の件もある。)
アーチャーは三騎士故に対魔力スキルを持つが、彼自身の素のそれは決して高くないし、キャスターは既に柳洞寺を神殿としているので危険だ。
12回殺さないと死なないヘラクレスに、それとタメを張る高い再生力を誇るセイバーを同時に敵に回すのも馬鹿らしい。
となれば、選択は一つ。
(セイバーを矢面に立たせつつ、こちらは支援に徹する。どうせだから、マスターの方にも色々教えてやると良い。)
(決まりね。それじゃ頂くわ。)
大まかな方針を決めるとどちらともなく念話を切る。
そして顔には内心を一切出さず、お行儀よく頂きますを告げる一同を目にしながら、アーチャーはふと思う。
(オレの時ではダメだったが…さて、この世界の衛宮士郎はどうなるのやら。)
思うのは最早遠い彼方、自身が参加した聖杯戦争。
自身を救った黒い王の背中。
(何にせよ、オレは君に力を貸すよ、アルトリア。)
それが彼女との約束の一つだから。
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間桐桜はセイバーを見た時、死を覚悟した。
余りにも圧倒的な、生物としての格の違いを認識したからだ。
そういう点では自身の召喚したライダーもそうなのだが、アレは次元が違う。
兎が虎や熊に、ではない。
蟻が天を駆ける龍に遭遇した様な、そんなレベルだ。
だからこそ、彼女の視線がこちらを捉え、見定める様に細められた時、終わったと思った。
それでも彼女が今生きているのは、彼女が慕う少年が、慌てて取り繕う様に間に入ってくれたから。
そうでなくば殺されていた。
疑いなく、間違いなく、アレは自分を殺すだろうと、そう確信した。
だが、士郎がいる限り問題は無い、と自分に言い聞かせる。
だが、遠坂が、あの実の姉が暫くは来るなと言う。
本当は自分と士郎と大河だけの場所だったのに、後からズカズカと踏み入って来たのだ。
(何とかしないと何とかしないと何とかしないと…。)
自分の居場所が取られてしまう。
唯一の心の拠り所を守るため、間桐桜は思考する。
同時に、彼女の中にいる者もまた、必死に思考を巡らせていた。
(いかん。アレはいかん。)
間桐の虫は思う、何故よりにもよって、と。
前回もアレが出てきた時、まともに相手取れたのは遠坂のアーチャーと因縁のあるアインツベルンのセイバーだけだった。
今回は幸いにも未熟なマスターによりステータスこそ低いが、油断のなさは変わっていない。
否、寧ろ以前よりも鋭くなっている。
明らかにこちらを認識して視線を送っていた。
恐らく牽制なのだろうが、少しでも怪しげな動きを見せたら、確実に桜諸共に殺しにかかるだろう。
アレは、あの暴君は息をする様に、当たり前にそれをする。
例え令呪を使おうが、あの対魔力なら突破できる。
何よりアレは、聖杯の破壊を目的としているのだ。
聖杯戦争がご破算になる様な事態は、それこそアレの願いなのだ。
(アレは確実に葬らねばならん。)
神父の二体のサーヴァントも何れはと思っていたが、アレはそれ以上に危険に過ぎる。
例え自身が消滅しても、この街を道連れにしても、確実に聖杯戦争を破滅させる。
間桐の虫は正確にセイバーという存在の危険度を認識していた。
(幸い、器の出来は期待以上。次回までは持たぬとくれば、使わぬ手は無い。)
しかし、まだ戦力が足りない。
だが、当てはある。
幸いと言うべきか、アサシンもつい先日召喚され、キャスターの根城に括られている。
イレギュラーな召喚であり、しかも居場所が知れているのなら、如何様にも出来る。
(となれば、この老い耄れも動くとするか。)
こうして、遂に間桐の虫が動いた。
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「はははははははははは!まさかまさかまさか!まさかお前とはなランサー!いや、今はセイバーだったか!はっははははははははははは!」
地下礼拝堂、そこで命ある魔力生産器に囲まれながら、英雄王は哄笑した。
「そんなに嬉しいかね、ギルガメッシュ。」
それを彼のマスターである神父が、これまた愉快そうに尋ねる。
「応そうとも。アレは愛で甲斐がある。前回は王としての責務故に逃したが、槍が無いのであれば我が庭も荒らされまい。此度こそ存分に愛でようぞ。」
「やれやれ、彼の王も災難な事だ。」
神父は呆れた様に肩を竦めるが、その表情は実に楽しげで、まるで遠足前の子供のそれだ。
「まぁ暫し待つ。雑種共が間引かれるまではな。」
「ふむ、劇的な再会のためには演出や雰囲気も大事だな?」
「差配は任せる。回りの雑種は好きにせよ。」
「承知した。何、楽しみにしていたまえ。」
本当に本当に、心の底から楽しそうに、愉悦を喫する二人もまた、静かに準備を進め始めた。
こうして、第五次聖杯戦争は混迷へと向かい始めた。
槍がない=槍を用いた現世の浸食がない。
今現在の人類が神代に回帰したら、神秘の濃度で絶滅確定してるからこそ、我様は王として理性の消えかかった前回の乳上を消しにかかりました。
だがしかし、今回は剣枠なので槍無し。
つまり:愛で放題
そりゃ我様もテンション上がるわ。
蟲爺の方は街中に潜んでる時、前回でも普通に探知されてたから警戒MAX。
と言うか、この爺を警戒しないとかおかしいと思う。
桜さんは順調に間桐家的に恋愛=死亡フラグを立ててます。
いやー丁度HFプレイ中だったもんでさ☆