教会からの帰り道、分かれ道で凛はしっかりと士郎に宣戦布告を告げた。
「じゃぁね、衛宮君。これから先は敵同士って事で。」
「なんでさ?オレは遠坂に何かするつもりは無いぞ。」
「あ・ん・た・ね~…ッ!」
正直に言って、ここまで世話を焼く時点で、凛も割と人の事を言えないのだが、それはさておき。
今まで大人しく霊体化していたセイバーが唐突に実体化した。
凛と士郎がどうしたのかと問おうとした時、
「ねぇ、お話は終わり?」
不意に夜の市街地に幼げで純真な、しかしそれ故に残酷さの秘められた声が響いた。
見れば、白銀の髪に白磁の肌、血の様な瞳を持った少女とその傍に控える鉛色の巨人の姿があった。
今の今まで一切気配を感じられなかったがおかしい程の威圧感に、即座に凛は魔術師としてのソレに思考を切り替えた。
「こんばんは、お兄ちゃん。それにセイバーと今代の遠坂とアーチャー。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。こっちは私のバーサーカーだよ。」
「アインツベルン…ッ!」
その言葉に、凛は警戒を更に跳ね上げた。
アインツベルン。
遠坂と間桐と同じく、始まりの御三家と言われる魔術の大家。
しかし、三家の中で最も古くから聖杯を追い求め、そのためにあらゆる手段を模索している家でもある。
「そっちはアーチャーに…へぇ。」
イリヤの視線が相手のサーヴァント、特に黒い騎士、セイバーへと向けられた。
「貴方、また呼ばれたんだ。あんな事があったのに。」
「………。」
セイバーは黙して答えない。
ただ、不可視の剣を構えるのみだ。
それを見て、会話は不可能と判断したのか、イリヤは遂に号令を下した。
「じゃぁ自己紹介も終わったし…やっちゃえ、バーサーカー!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!!」
鉛色の巨人が理性無き咆哮を上げる。
バーサーカー、理性を捨ててステータスを上昇させた狂戦士。
正面からの戦闘において、全クラス中でも最上級に位置する反面、その余りの燃費の悪さと理性の無さ故の制御も難しさから嫌厭されているが、逆に言えばそれらを克服すれば、極めて強力な戦力になる。
ただの1歩の踏み込みで、一瞬で至近にまで来た狂戦士に、凛は明確な死を幻視した。
だが、それを
「シッ!!」
この黒騎士は見逃さない。
マスター二人目掛けて振るわれた岩塊の様な斧剣を、しかし、セイバーは不可視の剣で以て真っ向から弾き返す。
「■■■■■■■■ッ!」
咆哮と共に、バーサーカーが狂乱のままに剣を、拳打を、蹴撃を放ち、セイバーを破壊せんと暴風の様に荒れ狂う。
だがしかし、その一撃一撃が致死であるそれを前に、セイバーは
「ハァッ!」
小動もせず、暴竜の様な剣技でもって押し返す。
動き自体は基本に忠実な手堅いものだが、セイバーの膂力と合わせれば、それは鉄壁として機能する。
巨大な衝突音を響かせながら、両雄の戦闘は更に加速していく。
「■■■■――ッ!!」
「ぬぅ!」
そして、弾かれたのはセイバーだった。
理由は極単純、体格差からくるウェイトとリーチ、それらから来る一撃の重さだ。
とは言え、セイバーは魔力放出で以てそれを補っているのだが、如何せん牽制やフェイントが全く通じない本能と耐久力、そして身に刻まれた経験を持つバーサーカーでは流石にセイバーとは言え、常よりもステータスの低下している状態では分が悪かった。
「アーチャー、援護!」
凛の言葉とほぼ同時、距離が出来たバーサーカー目掛け、多数の矢が降り注ぐ。
そのどれもがバーサーカーの巨体に命中し、しかも直後に魔力爆発、下位の宝具並の威力を叩き出すと共に、バーサーカーの姿が噴煙に隠れた。
「よし、これなら…!」
「遠坂、それフラグ!」
士郎の突っ込みも空しく、噴煙を突き破り、バーサーカーがセイバー目掛けて一直線に突撃する。
「ぬ、ゥ!?」
まるで削岩機が固い岩盤を徐々に削る様に、セイバーの防御が徐々に突き崩されていく。
そして数秒後、バーサーカーの蹴りがセイバーを捉え、その身体をまるでボールの様に蹴り飛ばした。
「追うわよ!」
「あぁ!」
こうして、戦場は市街地から徐々に教会周辺の墓地へと移っていった。
「■■■■■―ッ!!」
狂戦士が荒れ狂い、墓石や石畳が捲れ上がる。
だがしかし、その攻撃はセイバーに当たらない。
(やはり平地よりもここが当たりか。)
軍略スキルを持つセイバーは勝利のための最適な戦闘展開を、直感も重ねて選択できる。
それは最早未来予知の領域であり、これを生かせば如何なる難敵と言えどもそう簡単に負けはしない。
まぁもっとも、一部の例外を除いて、と付くのだが。
「フッ!」
「■■―!?」
障害物に紛れ、セイバーの斬撃が真一文字にバーサーカーの胸に刻まれる。
今夜で初めてまともに通った一撃に、しかしセイバーに高揚は無い。
(固いが、昼のガウェインよりは通る。)
となれば、抜け道を探すか火力で押し通るが上策。
しかし未だ戦争序盤、聖剣を使えばいらぬ警戒を招く事だろう。
そこまで考えて、何を馬鹿な、とセイバーは思考する。
(元より聖杯に興味は無い。アレはただ破壊するのみ。)
この戦闘も、そのためのもの。
マスターも死なれると困るから、ただそれだけ。
(何れ出し抜く相手だ。)
それだけの話だが、何故か頭にノイズが走る。
遠き日の記憶が、今更になって何かを語ろうとする。
(煩い黙れ。)
脳内で舌打ちをしつつ、再度障害物に紛れながら腱や関節と言った急所を狙い、ほんの僅かずつながらもバーサーカーの動きを低下させていく。
まるでアサシンが如き気配遮断と戦術に、理性を失ったバーサーカーは寸での所で逃し続ける。
(これで下拵えは済んだ。)
頃合いを見て、敢えて狂戦士の視界に姿を現す。
傷だらけながらも、戦意の衰えは一切感じられないその姿はまっすぐとセイバーを見ていた。
「ここで沈め。」
呼吸と共に、竜の心臓、竜種としての魔力炉心が唸りを上げて咆哮する。
セイバーはこれにより、アーチャーやランサークラス並の燃費の良さを持ち、宝具さえ使わなければ、マスターからの魔力供給も必要としない。
「ハァァァァァァァッ!」
裂帛の気合と共に、セイバーは今の自身が持ち得る最速で以て最短距離を駆け抜ける。
それを両断せんと振り下ろされる斧剣はしかし、音を遠くに置き去りにする速度によって、兜を掠め、弾き飛ばすだけに終わった。
ガラ空きの心臓を狙う最速の刺突を、それでもなおバーサーカーは反応し、盾とした左腕を貫かれながらも致命傷を避けた。
更には右腕の斧剣を振り被り、反撃すら試みる。
「吠えろ!卑王鉄槌!」
不可視の筈の刀身が、その姿を現す。
同時、その切っ先から超圧縮され、可視化した暴風が迸る。
その一撃は周辺に烈風を撒き散らしながらバーサーカーの左腕を、その先にある心臓を消し飛ばした。
直後、力尽きた様にバーサーカーは膝を突き、その目から光が消えた。
だが、
「終わり…いや、まだ動くか。」
ギン、と死した筈の目に光が灯る。
そして心臓の大穴と消失した左腕に膨大な魔力が集結していく。
(蘇生宝具、厄介な。)
故に、セイバーは今度こそ、完全に聖剣を解放した。
轟、と再度不可視化していた聖剣がその姿を露わにする。
漆黒の、メビウスの輪に似た模様が刻まれた独特のソレはランクにしてA++。
一撃で城をも消し飛ばす対城宝具、セイバーの攻撃における切り札だ。
「貴様にはこれを晒す価値がある。誇るが良い。」
両手で大上段に構え、竜の心臓から供給される魔力を注ぎ込む。
竜の因子が活性化したためか、その瞳孔が縦に裂け、爬虫類染みたソレに変貌する。
だがそれ以上に、黒の魔力を増幅・噴出させて周囲を照らす漆黒の聖剣にこそ目を奪われる。
アレが放たれれば、周辺一帯は間違いなく壊滅する。
そう確信するだけの猛威を、確かにバーサーカーはその野生と戦士としての直感で以て感じ取った。
「約束された…」
再起動した狂戦士がそれを阻止せんと特攻する。
命のストックの殆どを使い潰してでも、此処で仕留めねば勝機無し。
それだけの覚悟を以て、大英雄は疾走する。
だが悲しいかな、それは余りに遅きに失した。
もし彼が狂っていなければ、それだけで勝利していただろう。
だが、現実は彼はバーサーカーで、彼女はセイバーだった。
そして何よりも致命的な事に
両雄は、この場を射程に収めるもう一体の英霊の存在を忘却していた。
「「…ッ!」」
両者が弾かれた様にその場から飛び退く。
セイバーは直感と軍略で、バーサーカーはセイバーの様子とその経験と本能から危険を嗅ぎ分けたのだ。
次瞬、両者の中間地点に、捩じれたレイピアの様な矢が突き刺さった。
「壊れた幻想。」
新都のビル群、その上で狙撃、否、爆撃のためにアーチャーが詠唱した直後、矢が今夜で最も盛大な轟音と共に爆発した。
…………………………………………………
「アーチャー」
「塩はこちらだ。」
「む」
「流石に岩塩を買いに行く訳にもいくまい。」
取り敢えず、疲れたから明日考えよう。
イリヤが撤退した後、士郎の提案で一同はバーサーカーや他サーヴァントの襲撃を考え、衛宮邸で寝泊まりする事となった。
だが、衛宮邸の主人である筈の士郎は何時もの習慣通りに起きて台所に向かった所、唐突な事態に固まった。
何せ、実は女性、それもかなりの美人だった事が判明したセイバーと、本来敵の筈が何故か割と好意的に接してくるアーチャーが自分の領域である台所で二人仲良く阿吽の呼吸で朝食を作っていたのだ。
そりゃ固まりもするってもんである。
「マスター、起きたか。」
「あぁうん…これ、どういう状況?」
「朝食の準備だ。」
違う、そうじゃない。
士郎は思ったが、寝起きの回らない頭では言葉にならなかった。
「私が朝食を準備しようと来た所、セイバーと鉢合わせてな。」
「では共に作ろうという事になった。」
士郎は頭痛を感じた。
だが、嗅覚が告げる香りはかなり良いもので、これなら安心して任せられると士郎は判断した。
「解った。じゃあオレは遠坂を起こしてくるよ。」
「了解。あぁ、必ずノックはするように。」
「流石に女子の部屋にノックもせず入らないよ。」
アーチャーの実に紳士的な注意に何故か疲労を感じながら、士郎は凛に割り当てた客間を目指した。
「ん」
「あぁ、これ位で構わんだろう。」
「では」
「うむ、盛り付けは任せたまえ。」
だからどうしてそんな阿吽の呼吸なの?
士郎の肩は何故かずっしりと重かった。
………………………………………………………………
20分後、うっかり説明するのを忘れてた藤村大河と間桐桜へと慌ててでっち上げの説明を行い、何とか納得してもらおうと思ったのだが、セイバーの「卓につけ。冷める。」の一言によって食事が開始された。
だが、その食事すらタダでは済まなかった。
朝食を口にした瞬間、作り手であるセイバーとアーチャーを除いた全員が静止した。
「う…」
静寂が広がる中、大河が口を開き、
「うぅぅまぁぁいぃぃぞおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
冬木の虎がご近所中に響き渡る程に咆哮した。
「何これ何コレ!?アーチャーさんもセイバーさんも実は高級レストランの☆5シェフか何かなの!?解説できない程の美味ッ!うおぉぉぉぉぉぉぉ美味ぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
その叫びに漸く解凍した他3名が慌てた様に料理を口にしていく。
別に人数分あるので無くなりはしないのだが、それでも3人は黙々と朝食をハイペースで消費していく。
「「フッ」」
その様子に料理人二人は満足そうに眺めた後、互いに「やるな貴様」と言う感情を乗せた視線を向け合っていた。
昨夜のシリアスぶりをぶち壊す所業であるが、料理に夢中なマスター2人からの突っ込みは皆無である。
取り敢えず、余りの味覚的衝撃に、色々あった疑問は遠いサジタリウス腕まで吹き飛んだのであった。