「ずずず…。」
「皮、剥けましたよ。」
「うむ。」
此処は冬木教会付き孤児院にあるセイバーの自室。
純和風の8畳の部屋だが、中央の畳を剥がせば、掘り炬燵になるため、寒い時期になるとしょっちゅう子供達やギルガメッシュが訪れる。
間もなく4回目の年の瀬が訪れるという頃、ギルガメッシュはアルトリアのこの部屋へとやってきていた。
当初はみすぼらしいと嫌厭していたものの、冬場の炬燵の魔力には勝てず、冬は結構な割合で此処で過ごす。
まぁ炬燵以上に自身の妃があーだこーだ言いつつも世話を焼いてくれるのもあるのだろうが。
しかも今日は子供達がご飯を作るとあって暇なので、此処でこうしてまったりと時間を浪費しているのだった。
「ん、大儀である。」
「えぇ、ありがとうございます。」
現にミカンの皮と筋を取るだけでこれである。
手ずから綺麗に筋を取られたミカンを渡され、英雄王は炬燵でぬくぬくしながら大変に御満悦だった。
「そう言えば」
「はい?」
「妃よ。お主、先程からまだ早いミカンしか食っておらぬのではないか?」
先程からギルガメッシュが食べるミカンはどれも程好く甘く、瑞々しい。
対して、アルトリアが食べているのはまだ若干早く、固くて酸味のあるミカンだった。
「あぁ確かに。どうもここ暫く酸味のあるものに嵌まっていまして。」
「ふぅむ、まぁ我達も受肉して久しい。そんな事もあr」
そこで、ハタとギルガメッシュは気づいた。
急に酸味のある食べ物を好む、味覚の好みが変わる。
皆さん、この変化に聞き覚えはないだろうか?
「………………………………………………………アルトリアよ。」
「どうしました、ギル?そんなにたくさん汗をかいて。」
炬燵が暑過ぎましたか?と首を傾げる己の自慢の妃の天然ぶりに、ギルガメッシュは内心で頭を抱えた。
だが同時に、これを機に調べねばならぬとも思った。
「その変化は何時からだ?」
「そうですね…約2か月程でしょうか。」
その言葉を聞いて、我様は知らず一筋の汗を垂らした。
確かその時、うっかり我様の蔵から出した対竜属性を秘めた極めて強い酒をアルトリアに飲ませ、でろんでろんに酔っぱらい、子供の様に甘えてきた所を美味しく頂いた記憶がある。
まぁその後、正気に戻ったアルトリアに「記憶を失えー!!」とばかりに聖剣で殴られたのでどっこいどっこいだったが。
「アルトリア、ちとそこで待て。」
「さっきからどうしたのです?」
蔵の中をゴソゴソと漁る英雄王に、アルトリアは怪訝な視線を向けるが、英雄王は意に介さない。
「良し。これで…。」
我様が取り出したのは片眼鏡、所謂モノクルの様な宝である。
これで相手を見れば、相手のステータスや状態等を正確に見抜く事が出来るのだ。
とは言え、普段の我様は自分の知識や眼力で大抵のものは見抜けるのだから、これに頼る事は殆どない。
故にこれを出す時はマジで本気出して鑑定しないといけない時なのだ。
「先程からどうしたのですか、ギル?」
困惑する様も何処かおっとりとして愛らしい。
だがしかし、アルトリアの腹部にもう一つの生体反応を発見してしまった我様は、完全に固まっていた。
「ぎ、ギル?大丈夫ですか、本当に。」
おろおろする妃に、我様は即効で腹を括った。
こんな料理美味くて奉仕上手で仕事(政務)も出来るし、血筋も文句無しの嫁さんとか、ウルクにもいたかどうか。
取り敢えず、ただの愉悦の対象からは殆ど抜け出していたのが、これにて完全に愉悦対象から外れる事となった。
「アルトリアよ。」
「はい?」
がしり、と両手を掴まれても、未だに事情が呑み込めないアルトリアは大量の疑問符を浮かべる。
「我の子w「愉悦の気配がする。」」
ガラリ、と引き戸を開けて唐突に愉悦神父が侵入してきた。
「さぁ続けたまえギルガメッシュ。君の一世一代の告白、実に興味深い。」
「コ・ト・ミ・ネ~…!」
流石のタイミングに、我様も超絶にぶち切れかけた
「で、どうしたのですか言峰?」
「あぁ、夕食が出来たので呼びに来たのだよ。」
「そうでしたか。では行きましょうギル。子供らが待っています。」
そう言ってアルトリアは楚々とした動作で炬燵から立ち上がる。
その動作一つ一つが色気だけでなく母性を感じさせ、その原因が分かってる我様は気が気でなかった。
その後、我様は何とかアルトリアの事の次第を告げようとするのだが、その度に神父や子供達によって中断されてしまい、上手いタイミングを掴めない。
何とか時間が取れた時には、間もなく日付が変わるという頃だった。
「今日は本当にどうしたのですか?」
「うむ、言わねばならん事が出来たのでな。」
ギルガメッシュ自身の寝室。
此処は大抵アルトリアも寝起きする部屋であり、子供達から通称「愛の巣」と呼ばれている部屋でもある。
「随分改まってますね。何かあったのですか?」
ス、とアルトリアの目が細められる。
ここ数年鳴りを潜めていた王としての仮面は必要であれば何時でも被る事が出来る。
「良い。其方は我が妃であって王ではない。」
だが、その仮面が被られる事は無かった。
此処には自分よりも偉大な王がいる。
その事実がどうしようもなく、彼女を安心させた。
「アルトリアよ。我の子を産む意思はあるか?」
その言葉に、アルトリアは漸く自分の身体の変化の原因を知った。
「それ、今更尋ねますか?」
妃は王に若干の呆れを含んだ視線を向けた。
「さてな。オレもお前もこの現世では客人にすぎぬ。子が出来る等想定していなかったのが本音だ。」
「全くもう…。」
やや大仰に溜息をつく妃に、王は若干居心地が悪そうに視線を反らした。
「して、返答は」
「産ませてほしいです。貴方との子なら、幾らでも。」
未だに何処か自虐を含む、しかし全く否定の要素の無い言葉。
それを告げる妃の顔は、本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「そうか…そうか…。」
それにギルガメッシュは満足そうに頷く。
この王の中の王、暴虐で知られる男にしても、我が子の誕生というのは特別なものだった。
それが己が手にした女の中でも最上の者との間ならばなおの事。
「全く、一体何を心配していたのですか?」
「…。」
つい、と気まずそうに王は目を反らす。
それを妃は心底呆れた様に深ーく溜息を吐いた。
「生憎、私は何の魅力も無い人と結婚する事はありません。それが例え責務であったとしてもです。」
「ふ、当然だな!」
貴方は魅力ある人間です、と言外に告げられた王はあっさり復活した。
「では、明日からは体は余り動かさないようにしましょう。後、一度病院で検査も。」
「うむ。仔細は任せる。」
微笑み合う王と妃。
二人はこの夜、珍しく情を交わさずに眠りについた。
だが、二人の心は普段以上に満たされていた。
この7ヵ月、この世で最も高貴な王子が生まれる事となる。
彼がこの世界で何を成すのか、それはまだ誰も知らない。
孫が独り立ちしたら二人して座に帰ります。
我様「此度の現界、我が胞友にたくさん土産話が出来たな。」
乳上「嫁入りしますので、正式にこちらに移籍しますね。」
胞友「御帰りーってあれ?お嫁さんかい?」
なお、ブリテン組は阿鼻叫喚再びの模様。