騎士王が兜に王位を譲る話   作:VISP

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生前編
プロローグ 全ての始まり


 

 二度目の生を受けた自分なら貧しい祖国を救えると、本気でそう思っていた。

 でも違った。

 自分に出来るのは、爪の先を燃やす様に、ただ滅び行く祖国の終わりを遠ざける事だけだった。

 だから、いつの日か祖国が、民が笑えるようになるために、私は何でもした。

 

 

 金も食料も肥えた土地も家臣すらもいない。

 周囲には敵ばかりで、民は皆餓え渇き、国は形骸と化していた。

 だから時に策謀を、時に暗殺を、時に奇襲を、時に焦土戦術を。

 様々な手練手管を使い、敵と反逆者をあらゆる手段で皆殺しにし続けた。

 全ては国を存続させるため。

 国によって民を救うため。

 彼女はありとあらゆる悪行に手を染め、民と臣下、敵勢の全てに死と恐怖を振りまき続けた。

 その果てに何が待っているかを知りながら、それでも彼女には駆け抜ける事しか出来なかった。

 止まれば誰も救えない、それが解っていたから。

 その果てに嘗て白かった衣装は血と煤と泥と呪いに塗れて漆黒に染まり、彼女を王と讃える者は消えた。

 嘗て岩から引き抜いた選定の剣たるカリバーンも折れ、聖剣たるエクスカリバーも夜闇を固めた様な漆黒へと変化していた。

 そして当然の結果として、周辺国や蛮族、民草に至るまでが彼女に恐怖と憎悪と侮蔑を抱くようになっていた。

 城では些細な失敗をした侍女すら、その瞳に恐怖と絶望を映しながら、命乞いと謝罪を繰り返す。

 だが誰も逆らえない。

 墜ちた彼女の経歴が、暴君としての治世が、不死の鞘と暗黒の聖剣の存在が、彼女への反乱を防いでいた。

 彼女の、彼の名はアーサー・ペンドラゴン。

 竜種の血と湖の乙女の加護を持つ、ブリテンの覇王、騎士の頂点に立つ者。

 彼女は余りに王として完成し、それ故に孤独だった。

 

 無論、多くの者が諫言した。

 しかし、彼女は苛烈な治世を緩める事はしない。出来ない。

 彼女の奇跡的な差し手によって、辛うじてブリテンは命脈を保っていたから。

 そんな頃、とある騎士が円卓入りを果たす。

 兜の騎士、モードレッド。

 全身甲冑で素顔を隠した、アーサー王の異父姉の一人、モルガンを母とする騎士。

 彼の、否、彼女の父はアーサー自身であり、即ちに予言の子であり、不義の子だった。

 彼女こそ、アーサー王を終わらせる者だった。

 

 モードレッドは一騎士として過ごす事暫し、その能力と出自を買われて円卓入りを果たし、目覚ましい功績を上げながら、ある日遂にアーサー王に身分を明かして後継者として指名する事を願った。

 多くの者は彼女の行いを知れば愚か、或は自殺志願者と言うだろうが、アーサー王は三つの条件を達成すれば指名を考えると言った。

 

 ①、短命の克服。ただし、どうしても不可能ならもう一度騎士王に相談する事。

 ②、見聞の旅に出て、見識を広げる事。また、純潔の騎士ガラハットも同じく短命なので同行させ、延命手段を見つける事。

 ③、モルガンとケイ卿の下で政治を学ぶ事。また、両者から許可があれば、外交官又は宰相として研鑚を積む事。

 

 モードレッドはこれを快諾した、そこに隠されたアーサー王の本当の狙いも知らず。

 

 それから3年、モードレッドは奮起した。

 純潔の騎士ガラハットと共に、旅の中で多くの難事を解決しながら、何とかガラハットに代わりの身体を用意し、いけ好かない母親と義理の叔父の下で研鑚を積み、外交官から始まり、遂には宰相として目覚ましい活躍を果たした。

 そして3年目のある日、自身の成果を尊敬する父に告げるため、モードレッドは約束を果たして貰いにアーサー王に謁見した。

 

 「あぁ、そんな話もしていたな。ふむ…やはりダメだな、お前では無理だ。」

 

 その余りの軽薄で傲慢な様に、モードレッドは尊敬する父を相手に激怒した。

 必ず、彼の悪逆非道の王を除かねばならぬと、決意する程に。

 そこからは速かった。

 モードレッドはあっという間に以前から証拠を掴んでいた湖の騎士ランスロットと王妃ギネヴィアの不倫を暴き、国を混乱に陥れた。

 ランスロットは王妃を連れて逃げ回り、遂には故国たるフランスの領地へと逃げ込んだ。

 ランスロットと王妃を追う円卓の騎士達を後目に、宰相たるモードレッドは以前から監視していたアーサー王へ反感を持つ者達を巧みに誘導し、傘下に加えると一気火勢にブリテンを制圧した。

 アーサー王と円卓が慌てて戻ってきた頃には、既に盤石の態勢で待ち受けるモードレッド率いる反乱軍の姿があった。

 だが、対軍・対城宝具持ちが幾人もいる円卓を相手では、数に勝る反乱軍にも常に全滅の危険があった。

 一触即発の睨み合いが続く中、この状態に至ってなお悠然と構えていたアーサー王が反乱軍へと堂々たる様で告げた。

 

 「このままではどちらが勝とうともブリテンの滅びは免れん。私とモードレッド、一騎打ちにて勝敗を決める。」

 

 これには双方の兵から大反対が出たものの、モードレッドもアーサー王もこれを黙殺し、勝者の側に無条件で従う事を条件に、丁度両軍の中間地点、カムランの丘で一騎討ちを始めた。

 この辺り、双方が国政を行う者として似通っていた事が伺える。

 この時、既にアーサー王は鞘を盗まれ、担う宝具は黒き聖剣のみ。

 モードレッドもまた、雷を纏う王剣のみを手に立っていた。

 

 「貴方を討ち、私はブリテンを制する!」

 「その挑戦受けて立とう。」

 

 そして、両者は同時に剣を打ち合った。

 その一合ですら、雷鳴が如く丘の周囲に鳴り響いた。

 音速を平然と超越し、常人では近くに立つ事すらままならず、余人が入る事の出来ない気迫と衝撃を放ちながら、戦闘は加熱し続けた。

 白銀の兜、漆黒の騎士王の戦いは一昼夜に渡り続けられた。

 それを両軍の騎士達は手に汗握り、祈る様にして見守り続けた。

 そして、漸く朝日が昇ろうと言う頃、遂に決着の瞬間が訪れた。

 日が差し、目が光に慣れる数瞬の間に、両雄が疾走する。

 加速し、増速し、爆発し…クラレントが最速で突き込まれた。

 騎士王は、剣を振らなかった。

 笑いながら、その一撃を受け入れた。

 愕然とするモードレッドを、胸を貫かれたまま騎士王は、アルトリアは優しく抱き締めた。

 

 「よくここまで成長しましたね。我が子ながら誇りに思います。」

 

 優しく微笑むその顔は、嘗て彼女が無くした筈の、優しい少女の、否、母の容貌だった。

 

 「ちち、うえ…?なんで」

 

 血に濡れた王剣を手に震える息子(娘)にバツが悪そうにアルトリアは告げた。

 

 「全ては私と義姉上の企みです。私という暴君を排除して、新たな王の下にブリテンを統一する。戦乱の時代を終わらせるための手です。」

 

 私は、血を流し過ぎましたから。

 そう言ってアルトリアは寂しげに微笑んだ。

 騎士王によって流された血は万を優に超える。

 間接的なものを含めれば、更に10倍にもなるだろう。

 それが例え必要最低限のものであっても、余りにも彼女の手段は容赦が無かったから。

 人々の理性ではなく、感情が納得しなかった。

 暴君ではなく名君を。

 漸く復興が開始されたブリテンには、最早暴君の居場所は無く、民が求めるのは慈悲深い名君だった。

 

 「暴君と不義の妃、第一の騎士を排除する事で、次代の王の正当性を確保する。貴方が鞘を持っていないのは義姉上の狙いがブリテンの崩壊だからでしょうね。その点だけは、解り合えなかったから。」

 

 アルトリアの声が、徐々に掠れていく。

 鞘も無く、龍の心臓に致命的な一撃が入った今、彼女を現世へと繋ぎ止めるものはもう無かった。

 

 「悔いてはいけませんよ、モードレッド。貴方はブリテンを暴君から解放したのですから。」

 「な訳あるかッ!!」

 

 砕けた仮面の中から、母とそっくりながらも、しかし涙に濡れる素顔を露わにして、モードレッドは叫んだ。

 

 「オレは貴方に認めてほしかった!傍にいてほしかった!オレの父だと言ってほしかった!愛してほしかったんだ!なのに、なのに!貴方はオレを置いていくのかッ!?」

 

 そう叫ぶ愛息子(娘)の姿に、アルトリアは困った様に眉尻を下げた。

 

 「困りましたね。もう悔いも無いと思ったのに、未練が出てきました。」

 「いかないで…いかないでよ父上…!」

 

 モードレッドは縋りつくようにアルトリアを抱き締めるが、既に彼女の身体には殆ど力が入っておらず、消耗したモードレッドもまた支えきれずに共に膝を着いてしまう。

 

 「モードレッド、優しい子…。その優しさを無くさないで、貴方は名君になりなさい。」

 「やだ、やだ、やだ!おいてかないで、おとうさん!」

 

 既に態勢を保てず、地に横たわったアルトリアに、モードレッドは泣きながら縋りついた。

 だが、もう彼女も解っていた。

 幾度も戦場で見てきた顔が、永遠の別離を意味するそれが、尊敬して止まない父の顔に浮かんでいる事を。

 

 「モードレッド…笑って…笑顔を、見せて…。」

 「は、い“…!」

 

 歯を食いしばって、泣くのを堪え切れず、涙と鼻水で汚れた笑顔は大層不細工だったが、アルトリアはその顔を弱弱しく撫でながら、幸せそうに微笑み、礼を言った。

 

 「ありがとう…とってもかわいぃ…。」

 「お、どう、ざんっ」

 

 朝日が二人を煌々と照らす中、一組の親子は漸く遅すぎる和解を迎える事が出来た。

 

 「もー…ど、れっど…。」

 「あ“いっ」

 

 もう、何も見えていないであろう瞳を宙に向けながら、アルトリアは末期の言葉を口にする。

 モードレッドも邪魔はしない。

 この最後の時間を少しでも父に満足して逝ってもらいたかったから。

 

 「み…な…わらって、る…?」

 「ゔん!み“んなわら”ってまず!」

 「そっか……。」

 

 そして、満面の笑みを浮かべて

 

 「あぁ、よかった…。」

 

 アルトリアは、時代と生まれに翻弄された少女は、満足そうに息を引き取った。

 

 ブリテンの黒王、黒い龍、穢れを纏う者、騎士ならざる者。

 多くの忌み名を持った、しかし間違いなく偉大な王の、静かな最後だった。

 

 

 

 

 その後の事は、余り多くの資料が残っていない。

 多くの資料が存在し、またそれらも完全に残っているのは少なく、過半は散逸してしまったと言われている。

 ある者はモードレッドは国を纏めきれず、蛮族の攻勢によってブリテンは崩壊したとも。

 ある者は母から鞘を受け取ったモードレッドがその後200年に渡ってブリテンを治めたとも。

 ある者はガラハットの生家から妃を迎え、その子に後を任せて妖精郷に旅立ったとも。

 

 諸説入り混じり、真実は定かではないが…少なくとも、どの資料でも騎士王がモードレッドに討たれた事だけは共通している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力が輝きながら宙を舞い、しかし、規則性を持って一点に収束する。

 この世ならざる存在が、嘗て失われた英雄豪傑が、仮初の器を得て生者の世界に顕現する。

 それは本来の性能の数分の一程度のもの過ぎない。

 しかし、彼女は確かに再び舞い降りたのだ、この悲劇と喜劇が交錯する現世へと。

 

 

 「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上した。貴殿が私のマスターか?」

 

 

 まだ、彼女の英雄譚は終わらない。

 

 




 FGOで兜参戦&実装と騎士王憑依もののSSを見てたらネタが降臨した結果がこれだよ!

 他の連載もあるのにさっぱりネタが出てこない…メカニカルの最終決戦だけはプロットほぼ確定してるのになぁ…(白目
 まぁもう二・三話続くからそれ終わったらね!(先送り感



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