ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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ご無沙汰しております。RussianTeaです。
活動報告でも述べましたが、この度諸々の事情が片付いた為、もう一度執筆活動を再開しようかと思い、まずはリハビリとして番外編を投稿させて頂きます。
確認はしましたが、久しぶり故にいつも以上に誤字だらけだと思います。どうかご容赦を。


番外編:従者のクリスマス

 それは、冬休みまで後一週間を数えた、ある日のこと。

 

「屋敷に帰りたい、ですか?」

 

 夕食時のスリザリンテーブルにはレイブンクローから1人の来客が。セフォネの従者であり妹分でもあるラーミアだ。

 話がある、と神妙な表情をしてやって来たために、一体何を言われるのかと身構えてしまったが、この冬休み中は主不在の館へ帰りたいとのこと。思いがけない頼みであったので、セフォネは思わず聞き返してしまった。

 その反応を少し勘違いしたのか、ラーミアは遠慮がちに理由を話す。

 

「お料理の練習とかしたいなあ、って思って。ダメ…でしょうか?」

「いいえ。勿論構いませんよ」

 

 ラーミアを従者として迎え入れた時から、彼女にとっての家はブラック家であると思っているし、恐らくは彼女もそう思っている。であれば、家に帰りたい、という当たり前の思いを拒絶するなどどうしてできようか。

 確かに見られたくないもの、見るべきではないものが、あの屋敷には大量に転がっているが、それは今更の話だろう。

 

「ありがとうございます」

「ああ、それならば」

 

 セフォネはラーミアの右手を取ると、その薬指に銀色の指輪を嵌めた。中央には水色の宝石が埋め込まれており、淡く輝いている。

 

「綺麗……」

「気に入ってもらって何よりです。それがあれば外で魔法を使っても問題ないので。少し早いですがクリスマスプレゼントです」

 

 セフォネが渡した指輪は"臭い消し"という魔法具の1つだ。かつては、賢者の石の破片を材料とする、魔法生物に感知されてしまう、などのデメリットがあったが、これはその問題点を解消した改良版である。

 

「ありがとうございます」

 

 満面の笑みで礼を言うラーミアだったが、すぐ側にいるエリスの頬は引き攣っている。ラーミアが一礼し、去っていく後ろ姿を見送るまでエリスは固まったままだった。

 

「ねえ、ちょとセフォネ」

「何ですか?」

「外で魔法使っても大丈夫とかってさ、ホント?」

「何故、嘘を言う必要が?」

「ですよねー……じゃなくて! 何て物作ってんのよ!」

「 未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令、C頁に抵触している、と? 気にするようなことでしょうか」

 

 そもそも"臭い"とは未成年の周辺での魔法使用を探知する魔法であり、魔法族の家庭においては殆ど機能していないようなもの。加えてブラック家のように敷地全体に掛けた認識阻害呪文でその感知を防いでいたりするパターンもあるので、正直なところそのような法令はあってないようなものだ。

 

「そりゃそうだけどさぁ…そもそも、どうやって作ったのよ?」

「そこは企業秘密ということで」

 

 あまり言いふらすようなものでもないし、説明したところで作成は困難を極める。

 

「言えるのは、貴石と鋳造されて数世紀以上の銀を使い、作製におよそ1年かかる、ということくらいです」

 

 2年前に理論を構築、賢者の石の欠片で試作し、1年前に完成させ、そして今回ラーミアに贈った指輪が一番出来が良かった物だ。

 

「そこまでするか」

「自分でもやり過ぎだと自覚しています」

 

 しかし、これのおかげで移動に姿現しが使えるようになったりと、随分役に立っていたりする。屋敷外でも魔法を使う場面は多い。

 

「まあ、ラーミアに指輪を贈った理由は、もう1つあるのですけれどね」

「もう1つの理由?」

「あの娘、飾り気がなさすぎるのですよ」

 

 そう言って、年頃の娘にしては飾り気がない自分の従者を心配するセフォネの目は、そして主からの贈り物に心の底から喜ぶラーミアの姿は、傍から見ればやはり仲の良い姉妹にしか見えないものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月23日。クリスマスまで後2日。ロンドンの街は賑わい、往来は人が大勢行き来している。どこからともなく聞こえてくるクリスマスソング。それが耳に入ると、ラーミアの胸の内には、形容し難い感情が湧いてくる。

 

「もう2年も前になるのかぁ…」

 

 自分がセフォネに拾われたのは、2年前のクリスマス直後のこと。あの時は、まさか自分が魔法学校に通うなど想像すら出来なかったし、魔法界の存在さえも知らなかった。

 この世界でこんな力が使えるのは自分だけで、だから自分は悪魔の子なのではないか、と考えたこともあった。今思えばかなり馬鹿馬鹿しいし、自分程度の力で悪魔を名乗るとは、身の程をわきまえないにも程がある。

 

「私が悪魔ならお嬢様は神様になるよ」

 

 尤も、自分にとってセフォネは神の如き存在であることは事実だ。

 自分を絶望の淵から救い出してくれたのは他でもないセフォネだ。居場所をくれたのも、生きる理由をくれたのも彼女だ。

 

「思い出すなぁ、お嬢様と出会った時のこと」 

 

 あの時は驚きの連続で、自分の生存を疑っていたほどだ。セフォネに拾われて1か月ほどは未だにこれが現実だと受け取ることができなかった。それほどに、かつてのラーミアは今の生活からはかけ離れた世界で生きていた。

 

 

 

 

 

 孤児院で発生した火災の後。唯一の味方を失ったラーミアは孤児院から逃げ出し、行く宛もないまま、路上生活者として生を繋いでいた。生きる理由はないが、しかし死を受け入れる勇気もなかった。齢10歳の子供には、到底無理な話だ。

 だからといって、路上で生きていく術も持ち合わせてはいなかったが、空腹が限界を超えると、どういう訳か、自然と食べ物にありつけた。

 店番が何故か虚ろな目をして意識を飛ばしていたり、食べ物のほうから自分の手元にやってきたり。その度に自分が普通でない事を実感させられるが、背に腹は替えられないと、有り難く頂く。

 そうして生活すること、凡そ2ヶ月。

 ラーミアは、同年代か、自分より少し大きい少年少女たち数人で構成されたグループに身を寄せていた。グループといっても、皆で助け合って生きていこう、などと前向きなものではなく、ただ単に建設が放棄された廃ビルを、共に寝ぐらにしているだけの集まりで、食料を分け与えることはあれど、互いに名前もしらないような関係。殆ど赤の他人といっても差し支えはない。

 それで良かった。皆が皆、好き好んで話したい境遇ではないし、馴れ合うタイプではない。ラーミアとて、己が異端である事を語りたくはなかった。

 

 薄暗い路地裏で何をするでもなく、ただ無意味に過ごす日々を送り、更に1ヶ月が過ぎた時。それは起きた。

 

「―――しろ――!」

「―このっ―――!」

 

 時刻は夜中で、ラーミアは眠りについていたが、その物音と、怒鳴り声で目を覚ました。

 

(…なんだろ…また警官かな…)

 

 ここ最近、この近辺をパトロールする警官が増えていた。表向きにはストリートチルドレンを街から追い出そうと、実際には鬱憤を晴らすためにちょっかいをかけにくる。このグループの少年が、ちょうど3日前に警官と揉めたうえに殴り掛かり、返り討ちにあっていた。

 そうしたいざこざが面倒で、ラーミアは廃ビルの一番奥に陣取っていた。

 

(…寝ちゃおう……)

 

 どうせ警官たちは、こんな奥まではやって来ない。そう高を括って睡魔に身を委ねようとした。

 その時だった。

 

「いやああ!」

 

 少女の叫び声、そして鳴り響く銃声。

 

「っ!」

 

 明らかに、いつもの雰囲気とは違う。ここでラーミアは迷った。様子を見に行くべきか否か。

 

(…ただの脅し…だよね……)

 

 その予測は、次に聞こえてきた声により、見事に砕け散る。

 

「おい、まだ奥にいやがるぜ」

「ったく…汚ねえガキが手間かけさせやがって…」

 

 数回銃声が響き、辺りから音が失われる。そしてついに、悲鳴も逃げ惑う物音も聞こえなくなった。自分以外の全員が撃たれ、生きているのは自分1人だけなのか。

 

「ウチのシマに手ぇ出さなきゃ、まだくたばらなかったのによ」

「どうせそのうち、どっかで野垂れ死んでただろうよ」

「違いねぇ。」

 

 子供を何人も殺しておきながら、2人から上がるのは下卑た笑い声。人殺しを何とも思わないような連中。見つかったら、間違いなく殺される。

 

(…逃げなきゃ……!)

 

 本能的に跳ね起き、刺客から遠ざかろうとする。だが、どうやって逃げればいいというのか。もうすぐそこまで彼らは来ているうえに、奥に逃げ場はない。

 

「これで全部か? さてと、さっさと片付けて飲みに行こうぜ」

「ああ」

 

 銃口が自分に向けらる。男が引き金を引けば、自分は息絶える。まるで丸めた紙をゴミ箱に投げ入れるかのように、いとも簡単に、自分は殺される。

 

「お、お願い……殺さないで」

 

 ラーミアの口をついて出たのは、みっともない命乞いだった。

 生きる意味も希望もないというのに。

 死にたいと今まで何度も思った癖に。

 未だに生にしがみつく自分の、なんと惨めなことか。

 

「死にたくない……死ぬのは嫌…」

 

 スローモーションのように、男が引き金を引く指が、ゆっくりと動いて見えた。あと1秒足らずで、撃鉄が落ち、鉛の弾丸が自分に突き刺さる。それで、自分の人生は終わる。ラーミア・ウォレストンという人間は死ぬ。

 そう、死ぬ。誰にも看取られることなく、誰にも認知されることなく。1人で死ぬのだ。

 

「嫌…イヤぁ……いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ…!」

 

 轟音が鳴り響く。

 しかし、自分の身に何も起きない。ただただ、静寂が周りを埋めていく。

 恐怖のあまり閉じた目を開くと、そこには信じ難い光景が広がっていた。

 

「あ…ああっ……!」

 

 1人は上から落ちてきた鉄骨に押し潰され、もう1人は首が異様なほどに捻じれ、自分の目の前で倒れ伏した。

 一目で分かる。彼らは死んだのだ。およそ、普通とは思えない状況で。

 こんなことが出来る人間は、1人しかいない。

 

「違っ……違う! わ、わ、私じゃない! こんな…こんな…」

 

『魔女だ……魔女がやったんだ…』

 

 誰もいないはずなのに、声が聞こえる。自分を魔女だと責め立てる声が。

 

『…恐ろしい子…』

『…魂を食ったんだ……』

 

「違うっ、違う違う違う! 私じゃない! 私じゃ…な……」

 

 駄々をこねる子供のように叫んでいると、首が捻じれたほうの男と、目が合う。死者特有の濁った瞳が、自分を責めるように見つめてくる。喋れる状態であったのならば「魔女だ」「悪魔だ」とでも言ったのだろうか。

 

「…私じゃ………私が…」

 

 

 

 

 

 蘇った過去の記憶に、注意が散漫になっていた為だろう。ラーミアは路地から飛び出てきた子供に気付かず、思い切り激突してしまった。

 

「きゃぁっ!」

 

 メイドとして働いているおかげか、激突したのがまだ小さい子供だったのが良かったのか。子供は反動で後ろ向きに倒れるが、ラーミアはよろけただけですんだ。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」

 

 ラーミアは倒れてしまった子供に、手を差し伸べる。

 齢6〜8歳ほどの少年だ。雪が降りそうな気候だというのに上着も着ていないが、寒くはないのだろうか。

 少年はラーミアのコートの裾を掴み、鬼気迫った表情で叫んだ。

 

「助けて!」

「ふぇ?」

 

 思いもよらない言葉に間の抜けた声を出してしまうが、少年が飛び出て来た路地を見ると、数名の男達がこちらに向けて走ってくるのが目に入った。遠目でよく分からないが、明らかに一般人ではなさそうだ。

 

「こっち!」

 

 ラーミアは少年の手を引っ張り、すぐ近くのアパレルショップに駆け込む。丁度クリスマスセールで客が多い。そのまま空いていた試着室に入り、カーテンを締めた。

 

(行った…?)

 

 隙間から様子を見ると、男たちは店の前で辺りを見回し、何処かへ走り去っていった。

 

「もう大丈夫かな。まったく、君は何をしたの?」

「ぼ、僕何もしてない! あの男の人たちが急に追いかけてきたんだ」

「ホントに? ……まあ、いっか」

 

 店から出て、通りの端まで確認するが、男たちが戻ってくる気配はない。安堵の溜め息を吐いたラーミアは、ビシッと少年に人差し指を向ける。

 

「これに懲りたら裏路地には入らないこと。さっきみたいな危ない人たちがいっぱいいるから」

「うん。あの、助けてくれてありがとうございました」

 

 少年は礼を言ってペコリと頭を下げる。

 改めてよく見てみると、所々擦り切れた服を着てはいるが、髪はそれなりの長さで切り揃えられているし、痩せ型ではあるが病的なほどでもない。あまり裕福な環境で育っている訳ではなさそうだが、言葉使いはそこそこしっかりしていることから考えるに、教育は行き届いているようだ。

 

「僕、テオ・エトワールっていいます。お姉さんは?」

「私はラーミア。ラーミア・ウォレストン。よろしくね。それで、お父さんかお母さんと一緒だったりするのかな?」

 

 その問いかけに、テオは少し悲しげな表情になりつつ、首を横に振る。

 

「僕、1人…です」

「迷子という訳ではない、と。それじゃあ、家までの帰り道は分かる?」

「何となくなら。でも……」

「でも?」

 

 テオは視線を横に逸して、言い淀む。そしてポツリと呟いた。

 

「…帰りたくないんです」

 

(…家出か)

 

 家族と喧嘩したか何かで家を飛び出して適当に歩いていたら、何か都合の悪いことでもしたか、見るかして追いかけ回された、ということだろうか。それにしては少し様子がおかしいような気もするが、出会って数分のラーミアに深い事情を話すとは思えないし、詮索する名分もない。

 だが、何かこの少年から感じることがある。何故か、そう、言うなれば親近感のようなものを感じるのだ。

 

「ハックシュ」

テオは小さなくしゃみをした。

薄着で走りまわっていたのだ。いくら暖かい店内にいるからと言って冷えないわけではないのだろう。きちんと手で口を覆っていたあたり、やはりきちんと育てられている。

 

「そんな薄着でいるからだよ。もう…ちょっと来て」

 

 ラーミアが着ているコートを彼に着せてもよいのだが、袖口には杖を収納するポケットだったり、他にも魔法的要素が色々あるために、マグルの少年に渡す訳にはいかない。

 目の端に映った「子供服クリスマスセール」のポップの下まで彼を引っ張っていくと、適当に彼の体格に合いそうなコートを選び、彼に着せる。女子向けのものだが、サイズはピッタリのようだ。

 

「あ、あの…」

 

 あたふたするテオだったが、ラーミアは気にすることなくそのままレジまで行き、会計を済ませる。店員には買い物をする姉と弟にでも見えたのか、微笑えましげにその光景を見ていた。

 店を出ると、テオに何かを言われる前に早口で言った。

 

「気にしないで。風邪ひかれる方が嫌だし」

 

 70%OFFだし、と更に心の中で付け足す。

 正直に言えば、この寒空の下で震えていた過去を持つラーミアにとって、何か事情がありそうなこの少年を放っておくことができなかった。不審者から守った礼を受け取った時点で、この少年と別れて買い物の続きに戻る選択肢もあったが、最後まで面倒を見たいという思いのほうが強かった。

 

「…ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そこに、どこからか鐘の音が聞こえてくる。腕時計で時刻を確認すると、針は丁度12時を示している。

 

「もうお昼か。ねえ君、ハンバーガーは好き?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ホグワーツやブラック邸での食事に慣れた舌だが、実はラーミアはジャンクフードが結構好きである。こうして買い物に出かけた時や、セフォネが外出して自分の食事だけを作る場合はジャンクフードを食すことが多い。

 

「あの…本当にごめんなさい。洋服の次はご飯まで…」

 

 ハンバーガーショップでも彼は終始恐縮しており、全然注文しないのでラーミアが勝手に注文してしまったが、出てきた食事には目を輝かせてがっついていた。ジャンクフードが実は嫌いだったのでは、と自分の選択を後悔しかけていた為にそれを見て安心したのだが、この少年にとっては更に恐縮する理由を増やしてしまっただけのようであった。

 

「もう、気にしないでって言ったででしょ。私、寒いのとお腹が空くのだけは嫌いなの。暖かいところで、お腹いっぱいになれたら元気でるでしょ?」

「うん…ありがとう」

 

 今度は謝罪でなく謝辞を述べた彼を見て、ラーミアは満足すると一転して真面目な表情になる。 

 

「それで、君の家はどこにあるの? 送ってってあげるよ」

「え、だ、大丈夫です。1人で帰れますから!」

 

 家路の話を切り出したとたん、今までのしおらしさはどこへやら。元気いっぱい1人で帰宅できることをアピールしてくる。

 

「本当に?」

 

 視線を逸らした彼の横に回って、無理やりにでも目を合わせると、彼は逆方向を向いて視線を逸らす。それを何度か繰り返し、やがてラーミアはため息交じりに言った。

 

「さっき君は追いかけられていたでしょ? ここらへんに少しでも詳しければ、あそこは危ない場所だって知っているはずだから近づかないよ.……それでも、1人で帰れる?」

「…どうして、今日初めて会った僕を、そんなに心配してくれるんですか? そんなに、優しくしてくれるんですか.…?」

 

 自分を突き放す口実として放った言葉なのかもしれないが、確かに、こちらの事情を何も知らない彼からすれば、疑問に思う所なのだろう。

 ラーミアにしてみれば、その理由は至極単純だった。

 

「それはね、私も初めて会った人に優しくしてもらったことがあるからだよ。ううん、"優しく"なんてものじゃない。命を助けて貰った」

「命を?」

「ここから先は帰り道で話すよ」

 

 送っていくことは決定事項だと言わんばかりのラーミアに、テオはついに観念したのだろう。ようやく1人で帰ることをあきらめた。

 

「……街の名前は覚えてない。でも、家の名前なら」

「家の名前?」

 

 アパートの名前を言われたとしたら、その辺の店なり警察なりに場所を聞けば問題はないだろう。

 そのように考えていたラーミアに、予想外の名が告げられる。

 

「メルヴィン&クリストファー・ホーム。それが、僕の家です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テオは孤児であった。詳しい事情は話さなかったし、聞いていない。それでも分かったことは、物心つく前に両親は亡くなっており、人生の半分以上を他の孤児院で過ごしてきたこと。つい最近孤児院が無くなってしまい、今住んでいる孤児院にやってきたこと。そして、そこで喧嘩をして飛び出してきてしまったこと。

 ラーミアも、大部分のことは誤魔化しつつテオに自らの境遇を語った。自分も孤児院にいたことがあり、紆余曲折を経て今の生活があることを。

 そうしているうちに、目的地までたどり着いた。ロンドン東部に在するメルヴィン&クリストファー・ホーム。通称メルクリ孤児院。人気の少ない路地の少し奥まった場所に建っている、背の低い建物だ。1992年の9月に焼失したその建物は、以前よりも規模が小さくなりながらも再建されていた。

 

 

(…まさか、ここにまた帰ってくるなんて……)

 

 この孤児院はかつてラーミアが暮らしていた場所だ。2度と来ることはないと思っていた因縁の場所。見た目はかなり変わってしまったが、それでも色々なことを思い出してしまう。

 

「ラーミアさん?」

 

 立ち止まったままのラーミアを不思議に思ったのだろう。テオが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「あの、どうかしたんですか?」

「…何でもない。ほら、着いたよ。きっとみんな心配してる」

「うん、本当にありがとう...もう、家出なんてしない」

 

 道中で、帰ったらきちんと先生に謝ってくるように言ったし、彼もこう言っている。危ない目にあったのが余程堪えたらしい。

 孤児院を飛び出したおかげで今の生活がある身としては、どのようなリアクションを取ったらよいか分からないが、取り合えず頷いておいた。

 

「さて、それじゃあ――」

 

 縁があったらまた会おう、などと芝居がかった台詞でも言おうとした矢先。

 

「やっと見つけたぜ、クソガキ」

 

 苛立った様子の男の声が辺りに響く。

 ラーミアとテオはいつの間にか、5人の男達に囲まれていた。テオを追っていた者と、その仲間達だろう。

 それだけでも最悪に等しい状況だというのに、リーダー格と思しき男が懐から杖を取り出した。そう、彼らは普通の人間ではなく、魔法族。

 

「かくれんぼが上手だな。鬼ごっこはいまいちだったな」

 

 ラーミアは魔女だ。故に、相手がマグルであったのならば、まだ如何様にでもこの状況を打破する術はあったのだが、相手も魔法が使える。相手は5人組の大人で、対するこちらはホグワーツに通う2年生。

 

(…どうすれば……?)

 

 囲まれている以上、下手に杖を取り出すことすらできない。姿現しでも使えれば簡単に逃げられるのだが、残念ながらラーミアはまだ修得していない。

 

「テオ! 一体どこに行って……」

 

 その時、孤児院の門が開いて初老の女性が出てきた。孤児院の院長だ。テオの帰りを待っていたのか、彼のことを探しに出ていたのかは分からないが、かなりの時間外にいたのだろう。寒さで頬を赤らめている彼女は、出てくるなり言葉を失った。何せ、家出していたテオが帰ってきたと思ったら、明らかに堅気ではない男たちに囲まれているのだ。

 

「すまねえが婆さん。そこの坊ちゃんに用があんだ。ついでにそっちのお嬢ちゃんにもな」

 

 リーダー格の男が前に進みでて、杖を突きつける。

 

「マグルのガキに取引を見られたどころか出し抜かれたせいで、俺らの面子は丸つぶれだ。坊ちゃんには死んでもらう。お嬢ちゃんは、そうさな、どうするかねぇ」

 

 男たちは一斉に下卑た笑い声を漏らす。まだ12歳のラーミアであるが、これでもイーストエンドの路上で生活したことがある。その境遇から、彼らにもし捕まればどうなってしまうかの予想はできた。

 

「とんだクソ野郎ね…」

 

 思わず口をついたスラングに、男たちは何が面白いのかより一層笑い声を上げる。不快感に思わず顔をしかめていると、自分とテオの前に院長が進み出た。

 

「先生…!?」

 

 思わず、昔のように院長を呼んでしまう。

 かつてラーミアが見ていた院長は、子供に対してあまり熱心な人物ではなかった。教育も運営のかなり杜撰なもので、子供の目から見てもそれが明らかなほど。"おばあちゃん"が来るまでは孤児院は大分酷い環境だったのを、今でも覚えている。そんな彼女が、今は自らを盾として子供をかばっているその光景に、目を疑わずにはいられない。

 

「何のつもりだ婆さん」

「私には子供を守る義務があります。ここの院長として」

「おいおい、魔法も使えねえマグルが、俺たち相手に何が出来るってんだ? インセンディオ!」

 

 途端に、門のすぐそばにあった植木が燃え上がる。

 院長の顔はこわばり、テオは恐怖のあまり青白くなっているが、ラーミアにはこの状況を打破する一筋の光が見えた。故意の可能性もあるが、男は有言呪文で植木を燃やした。仮にこれが自分の主であったら、無言呪文で建物ごと炎上させることができるだろう。リーダー格の男が無言呪文を扱えないとすればつまり、そこまで実力が高い相手ではないということ。逃げ切るくらいなら出来るかもしれない。

 

「分かったら大人しくそのガキどもを寄越しな」

 

 男の示威行動を見ても、院長は退くことなく立ち塞がっている。銃でも持っていればまだましであったが、見たところ丸腰だ。院長の行為は無謀に過ぎる。

 だが、そのおかげでラーミアは隙をついて杖を抜くことができた。そして、1人の男の足元にあるマンホールに狙いを定める。

 

「レダクト!」

 

 マンホールは砕け散り、男は下水道へと落ちていく。まさかこちらも魔法族だとは思いもしなかったのだろう。目に見えてうろたえる男たちを尻目に、ラーミアはテオと院長を門の奥に付き飛ばし、門を施錠した。

 

「コロポータス」

「てめえ、魔女か!」

 

 残る4人が一斉に呪文を放ってくる。それを横に飛び退くことで避け、受け身をとって態勢をとりつつ呪文を放つ。

 

「コンフリンゴ!」

 

 男達の足元が爆発し、2人が吹き飛ばされていく。残るは2人。

 チラリと門の側を見ると、未だに門の向こうで2人は固まったまま。確かに、いきなり目の前で魔法戦が繰り広げられればそうなってしまうことも分かるが、今はそんな余裕はない。

 

「テオを連れて、早く逃げて!」

「あ、貴方…まさか!?」

 

 院長が何かに驚き、何かを叫ぼうとしていた。その瞬間、ラーミアの体に数本の縄が巻き付き、思わず杖を取り落とす。

 

「あんまりきつく縛るなよ。傷物にしちまったら高く売れねえ」

「くっ…このっ、離せ…!」

 

 最初に下水に落ちた男が、どうやら這い上がってきていたらしい。

 縄が体中に巻き付き、やがて身動きが取れなくなって地面に倒れこんだ。抵抗するが、縄が体に食い込んでゆくだけだ。

 

「このっ…!」

「ガキにしては良くやったじゃねえか。だが、ここまでだな」

「ええ、ここまでです。お前たちのほうが、ね」

 

 聞きなれた声が、門の上から聞こえてきた。

 なんとか首を動かし、3メートルほどの高さがある門を見上げると、そこにいるはずのない人物が立っていた。

  

「お嬢様...!?」

 

 浮世離れした美貌に、まだ完全には成長しきっていない子供らしさを残す黒髪紫眼の少女。魔法界とはいえ、そのような人物はそう多くない。見紛うことはない。誰であろう、自分の主であるペルセフォネ・ブラックその人である。

 普段は人の好い微笑をたたえるその口元は、ラーミアがあまり見たことがない歪んだ笑みを浮かべている。男を見据える眼は酷く冷たく、良く知っているはずの人なのに、まるで知らない人であるかのように錯覚してしまった。本気で怒ったセフォネを見るのは初めてだった。

 セフォネはラーミアに視線を移すと、途端にいつものような優し気な雰囲気を纏う。

 

「よく頑張りましたね、ラーミア。マグルを守ったまま5人の賊相手に立ち回るなんて、貴方も随分と成長しました」

 

 門から飛び降り、ふわりと着地したセフォネはラーミアを縛る縄を杖の一振りして消失させた。

 

「なんだてめえ…は……!?」

 

 リーダー格の男は言葉を失なう。それもそのはず、今まで隣にいた仲間が、何本もの杭で壁に打ち付けられていたのだから。

 門から飛び降りる間にやったとしか思えないが、それにしても少々スプラッターな見た目になっている。一切急所は刺されていないので死にはしないだろうが、しかしセフォネは他にも何かの呪いを掛けたらしく、打ち付けられた2人は白目をむいて痙攣している。

 

「よくもまあ、やってくれたものだ。薄汚いゴミの分際で私の従者に手を出すとは」

「てめえっ…!」

「エクスペリアームス!」

 

 男がセフォネに杖を向る直前、杖を拾って立ち上がっていたラーミアは男を武装解除した。

 セフォネがこのような男にやられないなど百も承知だが、従者としては主に杖を向ける行為は容認できない。しかしラーミアは武装解除するにとどめた。今の隙があれば失神させることも当然できたにも関わらず、だ。

 その理由は、他でもない。自分はブラック家の使用人であり、セフォネの従者だからだ。最後の幕引きは主の役目。

 その意図を汲んだのだろう。少しだけ表情を柔らかくしたセフォネが杖を掲げると、ラーミアが爆破した道路の破片が浮かび上がり、次々と鋭い剣に変化し、整列していく。まるで、術者の号令を待っているかのように綺麗に並んだ剣の切っ先は、全て男に向けられていた。

 その間に男は逃げようと走り出す。杖もなく仲間も全滅した今、打てる手はそれしかあるまい。

 

「インカーセラス」

 

 だがしかし、ラーミアが男の足を縛ったことによって男はその場に倒れ込んだ。自由が利く手で何とか逃げようと踏ん張っているが、もう逃げることは出来ない。

 

「な、なんなんだ…一体何者なんだ、てめえらは……!」

 

 恐怖で蒼白になっている男の顔を見て、セフォネは口を三日月型に歪めて笑みを浮かべる。それにつられてラーミアの口角も少し上がっていた。

 このような光景を見て罪悪感でなく愉悦を感じるようになってしまった自分は、果たしておかしくなってしまったのだろうか。それともこれが正しい在り方なのだろうか。

 否。正しい、だとかこう在るべきだとかは、もはや関係ない。今のありのままの自分が、ラーミア・ウォレストンという魔女なのだから。

 

「私は、この娘の(家族)です!」

「私は、この方の従者(家族)です!」

 

 2人の言葉と共に杖は振り下ろされ、大量の剣は一斉に男に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オブリビエイト」

 

 セフォネが最後の子供に忘却術を掛ける。あれほどの大立ち回りを演じたのだ。孤児院の子供たちも何人か戦闘を目撃してしまうのは必然であった。

 ラーミアはベッドで静かに眠るテオに視線を移す。セフォネと相談した結果、孤児院に連れ戻したのは院長であるという記憶に改竄し、ラーミアと出会った記憶は消え去った。少し悲しくもあるが、彼がマグルで自分が魔法族である以上、仕方のないこと。

 

「これで処置は終了です。さて、お初にお目にかかりますマダム。私の名はペルセフォネ・ブラック。以後お見知りおきを」

 

 セフォネが自己紹介をするが、院長は黙ったままだ。彼女は今までのセフォネが施していた処置を一言も発さないで黙って見ていた。

 何も言わない院長に構わずセフォネは話を続ける。

 

「本来であれば、貴方の記憶も彼ら同様に消去させて頂くのですが…それは、またの機会にということで。本日のことはくれぐれも内密にお願い致します。決してどなたにもお話にならないよう」

「…なぜ、私の記憶は消さないのですか」

「ふふ…さて何故でしょう?」

 

 セフォネは悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、頑丈な鎖に体中巻き付けられて簀巻き状態の5人組の男に杖先を向ける。どうやら彼らは魔法省が指名手配していた密輸グループで、英国内に持ち込みを禁止されている物品を多数密輸していたらしい。その取引現場をテオは偶然にも目撃してしまったということだろう。マグルの少年にとっては彼らが何の取引をしているか皆目見当もつかなかったに違いないが。

 彼らは大量の密輸品と共に、魔法省のアトリウムに連れていかれ、そこで放置される。既に記憶も改竄済みで、セフォネとラーミアが未成年ながら魔法を使用したにも関わらず一切の感知を出来なかった、つまりは2人が"におい"を消していた事実も隠蔽された。

 一連の工作はセフォネが子供たちの記憶を消去する片手間に行われた。実に鮮やかな手際に、ラーミアは思わず苦笑を漏らしてしまうほどであった。

 

「それでは、私はここで失礼致します。ラーミア、今度はホグワーツで会いましょう」

 

 ポン、と音を立てて"姿くらまし"し、後にはラーミアと院長が残された。

 院長は一切ラーミアのことを見ようとはせず、じっと床ばかり見つめている。ラーミアも、色々と話したいことがあるが、上手く言葉として纏まらず、口を閉ざしたまま。

 そもそも、この場にいるのはかつて迫害された者と迫害した者。劇的な再会ではあったが、それが互いにとって喜ばしいものという訳ではない。

 数分であったが、数時間とも思えるような気まずい沈黙の後に、院長がまるで独り言のように呟いた。

 

「…昔、この孤児院では火事がありました。それにより、ボランティア職員の女性が1人が亡くなりました。火事の原因はとある職員の寝たばこだったそうです」

「先生」

「事件当初…皆は混乱し、火事が魔女のせいであると口々に言い立てました。でも、それはありえないこと。魔女だとされた子は、一番彼女になついていたのですから。そう、そんなこと、ありえないはずなのに……皆は、私は…」

 

 ラーミアは、今まで院長に抱いていた違和感の正体をようやく理解した。

 彼女はあの時のことを後悔していた。それ故に、子供たちときちんと向き合うようになったのだ。

 恐らく院長は、ラーミアはどこかで死んでしまったと思っていたのだろう。この周囲のスラムは特に、頼る人も帰る家もない子供が生きていくには、あまりに過酷な環境だ。普通の子供であれば、野垂れ死んでいたに違いない。

 でも、ラーミアは普通の子供ではなかった。

 

「先生。私は魔女です。みんなが言っていた通りの魔女なんですよ。みんなが思っていた通りの魔女ではないですけど」

 

 「魂なんて食べないですし」とおどけて言ってみるが、院長は沈鬱な表情でラーミアを見つめている。

 彼女の後悔は、きっとこの先も彼女を縛り続けるだろう。罪悪感と自責の念は、心を苛むに違いない。でも、そのおかげで彼女は子供達のことを正面から見て、子供達のことを守るようになったのだ。

 色々と言いたいことはある。糾弾したい気持ちも僅かながらにある。それでも、ラーミアが伝えたいことは別にあった。

 

「魔法族はどこにでもいます。もしかしたら、今ここにいる子たちの中にも。もし、魔力を持っている子がいたら、優しくしてあげてください。居場所になってあげてください。きっと、1人でもそんな人がいれば、寂しいけど、辛いけど、頑張れると思うから」

「ラーミア、私は…貴方に……」

「私は、もう大丈夫です。居場所を、居てもいい場所をちゃんと見つけられましたから」

 

 主と出会い、両親の真実を知り、友人も出来た。

 居てもいい場所( 居場所 )も、帰ってもいい場所()も。

 

「…貴方は……本当にあのラーミアなのですか?」

 

 昔の自分を知る人物から見れば、本当に同一人物なのかと疑いたい気持ちも分かる。今自分が生きている環境も、そして自分自身も大分変わった。

 

「そうですね……そうですけど、でもちょっと違います」

 

 怖がりで泣き虫で。たった1人の味方に依存して、1人になってしまうのが何より嫌で。孤独に押しつぶされて死にたくなっていた、誰かに守ってもらわなければ死んでしまうような、かつての自分。

 確かに今でも怖がりだし、セフォネに守ってもらっているのは事実だ。居場所に依存してしまっているのも、何ら昔と変わりない。

 でも、それでも。

 今は自分の意思で魔法と向き合い、自らの意思で魔法界を生きている。もう1人ではないのだ。沢山の人に支えられているのを自覚し、そしてそれを自ら守れるようになりたいとも思っている。守られることをただ享受していたあの頃とは違うのだ。

 故に、今の自分は。

 

「私は——」

 

 優雅にお辞儀し、芝居がかった口調でその名を告げる。

 

「———聖28一族に連なるブラック家が使用人(メイド)。ペルセフォネ・ブラック様が従者。ラーミア・ウォレストンと申します」




臭い消し・・・年頃の女の子には必須アイテム。実はラーミアに渡した指輪には防犯機能があり、それで危機を知ったセフォネが駆けつけた。

ラーミアのスラング・・・主と同じく口調不安定系キャラクター

縛られるラーミア・・・12歳の女の子を縛って喜ぶ名もなき男達は保護者に粛清されました。

壁に打ち付けられた男達・・・これでもラーミアの前だから自重しています。



番外編いかがでしたでしょうか。折角登場させたオリキャラなので、もっと話に登場させたいという作者の思いで書き連ねました。
1年半ぶりの執筆でしたが、思ったよりすらすら文章が出てくるものですね。
次の投稿は、年内に出来ればいいなあ...

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