ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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冬の訪れ

 第一の課題から時は少し経って12月に入った。この時期になると、例年は家に帰る準備などで慌ただしくなるのだが、今年はそうではない。

  3大魔法学校対抗試合の開催に伴い、他国魔法界間の交流の一環として、伝統的にクリスマスダンスパーティーが開かれることになっている。参加出来るのは第4学年以上の生徒、並びにその生徒に誘われた下級生。故に、例年は少人数しか残らない冬季休業期間なのだが、今年は大半の生徒が城に残る。

 そして、いま学校中で話題になっているのは、一体誰が誰を誘うのか。

 ゴシップ大好き女子生徒諸君はいつ誰が誰に誘われたのかという情報を、某国の諜報機関顔負けの情報収集能力で探している。

  それは、スリザリン寮の4年生女子も例外では無い。

  時刻は午後11時。男子禁制の女子寮の一室に、4年女子全員が集まっていた。夜のお茶会という名目上の、情報交換会である。

 

「だからって、何で私らの部屋……」

 

  ベッドをソファ代わりに占拠されたエリスが、自分のベッドに腰掛けているセフォネの隣に腰を降ろした。

 

「仕方ないでしょう。企画者が同室なのですから。少々窮屈ではありますが」

 

  スリザリンの4年生は全部で31名。その内女子生徒は11名。それが4人部屋に集まれば、少し窮屈なのも仕方は無い。

 

「ふむ。これ美味しいわ」

「あ、勝手に食べないで下さい」

 

 同じくセフォネのベッドに腰掛けていたダフネが、サイドテーブルからセフォネ自前の菓子を食べていた。それを見たエリスは自分もと、手を伸ばす。

 

「エリス、貴方まで……」

「いいじゃーん。減ったら補充するんでしょ?」

「そうよ。美味しいお菓子は皆に、平等に分け与えられて然るべきよ」

「もう……」

 

  2人に食べ尽くされる前に、セフォネも1つ口に入れる。

 

「はーい、皆集まったかなー。それでは、第一回、蛇寮4年女子による、恋バナ――もとい、お茶会を始めましょー」

 

  既に深夜テンションに突入しているのは、セフォネ、エリスと同室のアンナ。このお茶会の主催者である。

 

「で、早速だけど……」

 

  チラリ、とアンナはパンジーに視線を送る。彼女は意を決したように頷くと、エリスを見た。

  とうのエリスは目を逸らす。何を隠そう、パンジーが去年から好意をぶつけていた相手のパートナーが、他でもないエリスなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、本日の夕食の時のこと。

 

「ドラコは、誰か誘ったの?」

 

  パンジーが様子を伺うように聞くと、ドラコは珍しく口ごもり、

 

「いや、その誘いたい相手はいるんだが……」

 

 パンジーの脳内イメージでは、その相手とは自分だった。だからこそ、こう言ったのだ。

 

「早くしないと、誰かに取られちゃうわよ?」

「う、ううむ……そうだよな……」

 

  ドラコは自身を勇気づけるように頷くと、ゴブレットの中身を一気に空けて立ち上がった。

 

「パーキンソン―――」

 

  ああ、これは完全にそうだ。きっと自分を誘うに違いない。パンジーはそう思った。その話をすぐ近くで聞いていたミリセントも、セフォネも、エリスも、ダフネも、ついでには近くのレイブンクロー生も。周囲の人間たちは、夕食をかっ込んでいるクラッブ、ゴイルを除いて、全員がそう思った。

 

「―――ありがとう。行ってくるよ」

 

  その瞬間、空気が凍った。

 凍らせた本人は、そのまま歩いていき、エリスの前で立ち止まる。

 

「エリス。良かったら、僕とパーティーに行かないか? 僕はこういったパーティーは慣れてるし、完璧なエスコートを約束しよう。どうかな?」

 

 ここに来るまでの過程を見ていたエリスには断るという選択肢は無く、驚愕で固まっていた表情筋をどうにか緩ませ、ぎこちないながらも笑顔を作った。

  この時、普段のようにアルカイックスマイルのまま、その驚きを隠しているセフォネに、いい笑顔の作り方を聞きたいと思ってしまったのは仕方のないこと。

 

「う、うん。勿論、喜んで」

「そうか。受けてくれるのか。そうか……」

 

  嬉しそうに顔を綻ばせたドラコは、ニヤニヤと笑ったまま大広間から立ち去っていく。後に残されたのは、立ちまくっていたフラグをレダクトされ、放心状態のパンジーと、それを気の毒に思う生徒たち。どう反応してよいのか分からないエリスと、このカオスな空間に爆笑寸前のダフネとセフォネ。そして、ミートパイに齧りつくクラッブとゴイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリスっ!」

「は、はいっ!」

 

  夕食時のことを回想していたエリスは、パンジー独特の甲高い叫び声で意識を戻した。パンジーは目を潤ませ、エリスの手を握り締めていた。

 

「ドラコを……頼んだわ」

「え……っと……」

「貴方の勝ちよ、エリス。恨みはしないわ。でも……うぅあああああぁぁぁっぁぁん!」

 

  耐えきれなくなったパンジーは、両手で顔を隠しながら、部屋から飛び出ていった。

 

「ちょっと、パンジー! ……」

 

  ミリセントが呼び止めるが、パンジーは止まらない。そのまま談話室を抜け、廊下に出て走り去っていった。

 

「……ねえ、追わなくていいの?」

「だったら、貴方が追いなさいよ」

「無理よ。私、足遅いし体力ないし面倒くさいし。第一、あの子がヒステリー起こした時の対処はあんたが担当でしょ、ミリセント。昔からそうじゃない」

 

  パンジー、ミリセント、ダフネはホグワーツ以前からの付き合いがある。3人とも名家の令嬢、その為、幼い頃よりパーティーや食事会という名の駆け引きなどで顔を合わせていた。そして、パンジーが時々感情的になってヒステリー気味になるのは昔からであり、その対処はいつもミリセントが任されていたらしい。

 

「そうやって面倒事はいつも私に押し付けて……! 昔っからそうよ! あんたは二言目には"面倒くさい"だの"ひ弱だから"だのって! お陰で私がいつも泣き止むまで付き合って、その間にあんただけお小遣い貰ったりしてて! 不公平よ! 何なのよぉぉぉ!」

 

  パンジーのヒステリーが感染ったのか、はたまた溜め込んでたストレスが爆発したのか。ミリセントが暴走を始め、ダフネの襟首を掴んで揺らしている。これがただの女子であったらじゃれ合いで済むのだが、並の男子を超えるがたいのミリセントではシャレにならない。

 

「あの、ミリセント。少し落ち着い……」

「あんたもあんたよ! 何よ! 急に従姉だとかいって現れて! それがこんなザ・お嬢様って、私への当てつけなわけ!?」

「うぅ……」

 

  セフォネに飛び火。そのお陰で手を離されたダフネは三半規管をやられたらしく、クラクラしている。怒り心頭に達したミリセントは頭を掻き毟りながら吠えた。

 

「大体、あのクソ爺(父親)はセフォネと関わるなとか言ってる癖に、いっつも私と比較して! 何なの! 無理でしょ! こんな奴に勝ってるのなんて筋力と体重くらいよ!」

 

  もはや勢いで、乙女としては色々とお終いなことを言っているミリセントを止める者は、もういない。

 

「セフォネ!」

「は、はい」

 

  吐き出したら少し落ち着いたミリセントは荒い息のままセフォネに詰め寄る。何故かセフォネは熊に襲われているような感覚に陥ったが、それは口に出さない。火に油どころかガソリンを巻く気など、ある筈もなし。

 

「あんたは良い奴よ。でも、それとこれとでは話が別! どっちが先にパートナーを見つけられるか、勝負よ!」

 

  確かにセフォネは容姿端麗成績優秀規格外仕様である。だがそれ故に、彼女は高嶺の花なのだ。彼女をダンスパーティーに誘おうにも、そんな勇気のある男はそうそういない。それに加え、こちらはスリザリン。他寮は非常に声をかけづらい。

  だからと言ってスリザリン内部でも、彼女を誘う勇気のある者はいない。そも保身に走りがちの面子が揃う中、彼女にフラれるというリスクを負いたい者は、そうそういないはず。だとすれば、親しみやすさで言えば、自分のほうが勝っている可能性が無きにしも非ず。

  そんなミリセントの勝算は、僅か1秒で粉粉に砕け散った。

 

「残念ね、ミリセント。それならもういるわよ」

「ダフネ、何故それを? あの時は貴方は……」

「ええ、そうね。先に大広間に行くって言ったわ。言っただけ」

「盗み聞きしていたのですか? しかし、言葉が分からないはずでは……」

「そんなの、雰囲気で分かるわよ」

 

  セフォネは当日まで誰にも言う気は無かったのだが、その目論見は見事に瓦解した。

 

「え、ホントにいるの!? 誰?」

 

  部屋中の視線が一斉にセフォネに注がれる。セフォネは珍しく、僅かに頬を紅潮させ、少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「その………ビクトール…ビクトール・クラムです」

 

  このパーティーは何もホグワーツだけで行われるのではない。勿論、ダームストラングとボーバトンも参加する。そして、この3校対抗試合じたいが国際交流を目的としたイベントの為、当然ながら他の学校間でのパートナー申し込みもありだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それは、エリスがドラコに誘われた夕食より、少し前のこと。

  最後の授業は古代ルーン文字学。エリスは魔法生物飼育学を受講しているので、今はいない。ダフネと共に階段を降り、大広間へ向かおうとしていると、突然呼び止められた。

 

「セフォネ。ちょっといいかな?」

「ええ。どうかしたのですか?」

 

  聞き返すも、ビクトールは辺りを見回し、すぐ近くにいるダフネを見ると、中庭へとセフォネを誘った。ダフネはそれだけで察したのだろう、「先に行ってるわ」と言い残し、そのまま大広間に行ってしまった。

  と、見せかけて実際はこっそり草むらに隠れていたが。

 

「えっと……」

 

  連れられて中庭まで来たはいいが、ビクトールは何かを言おうと言い淀み、躊躇している様子。大抵の女子ならば、この時期にこのような話しかけ方をされれば、何を言い出そうとしているのかは察することが出来るはずだ。しかし、セフォネはこれでも箱入り娘のお嬢様であり、生まれてこの方、恋愛など一度も経験がない。普通ならば好きな男子の一人くらいは出来るのだろうが、彼女の中で恋愛の重要度は相当低い。バレンタインデーを聖人の記念日としか認知していなかったレベルだ。

  故に、セフォネは気付けない。自分に向けられている好意というものに。

 

(…仕方ありませんか……)

 

「ビクトール」

 

  セフォネが呼び掛けると、ビクトールは焦ったように顔を上げ、セフォネと目を合わせる。

  熟練した開心術士は、他人と目を合わせただけで、その心を読み取る事が出来る。勿論杖を向けた上で詠唱を行えば、その記憶の細部まで読み取ることが可能だが、相手が何を思っているのか、どう感じているのかを見る程度ならば、無言呪文で十分。

  とはいえ、セフォネは何もむやみやたらに開心術を使用している訳ではない。対人交渉において、優位にことを進める為に用いることはあっても、深く覗くことはしないし、第一そんなに強力に術を掛ければ、個人差はあれど相手にバレる。

 

(少々申し訳なく思いますが、こちらからきっかけを作ったほうが話易いですし……)

 

  そうして、セフォネが見たものは。

 打算も、邪な心もない、純粋な恋慕の情。

 

「っ!?」

 

  反射的に術を打ち切る。だが、見てしまったものは見てしまった。セフォネの心に表現出来ない感情が込み上げ、顔が火照っていく。

  前述の通り、セフォネは箱入り娘のお嬢様だ。例えその箱入り中に抱いていた感情が憎悪と怒りのみであり、自らの身体を省みずに無茶な研鑽を積み重ねていたとしても、いや、だからこそ、外界との繋がりがほぼ無かった。

  ある時を境に彼女は変わり、精神年齢が他よりも高く、人当たりのいい今のような性格になった。そして、容姿を武器の1つとも考え、色仕掛け紛いで偶に人をからかうセフォネだが、昔も今も恋愛経験ゼロ。要するに、恋愛事には初心なのだ。

 

「セフォネ、もし、もし相手がまだ誰もいなくて、僕でもいいのなら……その、一緒にダンスパーティーに行ってくれるかな……?」

 

  熱い。羞恥で顔が紅潮しているのが、温度で分かるほどに。

  普段は冷静なセフォネの思考が珍しくショートしかけていたが、何とか立て直して返答をする。

 

「はい、喜んでお受け致します」

 

  外面はその家名に恥じぬ優雅な面持ちを守り。

  しかし内面では、人生で初めて感じる感情に戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、クラムですって! ちょっと、どういうことよ!」

 

  案の定と言うべきか、その場の全員が騒ぎ始める。ミリセントは灰になったまま動かなくなった。

 

「どういうことも何も……お誘いを受けた次第で」

「それがどういうことって……!」

「それに関しては我輩も非常に気になる問題ではあるのだが、それ以前に君たちに聞いて頂きたい話がある」

 

  突如聞こえた低い声に、場が一斉に静まり返る。恐る恐る振り向むくと、そこにいたのはブルブルと震えるパンジーと、腕を組み仁王立ちしているスリザリンの寮監、セブルス・スネイプ。

 

「我輩は君たちに、ホグワーツの生徒として、スリザリンの寮生として恥じぬ、分別ある行動を願っている。例え神の子の誕生祭であれ、羽目をはずし過ぎることなど決してありえない。そうは思わんかね、パーキンソン?」

「は、ははははい」

「そうだろう? ならば、夜に集まり騒ぎ立てるなど、言語道断だと思わんかね、ブルストロード?」

「そ、そそそのとおりです」

「ふむ、よろしい。ところで、知っているかね、諸君。東洋にはこんな諺がある。"仏の顔も3度まで"、と。生憎我輩は仏ではないのでな、顔は1つしかない。くれぐれも気をつけたまえ。それでは諸君、精々良い夢を見るのだな。今すぐに」

 

  スネイプが言い終わるやいなや、全員が光の速度で自室に戻る。やれやれ、とスネイプは頭を振り部屋から出ていこうとする。しかし、はたと何かに気付いたようで、振り向きもせずに言った。

 

「ブラック。少しいいか」

「はい」

 

  今日はよく人に呼び出される日だ。セフォネはベッドから立ち上がり、スネイプについて談話室に出る。時間は深夜。当然ながら、誰もいない。暖炉の火も消えており、上着を羽織らなかったことを少々後悔しつつ、セフォネは杖を振り、暖炉に火を灯した。

 

「それで、何用でしょうか」

「最近、君はビクトール・クラムと親しいようだが」

「ええ。いけないですか?」

「いや、それ自体は別段構わん。しかし、君は本当に交友目的で彼と接触しているのかね?」

「……話が見えませんが」

「彼はイゴール・カルカロフのお気に入りだ。君は奴に近づく為に、彼と関わりを持っているのではないか……そういう話だ」

 

  セフォネは前にもスネイプに言ったが、カルカロフを殺そうなどとは思っていない。闇の帝王の復活がほぼ確実となった時には、カルカロフの命は無いも同然。仲間の死喰い人を売りアズカバン行きを逃れた裏切り者に待っているのは、粛清だけ。

  さらにセフォネはこうも思っていた。

  カルカロフは間接的に両親を死に追いやったのだから、こちらも間接的に彼を殺そうと。

  パンにはパンを。血には血を。

  そう思っているからこそ、セフォネは自分からカルカロフに接触する気は無いし、自ら手を下そうとも思わない。この手を汚すには、余りに価値がなさ過ぎる。蛇に噛まれて死ぬのがお似合いだ。

 

「本当にそうは思ってはいないのか?」

「はぁ……私が教員間で危険人物扱いされているのは先刻承知ですが、貴方にまでそう思われているとは。少しばかりショックですよ」

 

  カルカロフへの対処の考え方はもはやマフィアかテロリストのそれだが、それは棚に上げておく。

 

「我輩は君を思って言っているのだ。いいか? いくらブラック家の権力が戻りつつあり、政府に対し多少の干渉が出来るようになったからとはいえ、他国の魔法学校長を襲撃でもしてみろ。即刻、君の伯父上の古巣へ放り込まれるぞ」

「お気持ちはありがたく受け取ります。ですが、杞憂ですよ、セブルス。貴方の考え過ぎです」

 

  そう、考え過ぎだ。大体、セフォネはたしかに危険な思考をするし、狂気じみた発言をすることもある。だがそれは彼女の負の側面であり、普段はただの少女だ。それは彼女の日常生活が証明している。

 

「信じていいのかね?」

「一体貴方は私を何だと思っているのですか。齢15のうら若き乙女ですよ」

「どの口が言うか」

「失礼な人。自らの名づけ子にそんなことを言うなんて」

「親の心子知らず、とはよく言ったものだ」

 

  一応は納得したのか、スネイプの眼から警戒の色が消える。スネイプは暖炉に杖を向けて火を消した。そして踵を返し、出口へと向かった。

 

「早く寝ろ。夜更かしは身体に悪い」

「ええ。ではお休みなさい」

 

  それを見届け、セフォネも寮へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  クリスマス一週間前に、ホグワーツは冬期休暇に突入した。例年人がどっと減り寂しくなる城も、今年はクリスマスダンスパーティーがある為に、4年生以上の生徒は残り、いつにない賑わいである。

  勿論、大量の課題を出されている。しかし、いつの世も長期休業中の宿題というのは後回しにされるもの。明日やろう、明日になっても明日やろうと思い続け、終わりが近づいた時に泣く泣く消化するものなのだ。

  外で雪遊びに興じる者、暖炉の前に陣取りチェスに興じる者、日がな一日中寝ている者。生徒たちは各々好き放題に冬休み初日を満喫していた。

  そんな中、エリスは1人フクロウ小屋にいた。暖房器具もない場所の為非常に寒い。しかしエリスは、手袋を脱ぎ捨て、その手にある"日刊預言者新聞縮刷版"の1985年号に釘付けになっていた。3月22日以降、数日に渡り1面を飾っている、とある事件の記事。それが書かれた3年前に起こった、ここ数十年で魔法省最大の冤罪事件。被害者は2名。1人は死に、1人は廃人化。

 

「……そういう、ことだったの…セフォネ」

 

  通称"ブラック家の惨劇"。被害者遺族によるリークで露見したこの事件は、当時かなりの反響を呼び、近年の魔法省に対する不審の礎ともなっていた。

 

(だから図書館に無かったのね……)

 

  図書館からは1980年代の縮刷版が全て消えていた。教員が起こした事件を生徒に見せないようにという配慮から。だからエリスはわざわざ取り寄せたのだ。親友の過去を知る為に。

  今までは悪いと思い、いつか彼女の口から聞こうと思っていた。しかし、そうはいかなくなった。今学期の初めに、セフォネは魔力の暴走で倒れ、その応急手当をしたのは、他でもないエリスだ。だからこそ、その異常性を理解し、旧い知り合いだったらしい母に、このことを知らせた。何か知らないか、と。

 

『癒者には守秘義務がある。だから私は貴方にセフォネちゃんの事を教える訳にはいかない。でも、よく気を付けてあげて。あの子は多分、貴方が思っている程強くないから。友達としてあの子を支えてあげるのが、貴方に出来る一番のことよ』

 

  だから、エリスは色々と調べた。

  一先ずの問題は、あの魔力の暴走。専門書によれば、あれは魔力を上手くコントロール出来ずに溜め込んでしまった場合、何らかの要因で、主に感情が不安定になった時に起こるもの。それは外に対する場合もあるし、内に対する場合もある。

  しかし、それはおかしい。セフォネの魔法は高レベルに位置する。そこから導き出される答えは、彼女の魔力保有量が常人の比ではないということ。そして高レベルで魔法を扱えるからこそ、魔力の暴走を内に押さえ込んだということ。

  では、何故暴走を引き起こしたのか。その引き金を引いたのは、一体何なのか。

  その答えがこれだ。

 アラスター・ムーディ。セフォネの父を屠った元闇祓い。

 

「ダンブルドアは何を考えているのよ! こんなの……セフォネがっ……」

 

  憤るあまり、心の声が思わず口から零れ出る。

 

「…耐えられるわけ…ないじゃない…!」

 

  もし自分の父を殺した相手が教師として目の前に現れたら。そう考えるだけで、エリスは胸が痛くなる。

 

「そう、耐えられる訳はない。家族という、何者にも変え難い宝を奪われた彼女には酷なことは確かじゃ」

 

  勢い良く後ろを振り向くと、そこにはダンブルドアが立っていた。いつの間にそこにいたのかは分からない。

 

「校長先生……では、何故ですか」

 

  しかし、驚きよりも怒りが上だった。親友を苦しめた彼に対する怒りが沸々と湧き上がってくる。

 

「何で……こんな事をしたんですか。分かっていて、何でセフォネを苦しめるようなことを!」

 

  相手が校長だろうと、エリスは遠慮しなかった。1年生の時からずっと一緒にいて、彼女が抱える闇に気付いていた彼女は、ダンブルドアを糾弾せずにはいられなかった。

  去年、吸魂鬼(ディメンター)に襲われた時。まね妖怪の授業の時。

  彼女の瞳に宿った、底知れぬ暗さと冷たさ。

  それは普段の彼女と違い過ぎ、あまりにも異様だった。

 

「ああ、そうじゃな。君から見ればわしは悪者じゃろう」

「巫山戯ないで下さい!」

 

  お茶を濁すような言い方のダンブルドアに腹が立ち、声を思わず荒げてしまう。ダンブルドアはエリスのそんな様子を見て、真面目な表情になった。

 

「……ミス・ブラッドフォード。これは君の友人、ミス・ペルセフォネ・ブラックが、乗り越えなければならないものだったのじゃよ」

「乗り越える…?」

「そう。記事を全部読んだのなら分かっておるじゃろうが、ムーディ先生は故意にブラック氏を殺めたのではないことを」

「でもっ!」

「ああ。勿論君の言う通り、彼女は耐え難い感情を抱いたことじゃろう。だから、あんな事が起こった」

 

  あんな事。つまりはセフォネが自分の内部で魔力を暴走させたことだろう。

 

「でもの、ミス・ブラッドフォード。ムーディ先生とて、無実の人間を殺めてしまったことを、今もなお悔やんでいるのじゃ。だからわしは、2人を引き合わせた」

「……被害者と加害者の対談で、双方が理解しあい、気持ちの整理をつける為……ですか」

「その通り」

 

  ダンブルドアの言う事は一理ある。いつまでも互いに憎悪や悔恨を抱いていては、その分苦しむだけ。死人は蘇らないし、起きてしまったことはもう取り返しがつかない。

 忘れろ、無かったと思え。そうは言わない。だがしかし、その気持ちに区切りをつけるくらいは、しなければずっと辛いだけ。

  だが、それならば他の方法があっただろう。手紙から初め、やがて顔を合わせて話し合う、といったような、徐々に歩み寄る方法が。そうすれば、セフォネも感情を抑え込めたのではないだろうか。

 

「でも、だからって……もっと別の方法があったじゃないんですか! ゆっくりと時間を掛けていけば良かったと思います。そうすれば……セフォネが傷つくことは……」

「無かった、じゃろうな。わしに罪があるとすれば、そこじゃ。彼女をちゃんと理解せなんだ」

 

  ダンブルドアは確かにセフォネをきちんと理解していなかったのだろう。しかし、エリスは知らない。彼には急がなければいけない理由があったことを。かの者の復活の前に、彼女を闇の道に落とさぬようにしなければならなかったということを。

  ダンブルドアの本当に後悔しているような様子に、エリスは幾分落ち着きを取り戻してきた。そして、一番気になっていたことを、ダンブルドアに尋ねた。

 

「それで……セフォネはムーディ先生と、理解しあえたんですよね?」

「わしが見る限り、そのように思うが……君はどう思う?」

「え? えっと……そう、ですね。授業中も普通ですし……」

 

  闇の魔術に対する防衛術の授業では、いたって普通だった。ムーディの服従の呪文を突破したり、いつも通りそちらのベクトルでは普通でなかったが。

 

「そうか。それは良かった」

「……あ、あの、校長先生。さっきはすいませんでした…」

 

  冷静さを完全に取り戻したエリスは、先程までの自分を思い出し、ダンブルドアに恐縮していた。友を傷つけられて怒っていたとはいえ、校長相手にそれを真っ直ぐにぶつけてしまったのだ。

  しかしダンブルドアは全く気にする様子もなく、朗らかに笑う。

 

「よい。悪いのはわしじゃったしの。それに、友の為に憤ることの出来るその精神は立派なものじゃ。10点をしんぜよう。さ、折角の休みじゃ。思う存分楽しむがよい。但し課題を忘れぬように」

 

  ダンブルドアはくるりと後ろを向いて、何処かへ歩き去っていこうとする。しかし、はたと立ち止まった。

 

「"人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる"」

「え?」

 

  ダンブルドアは振り向くと、エリスに優しく微笑み掛ける。

 

「マグルの作家、シェイクスピアの言葉じゃよ。君を見ていて、ふと思い出しだしての。セフォネは良い友を持った。羨ましいくらいにの」

 

  それだけ言うと、こんどこそダンブルドアは去っていく。

  1人になったエリスは、今の出来事を頭の中で反芻しながら、脱ぎ捨てた手袋を拾う。 寒気に晒された指先は感覚が痺れるほどかじかんできていた。

 

「悲しみを和らげられる……か」

 

  不思議と、その言葉は胸に響いた。

 




スリザリンの生徒数………計算上、1つの寮には250、1学年36名ほどらしいです。スリザリンは公式で約200名とされているので、ちょっと少くしました。

同室のアンナ………お忘れでしょうか。実は彼女、第3話に登場し、第11話にも名前だけ出ているんです。名前を与えられたモブキャラです。

ダンスパーティーの相手………どうせ弄るならと、フォイの相手も変更。哀れパンジー。

疑うスネイプ………セフォネはそこまで鬼畜じゃないよ(多分)

真実を知るエリス………怒る。ラーミアが知ったらもっと怒る。



夏休み最後の投稿。そして、次回の投稿予定は来年3月以降です。かなり間が空きますが、どうかご了承下さい。

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