ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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明かされた真実

 今までの喧騒が嘘であるかのような静けさが、この館を包んでいた。

  この静寂を支配しているのは、たった今現れた闖入者。その佇まいからは優雅さと気品が感じられるが、同時に周囲を無条件で威圧するかのような威厳を纏っている。

  セフォネは1人の少女としてこの場に立っているのではない。数世紀の歴史を誇る名家を、その双肩に担う当主としてここにいる。没落した家を立て直すという義務を果たすべく。

  セフォネは杖をシリウスに向け歩きだす。1歩踏み出す度に、ギシリ、ギシリと、腐蝕が進んでいる床を踏む音だけが、室内にこだました。

 

「ご機嫌麗しゅう……とはいかないご様子のようですね、伯父上?」

 

  脱獄して10ヶ月、ろくな生活が出来る訳も無く、シリウスは痩せこけ、酷く汚れていた。

 

「それにしても、良く母似であるとは言われますが、本人と間違えられたのは初めてですわ。大抵虹彩の色で識別されるのですが」

 

  紫瞳を持つ人間は少ない。その発生率は1000万分の1と言われている。その為、セフォネの瞳は印象的であるし、彼女が如何にデメテルと似ていようと、本人と間違えられたことまではなかった。シリウスの場合、暗闇でよく見えなかったのか、余程驚いて動揺していたかのどちらかだろう。

 

「まあ、それはいいとして、早速本題にはいりましょうか。伯父上、既にご承知のことかもしれませんが、貴方は発見されしだい、吸魂鬼(ディメンター)の接吻が施されることになっております。しかし、私はあの生物が好きではないし、奴等に魂という御馳走をくれてやるつもりはない。故に……」

 

  そう、セフォネは吸魂鬼が嫌いだ。彼らの生き方、在り方が。それに、過去に吸魂鬼の接吻を受けかけ、さらには母親がそれを受けたとなれば、その行為に嫌悪を感じるのも致し方ない。

  だから、せめて――

 

「人として、魔法族として、ブラック家当主として、貴方の姪として、同族の手で貴方に罰を下しましょう」

 

  彼女の瞳が自分は本気であるということを、雄弁に語っている。放たれた殺気はもはや少女のものでも、そして常人のものですらない。

 シリウスは見動き1つしない。他のものも、状況に頭が追い付いていないのか、呆然とその光景を眺めるのみ。そしてセフォネは、死を囁やく。

 

「アバダ―――」

「待ってくれ! それは駄目だ!」

 

  いち早く事態を理解したルーピンが、シリウスの前に立ち塞がった。セフォネはその行動に目を細める。

 

「ルーピン教授。貴方が彼の真の協力者だったのですか? それならば、2人纏めて……」

「話を聞いてくれ。頼む!」

 

  セフォネはルーピンに杖を向けたまま考えた。

  彼は決して悪人ではないし、公平で尚且つ優秀な人物だ。人狼でありさえしなかったら、きっといい仕事も伴侶も得ていたことだろう。そんな彼が、必死になってシリウスを庇っている。何かあるとしか思えない。

  セフォネが思考していた時間は3秒程であったが、他の5人には永遠に思えたに違いない。そして、セフォネはついに口を開いた。

 

「……まあ、言い訳くらいは聞いてもよろしいでしょう」

「ありがとう、セフォネ」

 

  それでもセフォネは杖を降ろさない。何かしたら、すぐさま呪いを打ち込むと言わんばかりである。しかしルーピンは、自分に杖が向けられていることを気にせずに、授業でもしているかのような、ごく穏やかな口調で言った。

 

「端的に言えば、シリウスはピーターを殺していない」

「今何と?」

 

  ルーピンの口から放たれた衝撃の事実に、流石のセフォネでも驚いた。今まで10年以上も死んだと言われ、魔法省による葬儀と勲章まで授かった人間が、生きているとでもいうのか。

  シリウスがルーピンの背後から進み出て、詳細を語った。

 

「ピーターは死んでいない。彼は未登録の動物もどき(アニメーガス)なんだ。今その子が抱えているスキャバーズとかいう鼠がそれだ。そして、ジェームズとリリーを裏切ったのもそいつだ」

「秘密の守り人は貴方ではなかったのですか?」

「いや、違う。私は最後の最後でピーターを守り人にするようにジェームズに勧めた。だからハリー、私が君の両親を、ジェームズとリリーを殺したんだ」

 

  シリウスの声は段々と掠れていき、最後には涙声になり、顔を背けた。

  自分のせいで親友が死んでしまったという事実は、とても耐え難いものである。それも、長い間アズカバンに閉じ込められ、周囲からは親友殺しの裏切り者だと言われ、彼はそうとう苦しんでいたに違いない。いや、今でも苦しんでいる。だからこそ、復讐を果たすためにアズカバン脱獄という、前代未聞のことをやってのけたのだ。

  セフォネは後悔と悲しみで俯いたシリウスを見て何か考えていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「1981年10月31日、"闇の帝王"はピーター・ペティグリューからもたらされた情報によって、ポッター家を襲撃しジェームズ・ポッター並びにリリー・ポッターを殺害した。そして、ペティグリューが裏切ったことを知った貴方が彼を追い詰めた所、ペティグリューは全ての罪を貴方に着せ、指を自ら切り落とし、死亡したと周囲に思わせて逃亡した。そういうことですか?」

 

  セフォネの推理は完璧だった。シリウスはセフォネを見て、何故か微笑んだ。

 

「察しが良くて助かるよ。頭の回転が早いのもデメテルそっくりだ」

「……確認させて頂きます。少々失礼―――レジリメンス」

 

  シリウスが目を合わせたのをいい事に、セフォネは開心術を使った。普段使っている、目を合わせただけの無言呪文で行うものではない、本気のものである。もし仮にシリウスが記憶を改竄していたとして、浅く開心術を掛けただけでは、それが分からないからだ。

  シリウスは突然の開心術に驚きはしたようだが、抵抗する素振りを見せない。セフォネは、心を真正面から強引にこじ開け、彼の全てを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼い頃、シリウスは厳格な両親に狂信的な純血主義の元で育った。その両親に反発したシリウス、純血主義に傾倒したレギュラス、そして純血主義には傾倒しなかったものの上手く立ち回っていたデメテル。彼女はいつも板挟みになっていた。そのせいか、いつからか笑みを仮面のように貼り付けるようになっていた。

 

 16歳、シリウスはついに家出した。もう二度と戻らないと決め、必要最低限のものだけ鞄に放り込み、玄関の扉に手を掛けた。その時、ふと物音がして後ろを振り向くと、笑顔でありながら涙を流すデメテルがいた。デメテルは無理に明るい声で、シリウスを送り出した。

 

 21歳、ハロウィンの日は丁度ピーターの様子を見に行く日で、彼の家に行った。しかし、家はもぬけの殻。嫌な予感がして、ゴドリックの谷にあるポッター家にいくと、ジェームズとリリーが死んでいた。

  そして、その後は復讐に取り憑かれ、ようやくピーターを追い詰めた時、彼はあろうことか全ての罪を自分に着せて、周囲一体を数名のマグルごと吹き飛ばして逃げた。

  自分たちが長年かけて築いた友情はなんだったのか。そう思うと、シリウスはもはや怒りを通りこし、笑いが込み上げてきた。魔法省が到着し連行されていく時も、狂ったように笑い続けた。

 

  3年前、今まで一度も来たことが無かった手紙が届いた。上質な封筒には、二度と見たくもないブラック家の家紋の蝋封がしてあった。勘当された自分に生家から手紙届いたのを不審に思ったのだが、何より退屈だったので封筒を開けて手紙を読んだ。そこには美しい書体の文字で簡潔に、デメテル・ブラック死亡の報が書き記されていた。その日、シリウスはポッター夫妻へのもの以外で初めて涙を流した。

 

  そして、10ヶ月前。視察に訪れていたファッジに貰った新聞記事の写真に、指が欠けた鼠が写っているのを発見した。シリウスは確信した。こいつがあの裏切り者であると。その日から復讐のこと以外考えられなくなったシリウスは、杖なしで犬に変身出来るようになったのを契機に脱獄し、ピーターの飼い主が通うホグワーツを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういう…こと……)

 

  セフォネはシリウスという人間を見誤っていた。ただの放浪者だと思っていたのだ。しかし、そうでは無かった。

  記憶に何一つ違和感は無かったし、何よりも、彼はデメテルの死を悼んだ。それはセフォネにとっては、彼の記憶が正しいものである何よりの証明となった。

 

「……失礼致しました。貴方を信じます、伯父上。今までのご無礼を、どうかお許し下さい」

 

  杖をシリウスから外すと、セフォネは深々とお辞儀して謝罪した。

  セフォネは冤罪が嫌いである。もはや、憎んでいるとすら言っても過言ではない。そんな自分が、冤罪で人を殺しかけたのだ。自分で自分が嫌になる。その虚しさに思わず唇を噛み締めた。

  しかしシリウスは、何でもないと言った様子でセフォネに言葉をかけた。

 

「何、構わないさ。それにしても、随分強力な開心術だ。まさかあんな昔のことまで見られるとは」

「ち、ちょっと待ってくれ。鼠なんてそこら中どこにでもいるじゃないか。それなのに、どうしてスキャバーズがペティグリューだったと分かったんだ?」

「そうだとも、もっとな疑問だ。シリウス、なぜ分かった?」

 

  この場ではシリウスに対抗し得る最後の切り札であったセフォネが向こうの味方につき、ロンは声を上げた。そしてその意見には、ルーピンももっともだと思ったようだ。

 

「これだよ」

 

  シリウスはポケットから新聞記事を取り出した。それは、ウィーズリー一家が宝くじを当ててエジプトに行ったと書かれており、家族写真が掲載されていた。ロンの肩には、鼠が乗っている。そしてその鼠は指が一本無かった。

 

「私はあいつが変身するところを何度も見た。その上、こいつには指が無い。すぐに分かったよ」

「なるほど……さて、話はもういいだろう。ロン、鼠を渡しなさい。それが事実を証明する唯一の方法だ」

 

  ルーピンの声には、今までになく厳格で容赦の無い響きがあった。

 

「何をしようというんだ?」

「無理にでも正体を顕させる。もし本当に鼠だったとしたら、傷つくことは無い」

 

  最後の言葉を聞き、ついにロンが鼠を差し出す。ルーピンの手の中で、スキャバーズは狂ったように暴れ続けていたが、セフォネが杖先を向けて宙吊りにした。

 

「助かるよ。シリウス、準備は?」

「ああ出来てる」

 

  シリウスは既にスネイプの杖を拾い上げており、スキャバーズを睨むその目には燃え上がるような怒りが見て取れた。

 

「3つ数えたらだ。1、2、3!」

 

  2人の杖先から目の眩むような青白い閃光が走り、スキャバーズを直撃した。スキャバーズは宙に浮いたままもがきだし、徐々に姿を変えていく。そして、鼠が浮いていた場所には、小太りの男が立っていた。

  小柄な男で、セフォネよりも身長は低い。屋敷で見た写真の男が成長すれば、こんな感じだろう。

 

「やあ、ピーター。久しぶりだね。元気だったかい?」

「シ、シリウス……リーマス……なつかしの友よ……」

「今丁度、あの夜に何があったのかを話していたところなんだ。それでだね、2つ3つすっきりさせておきたいことがあってね」

「こいつはまた私を殺しにやって来た! こいつはジェームズとリリーを殺した! 助けてくれ……リーマス……」

 

  この期に及んでまだ言い逃れをするらしい。もはや清々しいほどの下衆ぶりである。とにかく、親友3人の12年ぶりの再会に水を差してはいけないので、セフォネはこの間にスネイプの様態を見に部屋の奥へ行く。

  スネイプは頭から出血していた。だが、死に至るものではない。今は脳震盪を起こして気絶しているのだろう。取り敢えず血を止めておく。

  その間にも話は進んでいるようで、シリウスはペティグリューに怒鳴り散らしていた。見た限り、ペティグリューはあたり構わず命乞いをしているようで、ハリーにさえ跪いていた。

 

「私が殺されかねなかった! 仕方なかったんだ!」

「ならば死ねば良かったんだ! 友を裏切るくらいならば、その身を犠牲にすべきだった!」

「良い事を言いますね、伯父上。家訓にでもしましょうか」

 

  緊迫した状況下で暢気な口ぶりなセフォネに、激昂していたシリウスも唖然としている。そしてペティグリューは、最後に取り縋る相手が見つかったと言わんばかりに、セフォネの下に跪いた。

 

「ああ……お嬢さん。ブラック家の姫君……君なら分かってくれるだろう? 君は賢い……」

 

  ペティグリューは汚れた手でセフォネのローブの裾を掴もうとするが、セフォネはその手を踏みつけた。そして、侮蔑を含んだ瞳でペティグリューを見下した。それでもって微笑んでいるのだから、異様に怖い。

 

「この場にいる者の中で、私は唯一スリザリンに所属する者です。そしてその理念は狡猾さ。それ故に、貴方が行った友を裏切るという行いも、倫理的にはどうかとして、1つの在り方だとは思います。ですが、それだけです。スリザリンの中にでさえも、貴方ほどの外道はいませんよ」

 

  目的の為なら手段を選ばないのがスリザリン。他者を騙し、填め、蹴落としてでも目的を達成する。しかしそんなスリザリンにおいても、友情や家族の愛は存在するし、それだからこそ繋がりが強い。かつてヴォルデモートが力を失った時に魔法省側に寝返った死喰い人たちも、それは保身の為でもあるが、何よりも家族を守る為だった。ヴォルデモートに味方したことでさえ、その思想に傾倒していた所もあるが、一部を除けば家族を危険に晒さない為でもあった。

 

「言っただろう! 仕方なかっんだ! ああ、どうかお願いだ。頼む……」

 

  それでもなお縋ろうとするペティグリュー。セフォネはペティグリューの手から足を退ける。それをどう勘違いしたのか、ペティグリューの表情が和らいだ。

  だがしかし、セフォネは思い切り、跪くペティグリューの頭を踏み付けた。

 

「ぅぐっ……!」

「ああ、そうか。それは仕方がない。仕方がないから……地獄に堕ちろ、溝鼠」

 

  もしセフォネがピーターと同じ立場に置かれたとして、果たして友を売るだろうか。否、死を選ぶだろう。だから、セフォネはペティグリューを嫌悪した。

  そして何よりも、彼はシリウスに罪を着せた。シリウスはセフォネにとって、家族と呼べる間柄の最後の1人。そんな彼を嵌めて冤罪でアズカバンに放り込ませたこの男を、セフォネが許すはずもない。

 

「怒ると怖いところもデメテルそっくりだよ。そういえば昔、シリウスがデメテルを怒らせた時……」

「リーマス! 今はそんなことはいいだろう!」

「途中で止められると気になるのですが、まあこの男を始末してからゆっくり聞かせて頂きます」

 

  セフォネはペティグリューに杖先を向けシリウスとルーピンの足元まで転がした。この罪人に裁きを下すのは、2人の役目だ。

 

「残念だ、本当に。残念でならないよ、ピーター」

「ピーター、さらばだ。さらば死ね」

 

  ルーピンとシリウスが裏切り者に鉄槌を下そうとしたその時、ハリーが叫んだ。

 

「駄目だ!」

 

  ハリーは2人に立ち塞がった。

 

「殺しちゃ駄目だ」

「何故だ!? この屑のせいでジェームズもリリーも死んだんだぞ? もし君があの時死んでいたとしても、こいつは平然とそれを見ていただろう。そういう奴なんだよ」

「分かってる。でも駄目だ。こいつはアズカバンに行けばいい。裏切り者にはそれがふさわしい。2人が手を汚す必要なんてないんだ。そんなことをしても、父さんはきっと喜ばない」

 

  誰も何も言わなかった。物音一つ立てなかった。ルーピンとシリウスは互いに顔を見合わせていたが、やがて溜め息と共に杖を下ろした。

  ルーピンがペティグリューを拘束し、ロンの足に添え木を固定し、スネイプは起こさないほうがいいという判断で、宙に浮かせて運ぶことになった。

 

(まったく……)

 

  セフォネはもはや呆れていた。自分ですら未だに復讐を忘れることが出来ていないのに、ハリーはいとも簡単にペティグリューを生かすことを決めてしまったのだ。

 

「…ふふふ……」

 

 笑いが込み上げてくる。しかし、それはハリーを嘲るものではない。彼を認め、自分の未熟さを認め、彼に対する敬意と、自分に対する自嘲であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それは、とても奇妙な集団だった。猫が先頭に立ち、逃げないようにロンとルーピンに手錠で繋がれたペティグリュー、シリウスに浮かせられたスネイプ、最後にハリーとハーマイオニー。セフォネは、少しやることがあると言って屋敷に残り、数分後に合流した。

  何故かシリウスとハリーは満面の笑みを浮かべている。ハーマイオニーによると、無実の罪が晴れたら共に暮らそうという話になったらしい。

 

「これをハッピーエンドと言うのですかね? 伯父上」

「伯父上は止めてくれ。シリウスでいい」

「ではシリウス。住居を構えた際には私物を取りにいらして下さいね。特にポスターを」

「ポスター……って、あれか。でも残念ながらあれには永久粘着呪文が使ってある」

「とっくに剥がしましたよ」

「何!?」

 

  あれはシリウスが、家の純血主義に対する反抗として貼っていたものである。それ故、簡単に剥がせないように呪文を掛けておいたのだ。素行は悪いながらも優秀であったシリウスの呪文によって、両親は絶対にポスターを剥がせなかった。それを、いとも簡単に姪っ子が解いてしまったのだ。

 

「あんな物、いつまでも貼らせておくものですか。屋敷の品位が落ちます」

「父も母も剥がせなかったんだがね……そういえば君は当主だとか言っていたが、本当なのか?」

「事実です。5歳の時にブラック家を継承致しました」

 

  セフォネは右手をひらひらと振る。薬指には、その細くしなやかな指には少々不似合いな大きい金の印章指輪が嵌められている。

  シリウスはそれを見て複雑な面持ちとなるが、はたと何かに気付いた。

 

「それじゃあ、3年前の手紙も君が……」

「ええ」

 

  デメテルの兄であったシリウスにも、その死を知る権利はあるだろうと思い、セフォネは彼に手紙を送った。今思えば、あれは久方ぶりに誰かに送る手紙だった。

 

  校庭にでると、もう夜はどっぷりと更けていた。月には雲が掛かっており、月明かりさえ無い。あるのは、遠くに見える城の明かりだけである。

 

「少しでも余計な真似をしてみろ」

 

  ペティグリューの胸には、すぐ隣から杖が向けられていた。

  一行は城へ向かって歩いていく。すると突然、雲が切れ、満月が校庭を照らした。それを見た瞬間、ルーピンは急に立ち止まり、ハーマイオニーが叫んだ。

 

「先生は薬を飲んでいないわ!」

「逃げろ! 早く!」

 

  シリウスが低い声で言うが、ハリーは動けない。ルーピンはペティグリューと手錠で繋がっており、ロンの腕もペティグリューと繋がっているのだ。

  セフォネは杖を抜き、ロンを手錠から開放してこちらに呼び寄せてルーピンから引き離した。それと同時に、シリウスが犬に変身し、今まさに狼人間の姿に変身したルーピンに飛び掛かる。

  ルーピンは手錠を捩じ切ると、4人を見つけて牙を剥き出しにした。しかし、シリウスがルーピンの首に食らいつき、4人から遠ざける。セフォネは盾の呪文を展開して3人を守った。その隙をつき、ペティグリューが杖に飛びついた。

 

「エクスペリアームズ!」

 

  ハリーが放った武装解除呪文は、セフォネが目の前に展開していた盾に弾かれた。ペティグリューは既に鼠に変身しており、森に向かって駆けていく。

 

「させませんよ」

 

  セフォネは盾を避けて、鼠の周囲を取り囲むように火を放つ。炎の円に囲まれたペティグリューは見動きが取れなくなった。

 

「大人しくしていなさい」

 

  セフォネはどこからともなく大きめの瓶を取り出し、鼠の状態のペティグリューを無理やり瓶に詰め込む。一応空気穴を開けた後で割れない呪文を掛け、瓶ごとペティグリューをいつも持ち運んでいるポーチに放り込んだ。そして杖を懐に収める。

 

「手間をかけさせないで欲しいものです」

 

  高く唸る声と、低く唸る声が聞こえ、セフォネは振り向いた。ルーピンが森の方へ逃げ出して行くところだった。

 

「大丈夫か?」

 

  人の形に戻ったシリウスが、4人の安否を確認する。

 

「大丈夫だよ」

「大丈……痛!」

 

  セフォネが半ば無理やりルーピンから引き剥がしたせいか、ロンに当てられていた添え木がずれてしまっていた。

 

「本当にすまない……」

 

  今までセフォネは気にしていなかったが、シリウスが申し訳なさそうにしているところを見ると、この怪我は彼が負わせたようだ。

 

「ん? ピーターはどうした!?」

「私が捕まえて閉じ込めました。さあ、早く帰りましょう」

 

  セフォネが城に足を向けたその時、5人を寒気が襲った。

 

「この感覚は……」

 

  月を背にして、何百もの吸魂鬼が飛来してきた。そう、シリウスには見つけしだい、吸魂鬼の接吻が施されることになっている。シリウスを発見した吸魂鬼たちは、餌が飛び込んできたと言わんばかりに襲いかかった。

  ルーピンを退けたことにより気が抜けていた5人は、反応が遅れた。その間にも、別のところからも吸魂鬼が飛んでくる。恐らく、ホグワーツに配備された全吸魂鬼がここに集まっていた。

  セフォネはすぐに杖を抜き、守護霊を呼び出そうとする。しかしそれよりも前に、またあの声が頭に響いた。

 

『セフォネ!』

 

  そして今度は、何時もと違ってその続きの光景が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 

 

  黒く萎びた腕が、女性の頭に伸びていた。そして吸魂鬼は女性に顔を近づける。女性の口元から、青白く輝く物体が吸い出されていく―――

 

『止めて!』

 

  少女は叫んだ。

 

『ママを……』

 

  もう既に、青白い球体は半分以上吸魂鬼に吸い込まれていた―――

 

『ママを……連れてかないで!』

 

 

 

 

 

  守護霊呪文を使用出来るのはシリウスとセフォネ、ハリーだけである。しかし、シリウスは逃亡生活で衰弱しており、守護霊を呼び出すことが出来ない。セフォネは頭を抱えたまま動かなくなった。

  ハリーは奮闘していたが、有体の守護霊を呼び出せず、何百もの吸魂鬼には対抗できない。次第に体力を奪われていった。

 

「消えろ……」

 

  低く呟く声がした。その途端、異様な程の魔力が巻起こり、地面を掘り起こす。

 

「消えろぉぉ!」

 

  消え行く意識の中最後にハリーが見たのは、金色に燃え盛る天使。それは周囲にいた全ての吸魂鬼を蹂躙していく。吸魂鬼は金色に燃え上がり、月明かりが射す夜空に煌めく星のように輝くと、灰塵と帰して消え去った。

 




無実を証明したシリウス………殺される一歩手前でしたが、生きててなによりです。

踏まれるペテグリュー………ペテグリューのせいで冤罪で伯父を殺しかけたというのもあり、セフォネ激おこです。でもこれ、もしかしてご褒…

瓶詰めペテグリュー………ちゃんと空気穴を開けてくれる優しさ。

吸魂鬼全滅………数で勝負するも、セフォネには敵いませんよ、そりゃ



今回では終わりませんでした。次回はファッジとの絡みとエピローグです。

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