ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
クリスマス休暇が終わった1週間後に、スリザリン対レイブンクローの試合が行われた。僅差だったがスリザリンが勝利し、ハッフルパフに120点差で負けない限り、スリザリンの優勝が確実になった。
その為か、グリフィンドールのクィディッチチームの意気消沈ぶりは凄まじかった。彼らも2月にはレイブンクローと対戦するはずなのだが、練習に身が入っていない様子だった。
そして2月に入り、グリフィンドール対レイブンクローの戦いの日。大広間は騒然としていた。スリザリン戦で箒を失ったハリーが持ってきたのは、なんとファイアボルトだったのだ。
「違いが良く分からないのですが」
「かなり高いらしいわ」
硬直しているエリスの隣で、箒に疎いセフォネとダフネが気の抜けた会話をしている。エリスは暫くすると再起動し、2人に言った。
「あれは去年発売された箒で、世界最高峰の箒なのよ。元はレース用に開発された箒で、10秒で時速240キロまで加速可能。ダイアモンド硬度の研磨仕上げによる流線型の最高級トネリコ材の柄に、尾の部分はシラカンバの小枝を1本1本厳選し砥ぎ上げて作られているの。今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒にも選ばれたわ」
熱が入った解説は有り難いが、如何せん良く分からない。
「つまり?」
「うちらのニンバス2001を遥かに凌駕した性能よ。でもあれ、確か500ガリオンはしたはずよ」
「買えなくはないわね」
「ですね。でも普通、箒に500ガリオンは出しませんね、流石に」
お嬢様2人が事もなさげにそう言うと、エリスが天を仰いで一言。
「ああ……ブルジョワジー」
試合は見事グリフィンドールの勝利に終わった。その試合の最中、ドラコなどのスリザリン数名が黒いローブを被り、吸魂鬼の真似事をして試合を妨害しようとしたため、スリザリンから50減点されるという事態が起こった。
「ホント、何やってんのよ……でも、ハリーも守護霊呪文練習してたのね」
ドラコたちを吸魂鬼だと思ったハリーは、驚いたことに守護霊呪文を使ったのだ。それは有体ではなかったものの、実体を保っていた。
「貴方も数秒であれば使用出来るようになったじゃないですか」
そう、エリスはつい先日、有体の守護霊を創り出すことに成功していたのだ。形成するのに10秒、顕現時間は8秒とまだ未熟ではあるが、たった3年生で有体守護霊を創り出せるようになったことは、十二分に凄いことだ。ちなみに、彼女の守護霊はオセロットである。
「ラーミアはどうなの?」
「後少しで出来そうだと言ってました」
「彼女も中々に規格外よね。まあ、貴方が教育してるんだからそれも当然か。教え方上手いもん」
セフォネは人に教えるのがかなり上手い。そこらへんの教員よりも分かり易いほどだ。それに、彼女なりの裏ワザテクニックなどを伝授してくれるため、難しい術もある程度なら使えるようになる。エリスは恐らく、一部の実技ではOWLレベルに達しているだろう。
「お褒めいただき光栄ですわ」
「てなわけで、今年も頼むよ」
まだ何ヶ月も先だが、学年末試験は刻一刻と近づいている。そして、試験前になるとセフォネに助けを求める生徒が多いのだ。それは一昨年、彼女を中心とした勉強会のおかげで成績上位者の殆どをスリザリンが占めたという成果があった為だろう。
1年の時はエリスはセフォネを抜こうとしていたのだが、決闘クラブ以降、それは諦めたらしい。
「実技はともかく、筆記のほうは私に聞くより諸先生方に聞いたほうがいいと思うのですが」
「筆記が重要な教科って、基本先生眠いじゃん」
「それは……否定できませんけど」
魔法史のビンズを思い出して、セフォネは苦笑いした。
その次の日の朝、事件がおきた。シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に侵入し、もう少しでロンを殺すところだったのだ。
それにより学校の警備が強化され、フリットウィックは城中の壁という壁にシリウス・ブラックの写真を貼り、生徒に人相を覚えさせた。
しかし、セフォネはそれが気に入らなかった。
何が悲しくて四六時中伯父の顔を眺めなければならないのか、と。
そしてエリスは、学校中を徘徊する警備トロールを見るたびに気分を悪くしていた。
そういう訳で、その次の週末のホグズミード行きは2人にとっていつも以上に嬉しかった。
「いやー、久々に羽伸ばせたわね」
「本当に」
週末を満喫した2人が談話室に戻ると、ドラコたち3人が顔面蒼白でソファに座り込んでいた。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや、大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」
そう言われると余計に気になるもので、セフォネは開心術を使って彼の頭を覗いた。どうやら、ハリーの生首というショッキングなものに遭遇したらしい。十中八九彼が持っている透明マントが脱げてしまっただけなのだろうが、ドラコはハリーがマントを持っている事実を知らない。
(それにしても、ドラコは心が読み易いですね)
良くも悪くも感情に素直で、心に壁がない。まあ、両親にこれでもかと甘やかされて育てられたのだから、それも仕方がないのかもしれない。
間もなくイースター休暇。学年末試験が近づいていた。そんな時、エリスがふと、シリウス・ブラックの手配書を見ながら呟いた。
「この写真だと分かり難いけどさ、彼結構イケメンよね」
「いくら貴方が面食いだとしても、脱獄囚に恋は……」
「恋とかじゃかないよ!? ただ、セフォネってよくお母さん似って言われてるじゃない? この人がセフォネのお母さんのお兄さんなら、セフォネとこの人も似てるんじゃないかなって思って。昔の写真とか無いの?」
「家に行けばありそうですが……」
グリモールド・プレイス12番地ブラック邸の4階には、かつて母デメテルとその兄弟が使っていた部屋がある。その中でもシリウスの部屋は、祖母から絶対に立ち入るなと言われ、セフォネ自身興味が無かった為入ったことが無い。
だが、彼の部屋に行けば何かあるかもしれない。彼の消息を知るための手がかりが。
「行ってみますか……」
「へ? 何が?」
「いえ、何でもありません。それより、クィディッチの練習があるのでは?」
学年末の少し前にはスリザリンVSハッフルパフの試合が行われる。勝利はほぼ確実だが、相手のキャプテンのセドリック・ディゴリーは優秀な人物であり、油断出来ないのだ。
「ああ、そうだった。じゃあ、行ってくるね」
エリスを送り出したセフォネは、人目のつかないところに行くと、クリーチャーを呼び出し、"付き添い姿くらまし"で一時的に帰宅した。
「お嬢様。一体どうされたのですか?」
家のリビングに"姿表し"したクリーチャーが、訝しげに尋ねる。
「4階に用がありましてね。帰る時に呼ぶので、下がって結構ですわ」
「は、はぁ……失礼いたします」
クリーチャーは一礼すると、何処かへ"姿くらまし"した。
「さて、と」
階段を登り、4階にある3つのドアのうちの1つの、名札に"シリウス"と書いてあるドアのドアノブを杖で叩いて解錠した。
部屋の広さはデメテルの部屋と同じくらいだろう。シャンデリアや調度品も似たような物だったが、そこに付いていたはずの家紋のレリーフは削り取られている。それにかなり放置されていた為か、家の中のどの部屋よりも汚くて埃だらけだった。
「
1回では足りず2回3回と呪文を重ね掛けし、ようやくまともになった。
「しかし、これはまた……」
銀鼠色の絹の壁紙がほとんど見えないほど、びっしりとポスターや写真が貼られている。それも、グリフィンドールのバナーにマグルのオートバイの写真など。思わず眉を顰めてしまったが、マグルのグラビアポスターまで数枚貼ってあった。
壁の殆どが、純血主義に反抗していた為か、マグルの写真で覆われている中1枚だけ魔法界の写真があった。ホグワーツのグリフィンドール生4人が肩を組み合い笑っているものだ。
「写真……これはハリーのお父様ですかね。こちらがシリウスで、この人は分かりませんね……ん?」
ハリーそっくりな男子生徒と、手配書からは想像し難い程の美青年。認めたくはないが、少し自分と似ているかもしれない。
シリウスの右に立っている小太りの背の低い男は見覚えがなかったが、ハリーの父の左に立っている、ややみすぼらしい少年は、何処かで見たことがあった。
「ルーピン教授?」
つまり、ルーピンは彼らと親友であったのだ。そうなれば、小太りの男はシリウスに殺されたピーターという男なのかもしれない。
そういえば、スネイプが彼を敵視している理由もまだ聞いていなかったし、この際色々と聞き出そうとセフォネは考えた。
「後で少し話を聞いてみますかね」
その後、セフォネは部屋を一通り調べたが、彼の潜伏先の手がかりになりそうな物は見つからなかった。しかし、途中で面白い物を見つけた。ハリーの母リリーがシリウスに向けて書いた手紙に、ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドが友人関係であったという話があると書いてあったのだ。
グリンデルバルドは有名な闇の魔法使いで、ヴォルデモートが現れなければ史上最悪の闇の魔法使いであったと評されており、1945年にダンブルドアと戦って敗北した男である。
「中々面白い部屋でしたね、ここは」
杖を振って全てを元あった場所に戻すと、セフォネはクリーチャーを呼び出し、"付き添い姿くらまし"でホグワーツに戻った。
イースター休暇に入ると、生徒たちは大量の課題に追われていた。エリスやドラコはクィディッチの練習もある為、普通の生徒よりも負担が大きい。練習が終わると課題をこなして直ぐに寝て、朝練の為にまた朝早く起きねばならない。これには、朝が弱いエリスに随分こたえるようだった。そして、そんな彼女を起こすためにセフォネも必然的に早く起き、かなり早い時間に図書館に来ていた。
「おはようございます、ハーマイオニー。随分と早いですね」
1番乗りかと思いきや、やつれた様子のハーマイオニーが机の一角を占拠し、既に勉強を開始していた。
「…おはよう……」
目の下には隈が出来ており、まるで病人のようだ。それもそのはず、彼女は選択科目の全教科をとっており、普通に勉強していたのでは間に合わないのだ。
「少し休んだほうがいいのでは?」
「まだ課題の4分の1も終わってないのよ」
「授業を取りすぎなんですよ。それに、時間の逆行も負担になりますし」
「な!?」
ハーマイオニーが驚きのあまりインクを倒し、教科書と羊皮紙に黒いシミが広がっていく。セフォネはそれを綺麗にしながら、どうして分かったかを説明した。
「同じ時間にある2つの授業を全て皆勤しているとなれば、大体予想はつきます」
「……貴方って本当に凄いわ」
「そうでもありませんよ。しかし、ハーマイオニー。1日は通常24時間です。そして、人の睡眠時間は大抵6,7時間。つまり、4時間起きているにつき1時間の休息が必要になる。この意味が分かりますか?」
逆転時計を使って2コマの授業を受けたとしよう。それが1日だけならば、たった2時間程のずれでしかない。ほんの数十分仮眠をとればいいだけである。しかし、それを行わずに何ヶ月も時間を逆転し続ければ、その疲労はどんどん蓄積されていく。その上ハーマイオニーは寝る間を惜しんで勉強している。十分過労状態なのだ。
「逆転した時間も考えて休みを取れってこと?」
「その通りです。それに、眠ければ時間を逆転させて寝ればいいんですよ」
「……その考えは無かったわ。でも、勉強以外の用途では使っていけないって……」
「体を労るのも、勉強に必要なことですよ」
休息を取らずに勉強し、体を壊せば元も子もない。ハーマイオニーは少し思考が硬いのだ。そこが彼女の短所である。
「全く、貴方には敵わないわ……そうだ、1つ頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」
「私に可能な範囲であれば」
「ハグリッドが裁判に負けてしまったの。まだ控訴があるんだけど、委員会はマルフォイの言いなりで……ハリーから聞いたんだけど、貴方マルフォイと親しいのよね? 彼を説得して貰えないかしら」
控訴に勝つには、ルシウスを上回る権力を使うか、彼に訴えを下げてもらうしかない。前者はほぼ不可能であり、後者はセフォネが説得すれば可能かもしれない。
正直セフォネはあまり興味が無いのだが、丁度ルシウスに手紙を書こうと思っていたので、ついでにそれについて一筆したためてもいいかもしれない、と思いハーマイオニーの願いを聞くことにした。
「まあ、手紙を送る程度でしたら、丁度彼に手紙を送る予定だったので構いませんわ」
「ありがとう」
「しかしまあ、あまり期待はしないで下さいね」
そうは言いながらも、セフォネはどうやれば彼を説得できるか考え始めた。
その日の夜、セフォネはルシウスへの手紙を自分のペットである、シマフクロウのエウロペに、他の十数枚の手紙は学校のフクロウに持たせて送り出した。
「さて、丁度いいですし、ルーピン教授の元へ行きますか」
フクロウ小屋から降り、暫く歩いていく。確か、ここがルーピンの部屋であったと思う部屋をノックした。
「どうぞ」
柔らかな声がし、セフォネは扉を開いた。セフォネの姿を見た途端、ルーピンは僅かに表情を強張らせた。今まで通りの警戒している様子とは違い、何かを恐れているような表情だ。恐らく、ルーピンはスネイプが人狼について講義したことを知っており、そこから正体がバレたのかと思っているのだろう。
「やあ、セフォネ。どうかしたのかな? 何か質問かい?」
「確かに質問ですが、授業に関連することではございませんわ」
セフォネは部屋に入り、扉を閉めた。中には授業に使う生物を入れた水槽などが置いてあり、他にも私物が綺麗に並べられていた。その為か、物が多いわりに部屋は汚く見えない。
「まあ、立ち話もなんだし、折角来てくれたんだ。紅茶でもいかがかな? ティーバッグしかないから、味はあんまり良くないかもしれないけど」
「お言葉に甘えて」
ルーピンがお茶を入れている間に、彼に勧められた席に座る。
出されたお茶は、ティーバッグにしては美味しかった。もっとも、ラーミアが淹れてくれるお茶のほうが美味しいが。
「それで、話って何かな?」
「2つございますが、まずは親愛なる我が伯父シリウス・ブラックとの関係について」
そう話した途端、ルーピンはギクリと肩を跳ねさせた。しかし、動揺を隠すように紅茶に口をつけると、静かな声で尋ねた。
「どうしてそんなことを?」
「私の家は彼の生家。ゆえに、貴方とジェームズ・ポッター、ピーター・ペティグリュー、そしてシリウス・ブラックが写った写真がありまして」
「そういうことか。まあ、親友だったよ。それだけだ」
過去形を使ったということは、今ではそう思っていないのだろう。
「彼の居場所について、何か心当たりなどは?」
「悪いけどないな。知っていたら魔法省に通報しているよ。それに、知ったところで君はどうするんだい?」
「成すべきことを」
その返答にルーピンは微妙な表情になるが、セフォネは構わずに続けた。
「では、2つ目。貴方とセブルスの間にある確執について」
「私が彼の望む教科の担当だからで……」
「誤魔化しは効きませんわ。満月になるまで粘りますよ?」
セフォネはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ルーピンは目を細めた。その目には、警戒と僅かな怒りが宿っているように見えた。
「脅しているのか?」
「脅してこいと言われました」
"誰に"を言っていないが、ルーピンは察したのだろう。深く溜息をつくと、背もたれに深く寄りかかった。
「その様子だと、私が狼人間だという真実を既に知っているだろう。君ならば誰かに言いふらしたりしないだろうから話そう。少し長い話になるよ。ではまずちょっと昔の話からかな……私はね、幼い頃に狼人間になってね。だから、ホグワーツには到底入学出来ないと思っていたんだよ。でも、ダンブルドアは私にチャンスをくれた。私を月に1回隔離することで、入学出来るように取り計らってくれたんだ。そして私はホグワーツに入学し、友が出来た。さっき君が言った3人だ。しかし、3人の友人は私が月に1回姿を隠すことに気付いてしまった。あの時は見放されると覚悟したよ。狼人間は昔から差別されていたからね。でも、彼らは今まで通り私を友として見てくれた。本当に嬉しかったよ」
そこで1回区切り、ルーピンは紅茶を一口飲んだ。
「さて、そこでだ。私と同期だったセブルスは、私が月に1回何処へ行くのか非常に興味を持った。そして、入学当初からシリウスやジェームズと険悪の仲だったセブルスは、どうにか私たちを退学させようと、それを嗅ぎ回った。シリウスが……まあ、ちょっとした悪ふざけで、私が隔離されていた場所への行き方を教えてしまった。ジェームズはそれを聞くなりセブルスを引き戻しに行ったのだが、変身した私を見てしまった。ジェームズが止めなければ、セブルスは変身した私に殺されていたかもしれない」
そこまで詳しく教えて貰えるとは思いもよらなかったが、ルーピンは自分が話さなくてもスネイプが話してしまうかもしれないと思ったのだろう。
「セブルスはその悪ふざけに貴方も関わっていると思い、貴方のことを嫌っているのですか」
「その通りだ」
2人の間に暫し沈黙が流れた。時計の針と、水魔が水槽を泳ぐ音だけが部屋に流れている。セフォネが紅茶を飲み終わり、机に置いて暇を告げようとした時、ルーピンが口を開いた。
「セフォネ。私からも1ついいかな?」
「はい」
「最初の授業の時、ボガートは君自身の姿に化けた。それも、泣いている姿にだ。君は泣くことが怖いのか?」
「正しくは、弱くなることが怖い、ですわ。私は弱くなった自分を恐れているのです」
「それは何故?」
「幼い頃に強くなると誓ったためです。全てを乗り越える為に」
ルーピンはその答えが不可解だったのだろう。訝しげな表情だった。まあ、理解してもらおうとは思わないし、理解出来るとも思えない。
「急に押しかけてしまい、ご迷惑をお掛けいたしました。紅茶、御馳走様でした」
セフォネは一礼すると、ルーピンの部屋から立ち去った。
エリスの守護霊………オセロットは作者が1番好きな動物です。メタギアは関係ないです。
シリウスのお部屋………ここに限らず、ブラック邸って何気にネタバレの宝庫。
逆転時計………作者の勝手な解釈ですが、私がもし持っていたら、時間巻き戻して好きなだけ寝ます。
ルシウスを説得………出来るでしょうか。
次回ようやくクライマックスに突入出来そうです。