ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
悪夢と日常
焦げた匂いが辺りに立ち込めていた。
半分が焼け落ちた孤児院の建物。銀髪の少女は他の子供たちや職員と共に、鎮火した瓦礫の前に佇んでいた。
この火事による死者は4名。その中に、"おばあちゃん"がいた。
「…お…ばあちゃん……? ……なんで…?」
自分の唯一の味方であり、心の拠り所であった"おばあちゃん"。皆が疎ましげな視線を送る中、ただ1人自分に優しい笑みを向けてくれた。しかし、その笑顔を見ることはもうない。
「…神様……どうして……」
首から下げたクロスのネックレスを握りしめながら、少女は膝から崩れ落ちた。
「…どうして……」
悲しさに身を震わせる。涙が眼から溢れでてきそうになったとき、誰かが呟いた。
「魔女だ……魔女がやったんだ…」
その呟きに呼応するように、皆が独り言のように呟きだす。
「…恐ろしい子…」
「…きっと魂を食ったんだ……」
「…だから関わるなと言ったのに……」
――違う。私じゃない。私がそんなことする訳ない。
少女は反論しようと振り返った。だが、言葉が出てこなかった。
孤児院の皆は、少女から距離をおいて囲むようにして立っていた。そしてその目は、まるで悪魔でも見ているかのような目。そう、あの目だ。初めて不思議な現象を起こした時の周囲の目と同じ、あの恐怖と軽蔑が入り混じったような嫌な目。
「…私は…私じゃ……いや……止めて………」
――そんな目で私を見ないで。
味方は誰一人としていない、孤立無援の状態。助けてくれる"おばあちゃん"はもういない。自分にはもう、誰もいない。少女は孤独感に押し潰された。
「お願い……止めて……」
――私を1人にしないで。
震える足で、何とか立ち上がる。そして、逃げるように孤児院を後にした。行き先など無いし、道も分からない。しかし、少女は歩いた。歩きながら、止めどなく流れる涙を拭こうともしなかった。
―――もう、1人は嫌だ。
「あ……ぅ……」
酷い不快感に包まれながら、ラーミア・ウォレストンは目を覚ました。夢の内容は覚えていないが、とてつもなく嫌な夢だっただろうことは分かる。寝間着は冷たい汗でぐっしょりと濡れ、前髪も汗で額に貼り付いていた。
半ば覚醒しながら上体を起こすと、目の脇に冷たいものを感じ、手を触れてみると、雫が指についた。
「涙……?」
泣いていたのだろうか。そういえば最近、何かと主――ペルセフォネ・ブラックの目の前では涙脆く、その度に慰められている。
「情けない。しっかりしないと」
気合を入れるように頬を両手でパンパンと2度叩き、ラーミアはベッドから起き上がった。
「まずはシャワーでも浴びようかな」
ラーミアにあてがわれているのはグリモールド・プレイス12番地ブラック邸の3階の来客用寝室の1つ。初めてここに来た時に寝ていた部屋だ。セフォネは隣の部屋もぶち抜いて、そこをラーミアの自室にしようとしたのだが、ラーミアは流石に断った。遠慮しているのもあるが、ただでさえ広い部屋なのにそれを2倍に広げたら、自室として使用するには却って落ち着けないからだ。
それはともかく、ここは元々来客用であるために、シャワー室が設置してある。だが、2階には大浴場があり、どうせならそこでシャワーを浴び、ついでに少し湯船に浸かろうと、ラーミアは着替えを持って部屋を後にした。そして、階段を降りている時に気付いた。
「今日って……私の誕生日じゃん」
その日は雨が降っていた。
ロンドン某所にある墓地の墓石の前に、黒髪の少女は立っていた。周囲の墓石の殆どに
少女の眼前の墓石にはオリオン・ブラック〈1929〜1979〉、レギュラス・ブラック〈1961〜1979〉、そしてヴァルブルガ・ブラック〈1925〜1985〉と刻まれている。
少女は天を仰いだ。その顔が濡れているのは、雨のせいかそれとも涙のせいか。
――こんな世界もう………
つい先日、少女の祖母は死に、たった今埋葬したところだ。これで、少女から家族はいなくなった。いや、母親がまだ生きてはいる。一応、であるが。
父は2歳の時に死んだ。その時、母も廃人になった。事故だった、と今までは思っていたし、そう聞かされていた。だが、真実は―――
その時、2人の男女が現れた。グレーのローブに身を包み山高帽を被っている男と、喪に服す気があるのかと問いたくなるようなピンクの花柄のローブを着たガマガエルのような女。男は遠慮がちに少女に近づき、やや距離を取って呼びかけた。
「あー、その、いいかね?」
空を見上げていた少女は、ゆっくりと視線を男へ移した。
「私は魔法省のコーネリウス・ファッジと言う者だ。君はミス・ペルセフォネ・ブラックだね?」
「何用で?」
少女――ペルセフォネはファッジの言葉に頷きもせず、冷たい声音で、彼の真意を問う。
なぜ家族葬とした一介の魔女の墓参りに、そのような地位の人物がやって来たのか。ペルセフォネにはその理由が分からなかった。
5歳の少女とは思えぬ対応に面食らうファッジだったが、連れの魔女がニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ、ペルセフォネに近づいていった。
「ミス・ブラック。そんな顔をしないで、ね? お祖母様が亡くなってしまったのはさぞお辛いことでしょうけど、私たちは敵ではありませんわ」
「何用で?」
機械のように同じ言葉を同じ調子で繰り返す。
「いえね、貴方には今家族と呼べる人がいなくなってしまった、そうよね?」
「………」
「5歳の子を放っておける訳はないじゃない? だからね、貴方にピッタリの家族をご紹介しようと思って」
「………」
「安心して。とってもいい人たちですからね」
安心させるかのように、魔女はペルセフォネの肩に手をのせた。だが、ペルセフォネの表情は一段と険しくなる。彼らの目的に徐々に気づき始めたのだ。
「
「ええ。勿論知っておりますわ。ですが、いまは入院されていて、治る見込みはないのでしょ?」
そんなことを、普通笑みで言うだろうか。ペルセフォネはこの女に激しい嫌悪感を抱いた。
「私たちは貴方のことを全て知ってます。あれは本当に悲しい事故で……」
「事故?」
やはり、そうだ。こいつ等はあの事件をあくまで事故として処理し、闇に葬ろうとしている。隠蔽した後、自分たちの息の掛かった人間の元で育て、ゆくゆくはその血筋を魔法省の為に利用しようとしているのだ。
普通だったらここまで見通すことは出来ないし、ペルセフォネが見通したわけではない。祖母が生前言っていたのだ。
"自分の死後に近づいて来る人間には注意しろ、特に魔法省を"と。"そいつ等は好意を持って接してきているのではない。まだ無知なお前を利用しようとしているのだ"と。
ペルセフォネも、まさかこんな早くとは思わなかった。
それもあるが、ペルセフォネが引っ掛かったのは、魔女の態度だ。本気で事実を隠蔽する気でいる。彼らはペルセフォネが全ての真相を知っているということに気づいていないのだ。
「え、ええ。あれは事故……」
「事故? あれが事故?」
――悲しい事故? どの口が言うのか。
抑えきれない程の激しい怒りが込み上げてくる。そして、父を殺した闇祓い、母を奪った吸魂鬼、それ等を派遣した魔法法執行部、その事実を隠蔽しようとする目の前の魔法省の役人。自分から家族を奪った全て、ひいてはこの世界、もしいるとするのならば、神という存在に対しても。
憎い。何もかもが憎い。色々な物を憎み過ぎて何を憎んでいるのかも分からなくなってきた。そして、極限まで高まった負の感情が一気に爆発した。
「巫山戯るな………巫山戯るなああああああぁぁぁぁぁ!」
ペルセフォネの絶叫と共に、彼女から異常な魔力が放出され、その魔女とファッジを吹き飛ばした。ファッジはいくらか距離があったのと、飛ばされた方向が良かったため、芝生の道をもんどり打って転がっただけで済んだ。だが、魔女の方は真正面から吹き飛ばされ、後ろの墓石に激突し、1つ目を砕き、2つ目にヒビを入れてそこで止まった。
「ぐ……ぐはっ……があ……」
腰の痛みに呻きながら立ち上がる魔女だったが、ペルセフォネがその魔女を睨みつけた途端、突如魔女の身に激痛が襲い、泥混じりの地面に倒れた。
「ぐっ……ぎゃああああああああああ! ああああああああ!」
魔女は体験したことがないほどの痛みに地面をのたうち回った。
「…許さない……」
ペルセフォネの背後に突風が巻き起こり、それは鋭い風の刃で構成された竜のような形になり、魔女に襲いかかった。
「があああああぁぁぁ! 助けっ………あああぁぁ………あぁ……」
魔女の体に無数の切り傷が刻まれていき、深いものは骨まで達している。全身から血を流し、魔女は血のあぶくを吐きながら痙攣した。その様子を、痛みを堪えて体を起こしたファッジは青ざめて見ていた。
今ペルセフォネが使った魔法は"磔の呪文"と"怨霊の息吹"という呪いである。たった5歳の少女が大人の魔女を蹂躙するほどの闇の魔法を、それも無意識に使用しているのだ。
純粋な恐怖。
かの闇の帝王を前にしても抱くかどうか分からない程の得体のしれない恐怖を、ファッジは全身で感じていた。
ペルセフォネは雨に濡れた髪を掻き上げながら、感情に任せて叫び、魔力を放出し続けた。大気がうねり、地面が掘り起こされ、やがてその影響は天候にも及んだのか、ただの雨が嵐と化していた。
「許さない!」
すぐ側に雷が落ち、周囲に高電圧をばら撒いた。バチバチと電気が走り、さらなる被害を周囲にもたらす。
「殺す……殺してやる………壊す……壊してや………」
しかし、規格外過ぎる強大な魔力行使は、幼いその身には耐えきれるはずもなく、ペルセフォネはふらりと地面に崩れ落ちた。
「ケホッ……かはっ…」
そのダメージは大きく、ペルセフォネは2度3度咳き込み吐血した。そして、血が混じった涙を流しながら意識を失っていく。
――何もかもを壊してやる……!
気絶した少女と瀕死の部下を目の前に、ファッジは呆然と立ち尽くしていた。
「…あぅ……ん…ぅ…」
苦しそうに呻きながら、この館の主ペルセフォネ・ブラックは目を覚ました。一言で言えば、最悪の目覚めだ。悪い夢でも見ていたようで、全身が汗でびっしょりで、汗を含んだ寝間着が肌に纏わりつき、実に不快である。汗に濡れた髪もまた、肌にペッタリと吸いついていた。
「ああ、気持ち悪い……」
前髪を掻き上げて後ろに流しながら身を起こす。その時、ふと頬を伝うものがあった。
「涙……?」
本能的に泣くことを恐れている自分が涙を流すとは、一体どんな夢だったのだろうか。思い出そうとしても、断片的にぼんやりとした情景しか浮かんでこない。
「とりあえず、シャワーでも浴びますかね」
この部屋にもシャワールームはある。しかし、セフォネは風呂は広いほうが好みゆえ、基本的に2階の大浴場を使っていた。
「んんっ」
セフォネは1つ伸びをすると、着替えを持って部屋を後にし、2階へ降りた。セフォネが脱衣所に入ると、どうやら先客がいるようで、シャワーの水音がした。
「まだ5時30分なのですが……ラーミアも随分早起きですね」
セフォネは汗を吸ったネグリジェを脱ぎ、タオルを巻いて浴場に入った。ドアの開閉音は水音でラーミアには聞こえなかったようで、セフォネが入ってきたことに気付いていない。ちょっと悪戯心が湧き、後ろから肩に手を、頭に顎を載せた。
「おはようございます、ラーミア」
「お、おおお嬢様!?」
ラーミアは取り乱し、とっさに置いておいたタオルを胸元に引き寄せた。女同士でも裸を見られるのに抵抗があるらしく、顔を真っ赤に染めていた。その様子が愛らしく、セフォネは笑みを零した。
「驚かせてごめんなさい。随分と早起きですね」
「お、おはようございます。ちょっと悪い夢を見たみたいで、それで起きちゃったんです」
「奇遇ですね。私もです。ああ、そうそう。言い忘れましたけど……」
ラーミアがセフォネを振り返り、セフォネは彼女に優しく微笑んだ。
「お誕生日おめでとうございます」
シャワーを浴び、少し湯船に浸かったセフォネとラーミアは普段着に着替えて1階に降りた。
セフォネは何時ものように露出が極度に少なく、黒のストッキングの上にワインレッドのフレアスカート。上は黒い長袖のブラウスというこれまた何時ものような黒ずくめである。
ラーミアは白いシャツに青緑色のベストを着ていた。下は同系色の膝丈までのスカートに白い靴下を着用。頭に黒いリボンを付けていた。
「おはようございます、お嬢様、ラーミア嬢」
「おはようございます、クリーチャー」
「おはようございます、クリーチャーさん」
「ラーミア嬢、何度も申し上げておりますが、魔女である貴方様が屋敷しもべ妖精たる私めに敬称をつける必要は……」
「何度も言ってるじゃないですか。クリーチャーさんは私の先輩なんだから、敬意を払うのは当然だ、って」
「……お嬢様も貴方様も、魔法界では非常に稀有な方でございます。屋敷しもべ妖精に敬意など……。それはそうとお嬢様、本日の新聞はテーブルの上に。そしてラーミア嬢、貴方様宛に手紙が来ております」
「私に?」
クリーチャーから手紙を受けとり、差出人を見てみると、なんとホグワーツからの手紙だった。
「あの狸は本当に……」
ラーミアがここにいることを知っているのは、セフォネとクリーチャーだけ。もはやダンブルドアは自分のことを始終監視しているのではないだろうか。と、思ったが、セフォネはあることに気づいた。
「ああ……フィニアス卿ですか」
ホグワーツの校長を務めたフィニアス・ナイジェラス・ブラック。その肖像画が、ここグリモールド・プレイス12番地と、ホグワーツの校長室にある。ダンブルドアには自分の行動など、彼を通して筒抜けなのだ。
「まあ、それは置いておきますか」
後でたっぷりとフィニアスに小言をお見舞いするとして、セフォネはホグワーツからの手紙に舞い上がり気味になっているラーミアに視線を向けた。
「ラーミア。今日は必要な物を買いにダイアゴン横丁へ行きましょうか」
「でも、お嬢様の買い物と一緒のほうが……」
セフォネへの手紙はまだ来ていない。去年度の成績をつける必要があるからだ。恐らく、来るのは8月を過ぎてからだろう。
「そんなことでもなければ、私が外に出る機会などありませんし、私への手紙が来た頃では在校生で混雑するでしょうから」
それに、ラーミアが今すぐにでも駆け出しそうなことくらい、開心術を使わずとも分かる。
「では、朝食後に出発としましょう。それと、誕生日休暇として今日一日は業務を休んで構いませんわ」
「さ、流石にそれは……」
そもそも、ホグワーツに通う間は休暇扱い。要するに、ラーミアがブラック家使用人として働くのは、1年に2ヶ月と少し。今年の8ヶ月と合わせても、残り7年間で働く日数は2年間分のみ。にも関わらず、給与は一般魔法省役人の年収と同額。いくら名家の使用人という身分とはいえ、1日でも多く働かないと、セフォネに申し訳ない。
だが、セフォネはそんなことは気にしていなかった。何故なら、セフォネはブラック家の全財産を握っているからだ。その額はマルフォイ家の全財産にまでは及ばないものの、グリンゴッツの最深部に金庫を持つほど。その上、例の事件の魔法省からの示談金もある。ゆえに、言い方は悪いが、金ならいくらでもあるのだ。
もっとも、今全財産とはいったが、アルファード・ブラックが持っていたとされる結構な額の財産は行方不明となっている。祖母曰く、"溝に捨てられた"とのこと。
「福利厚生の一環です。ブラック家はその名と違ってホワイトな労働環境を心がけていますから。という訳でクリーチャー、朝食をお願いします」
「かしこまりました」
そんな訳で今、セフォネとラーミアはダイアゴン横丁に来ていた。
「お嬢様、暑くないんですか?」
セフォネはブラウスの上にケープコートを羽織り、つばの広い帽子を被っていた。7月上旬の初夏の気温にはそぐわない。
「傍から見ればそうでしょうが、"冷房呪文"を使っているので。日差しのほうが大敵ですわ」
セフォネは日光が嫌いである。吸血鬼とかそういうわけではなく、普段から暗い場所で魔法書を読み耽り、外に散歩に行くにも夜か夜明け前。そんな彼女には真夏に降り注ぐ紫外線がキツイのだ。
「嵩張るので教科書は後にしたほうが良いですね。先ずは制服を買いに行きましょうか」
「お嬢様。教科書なんですけど、お嬢様の物を貰っても良いですか?」
ラーミアがそう言うと、セフォネは少し意外そうな顔をした。
「構いませんが、新品のほうが良いと思いますよ。無意識に思ったことをメモしていたりするので」
セフォネは授業中暇になると、そのページに書いてある呪文や理論などについてに自分なりの考えや裏技などを、徒然なるままに書き記していることがあった。その為、お世辞にも新品同様とは言えない。家庭学習用に1年の時に使用していた呪文集をラーミアに渡したが、新しいのを買うだろうとセフォネは思っていたのだ。
「逆に、それがいいんです」
しかし、ラーミアは逆にその落書きに助けられることが多く、却ってそのほうが良かったのだ。
セフォネはそれを聞き、愉快そうに笑った。
「ふふっ、ならば、今年は落書きを増やしておきましょうか」
ラーミアは是非ともお願いしたいと思った。そんな会話を続けているうちに、最初の店についた。
「マダム・マルキンの店ってここですか?」
「ええ。丁度私も新調したかったので、ついでに買ってしまいますわ」
入学前に誂えたローブは成長を見越して大きめに作られていたが、それでも丈が足りなくなってきたのだ。計測してもらった結果2年間で10センチ以上伸びていたようで、セフォネの身長はそろそろ160センチに突入しそうだ。
変わってラーミアは140センチジャストと、歳相応の身長といえる。
魔法を使っているので当たり前なのだが、出来上がるまでに数分しか掛からなかったことにラーミアは驚いていた。
次に薬問屋や鍋屋など、必要な小物類を買っていき、途中で昼食を取った。
「そういえば貴方はまだ自分の杖を持っていないのでしたね。では、最後は杖ですかね」
ラーミアは杖を今所持してはいるが、これはブラック邸にあった誰のか分からないもので、ホグワーツ入学前のブラック家の子供が練習用に使用していたものだ。
「杖はどこで買うんですか?」
「オリバンダーの店ですわ。ここを真っ直ぐ行った先だったと思います」
正直、杖屋は1回しか行ったことがないので自信はない。幸いにもセフォネの記憶は正しかったようで、直ぐに看板が見えてきた。
「ここです」
狭くてみすぼらしい、年季を感じさせる佇まいの店。一昨年マクゴナガルと共に来た"オリバンダーの店"だ。
店内の入り口近くには埃臭いショーウィンドウがあり、部屋の中央に色あせた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれ、あとは壁中に杖の細長い箱が、ところ狭しと積み重なっている。
セフォネがショーウィンドウのベルを鳴らすと、奥からオリバンダーが出てきた。
「いらっしゃいませ……おや、ブラック嬢。ご無沙汰しております。今日はどういったご用件で?」
「彼女の杖を見繕っていただきに参りました」
「ほう……失礼じゃが、どのようなご関係で?」
オリバンダーが疑問に思うのも当然だ。2人とも可愛らしい少女ではあるが、容姿で判断する限り姉妹には見えないだろう。
「私の従者です」
その答えにオリバンダーは面食らった。従者ということは即ち、ブラック家の使用人であるということ。オリバンダーにはセフォネと共にいる少女がそのような身分であるとは思わなかったのだ。
店内を見渡していたラーミアはオリバンダーに向き直り、礼儀正しくお辞儀して挨拶した。
「ラーミア・ウォレストンと申します」
「ではウォレストン嬢、こちらにお掛けになって下さい。杖腕はどちらですかな?」
「杖腕……えと、左です」
杖腕が利き腕を指すことが分からず、ラーミアは少し戸惑っていた。それを見てセフォネが微笑む。オリバンダーには2人が、面倒見のいい姉と妹のように見えてならず、2人の関係が益々分からなくなった。
巻尺がラーミアの体中の寸法を測っている間に、オリバンダーが杖について語りだす。
「ここの杖は、強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンのたてがみや不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線など様々ですが、その素材1つ1つにも違いがあり、同じ杖はこの世に1本たりとも存在しません。故に、他の魔女魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのですよ。それでは……まずはこれを。樫にドラゴンの心臓の琴線。28センチ。柔らかい」
ラーミアは杖を手に取るが、いまいち馴染んだ感じはしない。オリバンダーも同感なのか、別の杖を差し出した。
「柳に不死鳥の羽。41センチ。固くて丈夫」
その後6本ほど試したが、どれも上手い具合にはいかない。ラーミアはやや不安そうにしているが、セフォネの時は軽く20本は試した。まだ全然といえる。
「ううむ……ブラック嬢程ではありませんが、貴方も難しい客じゃ……ではこれを」
そう言ってオリバンダーは一番真新しい箱を取り出した。
「無花果に
ラーミアはその杖に触れた途端、温かなものが流れてくるような感覚を覚えた。軽く振ると、金色の火花が吹き出した。
「よろしいようですな。この杖は昨日仕上がったばかりの一番新しいものでして、何やら縁を感じます。そうだ、ブラック嬢。貴方の杖を見せていただけますかな?」
唐突な要求に首を傾げながらも、セフォネは懐から杖を取り出してオリバンダーに渡す。オリバンダーは杖の調子を調べるように、目を細めながら観察した。
「良く手入れなさっているようで何よりじゃ。何世紀以上も買い手がつかなかったこの凶暴な杖が、貴方のような少女の手に渡った時は、それはもう驚いたものです」
「これは先々代から受け継いだのではなかったのですか?」
「正しくは先々代が発見した、です。店の掃除中に出てきたもののようで、いつ作られたのかも謎。柘榴にキメラの鬣、33センチ。強固で獰猛……」
オリバンダーが杖を振ると、その性格を表すかのように店内に突風が巻起こり、ランプをなぎ倒した。
「貴方以外には扱えそうにもない」
オリバンダーは杖をセフォネに返し、セフォネは不敵な笑みを浮かべてそれを懐に仕舞った。
「私の杖はじゃじゃ馬ですからね」
ラーミアが杖の代金7ガリオンを払い、2人は店を後にし、"闇の魔術に対する防衛術"の教科書だけ買うと、セフォネの"姿くらまし"で屋敷へ戻った。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「どういたしまして。夕食はクリーチャーにご馳走を用意してもらいましょう。勿論デザート多めで。遠慮はいりませんよ」
ラーミアが遠慮するだろうことを見越して、セフォネはラーミアに微笑みかけた。
「あ、ありがとうございます……」
ラーミアはセフォネが自分の誕生日を祝ってくれることが素直に嬉しかった。
そんな風に、夏休みの前半は何事も無く過ぎていった。
7月ももう終わるという、ある日のことだった。
何時ものように朝、シャワーを浴びた後に1階へ降りてきたセフォネに、ラーミアが挨拶をして新聞を手渡した。
「どうもありがとう」
礼を言ってソファーに腰掛ける。ラーミアはテーブルにモーニングティーを置いた。
「5分程で朝食が出来上がります。
「ここで」
「かしこまりました」
一礼し、ラーミアは下がった。随分とメイドが板についたものだ、とセフォネは思いつつ、紅茶に口をつけた。朝は濃い目を好むセフォネの舌を見事に満足させる味だ。
「喫茶店出せると思うんですよね」
そう呟いて、畳まれた新聞を開いてもう一口飲み、それを味わいながら一面の新聞記事を見る。一面の大見出しは……
「ごふっ!?」
熱い液体が肺に入り、思わず吹き出してしまった。
「ケホッケホッ!」
何度か咳き込み、ようやく落ち着いた頃、もう一度新聞を見た。幻覚か見間違いかと思ったが、そうであって欲しいと思ったが、そこにはしっかりと書かれていた。
"大量殺人鬼シリウス・ブラック、アズカバンを脱獄!"
ヴァルブルガの葬式直後に来訪したファッジとガマガエル魔女………これがファッジがセフォネを恐れている理由。そして、早くもガマガエル登場。何年も前に既にセフォネにボコられ済み。
フェニアス・ナイジェラス・ブラック………セフォネの曾曾曾祖父。ダンブルドアからセフォネの様子を報告するように言われている。
ブラック家の財産………この作品では、≒マルフォイ家ということで。シリウスの金は別口扱いです。
今回は2人の過去、ほのぼの日常、そして逃げ出したわんわんお、でお送りしました。