ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
夏休み
イギリス・ロンドン。グリモールド・プレイス11番地と13番地の間に、銀色の郵便ポストが立っていた。ところどころ装飾が施され、取っ手の部分は蛇を模したものとなっている。なぜこんな物がこんなところにあるのか、普通は疑問に思うだろうが、ここの住民は疑問に思うどころか、そのポストの存在さえ知らなかった。
そこに1羽のフクロウが飛んでくると、ポストの蓋がひとりでに開く。フクロウはそこに手紙を落とすと、飛び去っていった。
10分ほど経った頃、突然建物と建物の間から現れた少女が、ポストの中から手紙を取り出した。
その少女――ペルセフォネ・ブラックが封筒を裏返して差出人を見ると、ホグワーツからの手紙であった。
なぜ、ダンブルドアはこの家にフクロウ便が届くようになったことを知っているのかと、セフォネは首を傾げる。
「相変わらずの狸ぶりですこと。どこからか見ているのでしょうか」
セフォネが自宅の防護魔法を強化しようかと思った時、さっきのとは別のフクロウが飛んでくる。フクロウはセフォネの頭上を旋回すると、ポストの上に止まった。
「フローラ」
このフクロウ――フローラは、親友のエリス・ブラッドフォードが飼っているフクロウである。
最初に来た時はなぜかセフォネを警戒し、やたら威嚇してきたり攻撃しようとしたりしたものだが、今ではすっかり慣れ、手を差し伸べればその上に止まるほどだ。
「エリスからですね」
小さく呟くセフォネの声には嬉しさが滲んでいる。友人との手紙の遣り取りは、セフォネの夏休みの楽しみの1つであった。
フローラを腕に止まらせ、セフォネは家の中に戻った。玄関に置いてある鳥籠の中にフローラを入れて餌を上げると、1階リビングのソファーに座り、手紙を読む。
ホグワーツからの手紙は、去年の成績云々と、今学期必要な物。
2学年用の呪文学の教科書。そして、"闇の魔術に対する防衛術"の教科書だ。なぜか、ギルデロイ・ロックハート著の本ばかりである。
「確かアンナがファンだとか言っていた人物でしたかね」
ホグワーツの寮でのルームメイトのアンナ・フィリップスはこの人物の大ファンで、部屋にポスターを貼ろうとしていたほどだ。しかし、同じくルームメイトのキャサリン・メイスフィールドに止められた。
セフォネはその時のことを思い出してクスリと笑うと、フローラが運んできた封筒を開けた。
「さて、エリスからは……」
『セフォネへ
ホグワーツからの手紙は届いた? 明日ダイアゴン横丁でロックハートのサイン会があるらしいのよ。それで明日買い出しに行こうと思ってるんだけど、良かったら待ち合わせしない? ちょっと早いんだけど、9時に漏れ鍋でどうかしら』
答えは勿論イエスである。
セフォネは"呼び寄せ呪文"で羊皮紙と羽ペンを手元に寄せると、承諾の旨を書き記し、封筒に入れた。その上に赤い蝋をたらし、指輪を捺して封をする。
「フローラ。よろしくお願いします」
手紙を託されたフローラは、玄関から飛び立っていった。
翌日の午前9時。セフォネは近くの路地裏に"姿現し"し、漏れ鍋へ向かった。店に入ると、丁度エリスが暖炉から出てきた所だった。
「お久しぶりです、エリス」
「久しぶり、セフォネ」
2人は店の奥の中庭へ行き、ダイアゴン横丁へ向かう。書店へ向かうまでの道中の話題は、新しい教師のことだった。
「今回の"闇の魔術に対する防衛術"の先生さ、ロックハートのファンかな?」
「ともすれば、著者本人かもしれませんわね」
「だったらいいなぁ。去年のクィレル先生よりは大丈夫そうだしね。イケメンだし」
「やはり、貴方の基準は顔ですか」
「当たり前よ」
フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に着くと、既にそこは混み合っていて、結構長い列が出来ていた。
「あっちゃー。まだ早いのに結構並んでるよ。10分以上は待つかな……」
「私は先に自分の分を買ってくるので、並んでいても構いませんよ」
「そう? 悪いわね」
エリスはロックハートのサイン会の列に加わり、セフォネは必要な本を買ってエリスの元に来た。
「それにしても、凄い人気ぶりですね」
店に来た時は12,3分待ち程度だった列は、今や30分以上は待たねばならないほどの行列となっていた。
「なんたって勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして、"週刊魔女"5回連続"チャーミング・スマイル賞"受賞したほどからね」
「大したことないじゃないですか」
セフォネは、ロックハートのあまりの人気ぶりにハードルを高く設定していたが、別にどうということはない人物に思える。
セフォネの祖父は勲一等マーリン勲章を持っていた。しかも、その理由が魔法省への多額の寄付。その為、彼女はあまりそういった物に価値を見出してはいなかったし、連盟の名誉会員という点でも、そこまで凄いこととは思えない。自分の親族には何人も死喰い人がいるのだ。チャーミング・スマイル賞とかいうのは知らないが、見た目で授与される賞なのだろう。
本の表紙を見ても、彼が倒したらしい生物は、セフォネでも倒せるようなものばかり。有名な怪物であるキメラやドラゴン、バジリスクなどを倒したとなれば話は別であるが、それ程の実力を持っているとは思えなかった。
少し落胆気味のセフォネに、エリスが言う。
「まあ、名家の当主だったりトロールを焚き火にする貴方から見ればそうかもしれないけどねぇ……でも、かなりのイケメンよ」
「結局顔ですか」
詰まるところ、この人気ぶりの要因はそこである。セフォネが苦笑したところで、エリスに順番が回ってきた。
「やあ、お嬢さん。お名前は?」
ロックハートはやたら甘い声でエリスに色々と話かけ、全ての本にサインしていく。
セフォネは正直、こういうタイプの人間が好きではない。ざっと見る限り自己顕示欲の強いナルシスト気質だろう。
サインを終えたロックハートは、エリスの脇にいるセフォネに視線を向けた。
「君の名前は?」
「いえ、私は結構でございます」
速攻で拒否するが、ロックハートは絡みつくような視線を送ってくる。
「そう言わずに、ね。君も私のファンなのだろう?」
ウインクをしながらいけしゃあしゃあと言ってくるロックハートに、なぜだろうか、普段は冷静沈着なセフォネだが、この男の喋り方1つ1つが、彼女の神経を逆撫でする。
セフォネのナンパに対する耐性は、どうやらかなり低いようだ。その癖ロンを色仕掛けでからかったりするのだから、彼女の異性に対する感情は謎である。
「残念ながら、そうではございませんわ。ご機嫌ようミスター・ロックハート」
セフォネは半ば逃げるように書店を出ていく。エリスもその後に続く。
「どうだった、ロックハートは?」
「容姿はよろしいようですが……性格が好みではありませんわね」
「じゃあさ、セフォネの好みの男性ってどんな感じ?」
そう尋ねられ、セフォネは首を捻る。
自分が会ったことがあり、なおかつまともに会話をしたことがある男性は、そう多くない。同年代ではハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ドラコ・マルフォイ。世代を無視すればスネイプとダンブルドア、後は自宅にある曾曾曾祖父、つまりは5代前の当主であるフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画くらい。具体的な好みの男性像というのが、セフォネにはまだ無かった。
「そう言われると……誰ですかね?」
「私に聞かれても」
そんな話をしながら、次にやってきたのはイーロップのフクロウ百貨店。
「いらっしゃい」
ここはその名の通りフクロウの専門店で、店内は鳥籠で埋め尽くされていた。
「……何故でしょうか」
セフォネが店に入った途端に、フクロウたちが騒ぎ始め、威嚇してくる。
「フローラにも最初は攻撃されたものですが……」
エリスのフクロウも、初対面の時はかなり警戒され、攻撃してきた。
その様子を店の奥から見ていた店員がやって来た。
「お客さん。もしかして、闇の魔術の製品か何か持ってたりしますか? 動物はそういうのに敏感なんですよ」
と言っている店員は、セフォネとエリスを見て、まさかね、と呟く。こんな少女たちが、フクロウが警戒するような闇の魔術の製品を持っている訳がない。
しかし、セフォネはその説明で納得していた。この店員の言う通り、彼女は闇の魔術の製品を持っている。身に着けていると言った方が正しい。
セフォネの左手首には、銀製の細めのブレスレットが巻かれていた。その中央には、真っ赤な血のような色をした直径4ミリ程の丸い石が埋め込まれている。
一見ただのブレスレットだが、その正体は彼女が開発した"臭い消し"だ。"賢者の石"の欠片を魔力の媒体とした闇の魔術による"臭い"の撹乱、それを古代の魔術で石に封じ込めたものである。
これは、魔法省の監視を潜り抜けることが可能なほど強力な代物であり、れっきとした闇の魔術の製品である。
「心当たりはありますわね……」
「「あるの!?」」
セフォネが思わず漏らした一言に、エリスと店員の声が見事に被さる。セフォネは笑みを浮かべて誤魔化した。
「いえ、この指輪ですわ。先祖代々の物ですから、何があるのか分からないんですよ。盗難防止の呪いはかかっているようですが」
「へぇ、そうなんだ」
「とは言え、困りましたね。これではフクロウが買えませんわ……おや?」
数ある内のフクロウの中で、騒がずにセフォネのことをじっと見ているフクロウがいる。
全長は70センチほど。全身が灰褐色の羽毛で覆われている。その堂々とした振る舞いは、どこか感嘆するものがあった。
「あのフクロウは?」
「ワシミミズクの仲間で、シマフクロウと言います。ちょっとばかし凶暴なんで、買い手がつかないんです。でも、なんで他のフクロウが騒いでいるのに、こいつだけ大人しいのか……」
「性別は?」
「雌です」
セフォネはそのフクロウに近づいていき、その黄色い瞳を見つめた。フクロウもまた、ジッっと見つめ返してくる。暫く視線をぶつけ合った後、セフォネがフッと微笑んだ。
(……そんなものに怯える自分ではない? ……私を主人として認めてやる? ……ふふ…気に入りましたわ)
別にセフォネはフクロウと話が出来るとか、そういう訳ではない。単に開心術で心を読んでいただけなのだ。普通の動物にやってもあまり成功しないが、このフクロウは中々に賢いらしく、人間と同じレベルでの思考が出来るらしい。
「このフクロウを頂きますわ」
「毎度。4ガリオンだよ」
エリスはついでだからと餌を買い、2人は店を出た。
「おっきいフクロウね。フローラの2倍くらいはあるわね」
歩きながら、セフォネが抱える鳥籠の中のシマフクロウを見て、エリスが言う。
「名前どうするの?」
「…んっと……」
人差し指を頬に当て、セフォネは考えた。
「エウロペ…と名付けますわ。それでいいですか?」
セフォネが問うと、シマフクロウ――エウロペは、それを肯定するように1つ声を上げた。
ロックなハートさんはセフォネに生理的に嫌われました。学校で大丈夫ですかね。
セフォネのペットは雌のシマフクロウです。