もう一つの千里山女子   作:シューム

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第37話「最大の策」

 東三局、五巡目を過ぎたところ。竜華と洋榎の点差はそこまで開いていない。まだ静かな立ち上がりといった形でここまではとんとんと来ている。しかし、この三局目から竜華がゾーンに突入した。以前とは違い、もう意図的に発動することができることから考えると、最後までゾーンが持たないということは考えにくいだろう。

 

(さて、止める手だとを考えなあかんけど。)

 

 前回は形式上洋榎の勝ちということにはなっているが、竜華が牌を落としていなかったらどうなっていたかわからない。それに竜華のゾーンを攻略したわけではないため、強気な打ち筋で攻めていっても勝ちきれるかは怪しいところ。洋榎としてはゾーンを発動された以上、なるべく早く打開策を探し、竜華を倒さなければならない。

 

(それにしても、前とはちごて今回は配牌が弱いな。運はまだこっちにきておらんってところか。)

 

 そう考えながら、洋榎は手牌の{⑧}に手をかけた。その瞬間、肌に突き刺さるような冷たさを感じた。背筋がぞくっとするようなこの感じ、間違いなくこの牌は竜華の当たり牌だ。すぐさま牌から手を離した。

 さて、そうなってくるとどうするか。ここで{⑧}が切れないとなると一向聴分進みが遅くなる。この一手分遅くなることがこの局の勝敗を分ける。こうなった以上、ここは流局を狙っていくしかない。無難にここはベタ下りしたいところだが...

 

(こういう時に限って現物がないからなぁ。)

 

 

 何枚か切れている幺九牌か、筋を読んで切っていくか。考えられる牌すべてが、手に取ろうとしたときに緊張感が表れる。どの牌も切れない。すべてが危険牌かのような感覚になってしまっている。それほどまでに竜華から放たれるプレッシャーが凄まじい。

 結局、悩みに悩んだ末2つ切れている{白}を切った。

 

「ロン。役牌、混全帯幺九、ドラ3の12000。」

 

 単騎待ち。{⑧}は竜華のあがり牌ではなかった。完全に気圧されている。危険牌を察する感覚がおかしくなるほどに状況は悪くなっている。

 

(とりあえずまずは竜華の能力をもっと詳しく考察する必要があるな。)

 

 ****

 

 東三局一本場、早々に活路を見出さないとこのままずるずると連荘されてしまう。とは言え、いまだに洋榎はとっかかりすら見いだせていなかった。

 心の落ち着かなさ、焦りが引いてくる牌にも表れ始める。始まってから引いてくる牌どれもが手を進めていくには厳しいところ。中盤まで進んでいながら未だに三向聴、焦らないようにしようという思いが逆に焦りを生んでいた。

 胸の鼓動が早くなる。体が熱くなっていくのも感じる。普段焦りを感じることが少ないことがこうした場面でより強くなってしまうのだろう。

 すると、竜華の手牌から洋榎の手を進める牌が漏れ出た。

 

(どういうことや?竜華はまずうちを警戒してうちの手を進める牌を流してくることはせぇへんはず。警戒を解いたってことか?

 

 しかし、竜華がそんなことをしてくるとは思えない。現に全局のロン上りは明らかに自分を狙い撃ちしてきたもの。点差を広げたいと考える竜華が意図的に行ったのなら、こんなところで牌は流さないはず。

 

(とすると、今のは意図したもんではなかったってことか。うちが焦っていたことが逆に竜華の透視してくる力を逃れたってことは...)

 

 洋榎にはある一つの仮定が思い浮かんだ。それは今起きたことが竜華のゾーンを掻い潜ったことから考察したことにすぎず、確信をもってのものではない。それでも状況を打開するためには試してみるほかなかった。

 この局は場がそのまま流れた。竜華の連荘という形にはなったものの、洋榎の中では反撃ののろしを上げる算段が立てられていた。

 

 ****

 

 東三局二本場、竜華の中には一つ気がかりなことがあった。前局切ったあの牌、洋榎が鳴くことはないと考えていたが、なぜか洋榎は鳴いてきた。能力が発動していなかったわけではない。あの一瞬だけなぜか洋榎の考えが読めなかった。

 

(せやけど今はしっかりと見えとる。とりあえずは様子見でええか。)

 

 竜華は全神経を研ぎ澄ませた。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、五感をフルに働かせる。三人の呼吸、体温、鼓動、細かな動きから何まで探る。問題ない。この局はしっかりと和了れる。

 いくらか経った後、洋榎の脈拍が上がった。洋榎は澄ました顔をしているが、こちらから見たら明らかに高ぶっている。

 

(間違いない、今洋榎ははった。)

 

 洋榎の今までを考えて、自分の手牌から安全牌を導き出す。見えた。ここは{四}を切るべきだ。竜華は{四}に手を伸ばしそのまま切った。

 洋榎はその{四}には反応しない。読みは当たっている。問題ない、洋榎の危険牌・安全牌は分かっている。その後も逐一洋榎の動向を伺いながら、安全牌をしっかりと切っていった。

 そしてラスヅモ、引くのは竜華。聴牌の形はとれているが、ここで洋榎に和了らるのが一番避けたいところ。手牌の{四}に手を伸ばす。先にもこの{四}は洋榎に対して通っている。洋榎の呼吸も鼓動もはった時から変わっていない。手は変わっていないはず。ここは通す。自信をもって{四}を切った。

 

「ようやく分かったで、竜華の能力。うちの仮説が当たってたわ。」

 

 そう言って洋榎は手牌を倒す。

 

「ロン。河底、平和、三色、ドラ2の12000や。」

「そんな...!?」

 

 洋榎の待ち牌は{四}だったのか?でもそれならなぜあの時に和了らなかったのか。それ以前に{四}は安全牌だったはずだが...

 

「うーん、流石に和了るためとは言うても、血を出すまではやりすぎたか。」

 

 洋榎はティッシュを口元にあてた。ティッシュはジワリと赤く染まる。そこで竜華には洋榎が自分を止めるために何をしてきたのかが想像ついた。

 

「まさか、口の中をわざと切って、心拍数上げたな?」

 

 それを聞いた洋榎はニンマリと笑うと口を開いて舌を見せた。舌から血が流れ、真っ赤になっていた。

 

「勝つためにこれが最善策なのかは分かれへんけど、今対抗できる最大の策やと思ってね。その感じやと、やっぱり心拍数とか呼吸とかでこっちの手を判断しとったようやな。」

 

 なるほど、自分の身を削ってでも止めにかかってた。そんなことをしてくるとは読めなかった。

 

「せやけど、そのことも考慮して組み立てなおせば今みたくそうやすやすとは和了らせへん。」

 

 ****

 

「先輩たち、すごい...」

 

 モニターに映る竜華と洋榎の試合を見て、咲の口からは自然とその言葉が出た。春季大会の時も、この前の団体戦のときにも思ったことだが、千里山の先輩たちはすごく頼りになる存在である。味方だとそれだけ頼りになる先輩たちの中で、部長と副部長を担ってきている二人がここまでの接戦を繰り広げている。普段の練習でも見たことのない本気。

 ブルっと咲は身震いした。それは恐ろしさというよりもこんなにもすごい先輩たちと自分があの場で戦ってみたいという武者震いに近いものだった。

 

「まぁこれもうちの指導の賜物やな。しっかりと夏合宿の成果を出せとるし。」

 

 七実は満足そうな顔をしている。そんな二人のもとへ誰かが歩み寄ってきた。

 

「相変わらずお元気そうでやね。少しはおとなしくなったと思っとったんですけど。」

「それより七実、ここに見に来とるけど自分の試合はいいのか?」

 

 咲たちのところに来た二人は、咲の知らない人であった。もしかしたら千里山のOGだろうか。

 

「おぉ、久しぶりやな叶絵にるう子。あんまり変わらへんな。」

 

 一人の方、叶絵と言われた方の名前は聞いたことがある。確か強化合宿のときに先輩たちが言っていた、一昨年の部長。もう一人の人はだれだろう?

 

 

「あぁ、咲ちゃんは初めて会うんか。こっちがうち同期で部長をやってた服部叶絵。んでこっちがうちの一個下で去年の部長の蔵垣るう子。」

「よろしゅう。洋榎から話は聞いてるで。すごい一年が入ったって。」

「おぉ、この子があの宮永照の妹か。確かに似とるな。」

 

 一昨年の部長と去年の部長、歴代の千里山の部長たちがここに集まった。もしかして今とんでもない状況なのでは、と思わずにはいられなかった。

 

「そんで七実、試合はどないしたんや?」

「もう終わったで。せやからこっちにきたらなかなかおもろい試合しとってな。」

 

 二人がモニターを見ると納得した表情をした。

 

「なるほど、部長と副部長の対決ってわけか。」

「しかも二人には因縁がありますからね。」

「それや!」

 

 るう子の言葉に七実が反応した。突然の声にるう子は少し驚いた。

 

「るう子ならわかるやろ、洋榎と竜華が部長をかけて真剣勝負した話。結局どうなったんや?」

「あぁその話ですか。」

 

 そう言ってるう子はその時何があったのか話した。お互いがお互いを部長にすべきだということ、折り合いがつかず麻雀で勝負するとなったこと、試合の途中で竜華が能力を発動したこと、そして竜華が途中で倒れたため部長については洋榎がやることになったが二人の決着はついていないこと。

 それを聞いて咲は思った。この試合はただ単に全国大会に出る個人戦代表を決めるものと同時に、二人の長きに続いた戦いに終止符をうつものであると。二人のこの試合にかける思いがどれほど大きなものなのかを改めて思い知らされた。

 

「どっちがこの試合勝つんやろうな。」

「あの時は洋榎が勝ちましたけど、竜華の能力が万全ならわかりませんね。」

「見ものやな、この試合。もしかしたら今後の千里山の命運までかかっとるかもしれん。」

 

 命運。そこまで大きなものとは思っていなかった。でも、もしかしたらそれくらいのことなのかもしれない。

 咲にはどっちが勝ってほしいか分からなくなっていた。それよりも今はこの試合の行方を見守っていきたいと。


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