もう一つの千里山女子   作:シューム

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第36話「意地と攻め」

竜華は相変わらず落ち着いた様子でこちらの出方をうかがっていた。洋榎が竜華に鳴き仕掛けを阻止されて以降、たびたび流れる鳴きたい牌をすべて竜華に持っていかれてしまっていた。しかも阻止されることで竜華が役なしになってくれるならまだよかったものの、そんな気配は全く感じられなかった。

 

(こっちの和了は止められとるのに、向こうは全く手が崩れないってほんまにやってられんわ。)

 

何か手を打てないかと試行錯誤してみるものの、これといった策が思いつかない歯がゆさに洋榎は焦っていた。点差は圧倒的に有利であるにもかかわらず、この状態の竜華ならここからまくり返してくる、そう思わせるほどに今の竜華は恐ろし存在だった。

そうこうしているうちに、竜華が牌をツモって来ると手牌を倒した。

 

「ツモ。中、対々和、ドラ2の2000,4000です。」

 

淡々と竜華は告げた。これで洋榎と竜華の点差は22000、3倍満をツモられるか跳満を直撃された瞬間逆転してしまう。そうでなくとも東四局は竜華が親番なため、連荘されると洋榎の勝ちの目が薄くなってしまう。

 

****

 

東三局 親番:蔵垣るう子 ドラ{8}

東:荒川憩 13000

南:愛宕洋榎 47000

西:蔵垣るう子 13000

北:清水谷竜華 25000

 

相変わらず手牌は悪くない。それだけに和了に向かおうとしているのにそれを全て竜華に止められていることにもどかしさを感じていた。洋榎としては安目でもいいから早く試合を終わらせにかかりたいところであった。

 

(さっさとこの局を終わらせたい。そのためにはまず手牌の{南}を刻子にしたいところやけど。)

 

無暗に鳴くと先の竜華に阻止された展開をもう一度繰り返すことになってしまう。とは言えじっくりと手を待つわけにはいかない。鳴きに頼れないのなら、あと残っていることは自分のツモに頼ることだけである。

 

(流れが完全に傾いたわけやあれへん。必ずツモって和了ったる。)

 

改めて意気込む洋榎とは反対に、るう子はその洋榎を見て逆のことを考えていた。

 

(今の洋榎は焦りを無理やり押し殺しとるように見える。竜華がどうやってこっちの手の内を探りに来てるんかは分からんけど、今のままやと簡単にまくられるぞ洋榎!)

 

そのるう子の考えは最悪の形で的中してしまった。洋榎が何気なく捨てた{七}を見て、竜華がロンと宣言した。

 

「清一色、断幺九、ドラ2の16000や。」

 

倍満直撃、これで竜華と洋榎の点差は逆転してしまった。しかも東四局の親番は竜華、適当な役で和了るだけで勝負は決まる。洋榎としては逆に追い詰められる形となってしまった。

 

(くそ、うかつやった。自分の和了にばかり意識がいってて竜華の警戒が甘くなっとった。しかもよりによって倍満手。かなり危険を冒してでも攻めなあかんわけやな。)

 

この時、ふと対面を見た洋榎は竜華の呼吸が乱れだしていることに気づいた。額には汗がにじんでいて、明らかに気力としても限界が見えていながらも、その眼は卓を見つめたままだった。憩とるう子の心配する声も、今の竜華には届いていないようだ。

それほどまでに竜華がこの試合、本気で挑んできていたのだろう。自分の身を削ってでも、心身ともに限界になりながらも、負けじと食らいつく姿勢でいた。

 

(そらまくられるわけや。後のことを考えず、今の局を死ぬ気で取ろうとするその攻めの姿勢がうちには足らんかったんやな。大会やと後のことを考えて失点をせんように打ちまわすけど、今はうちと竜華の一対一、何も気にする必要なんかないんや。)

 

そう思えるようになると、今まで心の中にあったもやもやしたものが一気に晴れていくのを感じた。最終局、これで終わることにはなるが、洋榎は巻き返しを強く誓った。

 

****

 

東四局 親:清水谷竜華 ドラ{②}

東:荒川憩 13000

南:愛宕洋榎 31000

西:蔵垣るう子 13000

北:清水谷竜華 41000

 

最後の手牌、やはりかなりいいところがそろっている。というよりも、この手牌もしかしたら

 

(刻子2つに対子が3つ、手がうまく進めば四暗刻まで見える手や。)

 

二人の点差は10000点。役満の四暗刻を狙わずとも巻き返すことは可能な点差である。ただ、だからといって守ってばかりでは運が傾くことはない。竜華が全力で挑んできている以上、こちらも最大限の力を出して迎え撃つべきである。

 

(狙ったろうやないか四暗刻。そんでこの手で決着をつけたる!)

 

覚悟を決めた後の洋榎は順調だった。わずか八巡で残りの刻子を全てツモってきて聴牌。四暗刻単騎待ちとした。問題はその牌を持ってくる、もしくは誰かに放銃するかだ。多分憩は洋榎の高め聴牌の気配を察しているはず。二人の対決に水を差さないようにするならベタ下りしてくるだろう。部長も察して振り込むようなことはしないはず。

 

(竜華からの振り込みも期待できないやろう。そうするとやっぱツモるしかないか。)

 

手元の2牌は{⑨}と{3}。どちらもまだ場には一枚も出ていない。どっちを手元に残しておくか。悩んだ末に洋榎は⑨を切った。特に何かを考えてというわけではない。ただ何となく、{3}の方が和了れそうだと感じたからだ。

そして竜華が山から牌をツモってくる。先ほどまでよりも呼吸が荒い。牌を持つ手も震えている。

 

手牌に置こうとしたその時、竜華の手から牌がこぼれた。牌はカタカタと言って卓に落ちた。と同時に、竜華が椅子から倒れた。

 

「竜華!?」

「竜華先輩!?」

 

倒れた竜華にるう子と憩が駆け寄る。意識がもうろうとしているようだ。

 

「憩、うちと洋榎で竜華を保健室まで連れてくから、すまんが監督に報告は任せたで。」

「わ、わかりました。」

 

そう言うと憩は急いで部室から飛び出していった。

 

「洋榎、竜華を運ぶの手伝ってくれ。」

 

その声にハッとした洋榎はすぐに事態を理解できなかったが、急かしてくるるう子の指示に従い、竜華を保健室まで連れて行った。

連れていくときにも洋榎は竜華が倒したあの牌が頭の中に残り続けていた。倒れていたあの{3}が。

 

****

 

どれくらいの時間がたっただろうか。外の景色はうっすらと暗くなっていた。夏休みとあって学校にはもともと生徒はさほどいなかったが、この時間になるともう残っている生徒はほとんどいなく、保健室も静まり返っていた。

 

「ん...」

 

ベッドがもぞっとした。洋榎は急いで駆け寄ると竜華が目を開いていた。

 

「あれ、洋榎...?なんでうちこんなところで寝てるん?」

 

対局中の冷たげな表情ではなく、今は普段通りの竜華に戻っていた。まだぼやっとした状態なのだろう、焦点が定まっていないようだった。

 

「対局中にいきなり倒れたんや。そんでうちと部長でここまで運んできたんや。」

「そうやったんか。すまんなここまで運ばせてもうて。」

 

弱々しい声で竜華が言った。

 

「それで決着はついたんか?」

 

竜華のその問いかけに洋榎はすぐには答えられなかった。しばしの沈黙があった後、洋榎が口を開いた。

 

「いや、決着はついてへんよ。途中で終わったままや。」

「なんや、てっきりうちが倒してもうた牌が洋榎のあがり牌やと思ったんやけどな。」

「覚えてたんか!?」

 

竜華の方を見ると、竜華はこちらに向かってにこりと微笑んでいた。

 

「やっぱり勝負はついとったんやね。」

 

クスリと笑う竜華を見て、洋榎はポリポリと首をかいた。

 

「最後に牌を引いてきたときになんとなく感じたんや。『あぁ、これが洋榎のあがり牌やな』って。」

「そこまでわかってたのに最後の最後で落としてしもうたんか。」

「うちの実力不足やな。結果的にはそれで負けたわけやし。」

 

残念そうな、でもどこかスッキリしたような表情を竜華はしていた。ただ、洋榎はまだ納得いっていないところがあった。

 

「竜華がそう言うてもうちは納得できへんで。竜華がたまたまこぼした牌で勝負が決まるのは勝った気がせぇへんし。」

「でもそれも実力のうちや。うちの気力が保てるかどうかもそこに表れてるわけやし。」

「そう言うけどなぁ...」

 

なかなか引き下がらない洋榎を見て竜華はそれだったらと提案してきた。

 

「とりあえず今回の部長を決める勝負は洋榎の勝ち。これはうちの実力不足が出たわけやからここは譲らんで。でも、うちがこの能力をしっかり使えるようになったときにまた今日みたく本気の試合をしような。それならどうや?」

 

しばし考えた後に、洋榎はその提案に賛成した。

 

「そしたらこの勝負は次に持ち越しやな。その時は倒れたりせずに最後まで戦いきって勝たせてもらうで。」

「上等や、竜華には勝たせへんからな。」

 

────────

 

「あの時のこと、忘れてないみたいでよかったわ。」

 

口ではそう言いつつも、洋榎は苦笑いをしていた。昔は東場も持たない体力だったのに、合宿での練習を経て、能力を長く使っても支障が出ないようになっていた。そのため、半荘で行われる試合であるのに東三局のこの時点ですでに竜華はゾーンに入っていた。

まだ点差にそこまでの差はないが、開き始めていくとしたらおそらくここから。洋榎にとっては正念場になってくる。

 

「そっちが合宿で鍛えられたように、うちも合宿でみっちりしごかれたからな。そう簡単に負けるわけにはいかんわ。」

 

洋榎は竜華の方を見た。あの時と同じ冷え切った目、しかし汗や呼吸の乱れはみられない。万全な状態での能力の使用だ。

 

「あの時の続きと行こか竜華!」


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