もう一つの千里山女子   作:シューム

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なかなか書く時間が取れなくて更新が長引いてしまいました…一応失踪するつもりはないので、今後もこのような形になると思いますが、気長に待っていてもらえると幸いです。


第32話「予選」

 北大阪地区予選 個人戦1日目

 

 昨日までの団体戦とは違い、今日行われるのは個人戦である。当然、他校の選手とだけでなく、同じチームメイト同士でも戦うことになる。そのため、今日はいつにも増して会場内がピリピリとした雰囲気であった。千里山も例外ではない。

 

「やっぱり個人戦ってだけあって、緊張感があるわ。」

「そうだね。中学の時とはまた違う感覚だよ。」

 

 1年生である泉と風香にもひしひしとその空気が伝わってきていた。いつも感じるものとは違う雰囲気、それに2人は気圧されていた。

 

 

「何2人して辛気臭い顔しとるんや。」

 

 その声の主の方を見ると、そこには洋榎がいた。

 

「「ぶ、部長!?」」

「今からそないな感じでどないするんや。」

 

 はぁ、とため息混じりに洋榎が言った。

 

「ええか、そもそもこの大会は個人戦なんやから、例え同じ学校の仲間でも今は敵や。普段の練習やって自分の力を高めるためにやってっとるやろ?」

「それはそうなんですけど、やっぱり...」

 

 2人のそんな様子を見て、洋榎は手に持っていた紙を2人に見せた。

 

「これって、大会の概要の紙ですか?」

「せや。個人戦は予選、本戦を二日かけて行うんやけど、ここんとこ見てみ。」

 

 洋榎がその紙の一点を指さした。そこには試合回数が『一日目の予選は東風戦20戦、二日目の本戦は半荘を午前4戦、午後6戦の計10戦』と書かれていた。

 

「この試合数を見ればわかるけど、大会に出る人全員とやるわけやないんや。それに、大会運営側も同じ学校同士をなるべく当てへんようにしとる。せやからそないにようさん当たるわけでもないから、心配しんでも大丈夫やで。」

 

 まぁ、それでも何人かとは当たるわけやけど、と洋榎は言った。それでも2人にとっては少し安堵の表情が見られた。

 それを見て洋榎も安心した表情で、

 

「ほな、うちは監督のところに戻るから、しゃんとコンディション整えておくんやで。」

 

 そう言って洋榎はその場を後にした。

 

「そうは言うけど、洋榎は緊張してへんの?」

 

 少し歩いたところで、誰かに声をかけられた。声の主の方を見ると、竜華が壁にもたれてこちらを見ていた。どうやら先程の会話が聞こえていたらしい。

 

「なんや、藪から棒に。」

「いや、あの子らには心配すなって言ってたけど、自分はどうなんかなぁって思ってな。」

 

 そう言う竜華は穏やかな表情をしていたが、真剣な目付きであった。からかって言っているわけではなく、真面目に聞いてきている。

 

「・・・本心としては、そら緊張してとるよ。3年にとっては今年で最後なわけやし。ただ、」

 

 そこで洋榎は言葉を切った。いつの間にか自分の手を強く握りしめていた。

 

「ただ、それ以上に3枠しかない全国への切符を手に出来るかが不安なんや。正直言って、その枠を争うのは他校の生徒とやなくて、うちら千里山の5人でになると思うんや。」

「確かにうちには全国2位の憩に加えて、今年は怜と咲ちゃんもおるからな。」

「せやからうちはこれが全国大会だと思って臨むで。相手が誰であろうと全力を出す。もちろん、竜華相手でもな。」

 

 洋榎も真っ直ぐと竜華の方を向いてそう言い切った。それを受けて、竜華がふぅと息を吐いた。

 

「安心したわ。洋榎の事やから心配ないとは思っとったけど、これで気兼ねなく戦える。うちも本気で当たらせてもらうで。」

 

 それじゃ、うちは怜のところに行くわ、と言い残して竜華は去っていった。

 竜華が本気で来るとなると、()()を使うことになる。使うことによってかなりの疲労が溜まることになるが、それも覚悟の上でだろう。洋榎の思うところ、()()を使われると竜華の力は洋榎と互角かそれ以上になってくる。

 

「こら尚更そう易々とはいかへんか。」

 

 洋榎は心の中に、どこかわくわくとした感情が芽生えてきたことを感じた。

 

 ***

 

『それでは、只今より個人戦1日目、第1試合の組み合わせを発表いたします。』

 

「あ、もう発表の時間ですか。」

 

 ロビーで待っていた咲たち千里山一同のところへ、アナウンスが入ってきた。

 

「よし、全員注目!」

 

 洋榎が立ち上がり、全員の視線を集めた。

 

「今日は個人戦の予選や。それぞれ思うこととかはあると思うけど、予選で残れなければ今日で終わりや。一試合でも多くできるよう、悔いがあらへんように臨むんやで。」

 

 そう言うと、全員気持ちのこもった返事をしてきた。それを聞けて、洋榎も満足できた。

 その後、各々の組み合わせ確認しにモニターの方へと向かっていった。

 

 ***

 

 会場の中が明るくなり、終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「ありがとうございました。」

 

 咲は一礼して扉の方へと向かった。扉を開けると、そこには泉と風香が待っていた。咲が出てくるなり、2人は咲の元へ近寄ってきた。

 

「咲ちゃんお疲れ様!」

「いやぁ、試合見てたけどやっぱり咲は余裕がある感じやな。」

 

 2人ともにこやかな表情で咲に話しかけてきた。

 

「そんなことないよ。やっぱり気を抜くと相手に持ってかれちゃったりするから、正直気が気じゃなかったよ。」

「そうは言っても、この感じからすると咲ちゃんは予選突破は問題なさそうだよね。」

「多分大丈夫だと思うけど...そういう2人もそんな顔してるってことはだいぶ調子良かったの?」

「うちも風香も問題なしや!この日のために東風戦の練習をしてきたからな!もちろん半荘もやけど。」

「今日の予選だけが東風戦なだけで、明日の本戦は半荘でやるからね。」

 

 そんな会話をしているところへ、アナウンスが流れてきた。

 

『只今をもちまして1日目の日程が全て終了しました。』

 

「お、ということはそろそろ結果発表やな。はよ見に行こうや。」

 

 言うが早いか、泉はふたりの手を取って走り出していた。

 

 ***

 

「結果はでとるかなぁ〜...あれやな!」

 

 泉の指さす先にあるモニターには、もう既に結果が表示されていた。

 

 1位 荒川憩 千里山女子高校 2年 +397

 2位 愛宕洋榎 千里山女子高校 3年 +382

 3位 園城寺怜 千里山女子高校 3年 +379

 4位 宮永咲 千里山女子高校 1年 +356

 5位 清水谷竜華 千里山女子高校 3年 +350

 

「上位5人を千里山が独占してとる...」

「しかも点差も圧倒的すぎるやろ...」

 

 周りがザワザワとしている。無理もない、他の人たちにとってはこんな展開予測できるはずがない。

 

「お、うちの名前と風香の名前もあるで。」

「とりあえず一安心だね。」

 

 そんな周囲とは裏腹に、泉たちは自分たちの方に意識がいっていた。逆に千里山の選手にとって、この状況は充分考えられるものであった。

 

「ここにおったんか、3人とも。」

 

 とそこへ、憩が3人のもとへとやってきた。

 

「明日の本戦に向けてのミーティングをやるからロビーに集合やってー。監督ももうじき来るやろうし、はよいかんと。」

 

 そう言って元来た道を戻っていく憩を、咲たちも追って行った。

 皆の集まっているところにつくと、もう既に監督も来ていた。

 

「これで揃ったようやな。まずはみんなお疲れ様。特に団体メンバーの5人に関してはよぉやってくれはった。上位5人が同じ高校っていうのは、大会史上初めてのことらしいし、うちとしても鼻が高いわ。」

 

 そう言う監督の顔は、どことなく誇らしげな顔をしていた。それを見た洋榎がオカンは何もしてへんやろ!、とつっこんでいた。

 

「とにかく、ここでまだ喜んでられんで。勝負は明日の本戦や。ここで上位3枠に入れなければ全国の舞台には行けへんわけやし、今日の予選を勝ち上がった者達で行うわけやから今日より尚更厳しくなる。」

 

 監督のその言葉で、それまでのどこか浮ついていた雰囲気が一変した。

 咲にとっても、この言葉の意味はしっかり理解出来ていた。今日の結果がすべてであったら、咲は全国へは行けていなかった。全国2位の憩、全国の経験のある洋榎と竜華、千里山のスコアラーの怜、この4人を押しのけてその3枠の中に入らなければならない。

 気持ちが高ぶってくるのが自分でも感じ取れた。明日の試合、なんとしても勝ち上がらなくちゃいけない。

 

「やる気満々って感じやな、咲。」

 

 そんな咲の様子を見て、怜が声をかけてきた。

 

「お姉ちゃんと戦うためにも、頑張らなくちゃいけないですし!」

「そういえば、咲の入部理由がそれやったな。とは言うても、うちは手を抜かんけどな。」

 

 咲たちがそんな話をしている時、洋榎は竜華の元に行っていた。

 

「なぁ竜華、今日の試合手は抜いてへんよな?」

 

 洋榎は今日の試合の結果を見て、疑問に思っていたことを竜華に聞いてみた。

 

「試合前にも言うたやろ。手は抜かへんって。」

「せやけど、竜華だったらもう少し得点稼げてたやろ。現に今日の試合、咲に得点で負けてたやん。()()()()になってれば、もっと上にいけたやろ。」

 

 洋榎のその発言に対して、竜華は首を横に振った。

 

「流石に夏合宿で特訓したとはいえ、今日の試合で使うと明日いざ使おうとした時に使えなくなるかもしれへんからな。」

「それ使うのはうちらとやるときか?」

「そうなるやろな。そこで勝てるかどうかが枠をかち取れるかどうかの決定打になりそうやし。」

 

 竜華はそう静かに告げた。しかしそう言う竜華からは普段からは感じられないオーラが流れ出ていた。

 洋榎にとって、竜華がここまで本気になっているのを目の当たりにするのは初めてのことであった。何度か本気を見せてきたことはあったが、これほどまでのことは無かった。それだけこの試合に真剣になっているということである。

 

「・・・お互い、悔いのないようにやろうや。」

 

 そんな竜華に洋榎がかけられる言葉はそれくらいしかなかった。

 

 ***

 

「・・・確かに昨日ああ言ったけども」

 

 翌日、組み合わせの書かれているモニターを前に、咲は思わずそう呟いてしまった。

 

「どうしたの咲ちゃん?何かあったの?」

 

 明らかにどんよりとしている咲を見て、風香が声をかけてきた。咲は風香に対して、モニターに表示されている自分の組み合わせの方を指さした。

 

「対戦相手がどうかしたの?...って、おぉ、これは...」

 

 風香の視線の先には、『園城寺 怜』という見知った名前が記されていた。

 

「いきなり園城寺先輩とやるとは、咲ちゃんもある意味持ってますなぁ。」

「いずれ誰かとは当たると思ってたけど、まさか最初からやるとは思わなかったよ...」

 

 そこへ、2人の元へ怜がちょうどやってきた。

 

「うちもできれば咲とはやりたくなかったんやけどな。一巡先を見ただけやと止められないやろうし。ただもう決まったことやし、咲に勝って勢いに乗らせてもらうで。」

 

 そう言う怜に対して、咲は少しムッとした様子で

 

「私も負けるつもりは無いですから。園城寺先輩相手でも勝ってみせます!」

 

 意気込む咲を見て、お互い頑張ろうや、とだけ怜は言ってその場を去った。

 

「なんとしても初戦は勝たないと。」

「私もしっかり気合を入れて頑張らないとなぁ。・・・あれ、そういえばいずみんは?」

「さっき『トイレに行ってくる』って言ってたけど...」

 

 咲と風香は何気なくモニターの方へと目を戻した。そこに書かれていた泉の対戦相手。

 

「・・・泉ちゃんはいきなり部長が相手なんだ。」

「・・・2人とも初戦から大変だね。」

 

 この本戦は苦戦を強いられるものになると、2人は改めて実感していた。


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