もう一つの千里山女子   作:シューム

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皆様お久しぶりです。長らくお待たせいたしました。

今回からは、地区予選編のです。多分個人戦が多少長くなるかなってところだと思います。


地区予選編
第31話「団体戦」


「もうじき会場につくから、降りる準備しとくんやで。」

 

 監督はバスの中にいる部員にそう告げた。

 千里山女子麻雀部は現在、県大会の会場に向かっていた。前回の春季大会とは違い、今回の地区大会は夏休み中に行われるため、部員全員がバスで来ていた。

 

「咲ちゃん、そろそろ着くで。」

 

 咲の隣に座っていた憩が、そう言って咲の肩を叩いた。が、咲は無反応であった。肩を軽く揺すってやったところで、やっと咲の目が少し開いた。

 

「はぅ...」

 

 眠たげなまぶたを開いて、咲はこっちを見てきた。まだ頭がボーっとしているようだ。

 

「大丈夫か咲ちゃん?まだ眠そうやけど。」

「すみません...昨日なかなか寝付けなくて...」

 

 途切れ途切れにそう言って、咲は小さく欠伸をした。言われてみれば確かに咲の目元には薄らとくまができていた。

 

「もしかして、緊張して寝付けなかったとかか?」

 

 咲のその様子を見て、憩はそう推測した。憩自身も昨年の春季大会で、咲と同じようになかなか寝付けなくて、くまができたことがあった。

 

「はい、『明日から始まるんだ』と思うとなかなか眠れなくて...」

「あれ、せやけど咲ちゃんは春季大会のときはしっかり寝とらんかったか?」

 

 憩はふと気になったことを聞いてみた。すると咲は、苦笑いをしながら答えた。

 

「あの時はお姉ちゃんと偶然会ったこともあって、緊張するどころじゃなかったんです....」

 

 そういえばそんなこともあったなぁ、と憩は思った。姉の照とは長い間ギクシャクした関係だったが、無事に仲直りができたことを考えると、それどころじゃなかったのかも。

 そんな二人の話を聞いていたのか、前に座っていた洋榎が身を乗り出してきた。

 

「まぁなんであれ、寝不足の状態で試合ってなるのも困ったもんやな。」

「うぅ、すみません...バスの中でしっかり寝ようと思ったんですけど、やっぱりまだ眠いです...」

 

 咲は申し訳なさそうな顔をして言った。

 すると、洋榎がニヤリとした顔で、

 

「それやったら、仮眠室を使って寝るのはどうや?昨年、咲と同じように寝不足のまま来たのがいてな。まぁ、誰とは言わへんけど。」

 

 そう言いながらも、洋榎は憩の方を見てニヤニヤしていた。

 

「・・・部長ってば性格悪いですぅー。」

「いつもの仕返しや。」

 

 洋榎はどこか満足そうなにしていた。一方の憩はというと、頬をぷくーっと膨らませて不満げな顔をしていた。

 それ以上は憩をからかわず、洋榎は咲の方に向き直って話を続けた。

 

「で、咲はとりあえずうちらの試合まではまだ時間があることやし、仮眠室でしっかり寝て、万全の状態で試合に臨むんやな。」

「でも、先輩方の応援とかもしないとですし...」

「それより咲のコンディションの方が大事や。ちゃんと疲れを取る方が優先やで。まぁでも、」

 

 そこまで言ったところで、洋榎はまたニヤリとした顔で

 

「咲の出番は来ぉへんかもしれへんけどな。うちが飛ばしてちゃちゃっと試合を終わらせたるわ。」

 

 咲は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニコリと微笑んだ。

 

「それならそれでも構いませんよ...頼りにしてますね、部長...」

「後で『やっぱりうちたかったです。』とか言っても遅いからな。」

 

 洋榎も笑ってそう言った。

 

「ほら着いたで。降りたら一旦ミーティングするからな。」

 

 話をしているうちに、いつの間にか会場に着いていたようだ。監督の声を聞いて、咲たちも後に続いてバスから降りた。

 

 ****

 

「────ってとこやな。これで話すことももうないし、あとは各自試合まで自由にしててええで。」

 

 ミーティングも終わり、部員たちがぞろぞろと散らばっていった。

 

「よし、じゃぁうちが仮眠室まで案内するから、咲はうちから離れないようについてくるんやで。」

「流石にそこまで私の方向音痴は酷くはないですよ...」

 

 咲は洋榎に不満を口にした。とはいえ、前の合宿ではさんざん迷惑をかけてしまったわけだし、そこまで強く否定出来ない自分もいた。

 

「ところで、何で風香ちゃんと泉ちゃんもついてきてるんですか?仮眠室への案内という訳でもないでしょうし...」

 

 咲は後ろからついてくる2人を見た。特に眠そうにしている素振りはないが...

 

「あぁ、そのことか。それは咲の付き添いに決まっとるやろ。咲が起きた時に一人でふらふら出ていかれたら困るし、しっかり見張っといてもらわんとな。」

 

 さも当たり前のことのように洋榎は答えた。

 

「・・・やっぱり信用されてないんですね」

 

 咲にはもはや反論する気すら起こらなかった。

 しばらく歩いたところで『仮眠室』と書かれた部屋の前まで来た。

 

「ここやな。部屋の中に布団とかがあるから、それ敷いて寝るんやで。」

 

 そう言って洋榎は部屋の中へと咲を入れた。中には畳が敷かれており、隅に布団が積まれていた。

 

「泉と風香は連絡があるまで咲のそばにいてやってな。中堅戦が終わったあたりで電話するから、そしたら咲を起こして控え室まで連れてくるんやで。うちはこれからおかんと話があるから。」

 

 洋榎は後ろにいた風香と泉にそう言うと、足早に去っていった。

 

「さて、それじゃぁささっと布団をしいちゃいますか。」

 

 言うが早いか、風香は布団を取りに行っていた。咲と泉も風香の後に続いた。3人でやったため、あっという間に終わってしまった。

 

「じゃ、うちらは部屋の外におるから、部長から連絡があったら起こしに行くな。」

「ありがとうね、2人とも。迷惑かけちゃってごめんね。」

「水臭いこと言わないでよ。それに、もう慣れちゃったし。」

 

 慣れられても困るような、と咲は思った。やっぱり早く方向音痴は治さないとだめだな...

 

「それじゃ、おやすみー。」

 

 そう言って2人は部屋を出ていってしまった。

 もう少し一緒にいたい気持ちもあったが、今は万全の状態に持っていくことが大事なことである。そのことに気を使って、2人は外で待っていてくれているのだろう。

 

 咲は布団にもそもそと入って目を瞑った。今こうしている間にも試合は行われている。1回戦が終わった時、出場校のうちの約半分が敗退してそこで夏が終わる。

 そう考えると、たった一校しかない代表枠に入ることがどれだけ厳しいことなのか、咲は改めて思い知らされた。

 目を開けた時には中堅戦が終わっている。果たして結果はどうなっているのか。考えれば考えるほど不安になってきたため、それ以上は深くは考えないことにした。

 

 ****

 

 何かが頬に触れている。誰かが頬を突っついているようだ。ゆっくりとまぶたを開けると、その誰かが怜であることが分かった。

 

「お、咲起きたか。」

 

 咲が起きたことに気づいたが、怜は一向に突っつくことを辞めようとしなかった。

 

「えっと園城寺先輩、何で私のほっぺたを突いてるんですか?」

「いや最初は咲を起こそうとしたんやけどな、いざ咲を目の前にした時、咲のほっぺたが案外ぷにぷにしている気がして、触ってみたらこうなってたんや。咲のほっぺた、中毒性あるで。」

「そう言われても、困るんですけど...」

 

 咲が困った顔をしていると、咲が起きたことに気がついた竜華がそばに寄ってきた。

 

「咲ちゃんおはよう。って怜、何してるんや!咲ちゃん困っとるやんけ!」

「うちは悪くない、咲のほっぺたがぷにぷにしてるのが悪い。」

「何わけのわからんこと言ってんの。ほら、とりあえず咲ちゃんから離れて。」

 

 そう言って、竜華は怜の手を引っ張っていった。

 ようやく体を起こせた咲があたりを見回すと、怜と竜華だけでなく、洋榎や憩、風香、泉もこの場にいた。

 

「ええっと、何でこんなに集まってるんです?」

 

 確かもともとは、部長が風香ちゃんと泉ちゃんのところへ中堅戦が終わったら連絡を入れて、それを受けて2人が私を起こしに来てくれる予定だったような...

 

「試合が終わったからみんなで迎えに来たんや。」

 

 咲の問いには、ニコニコとした顔で憩が答えた。

 

「結果はどうでした?」

「途中で他校を飛ばして、うちらは勝ったで。」

 

 これには洋榎が答えた。が、勝ったという割には洋榎は浮かない顔をしていた。

 

「ということは部長が言った通り、中堅戦で飛ばしたんですね。」

「えっと...その事なんやけどな...」

 

 洋榎は何か言いにくいことがあるようだった。そんな洋榎に代わって、憩が口を開いた。

 

「準決勝は、先鋒戦で飛ばして勝ったんや。」

「先鋒戦でですか!?」

 

 中堅戦にいくどころか、先鋒戦で試合が終わっていたとは...成程、部長は中堅戦で終わらすと言っていたのに、実際は中堅戦にいく前に終わってしまったから、有言実行できずにいたから少し落ち込んでいたのか。そう咲は解釈した。

 

「因みに、その後の決勝は次鋒戦で終わったんやけどな。」

「とは言っても、ほとんど憩が点数削ったから、次鋒戦は二局しかなかったんやけど。」

 

 怜が付け足すように言った。

 結局、決勝も中堅戦に回らなかったんだ...それは部長も落ち込むような...ん?

 

「決勝ってもうやったんですか?」

「もうとっくにな。せやからこうしてみんなで咲の所に来たんや。」

「表彰とかもですか?」

「全部終わってるで。」

 

 怜がすました顔で答えた。

 どうしよう...応援していたならいざ知らず、私、単に寝るためだけに来たようなものじゃ...昨日の緊張とは一体...

 咲が1人どんよりしていると、扉を開けて監督が入ってきた。

 

「お、咲起きてるな。体調は大丈夫か?」

「はい、体調は大丈夫です...体調は...」

「ならええか。よし、ならミーティングするで。」

 

 監督は特に咲のことには深く追求せず、そのへまま話を進めていった。

 

「まずはおつかれさま。とは言っても、試合に出たのは憩と怜だけやけどな。」

「部長に回せなくて申し訳ないですぅー。」

「・・・あの時の仕返しか?」

「何事にも全力じゃないと駄目ですからぁー。」

 

 洋榎の鋭い視線にも憩は怖気付くどころか、ニコニコとした表情で言った。

 監督が一つ咳払いをして話を戻す。

 

「兎に角、今日勝ったからといって浮かれんようにな。明日の個人戦は今いるこのメンバーも敵になるんやから。」

「北大阪代表としては、3人しか出られんからな。仮にその3人全員がこのメンバーの中の誰かだとしても、残り2人は出られないわけやし。」

「それに、個人戦はうちら以外の千里山のメンバーも出るわけやから、かなり混戦になるやろうな。」

 

 そうだ、今は同じ仲間であるけど、あしたはお互い敵同士なんだ。先輩方だけでなく、風香ちゃんや泉ちゃんも...

 全員、そのことを再認識させられて、部屋の中に緊張がはしった。

 

「とはいえ、今からそうピリピリする必要も無いやろ。明日しっかり切り替えができてればそれでええし。ほら、さっさと帰る準備するんやで。」

 

 監督は緊張を和らげるように言って部屋を出ていった。しかし、誰1人として動こうとする人はいなかった。ピリピリする必要が無いと言われても、自然とそうならざるを得ない。今日の味方が、明日は敵になる。

 本当の戦いはここから始まるのかもしれない、そう咲は思った。




今後の更新についてですが、以前同様、日曜更新はまだできそうにないので、しばらく不定期更新になると思います。それまで気長に待っていていただけると幸いです。

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