もう一つの千里山女子   作:シューム

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第26話「少女」

「・・・なるほど、概ね理解した。」

 

 充電できそうな場所が見つからなかったため諦めて戻ってきた菫は、咲と淡からことの成り行きを聞いていた。もっとも、淡は挑発的な態度をとった理由については話さなかったが。

 

「とりあえず私が言いたいのは、淡、お前は咲ちゃんに謝っておけ。」

「えぇ、なんでですか!?」

 

 そんなことしたら咲が本気でやってくれないかもしれないのに、そう思った淡の考えを見透かしているかのように菫が言った。

 

「お前、照にも似たようなことやったことあるだろ。あの時私と誠子がどれだけ辛かったか知らないだろ?完全にとばっちりだったぞ。そうやってわざと咲ちゃんに挑発的な態度をとって、本気で戦わせようとかしたんだろ?」

「え、わざとなの?」

 

 菫のその一言で咲から放たれていたオーラがだんだん小さくなっていった。

 

「わぁぁ先輩、何してるんですか!」

「・・・その反応からすると図星のようだな。」

 

 ハァ、と菫はため息をついた。

 

「いいか淡、照のお菓子を食べるのはまだ許せても、人を不快にさせるような挑発はダメだ。」

 

 あえて照のことには突っ込まないでおく淡であったが、確かに、自分でもやりすぎたとは反省していた。

 

「ごめん咲、私言いすぎたよ。」

「淡も悪気があってそんなことを言ったわけじゃないから、咲ちゃん、許してやってくれないか?」

 

 菫は咲の方を見て言った。咲は頷いて答えた。

 

「でも、淡ちゃんに1個だけ。」

 

 そう言って、咲は淡のそばに近寄って

 

「もう二度とこういうやり方はしちゃダメだからね。」

 

 メッ、という仕草をした。

 

「あわあわあわあわ」

 

 淡は自分の頬が火照っているのが感じ取れた。やばいどうしよう、咲のこと可愛いとか思っちゃった...

 

「さて、ひと段落ついたわけだしこれからどうするか考えないとな。早く照たちと合流しないといけないわけだし。」

「あ、菫さん。その前に1個だけお願いしてもいいですか?」

 

 咲が菫にそう尋ねた。

 

「別に構わないが、一体なんだ?」

「淡ちゃんと打たせて欲しいんです。淡ちゃんが私と打ってみたいって言ってくれたように、私も淡ちゃんと打ってみたいと思ったんですけど。」

「本当、咲!」

 

 予想外の咲からの要望であった。まさか咲から頼んでくるなんて。

 

「うん。私、淡ちゃんと打ってみたいな。」

 

 満面の笑みを淡に向けてきた。うっ、やっぱり咲可愛いよ..

 

「まぁ、咲ちゃんがそう言うなら問題は無いが...」

 

 そう言って、菫は咲の申し出を了承した。

 

 ***

 

 咲たちは、近くにあった雀荘へと来ていた。そこの店主に事情を説明して電話を貸してくれないかと頼んだところ快く了承てくれた。

 

「────はい、お願いします。」

 

 そう言って咲は電話を切った。洋榎に連絡したところ、すぐに迎えに行くとのことであった。

 

「話し終わったか。それじゃ、私も照に連絡しないとな。」

 

 菫は咲から受話器を受け取り、照へ電話をかけた。

 

「そう言えば、なんで淡ちゃんたちは大阪に来ていたの?」

 

 色々とあって聞きそびれていたことを淡に質問した。

 

「遠征試合だよ。いつも使ってる旅館が今年は取れなかったから、今年は大阪になったの。ちなみに、大阪を提案したのはテルなんだ。」

「お姉ちゃんが?もしかしてその相手校って千里山?」

「三箇牧ってところだよ。せっかくなら千里山のいる地区の強豪と戦いたいってテルが言うものだから。」

「なんで千里山じゃないんだろ。」

「多分、咲とは決勝の舞台で戦いたいからとかじゃないかな?」

 

 咲は照とインハイの決勝で戦うと決めていた。それは照も同じことである。咲ができることならそこまで戦わないでいたいと思うように、照もそう思っているのかもしれない。

 

「照との連絡終わったぞ。待ち合わせ場所を指定したから、対局が終わったらすぐに行くからな。」

「了解です!それじゃ、さっさと打とうか。おじさん、どっか空いてる卓ない?」

 

 淡は店主に声をかけた。

 

「すまんな、あいにく見ての通り満席なんや。今日は休日やから混んでるしな。」

「うーん、確かに人が多いけど...あ、あそこの卓、女の子が1人いるだけだ。」

 

 淡が指さす方には、確かに少女が1人、卓に座っていた。麻雀をしている様子もなく、ただ本を読んでいるだけのようだ。

 

「私達3人しかいないから、あの子も誘って4人でやれないかな?」

「あぁ。確かにあの卓はあの子だけやけど...」

 

 店主はそこで言葉を濁した。

 

「1人なら問題ないって。私ちょっと誘って来ます。」

「あ、おい、待て淡。」

 

 菫の制止を聞かず、淡はその少女の元へと近寄っていった。

 

「あの、良かったら私たちと打ちませんか?今ちょうど1人足りないんですけど。」

 

 淡は彼女にそう尋ねた。少女は読んでいた本を閉じ、淡の方に向き直り、口を開いた。

 

「あなたは日本のプロですか?」

 

 突然のその質問に、淡の思考が一旦停止した。しかしすぐに我に返り、

 

「違う違う、私たちは普通の高校生。そもそも、プロはこういった場所に来ないと思うけど。」

「そう...」

 

 そう言うと、彼女は再び本を開いて読み始めた。

 

「な、なにこの子...」

 

 彼女の不可解な一連の言動に、淡は戸惑っていた。

 

「その子は今日の朝からずっとここで、プロが来るのを待ってるんや。」

 

 店主が淡に近づきながらそう言った。

 

「プロが来るのを待ってるって、ここにプロの人が来るんですか?」

「たまにやけどな。藤白さんっていう人なんや。あの戒能プロと同年代の。」

 

 咲はそれを聞いて、ふと思い浮かぶことがあった。今七実は咲たちのいる旅館で指導をしてくれている。教えてくれているということは、当然今日ここに来ることなどないだろう。

 そのことを伝えようとしたが、それよりも先に淡が口を開いた。

 

「ねぇ、『宮永照』って知ってる?」

 

 その言葉を聞いて、彼女の体が一瞬ぴくっ、となった。

 

「聞いたことはある。高校生の中で一番強いとか。」

「そう。そしてテルはプロ相手でも渡り合えるほどの実力を持ってるの。」

「その人と戦わせようってこと?」

「違う違う。そのテルの次に(白糸台で)強いのがこの私、大星淡なの。だから、私と勝負しようよ。」

 

 どこか誇らしげに淡はそう言った。

 

「それに私だけじゃ不満って言うなら、この宮永照の妹の『宮永咲』もつけちゃうよ!」

「ふぇっ、私!?」

 

 唐突な淡の言葉に変な声が出てしまった。

 

「そりゃそうでしょ。元々あと一人誘うつもりだったんだから、結局咲はやることになってるの。あ、あと菫先輩も。」

「・・・淡、お前帰ったら練習3倍な。」

「じょ、冗談ですよ先輩。」

 

 あたふたとしながら淡は菫を宥めた。

 

「・・・宮永照の後輩に、宮永照の妹か...確かに、相手にしては悪くないか。」

「さっきからその上から目線は何なのさ...」

 

 淡は不満そうに言った。

 すると菫が、ずっと気になっていたことをポロリと口にした。

 

「この子、どこかで見たことがある気がするんだが...どこだったか。」

 

 彼女を初めて見た時から、ずっと考えていたことであった。テレビ、雑誌、新聞、一体何で見たのかは思い出せないでいた。

 すると、店主が菫にこう言った。

 

「もしかして、昨年行われたアジア大会のことか?彼女、そこで金メダルを取ってたからな。」

「へっ、金メダル!?」

「というより、日本人じゃなかったんですか!?日本語こんなにもペラペラ話せるのに。」

 

 衝撃の事実に淡と咲は驚きを隠しきれなかった。

 そのふたりを制するように少女は口を開いた。

 

「日本語は、日本に留学すると言っていた友達に教わった。私は留学ではなく観光みたいなものだが。」

「観光のためだけに日本語をここまで覚えたんですか?」

「日本のプロと戦ってみたかったからね。中国には私を満足させてくれる相手がもういなかったし。」

 

 サラリと言っているが、内容はとんでもないものである。中国には自分に敵う相手がいないから日本に来たと言っているのだ。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったか。私は哧悟楽(チーウーラ)。れっきとした中国人だ。」

 

 チーはそう言うと咲たちの方を指さしてこう言った。

 

「そこまで言うのなら、現役の高校生の実力、どれほどのものか見させてもらう。」




というわけで新キャラです。アジア大会出したことから臨海フラグが立ちましたかね?
割と名前考えるのに時間かかりました...

次回から対局開始です。どんな能力かは次回以降のお楽しみということで。

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