第23話「強化合宿」
「強化合宿、ですか?」
「せや、地区大会ももうすぐやからな。」
ある日の部活終わりに、洋榎が強化合宿の話を持ち出してきた。
「まだまだ個人個人で詰めなアカンところがあるからな。そのへんを重点的に特訓するために強化合宿を行うんや。」
「大阪は激戦区ともよばれてるし、しっかり準備しとかな地区大会で敗退、なんてことがあるかもしれんよ。」
洋榎と竜華がそう言った。咲も自分の力では全国はまだ厳しいことはわかっていた。衣と、そして、つい先日の良子と七実との対局で、そのことを痛感していた。
「わかりました、その日は予定を開けておきます。ちなみに、私たち5人以外の部員も行くんですか?」
「他の部員は残っててもらうで。全員で宿泊は流石に無理やろうし。まぁ、合宿って言うても場所は大阪やから頑張れば会えるんやないか?」
「でも、そうすると咲ちゃんが迷子にならないように見張っておく人がいないですよねぇ?」
「反論したいのに反論できない自分がいる...」
咲がこれまでに何回迷子になってきたのかは咲自身がよく知っている。そして、どれほど迷惑をかけてしまったのかも。
「それの対策はできてるで。ほれ咲、これを受け取り。」
そう言って洋榎は咲に何かを投げ渡した。
「うわわっ、何ですかこれ?」
手の中にあるものを見ると、そこには携帯があった。
「泉も風香も来れんから、何かあったらそれで連絡し。」
「でも私、機械音痴でもあるんですよ?」
「大丈夫や。これには指紋認証機能もついとるし、電話だけならここのボタン押すだけで済むから、操作に困ることはないやろ。なくなったとしてもオカンのやから気にせんでええで。」
「むしろ気にかけますよ...」
とは言ったものの、洋榎から聞いて実際に操作してみる感じ、確かに咲でも使えそうであるし、携帯を持ってみたいという密かな願いも叶ったため、咲は満足していた。
「そんじゃ、詳しい事はまた後々伝えるから。今日はこれで解散!」
***
「はぇ〜、なかなか立派な建物ですぅー。」
「なんかワクワクしてきちゃいました。」
「あんまり浮かれるんやないで。あくまで強化合宿なんやから。」
合宿当日、団体戦メンバーと監督の6人は合宿をする旅館に来ていた。外観は咲が思っていたものよりしっかりしており、部屋から見る外の景色も文句なしであった。
「そう言えば、荒川先輩はここに来るのって2回目ですよね?さっき初めて来たような感想を言ってましたけど。」
「昨年はここの予約が取れなくて別の場所でやってたんよ。せやから、うちも咲ちゃんと同じでここに来るのは初めてやで。」
「ほらほら、荷物置いたらミーティング始めるんやから、テキパキ行動し。」
監督にそう言われ、咲たちは荷物を置き、監督のもとへと集まった。
「よし、全員揃ったな。」
監督が5人の顔を見渡す。
「ここに来た目的は知ってのとおり、個々の弱点の克服を中心にしてやっていくことや。それに加えて能力の底上げもしていくけどな。せやから、この合宿ではそれぞれ違うメニューをこなしてもらうで。その指導として、うちともう一人特別ゲストを招待してる。」
「特別ゲストですか?」
「プロの人とかやったら嬉しいですぅー。」
咲と憩はどんな人が来るのかとワクワクしている様子であったが、対照的に、3年生はどこか不満そうな顔をしていた。
「なんでやろう、あんまりいい感じがしないのは...」
「うち、すぐに誰かピンと来たんやけど。」
「怜、多分その予想は当たってると思うで。」
「なんや3人とも、えらく不満そうやな。まだ誰か決まってへんのに。」
「大体察しがつくわ!それより、あの人が来るとなると、1年の時の地獄が蘇ってくるわ...」
「誰の特訓が地獄やって?」
不意に、ドアの方から声がした。
「うわっ、やっぱりや!」
「なんやその言い方は。可愛い後輩のためにせっかく来てやったのに。」
「あれ、藤白さんじゃないですかぁ。」
「お久しぶりやな、2人とも。『また今度』の機会が来たようやな。」
ドアのところにいたのは、咲たちがつい最近対局したプロの1人、藤白七実であった。
「なんで藤白さんがゲストとして来られたんですか?」
「言ったやろ、うちは元千里山のエースやったって。せやから、監督にOGでもあるし、強化合宿に付き合って欲しいって頼まれてな。それでここに来たってわけや。」
「それより先輩、『服部先輩』は今日来てるんですか!?」
「いや、今回はうちだけや。残念やったなぁ、地獄が見れなくて。」
その言葉に、3年生全員がホッとしていた。
「あの、『服部先輩』ってどなたですか?」
「うちらが1年の頃に部長をやってた人で、『服部叶絵』って言うんや。めちゃめちゃ厳しくて、1年の時の合宿で何人倒れたことか...」
「そんなにすごかったんですか...」
先輩たちの昔の話が聞けてどこか嬉しいような、そんなにすごいものだったのかというどこか恐ろしいものを咲は感じていた。
「というわけで、特別ゲストで現在プロとしてやってる藤白七実や。合宿の間は監督とうちが自分らのスキル上げに協力するで。時間ももったいないし、早速始めてこか。」
そう言って、七実はどこからかホワイトボードを持ってきた。
「自分らの今までの大会なんかのビデオを見させてもらったから、そこで見つけた弱点を指摘して、それを克服するための練習方法を今から言ってくから、合宿中はその練習をこなすんやで。まずは洋榎。洋榎はだいぶ安定した打ち方をするしこれと言った問題もないけど、やっぱりもう少し稼いで欲しいところはあるな。というわけで、自分はこの合宿ではうちと打って10000点差つけてあがるのを三回連続でやることが目標や。」
「いや、流石にそれは無茶ですよ。プロ相手に三連続で10000点差...」
「ほーそうなんや。前に憩ちゃんたちとやったときにか、憩ちゃんはうちに20000点以上の差をつけて勝ったで。まさか部長が部員に負けるとはなぁ。」
「・・・わかりました、そこまで言うんならやりますよ。20000点と言わず、飛ばすくらいの勢いで!」
洋榎から凄まじいオーラが放たれていた。それを見た七実は満足そうな顔をしていた。
「そんじゃ、洋榎のメニューはそれってことで。ほんで次は竜華や。竜華も洋榎同様、十分強いとは思うけど、ただあんたの『最高状態』はまだ使いこなせてないらしいな。せやから竜華も一緒に打って、その状態をコントロールできるようにするんや。」
「わかりました。頑張ってものにします。」
最高状態の竜華を咲はまだ見たことがなかったので、一体それがどんなものなのか皆目見当がつかなかった。ただ、先輩たちや今の話からするに、かなり強い能力であることは感じ取れた。
「次に憩ちゃんや。憩ちゃんは『他家にあがられると次の手牌がよくなる』らしいけど、手牌が良くても取られたぶんの点数を取り返せないことがよくある傾向やな。憩ちゃんもうちらと打って、他家にあがられたときにあがった他家の点数より上の点数で和了るようにすることが目標やな。」
「わかりました。取られた点数ぶんとりかえしますぅ。」
やる気満々と言った感じに憩が言った。
「そんで最後に咲と怜や。2人は能力こそ違えど、共通してある弱点を持ってるんや。」
「共通した弱点ですか?」
「それは能力が使えない時に極端に弱くなってまうことや。怜の春季大会しかり、咲がうちらと戦った時しかり、能力が使えなくなったら怜も咲も全国レベルの連中とは張り合えなくなってまう。せやから怜と咲は能力を使わずに対局するということでこれを用意したで。」
そう言うと、七実はパソコンを二台持ってきた。
「パソコンで何するんですか?」
「これでネット麻雀をしてもらう。目標は五連続1位とかでええかな。これやったら咲の得意な『嶺上開花』もそうやすやすと出せなくなる。怜はパソコンでも関係ないやろうけど、人数の都合があるからこっちで能力を使わずに打つんやで。」
「でも、私機械音痴だからパソコンとか使えないですよ。」
「そのへんはうちや怜に聞いて頑張って覚えるんや。」
「よっしゃ、頑張るで咲ちゃん。」
怜にそうは言われたものの、咲は1度もネット麻雀はおろか、パソコンに触れたことすらない。
(そうは言っても、普段やってることと多分変わらないよね。)
咲のその安直な考えはこの合宿で大きく変わることとなった。
活動報告の方でも書いた通り、この章を最後に一旦休載させていただきます。詳細は活動報告の方をご覧下さい。
次回からはいよいよ合宿スタートです。