もう一つの千里山女子   作:シューム

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第16話「先鋒戦後」

 目を開けるとそこは見慣れない光景だった。察するに、どうやらベッドで寝ていたらしい。

 周りで誰かが話している声も聞こえる。しかもどこか聞き覚えのある声だった。

 

「ここは...どこや?」

 

 ゆっくりと体を起こそうとするが、思うように動かない。そのとき、怜のそばにいた人が怜が目を覚ましたことに気がついた。

 

「怜起きたんか!無理せんで寝ててええよ!」

 

 竜華は怜を横にした。そのままの状態であたりをもう一度見回すと、竜華の他に洋榎と憩がいることに気づいた。だが、怜は未だにこの現状が理解出来ないでいた。

 

「なぁ竜華、ここはどこなんや?」

「ここは病院やで。先鋒戦が終わった後、怜が倒れるもんだから救急車呼んで怜を連れてってもろたんや。」

「そうやったんか...世話かけさせてごめんな。」

「そんなことない!怜は大事なチームメイトなんやから助けるのは当たり前や!」

「竜華...」

 

 危うく怜は涙を流すところだった。それを誤魔化すように話を変えた。

 

「そういえば、試合はどうなったんや?宮永さんの連荘を止めたあとから意識が朦朧としてたからよく覚えてないんやけど...」

「それは...」

 

 竜華はそこで言葉を詰まらせた。見ると暗い顔をしている。そんな竜華に変わって洋榎が口を開いた。

 

「試合は、あの後宮永さんがツモあがりをしていって龍門渕の親番まで回ったところで龍門渕が飛ばされて終局になった。せやから順位は一位白糸台、二位がうちら、三位が姫松で、四位が龍門渕にななった。」

「せっか、そんなら決勝へは行けるんやな...」

「・・・・決勝は辞退した。」

「・・・・え?」

 

 想定外の言葉が洋榎から発せられ、怜は洋榎が何を言っているのか理解出来なかった。

 

「どういうことや洋榎?」

「そのままの意味や。千里山は決勝を辞退した。」

「・・・・なんでや、なんで辞退したんや!?」

「怜落ち着き!まだ体調戻ってないんやからそんな大声あげたらあかん!」

 

 竜華の言う通り、怜は頭がガンガンしていることを感じていた。だが、叫ばずにはいられなかった。

 

「竜華はそれでええんか!?せっかく手にした決勝への切符を手放して!?」

「うちは...」

 

 竜華は口ごもった。

 

「答えてや、竜華!」

「怜」

 

 怜の興奮を制するように洋榎が静かに言い放った。

 

「竜華を責めるな。責任はそう決定したうちと監督にある。」

「そんなら...」

「理由はある。決勝にいくとなったら、今こんなふらふらな状態なのに怜は明日また宮永照戦うことになる。しかも他の二校はシード校の臨海女子と真嘉比なんや。そしたら今日以上に怜は無茶するやろ?」

「大丈夫や、体調くらいすぐに戻せる。能力も使いどころをもっと考えれば...」

「その能力は、一巡先を見る能力は、今使えんのやろ?」

「なっ...」

 

 誰にもまだ告白していなかったが洋榎は既に勘づいていた。しかも、洋榎は怜が能力を使えないという考えに確信を持っているようだった。

 

「怜の打ち方を見てればわかる。いつもの打ち方とは明らかに違う。」

「・・・・なんや、バレてたんか。」

「当たり前や。中学からの付き合いなんやからそれくらい気づくわ。」

 

 洋榎はどこか呆れたように言った。

 

「せやったらこの大会にかけてるうちの思いも...」

「分かっとる。怜がどれだけ本気なのかもわかっとる。怜がどれだけチームのことを思ってくれてたのかもわかっとる。せやけどな、チームのことを思うあまり自分のことまで気が回らなくなってるんや。園城寺怜は1人しかおらんのや。怜の代わりは誰にもできひんのや。もっと自分を大切にし。」

 

 そう言うと、洋榎は怜の頭を優しくなでた。それによって、怜の気が緩んだのか、怜の目からは涙がこぼれ落ちた。

 しばらく泣いていたが、ようやく落ち着いてきた。それを見て洋榎は、

 

「竜華、憩、すまんが怜の側に付き添っててくれんか?このあと監督と話があるから。」

「大丈夫、というより元からそのつもりやった。怜はしっかりうちらが見とくから。」

「じゃ、行ってくるわ。せや憩、咲たちから連絡があったらここじゃなくてホテルに戻るように言っといてくれ。」

「わかりました。」

 

 洋榎はそう言い残すと、監督の元へと向かった。

 

 ****

 

 一方その頃、咲たち3人は大会の会場に戻ってきていた。

 

「それにしても、咲ちゃんの探してたキーホルダー見つかってよかったね。私の言ったとおり控え室にあったし。」

「うん。先にこっちに来たおかげで無駄に探さなくて済んだよ。ありがとう。これ、友達にもらった大事なものだったから見つかってよかったよ。」

「よし、ほんなら園城寺先輩も心配やし早く戻ろか。無理言って戻ってきたんやし。」

「ごめんね2人とも付き合わせちゃって。」

「それくらいお安い御用だよ。それに、咲ちゃんすぐ迷子になるから心配だし。それじゃぁ、先輩たちのところに行く前に、荒川先輩に連絡入れておくね。」

 

 風香がメールを送った後、3人は会場を出ようとした。エントランスの近くまで来た時、前から小柄な女の子がこちら側に向かってきていることに気づいた。

 

「あの子迷子かな?1人でいるけど。」

「咲やないんやし、違うやろ。」

「私の迷子スキルは子供より上なんだね...否定はしないけど...」

 

 そんな話をしているうちに、だんだんとその少女との距離が縮まってきた。そして、近くまで来たところで咲は歩みを止めた。

 

「どないしたんや咲、急に立ち止まって?」

「何、あの子のオーラ...昔のお姉ちゃんと同じかそれ以上のものだ...」

「えっ、それってあの子がかなりの実力者ってこと!?というか、あの子って...」

 

 そんな3人の前に、いつの間にか少女は来ていた。

 少女は3人の顔を見回して、それから咲の方を向いた。

 

「・・・・お前だけは衣の力を感じ取れたのか。それなりの実力はあるということだな。」

「『衣』って、やっぱりあなたは天江衣さん!?」

「いかにも、龍門渕高校2年の天江衣だ。それよりお前達のその制服、もしかして千里山か?」

「はい、千里山女子1年の宮永咲です。こっちの2人が同じ1年の二条泉ちゃんと柳楽風香ちゃんです。」

「ふむ、やはり千里山の生徒か...」

 

 そこで衣はなにやら考え込んだ。そして、

 

「よしお前たち、今から衣と戦わないか?」

「「「・・・・え?」」」

 

 唐突なその対戦の申し込みに3人は思考が追いつかなかった。

 

「・・・・えっと、誰と戦うんですか?」

「衣とに決まっておろう。」

「今からですか?」

「そうだ。衣がわざわざここまで来たのに、一回も相見えぬまま負けてしまったからな。ただ試合を見てただけだったから鬱憤が溜まってるのだ。」

「それを晴らすためにうちらと戦うってことですか?」

「そういうことだ。どうだ、やってみないか!?」

 

 衣は目をキラキラさせながら言った。そんな衣を前に、3人はこの状況をどうするかについて話し合っていた。

 

「どないするんやこの状況。無理言ってこっちに来たんやから、早く園城寺先輩のところに行かなあかんやろ。」

「そうだね。さっき荒川先輩からメールの返信があって、『見つかってよかったよ。部長からの伝言で、病院じゃなくてホテルに戻っててだだって。無理に急いで帰らなくても大丈夫だよー。』って書いてあったけど、やっぱり心配だから早く戻った方がいいよね。」

「それじゃぁ私、ちょっと断ってくるね。」

 

 そう言うと、咲は衣の元へと近寄った。

 

「あのですね天江さん、実は私たちすぐに帰らなくちゃいけないんですけど...」

 

 そこまで言ったとき、衣のキラキラとしていた目が、急に涙目へと変わった。

 

「衣と...遊ぶのは...嫌なのか...?」

「えっ、いや、別に嫌とかどうこうじゃなくてですね、えっと...」

 

 突然泣き出した衣に咲は戸惑った。

 

「風香、この場を何とかするいい案ないか!?」

「えぇ、そう言われても...とりあえず私たちだけでどうこうできないから先輩に相談してみる。」

 

 風香は携帯を取り出すと憩に電話をかけた。

 

『もしもし、風香ちゃん?どうしたの?』

「あ、荒川先輩。実はカクカクシカジカ...」

『なるほど、つまり早く帰りたいけど天江さんの誘いをなかなか断れないってことかな?』

「そういう事です!どうすればいいですか?」

『うーん、でも東風戦くらいならやっても大丈夫だと思うよ。怜先輩も意識が戻って体調も回復に向かってるし、それどころか、今竜華先輩と2人だけの空間に入ってるからうちが居づらい状況だし...部長は部長で監督のところに行ってるから、こっちもこっちでホテルに戻るまで時間かかると思うから。』

「わかりました、断るのが無理そうならそうします。」

『うん、無理しすぎないでねー。』

 

「どうやった、風香?」

「東風戦ならやってもいいって...」

「ほんまか!?大丈夫なんか、それで!?」

「あっちもあっちで色々あるから戻るのに時間がかかるって。」

「わかった、それじゃぁ、咲たちに伝えてくるわ。」

 

 泉は咲と衣のところへ行き、このことを伝えた。

 

「本当か!?衣は東風戦でも戦えるならなんでもいいぞ!」

「私も、先輩が大丈夫って言うならいいけど...ただ、このへんに雀卓のある場所ってあったっけ?」

「そのことなら心配はいらんぞ。ハギヨシ!」

 

 そう衣が言ったとき、どこからともなく執事服を来た人が現れた。

 

「うわっ、どこから現れたんですか!?」

「ハギヨシは龍門渕家の執事だから、いつどこにでも現れる。」

「その因果関係は正しいんですか...?」

「ハギヨシ、準備はできているか?」

「もちろんです。あちらに用意してあります。」

「よし、それでは始めようか。千里山の実力、とくと見させてもらうぞ!」




一応補足として、衣からオーラは感じ取れて、咲が照と会ったときにはオーラを感じなかった理由は、衣はこの時咲たちの実力を計るためにわざとオーラを放ってました。普段はオーラを抑えてます。

ということで、前にポロっと言っていた衣との出会いです。少し原作の衣とは違う雰囲気になってる気もしますご...正直無理やりねじ込んだ感が否めないですけど、一度会っておかないと今後の展開を書くのに厳しいところが出てくるためこうしました。
次回からは対衣戦です。

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