もう一つの千里山女子   作:シューム

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おかげさまでお気に入り登録が50を超えました、ありがたい限りです。今後も精進していきます。
また、今回はオマケはないのであらかじめご了承ください。


第10話「東京」

 春季大会二日前の夕方、千里山女子麻雀部は東京にあるホテルに到着した。

 

「着いた!東京や!」

「洋榎はテンション高いなぁ。せや怜、どこ観光する?」

「うちは色んなところ食べ歩きしたいなぁ。」

「・・・怜先輩まだ食べるんですか?」

「せっかく来たんやから食べとかないともった無いなやろ。」

「こら、お前達。この後はミーティングするって言うたやろ。組み合わせも発表されてるやろうし早く荷物置いてこい。」

 

 雅枝のその言葉で一同はホテルへと入っていった。

 

 ****

 

「よし、全員揃ったな。それじゃ、組み合わせを見ていくか。」

 

 自分の部屋に全員来たことを確認した雅枝は、パソコンを立ち上げて組み合わせ表を見ることにした。

 

「ところで部長、私たちまでついてきて大丈夫だったんですか?」

「うちら代表メンバーじゃないですし。」

 

 先輩たちの誘いで風香と泉は連れてこられたものの、他にも連れていけそうな人はいるのではと思っていたので、2人は質問してみた。

 

「心配せんでええよ。2人は咲の指名があったんやからな。」

「部長が誰か連れてきたい人はいるかって聞いてきたからお願いしたの。1年生が私1人じゃちょっと心細かったからね。」

「流石は咲ちゃん!」

「持つべきものは友達やな!」

 

 思いもしなかった事を2人が告げたため、泉と風香は喜びをあらわにした。

 

「ほら、話とらんでこれ見てみ。」

 

 雅枝はパソコンに映し出された組み合わせ表を全員に見せた。

 

「えーっと、千里山は・・・あった!左下やな。」

「あれ、うちってシードなんですか?」

 

 咲の疑問に雅枝は答えた。

 

「そうやで。昨年のインハイで決勝に残った4校が春季大会ではシード校になるんや。せやからうち、白糸台、臨海女子、永水やな。せやけど、永水は今回の春季大会出ないからその余った分のシード枠に前回5位やった真嘉比が入るって感じやな。」

「あ、本当だ。...ってあれ、そうするとこの組み合わせでいくと準決勝で白糸台と戦いますよね!?」

「ホンマや。しかも、龍門渕や姫松もこっち側のブロックにいるんか。これはなかなか...」

「心配しなさんな。白糸台も龍門渕も副将、大将が厄介なだけでそこまでで試合を決められればこっちのもんや。そのために今回はあえて先鋒、次鋒、中堅を3年で固めたんやから。」

 

 そう元気づけるように雅枝は言った。

 

「よし、今日はもう遅いからこの後は各自自由や。明日も夕方までは自由でええで。ただ、夕方からは他校の映像を見るからな。」

 

「はーい」と全員言ったが、その時にはもう明日どうするかしか考えていなかった。

 

 ****

 

「咲、朝やで。」

 

 布団を揺らされて咲は目を覚ました。傍らには咲を起こしてくれた泉がいた。

 

「あ、泉ちゃんおはよう...あれ、私なんでこんなところにいるんだっけ?」

「春季大会があるらやろ。顔洗ってシャキッとしてき。」

 

 泉に促されて、咲は布団からもぞもぞと出て、洗面所へと向かった。途中、泉が風香を起こしている声が聞こえた。何度も言っている感じからしてどうやらそう簡単には起きてくれないようだが。

 泉が風香を起こしてひと段落ついたところで、泉は咲に質問してきた。

 

「そう言えば、午前中に大会の会場に行ってみたいって昨日咲は言うたけど、なんでそんなこと言うたんや?」

「えっと、やっぱり会場の雰囲気に慣れておきたいってことがあるし。それに...」

 

 言いづらそうに口ごもる咲を見て2人は何かあるなと勘づいた。

 

「それに何や?」

「それに...私極度の方向音痴だから...」

「「・・・方向音痴?」」

 

 予想外のワードに2人はつい声が出た。

 

「方向音痴ってあの方向音痴か?いや、でも会場のなかやで。確かに広いけどそこまで迷わんやろ。」

「だから私は極度の方向音痴なんだって!会場の中だけでも迷っちゃうよ!」

「あぁ、だから咲ちゃんは迷わないように私達についてきて欲しかったってことか。」

「いや、多分二人がついてきても迷うと思う...」

 

 申し訳なさそうに言う咲を見て、流石に考えすぎだろと思う2人であった。しかし、この後2人は咲の凄まじい程の方向音痴ぶりを見せつけられることとなる。

 

 ****

 

 そして3人は会場の近くに着いた。

 

「結構大きいなぁ。流石は全国クラスの大会や。」

「そうだね。明日からこんなに大きいところで試合が行われるんだもんね。」

「私は懐かしい感じの方が強いけどな。」

 

 泉と咲は初めて来たこの場所を見て、その広さに驚嘆していた。一方、風香は中学生の頃も来ていたこともあり当たり前のような顔をしていた。

 

「そう言えば、咲ちゃんここに来るまでは一回も迷わなかったよね?」

「うん。やっぱり、二人と一緒だと迷わないんだと思うよ。」

「せやろ?だから咲は考えすぎだったんや。」

 

 自分の言ったとおりだろと言わんばかりの顔を泉はした。

 

「うぅ、そんな事言われるとわざと迷子になってやろうかなと...」

「それはやめときなって!一応このあたり、記者の人とか多いからはぐれるかもしれないし。」

「制服着てこなかったから取材される心配がないってのは幸いやけどな。」

 

 あたりを見回すとそこかしこにレポーターやカメラマンがいた。それだけこの大会は注目されているのだろう。

 

「まぁ、いつまでもここにいるわけにもいかないし、中に入ろっか。」

「せやな。よし、せっかくやから誰が一番早く会場の中に入れるか勝負や!負けたらジュースおごりな!」

 

 そう言って全速力で走っていく泉。

 

「うわぁ、いずみん待てぇ!」

「二人とも置いてかないでよ〜!」

 

 それに続く形で風香と咲も走っていった。

 

 

 

 

「「着いた!」」

 

 

 

 ほぼ同時に泉と風香は到着した。二人とも全速力で走ったため息切れをしていた。

 

「風香とは...同着...やな...」

「うん...だけど...ジュースのおごりは...咲ちゃんだね...」

 

 2人は今走ってきた道を振り返った。そこにはいるであろうと思っていた咲の影がなかった。途端、2人は咲の言葉を思い出した。

 

『私極度の方向音痴だから...』

 

「「・・・・もしかして」」

 

 2人はすぐさま咲を探し始めた。

 

 ****

 

「ここどこだろう...」

 

 2人を追いかけるために無我夢中で走っていた咲は、いつの間にか全く知らない場所についていた。とりあえず会場への扉があったためそこにはいってはみたものの、その中も咲にとっては未知の空間であった。

 

(とにかく、誰か人を見つけないと。)

 

 そう思って咲はあたりをウロウロしていると、不意に前方から話し声が聞こえてきた。

 

(良かった、人がいる!)

 

 そう思って咲はその人たちの元へと近づいていった。それにしたがって徐々に話している会話の声もしっかりと聞こえてきた。

 

「・・・・で、監督の采配はどう思ってるんだ?」

「もぁひゃひぃふぁふぃいふぉ...」

「とりあえずその口の中に入ってるもの飲み込んでから喋れ。」

「・・・・私はいいと思うけど。そっちの方がこっちとしてはやりやすいし。」

 

 聞いている感じだと、どうやら2人組らしい。しかも、内容からして2人は春季大会の出場メンバーだろう。

 

(それにしても、話している内の一人の人の声、何か懐かしい感じがするんだけど...)

 

 そして、だんだん近づいていくにつれて2人の姿を目で確認できるようになった。2人が白いセーラーワンピースを着ていることから白糸台の生徒だろうと想像ついた。

 1人は長身で青い色をした長髪、雑誌の記事で見たことのある弘世菫だった。

 そしてもう1人、昔あった時の雰囲気とは変わっていたが、容姿は変わらないままでいて、今でも咲にとっては大切な存在である人がそこにいた。

 

「お姉...ちゃん...?」

 

 突然現れた実の姉を前にして、ついポロリと口から言葉が出てしまった。

 

「誰だあの子は?照の知り合いか?」

 

 菫は咲の存在を知らなかったため照の方を向いてそう尋ねた。その時の照の表情は少しほころんだように菫は感じた。

 

「咲...」

 

 その言葉を聞いたときには既に咲は照の方へ向かって走っていた。そして照の前まで来るとそのまま照に抱きついた。

 

「ずっと...ずっと会いたいと思ってたよ...お姉ちゃん...」

 

 涙ながらに咲はそう言った。そんな咲を、照は優しく抱き返した。


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