あの美術館のことがあってから数年後。イヴは一人、ゲルテナ展に訪れる。そして、ゲルテナ展に飾られている絵画「忘れられた肖像」の前に一人立ち尽くす。彼女は何を思い、何を想うのか……ゲルテナ展に、ようこそ……

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えー、急にibの小説が思い浮かんだので、書いていこうと思います。内容としては、ibのED「忘れられた肖像」の後日談となります。背景的には数年後という設定にしますので、よろしくお願いします♪


青薔薇の軌跡 〜奇跡〜

「いらっしゃいませ。ワイズ・ゲルテナ展へようこそ。パンフレットはお持ちでしょうか?」

 

受付にいる男性は、もう何度も聞いたその言葉を、決まり文句のように私に言う。それに決まって私は、毎回このように返す。

 

「いえ、持っていません……ですが、大丈夫です。何回か足を運んだことがあるので」

 

「左様ですか……では、ごゆっくりとご観覧ください」

 

受付にいる男性は私にそう言うと、軽く会釈をしてから次のお客さんの対応に回った。私はそれを見て、ゆっくりと二階の階段へと足を伸ばす。

 

私はイブ。この美術館には数年前、私が9歳の時に初めて訪れた。あの頃は私には芸術とかはよくわからなかったけど、今では少しぐらいはわかる。と言っても、綺麗とか、可愛いとか、その程度。マシになったというより、年齢の変化としては当然のことなのだと私は思う。

 

私はこの美術館、ワイズ・ゲルテナ展に何度も足を運んでいる。この数年間、数えたことはないが、何回も、何回も。恐らくは月に1.2回は訪れていると思う。日によっては、1週間に1回のペースで来ていることもあった。別に、美術が好きなわけでもなければ、このゲルテナっていう人に興味があるわけでもなかった。その私が、なぜこの美術館に何回も足を運んでいるかというと……

 

「……あった……この絵……」

 

私がそっと、口から溢れるように言葉を漏らす。その絵は階段を登ってすぐ側にあり、私の足は毎回その絵の前で止まるのだ。絵の名前は、

 

「忘れられた……肖像……」

 

絵のタイトルに軽く指を添え、絵を見つめながらポツリと呟く。そこには、人1人分を超えるサイズの大きさの額縁に、壁に背を預け、目を閉じて穏やかに眠っている男の人がいて、その手には枯れて茎だけが残り、地面に花びらだけが落ちた青色の薔薇を握りしめているという絵が飾られていた。他の絵や展示品などと比べても、特別に変わったこともない、下手をすると、それらに比べて地味とも言える作品かもしれない。だが、私は、この絵を見るたびに、この絵を見ることだけにこの美術館を訪れている。

 

なぜこの絵が気になるのか、と聞かれれば、私はなんとなく、ただ、なんとなく。そうとしか返せない。別段深い思い入れはない。ただ、本当になんとなく、気になってしまう。それだけなのだ。

 

「……ねぇ、あなたは誰? 私はなんで……あなたのことが気になるの?」

 

絵に語りかける私に、周りの人は不審な目を向ける。それでも構わない。私は理由が知りたいのだ。なんで私が、この絵を気にかけるのか、気にかけてしまうのかを。

 

「……答えて、あなたは何者なの? あなたは……誰?」

 

そう呟く私の目からは涙が伝っていた。この絵を見るたびに私は涙が止まらなくなる。拭いても拭いても、ずっと涙がこぼれ落ちてしまう。周りの目はさらに強くなり、私とその絵から離れていってしまった。

 

周りには、誰もいない。

 

「……これだけ静かなら、ゆっくりと見ていられそうだね」

 

自嘲気味にそう絵に問いかける私。当然絵は何も答えない。

 

「……あなたを思い出すたびにね、私、変な夢を見るの。その夢に出てくる私はまだ小さいんだけど、変な美術館で一人で迷子になっちゃって、彷徨い歩くの。暗くて、怖くて、寂しくて、でも周りには誰もいない。黒い手や、額縁から這い出る女の人がいてね、私を追いかけてくるの……パパとママに夢のことを話したら、もう美術館には行かないほうがいいとか、一度病院で検査を受けてもらったほうがいいっていうんだよね。まぁ、毎回同じ夢を見ちゃうのは確かに変だとは、私も思うんだけどさ」

 

そう言いながら私はその絵の横の壁にストンと腰をおろし、絵の彼と横に座りあってるような形になる。

 

「……でもね、私が一人で怖がっていると、そこに誰かがやってくるの。その誰かっていうのが毎回夢から覚めると思い出せなくて、わからないのだけど……その人は、私が困っていたり、悲しかったり、寂しかったりした時に助けてくれた。救ってくれたの。ひとりぼっちだった私を、暗闇から助けて、明るい光をくれたの……その人がいたからきっと、今の私がいるんだと思うんだ……でも、私はその人のこと……裏切っちゃった……夢の中でね、その人が、自分の命を犠牲にして、私を守ってくれたんだ。自分は辛くて苦しくて仕方がないはずなのに、最後の最後まで私に気を使ってさ……後から追いかけるって、先に行っててって……きっと、心配かけたくなかったんだよね……その言葉を、夢の中の私は信じて先に行っちゃうの。今の私ならきっと、無理してるってわかってるはずなのに、側にいて、助けてあげられたかもしれないのに……夢の中の……「あの時」の私は、あの人なら大丈夫、そう思って、先に進んじゃうの。二人で外に出ようって約束してたはずなのに……私だけ、外に出ちゃうの……」

 

私は語りながら、気づいたら目から涙を流していた。止まる気配もなく、ただただ泣いて、昔、誕生日にお母さんからもらったレースのハンカチで、涙を拭う。この美術館に来るときは、必ず持ち込んでいるのだ。なぜなのかはわからないけど、気付いたら持ってきている、それだけ……

 

ポタポタと涙が床に垂れ、その絵の前に私の涙が溜まっていく。

 

「……あはは、それでね、私は外に出て、パパとママに会えるの。でも、不意に寂しくなって、何かが足りないような気がして……振り向くけど、そこには誰もいないの……ただ、あなたの絵がそこにあって、私は目を覚ますの……」

 

ゴシゴシと目元をハンカチで拭きながら、スッと立ち上がり、その絵を正面から見る。絵は変わらずに穏やかな表情で目を閉じて眠っている。

 

「……そうだ、あなたの持ってる青い薔薇……花言葉があるのよね。私、調べたのよ。えっと、確か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………ヴ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

どこかから声が聞こえた気がしたが、周りには誰もいない。

 

「気のせい……かな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……イ…………ヴ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また、聞こえた……私の名前……呼んで……る……?」

 

私は辺りを見回すも、やはり誰もいない、物陰に隠れているなんてこともないし、階段を上がって来てもいない。あるとすれば……

 

私は壁にかけられている絵をスッと見上げた。そこで私は気づいたのだ。さっき泣いてしまって、床に垂らしてしまった私の涙が、無くなっているのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の手に持っていた青い薔薇が、まるでその水を吸って、元気になったかのように、咲き誇っていたことを。

 

絵が、震える。振動が、辺りを伝わる。他の人ならきっと、異変を感じ取って避難したり、叫んだりするだろう。しかし、私はそうはならなかった。むしろ、こうなることを、この数年間ずっと待っていた……このために、私は美術館を訪れ続けていたのだと、私は無意識のうちに感じ取った。

 

絵が震え、震え、震え……額縁を境に、絵は境界を無くしたように、「向こう側」へと繋がった。そして、その世界から、一人の男性が姿を現す。ずっと見ていた、夢にまで見た、忘れていたけど、忘れられなかった、その人が、絵の世界から戻ってきて、私に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなに泣いていると、可愛い顔が台無しよ? イヴ……」

 

私は、泣いた。ただただ泣いて、その人に、抱きついた。自分の顔が涙まみれになろうと、その人が優しく抱きしめてくれることに身を委ね、ただただ泣いた。

 

「……ギャ…リー……ごめ……な……さ……私……あなたのこと……っ……助けて……られ……か……った……」

 

嗚咽を交わらせながら、今まで思い出せなかった、彼の名を叫ぶ。

 

「……何言ってるのよ……助けてくれたじゃない……ありがとう、イブ……」

 

二人の涙の雫が、彼の持っていた青い薔薇にポツリと落ちる。

 

青い薔薇の花言葉、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡」




はい、ということで、なんとか書き終わりましたー。いやー、まさか3000文字を超えるとは……2000ぐらいで収まるかなぁとか思いましたが、書いてて手が止まらなかったです。

ibの小説なので、あんまり読まれたりなんかはしないとは思うのですが……まぁ、仕方ないですね。多分書いている人もそんなにはいないでしょうし……(確かめてない人)

あ、ちなみに、青い薔薇の花言葉「奇跡」とギャリーさんを同一と考えて、奇跡が起きると、ギャリーさんが起きる(目を覚ます)という二つの意味合いで思いついた作品でした。お後がよろしいようで……


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