書き直すのに時間かかりましたが、なんとか更新です。
「絶対能力者向上実験、ねぇ……」
翌日。半蔵の調査をまとめた資料を読みながら、佐倉はスキルアウトの隠れ家で武器の調達を行っていた。時刻は午前十時。言うまでもなく、補習はサボリである。今頃上条が一人寂しく小萌の相手をしているのだろうが、今回は事情が事情なので許してほしいと心の中で級友に謝罪する。
拳銃や手榴弾。果ては対戦車砲までもの調整を始める佐倉。お前はどこの軍隊と戦争をする気なのかと首を傾げたくなるが、今回彼が相手取ろうとしている一方通行という人間はそれほどまでに驚異的な力の持ち主なのだ。……いや、もしかしたら軍隊よりも強大な化物かもしれない。
資料から察するこの能力者の概要は、それほどまでに理解を超えるものであるからだ。
「ベクトル操作能力。身の回りにあるありとあらゆるベクトルを自由に操ることができる、か……銃弾とか拳とかも操るらしいな。キャッチフレーズは【核でも跳ね返す】ってバケモンかよ」
さすがは腐っても学園都市第一位といったところか。想像を絶する無敵能力を自由に操る一方通行。こんな馬鹿げた実験に参加するだけあって、桁違いかつ常識はずれな強さを持つらしい。自分のような無能力者とは違う、正真正銘の最強。
自分は、己の無力を以てしてこの怪物を倒さなくてはならない。
(分の悪い賭けは嫌いじゃねぇけど……今回ばかしはちょっくら厳しいかな)
だが、そんな追い詰められた状況にもかかわらず彼の表情はすこぶる明るい。まるで、一方通行との戦いを喜んでいるかの様。
――――いや、違う。彼は強敵と戦えることを欲しているのではない。
拳銃に弾を込めながら、佐倉は飄々と呟く。
「御坂のために戦えるんだ。こんなに嬉しいことはねぇよな」
自分は救われた。御坂美琴という一人の少女に命を助けられた。今度は自分が返す番なのだ。
もしかしたら、佐倉望はこのとき既に『壊れて』いたのかもしれない。御坂に対する感謝と崇拝のあまり、狂信的になっていたのかもしれない。
それでも、彼は歓喜する。自分みたいな弱者が、強者の為に力を奮えるというファンタジックな状況を。
粗方の武器調整を終えると、隠れ家の隅に置いてある立方体の物体に歩み寄る。スピーカーのような形をしているソレは、以前駒場がMARとかいう組織から譲られたものだ。なんでも、能力者に有効な打撃を与えられるらしい。眉唾物だが、【大蜘蛛】の使用形跡を見てみるとそれなりの効果をあげているようだ。あの超電磁砲さえも行動不能にしたとか。
まさかこんなもので学園都市最強を抑え込めるとは彼も到底思ってはいないが、少しでも有利になるのなら使わない道理はない。使えるものは、全て惜しげなく使う。
半蔵から渡された資料には、各実験の日時と場所が記されている。準備と設置作業、そして下ごしらえの時間を考えると……、
(午後八時半から第一七学区の操車場で行われる第一〇〇三二次実験……そこに、全力でコインを投入するしかねぇ)
準備には時間が必要だ。少しでも有利に立つために、綿密な計画を練る必要もある。少しの隙も油断も甘さも許されない、背水の陣で臨む佐倉には膨大な時間が不可欠だ。
だから彼はすべての力をその実験に注ぐ。それまでに何人もの妹達が命を落とすことになるのだろうが、それはあえて見捨てる。所詮無能力者に過ぎない佐倉にとって、全てを救うことなんて出来やしないからだ。
でも、だからこそ彼は最善を尽くして絶対に救える方法を実行する。一パーセントでも勝率が上がる方法を、優先的に行う。
「……行くか」
準備は終えた。後は設置だけ。浜面達に手伝ってもらえば、心の準備をする余裕くらいはできるだろう。
武器に囲まれた薄暗い部屋の中、佐倉は一人佇んでいた。
☆
午後七時半。駒場、浜面、半蔵の手を借りて準備を始めた佐倉はようやくすべての作業を終えた。後は一方通行が来るのを待つだけである。
「なぁ、本当にやるつもりなのか?」
本気で心配の表情を張り付けた浜面がそんなことを聞いてきた。基本的に現実思考な彼は、佐倉が超能力者に勝利できるとは思っていないらしい。死ぬのではないかと焦燥しているようだ。
少しは後輩を信じてくれと思わないでもないが、これが一般的な意見なので仕方がない。普通に考えて、勝てるはずがないのだ。そもそもの地力が違いすぎる。喧嘩慣れている程度でどうこうなるレベルをとうに超えている。気を抜かなくても、普通に死んでしまうほどの差があるのだ。
それでも、安否を気遣う浜面に佐倉は渾身の笑顔を向ける。何も心配することはないと、空元気を見せつける。
「大丈夫っすよ。俺だって考えなしでこんなことやってるんじゃねぇ。ちゃんと作戦くれぇは立ててきてますって」
「ほ、本当か?」
「えぇ。勿論――――」
――――嘘だ。
勝率なんてゼロに等しい。作戦らしい作戦もロクにない。いわば、素手でライオンに真正面から挑もうとしているだけだ。勝てるはずがない。
しかし、彼に心配をかけるわけにはいかない。もし仮にこれが最後の会話になるとしたら、悲壮な表情を記憶させるわけにはいかないのだ。
だから佐倉は笑う。胸の内に巣食う不安と絶望に耐え抜きながらも、優しい優しいヘタレな先輩のために表情を和らげる。
「アジトで祝杯の用意でもしておいてくださいよ。手土産は一方通行の首ってことで」
「佐倉……」
「ほら、早く行ってください。俺は大丈夫ですから。一人で覚悟を決める時間も与えてくれねぇんですか?」
「っ……そうだな。じゃあ、俺達はもう帰るわ」
ようやっと佐倉の意思をくみ取ったらしい浜面は、一瞬表情を強張らせたものの不器用な笑みを貼りつけてその場を去っていく。続いて駒場も半蔵も姿を消し、その場には武装を整えた佐倉だけが残った。
異様な静けさに包まれた操車場。だが、後一時間後にはここが阿鼻叫喚の地獄絵図になるのだ。血が飛び、肉が散り、死体が重なる地獄に。
「……怖ぇ、なんて言ってられねぇよ」
少し震えの入った声で呟く。全身がわずかに震えているようだった。
正直に言って、佐倉は恐れている。未知の怪物を、最強の超能力者を。心のどこかでは、勝てるはずがないと盛んに警鐘を鳴らしている自分もいる。早く逃げてこの非日常から目を逸らそうと、怯えている自分もいる。佐倉だって人間だ、恐怖心も人並み以上にはある。
だが、逃げるわけにはいかなかった。妹達の為に、自分の為に。……そして、何より美琴の為に。
銃の最終点検をしながら時間を潰す。弾を込め直していると、突然ズボンに入れている携帯電話がけたたましく鳴った。画面を見ると、【上条当麻】の表示が。
こんなときにどうしたのか。怪訝に思いながらも通話ボタンを押す。
「もしもし――――」
『お前、今どこにいる!』
聞こえてきたのは、彼らしくない怒声だった。何かに対して、腹を立てているような調子の声がスピーカーを通して鼓膜を殴りつける。いきなりすぎて耳がぶっ壊れたかと思った。
若干ビビったが、深呼吸をすると普段の自分を心がけて再度通話を開始。
「どこにって、俺がどこにいようとお前にゃ関係ねぇだろうに」
『……土御門から連絡があったんだ。大量の武器を持ったお前が十七学区に向かってるって』
「あの金髪サングラス……」
『なぁ、まさかお前……妹達の実験を止めようとしているのか?』
「っ」
思わず言葉を失う。不意打ちすぎた。あまりにも予想外すぎて、一瞬頭が真っ白になった。
――――なぜ、上条が実験のことを知っている?
『さっき路地裏で御坂妹の死体を見たんだ。その後妹達の存在も知った。なぁ、今この街では何が起こっているんだ? なんで、御坂妹が殺されてんだよ!』
「……お前、今どこにいる」
『え? バスで御坂の寮に向かっているところだけど……』
「いいか、よく聞けよ上条」
佐倉はそこで一旦言葉を切ると、割り込ませない勢いで一気に捲し立てる。
「お前は寮に行って、御坂を止めろ。もしもいなかったのなら、駆けずり回ってでも見つけ出せ。絶対に俺の所には来させるな」
『は? いや、何言って……』
「もし御坂に会ったらこう伝えろ。『一方通行は俺が倒す。お前が来る必要はねぇ』って」
『一方通行? 倒す? おい、何のこと――――』
「頼んだぞ」
最後まで言葉を聞くことなく、通話を終える。そして地面に携帯電話を置くと、思い切り踏み砕いた。グシャという鈍い破砕音を上げ、破片が飛び散っていく。
これでもう自分を止める者はいない。生への未練も絶った。これで心置きなく、一方通行を倒すことができる。
弾を詰め終え、武器の位置を確認する。……すると、声が響いた。
「おやおやァ? こンなところに虫ケラが入り込ンでやがる。実験の情報保護機能はどこまでザルなンだって話だよなァ」
鉄板に砂を擦り付けたような耳障りな声。おおよそ普通の人間とは思えない低い声が操車場に響き渡る。他に物音がしないせいか、それがやけに反響する。
佐倉の視線の先、入口の方から真っすぐこちらに歩いてくる人影があった。
髪はすべての色素を失った白。瞳は燃えるように紅く、まるで血を結晶にしてはめ込んだかのよう。肌はアルビノといっていいほどに無色で、傍から見れば病人のようにも見える。
だが、彼が纏う雰囲気は病人の儚いソレではない。憎悪と殺意、そして歪んだ快感に塗れた殺人鬼のものだ。既に一万人以上を手にかけ、これからそれ以上の妹達を殺そうとしているクズの雰囲気だ。
一方通行は佐倉を見据えると、心底愉快に口元を吊り上げる。ゾワリと、全身の毛が逆立った気がした。
「一応聞いておくが……オマエ、その銃はどォゆゥつもりだ?」
「…………」
「おいおい無視かよ。たまンねェなァ。この一方通行様を前にしてそンなふざけた態度を取れるとは、いやはや随分肝の据わった虫ケラがいたもンだ。……それともォ、俺を見てビビっちまってんのかァ? 竦み上がって、言葉も出ないってゆゥ愉快な状況に陥っちゃってるってワケかァ!?」
「……うるせぇよ」
「あァ? オイ、お前今何て言った」
「うるせぇって言ったんだよ……この雑魚がぁあああああああああああ!!」
「……ぎゃは」
耐えきれなくなり、とうとう雄叫びをあげる佐倉。気にするまでもない雑魚が銃を構えるのを見て、新しいおもちゃをもらった子供のように笑う一方通行。彼の中では、佐倉は路傍の石に過ぎない。無力な石ころが、自分を倒すなんて夢物語を実行しようとしている。その程度の思いでしかない。またくだらない不良の一人かと溜息をつきながらも、今までにない本気で自分と戦おうとしている雑魚に少しだけ闘志が湧いた。
「いィねェいィねェ、最ッ高にハイになってきたぜェ。……殺される覚悟を、しっかり持ってンじゃねェか。そォゆゥところ、俺好みだわ」
「ピーピーさえずってんじゃねぇよ雑魚キャラが。喋っとかねぇと足震えそうなのか? 弱い奴ほどよく語るってのは本当らしぃなぁ?」
「……お前、誰に喧嘩売ってンのか知ったうえで言ってンのか?」
「絶対能力者なんていうくだらねぇものにしがみついている哀れな雑魚に言ってんだよ」
「……面白ェ。芸人になった方がイイってくらいに面白ェぞテメェ」
「お前の顔には負けるがな。兎みたいなカラーリングしやがって。狙ってんのか? スベッてんぜお前」
沈黙が訪れる。お互いの殺意が膨れ上がり、操車場に負の感情が広がっていく。何も音がしないのが不思議なほどに静まり返った操車場。その中心で、過去最高の殺気を湛えた二人が睨みあう。
そして、
『ッ!!』
一人は銃を構え、一人は地面を踏み抜く。それぞれの思いを胸に、操車場を駆け抜けていく。
お互いに命を賭して、夜の戦場で殺し合いを始める。
学園都市最弱と学園都市最強の一方的な戦いが、幕を上げた。