ついに最終回!
十月三十日。
「世界じゃ第三次世界大戦が行われているっつうのに、学園都市はいつも通り随分と平和なこって」
「平和じゃないと困るでしょ。戦いの最中でアンタの義手の調整するのイヤよ私は」
「そもそもオメェが能力使うと色々壊れちまう可能性もあるわけだが……」
「なに? 文句でもあんの?」
「ねぇです」
病院のベッドに寝転がったまま機械の右手をグーパーしている少年と、そんな彼に火花を向けながらメンチを切る少女。それぞれ無能力者と超能力者に属する二人なのだが、傍から見れば喧嘩ップルにしか見えない。まぁ佐倉と美琴の関係はそういう表現でもあながち間違いでもないあたり何とも言えない気持ちになってしまう。一応は三週間ほど前に死闘を繰り広げた仲ではあるものの、すっかりかつての二人に戻っているようだった。
そんな二人を微笑ましそうに眺めつつも、佐倉の左手を両手で握り締めたまま放さない美琴そっくりの少女は相も変わらない単調な話し方で諫めるように口を開く。
「望は怪我人なのですから丁重に扱わなくてはいけませんよ、とミサカはお姉様のあまりに粗暴な振る舞いに呆れつつも、これならばミサカの付け入る隙もありますねと内心ほくそ笑みます。ふふふ」
「あぁん? なによアンタ喧嘩売ってんの? ていうか! いつの間にか名前呼びになっている上になんか距離近くない!? その手ぇ放しなさいよ!」
「これは彼の生態電気を計測することによって体調に異変がないかを検査しているのです、とミサカは自らの正当性を訴えます。だからもっと密着する必要があるのです。えいっ」
「うわっ柔らか」
「あああああアンタねぇええええ!!」
「お姉様、ここは病院内なのでお静かに」
「誰のせいだ! 望もニヤニヤヘラヘラすんなこの浮気者!」
「えっこれ俺が悪ぃの」
あまりにも理不尽な言われようにもはや涙目気味の佐倉。恋人が目の前にいる状況で自らの胸に彼の手を押し付けているミサカこそが責められるべきなのではないかと思うのだけれど、噴火寸前の彼女がそれを聞き入れてくれるとは到底思えない。こういう時は大人しく制裁を受けるのが一番穏便に済むのだとこの数か月間で誰よりも理解はしていた。
結局あの騒動の後佐倉はすぐさまカエル医者の病院に搬送され、右腕の治療が行われた。まぁ消し飛んでしまった以上元通りにするのは不可能だったため、代わりに最新鋭の技術で作られた義手を付けることに。修繕費やら治療費、義手のメンテナンス代は「学園都市統括理事会からの贈り物らしいね?」とかなんとか。基本的に理事会には良い印象を持っていない佐倉ではあるけれども、くれるというのなら素直に貰っておくのが得策というものだろう。
そして、ミサカもあれから色々と心境の変化があったようで、佐倉のことを名前で呼ぶようになっていた。なんだか距離も近くなり、美琴に対抗するアプローチが強引になってきているのは気のせいではないだろう。男としては嬉しい限りなのだけれど、身の安全的にはあまり喜ばしくない佐倉だったりする。愛する恋人からの折檻で死ぬとか冗談ではない。
佐倉を挟んで御坂姉妹が睨み合っている中、病室に入ってくる三人目の少女。亜麻色のポニーテールに整いすぎている顔立ちがあまりに目立つものの、それ以上にセーラー服と巨大な日本刀という組み合わせがこれ以上ないくらいの異質さを醸し出している。そのうえ、機械感を隠そうともしない左手の義手と、右目を覆うようにつけられた眼帯が彼女の不審さに拍車をかけていた。
そんなアンバランス極まりない少女――桐霧は美琴の隣から佐倉の肩に手を置くと、人形じみた無表情に僅かに朱を差しながら口元を綻ばせる。
「よかっ、た。元気そう、で……」
「オメェもな。……両脚はもう大丈夫なのかよ」
「私の『限界突破」な、ら……快復力も、底上げできる、から……さすが、に、破裂した右目と、砕け散った左手、は、どうにもならなかった、けど」
「……すまねぇな、俺のせいで」
「何度も言って、る。佐倉が謝る必要、は……ない。これ、は……私、が、貴方を助けた勲章だか、ら」
そう言うと桐霧は愛おしそうに眼帯を撫でる。同じく重傷を負って搬送されていた彼女も佐倉と同様に義手を付けることになったのだが、義眼をはめることだけは頑なに拒否していた。「せめてこれだけでも彼との繋がりを持っていたい」とカエル医者に頼み込んでまで。リリアンの反対を押し切る彼女の姿は、以前の桐霧からは考えられないくらいに強情なものだった。
佐倉と三度の死闘を繰り広げ、身体の各所を失いながらも彼を助けた張本人。かつては敵であったが、彼女には頭が上がらないのが本音だったりする。
「まぁその、アレだ。退院したらいつかお礼をさせてくれよ。桐霧には感謝してもしきれねぇしさ」
「……静」
「へ?」
「静、って呼ん、で。それが、一つめの、私のお願い」
「はぁ……まぁいいけど。ありがとな、静」
「……うん」
それくらいでいいのなら、と早速名前で呼ぶと、彼女にしては珍しく目尻を下げた見てわかるくらいの満面の笑みを浮かべ。旧友の復讐のためにすべてを捨て暗部に入っていた彼女がこのような表情を浮かべられるようになった事実に思わず佐倉も微笑みを零した。長い間戦ってきた彼女達にもようやく平穏が訪れたのだと。
……だが、そんな微笑ましい光景に異議を唱える少女達が二人ほどいるわけで。
「あら静。
「佐倉とは、まだ話したいこと、が……ある、から……」
「後、不用意に望に近づかないでください、とミサカは元々敵だった貴女に対して未だに警戒を解いていないことを伝えます。後そのナチュラルに頭を撫でている右手を今すぐ放しなさい」
「いやそれはアンタもよ」
「別、に……私は気にし、ない」
『私達が気にするの!(するんです)』
「び、病室だから静粛に……」
『望(佐倉)は黙ってて(ください)!』
「ひぇぇ」
もはや反論の意志さえ刈り取ってくる程の怒りの形相で睨みを利かせてくる三人の美少女に委縮する元暗部。佐倉が半年以上をかけて取り戻した日常はここまで殺伐としたものだっただろうか。どこぞの青髪ピアスが聞いたら血涙流しながら胸倉掴んできていただろうハーレム状況なのだが、当の本人的には命の危機に瀕しているわけで。おそらく傍観者の立場であったなら唾の一つでも吐きかけてやったのだろうけれど、今はとにかく身の安全を確保することが優先だった。
とりあえず話題を変えねば。無能力者として培ってきた生存技術その三十二から必死に頭を回転させて、忌々しくもなんだかんだ腐れ縁が続いている暗部仲間の話を切り出す。
「そ、そういえば誉望さんは今頃何してんだろうな」
「誉望万化ならば、今も佐天涙子がつきっきりで看病しています、とミサカは健気な少女の頑張りに涙をちょちょ切らせながら近況報告を行います」
「恋する乙女、は……無敵」
「私としてはあのクソゴーグルは今すぐにでもこの手でぶち殺したい気持ちでいっぱいなんだけどね……! 佐天さんが止めるから仕方なく見逃してあげているけどね……!」
バチバチと火花を飛び散らせながら殺意のこもった表情を浮かべる最愛の恋人に正直言って震えが止まらない。こんなところで超能力者の片鱗を見せてもらわなくてもいいのだけれど。
かつて『スクール』の仲間であった誉望万化。御坂美琴にやられる寸前に彼女のトラウマを掘り起こしたとかいう過去から美琴から死ぬほど毛嫌いされている自業自得の少年なのだが、紆余曲折の末に佐天涙子と懇ろな仲になっているらしかった。『スクール』加入時期後半の記憶が洗脳のせいで若干曖昧な佐倉はよく覚えていないが、なんだかんだおせっかい焼きな誉望のことだ、悩んでいる佐天に絡んだ結果気に入られでもしたのだろう。佐天も結構な世話焼きであるから、お似合いな二人だと佐倉的には思うところだ。まぁ、押しが強すぎる佐天に若干タジタジしているのだろうけれど。誉望に対して恨みはないが、『スクール』関係で若干の遺恨があるので精々幸せに苦しんでくれと切に願うばかりだった。ロリコン死すべし慈悲はない。
「佐倉も、人の事言え、ない……?」
「み、美琴がロリなのは一部だけだから……」
「先にアンタを殺すわ。ていうか、胸がロリなのは静もでしょ!」
「…………は?」
「怖い怖い怖い今まで見たことないくらいの般若顔で日本刀引き抜くな静! ココ、病院!」
片目しかないくせに殺人鬼みたいな形相で日本刀に手をかける長身美女が怪談並みに恐ろしい件について。
学園都市第三位と暗部仕込みの日本刀大能力者とかいう二人の争いはおそらくこの病室が吹き飛ぶどころでは済まないのでちょっと矛を収めてほしかったりする佐倉望だ。こういう時に限って知らんふりで外の風景を眺めている軍用クローンに軽く怒りを覚えるものの、まぁ自分でもこの場にいたら傍観者Aの立場を貫くだろうなと思うのでこれ以上責めるのはやめておくことにした。殴っていいのは殴られる覚悟を持っている奴だけである。
陰と陽の関係に近い二人の諍いを暖かく(心の中は冷たく)見守りつつ何の気なくテレビに視線を向ける。未だに第三次世界大戦の中継を行っている命知らずのテレビ局に敬意と馬鹿らしさを覚えていると、思いもしない人物が画面に飛び込んできた。
「……何やってんだ、アイツ」
思わず言葉を漏らした佐倉につられ三人の少女達もテレビに向き直ると、即座に似たような表情を浮かべることになった。一様に驚きつつも、どこか「やっぱり」と言わんばかりの感情。彼ならそうするのだろう、と心のどこかで全員が分かっていた。
ロシアに広がる一面の銀世界。その美しい光景をぶち壊すように展開される戦火。その中で一人、学生服というあまりにも場違いなツンツン頭の少年が画面には映っていた。武器らしい武器なんて一つも持たずに、ただ己の右手一つだけを握り締めて。彼はそこがロシアでも、第三次世界大戦でも関係なく、大切な人を守るためにあらゆる幻想をぶち殺しにいくのだろう。
そこが彼の長所でもあり、短所でもある。佐倉も諸事情あったが、少しは頼ってくれてもいいではないか、と口を尖らせてしまう。
……と、そんな彼に揃ってニヤニヤと腹の立つ顔を向けてくる三人。なぜそんな顔をされているか分からない佐倉は不機嫌そうに首を傾げるも、三人は同時に顔を見合わせると、してやったりと言わんばかりの表情で佐倉に笑みを向けながら。
『私(ミサカ)達の気持ちが、少しは分かった(分かりましたか)?』
「……あぁ、痛ぇほどにな。くそ、あーあー俺の負けですよ」
「困っているときほど頼ってほしいっていうのは、皆同じなのよ。一人で抱え込まないで。そういう時に頼るべきなのが、恋人や友達ってもんでしょ?」
「……ったく、ホントいい女だよオメェは」
「そんなの知ってるっての」
ニッと快活な笑顔で親指を立てる第三位に溜息を一つ。他の二人も同様に彼を見守るような様子で柔らかな表情を浮かべている。……本当に、敵わない。
ベッドから降り、掛けられてあった学生服を着る。入院患者である彼が急に外出の準備をしたことに当然驚きとめるのが正しい反応なはずだが、彼女達はむしろそれを待っていたかのようにそれぞれの荷物を持ち始めていた。その顔に迷いも後悔もない。
「……じゃあ、俺が今から言うことは、言わなくてもわかるよな?」
「当然です、とミサカは長い付き合いからくる予測力で貴方の発言を先回りします」
愛用の軍用ゴーグルを取り出すミサカ。ボストンバッグの中には組み立て式の武器が幾つも入っているようだ。病院にそんなものを持ち込むな、なんていうのは野暮なツッコミなのだろう。
「私、は……貴方を守ると、決めた、から……。どこにだって、ついて、いく……よ」
そう言うとぎこちないながらも確かな笑顔で胸を張る桐霧。かつては恐るべき強敵だったが、人間離れした身体能力と刀捌きを持つ彼女がいれば心強い。隻眼と義手というハンデをハンデと思わせない桐霧となら、どんな敵だって怖くはない。
……そして、最後に
「どうせ言ったって聞かないんでしょ? だったら、一人でなんて絶対に行かせない。今度こそ、ずっとアンタの隣に立ってやるんだから。そんでもって、ここに帰ってきたら馬鹿みたいにイチャついてデートするんだからね!」
トン、拳を突きつけてくる勇ましい美琴にこれ以上ない安心感を覚えた。お互いに独り善がりで、意地っ張りで。人に頼るなんてことをしてこなかった自分達が、まさかこんなことを言うようになるなんて。変わらないものばかりの中で、変わるものもあるのだな、と一人感慨に耽ってしまった。
その時、携帯端末に入る一通のメール。見れば宛先は誉望万化。画面に表示されている件名は淡白ながら、こちらにとって嬉しい申し出であった。おそらくは、彼も信頼できる彼女と共に戦場へと再び赴くのだろう。かつて暗部として暗躍していた佐倉と誉望が、誰かを助けるために動くことになるなんて誰が予想しただろうか。
「……ほんと、退屈しねぇな。この街は」
学ランを羽織り、立ち上がる。
暗部時代の繋がりで以前に心理定規から齎された情報によれば、尊敬する浜面先輩もロシアに行っているはずだ。愛する想い人を救うために、無能力者でありながら。今度こそ、恩返しをしなければならない。
そして、おそらくは一方通行も現地に到着しているのだろう。アレイスターと通じているらしい土御門からの情報だ。信頼したくはないが、何よりも信用できる。
佐倉望は
でも、だけど、だからこそ。
とっておきの脇役にしかできないことが、彼にはできる。主人公達の引き立て役として、舞台袖で暗躍することくらいはできる。
「それじゃあ行くか、三人共」
佐倉の呼びかけに、三人が強く頷く。リーダーが無能力者なんて不安にもほどがあるだろうに、誰も彼についていくことを疑いもしない顔で、彼と共に戦う決意をしていた。その事実に、再び言い知れない喜びを感じてしまう。
カエル医者が止めに来る様子はない。おそらくは彼も分かっているのだ。だったら、絶対に帰ってくると約束して、書き置きすら残さずに行ってやろう。
能力なんて一つもない。主人公的な素養の欠片もない。強い意志や固い信念がある訳でもない。どこにでもいるような、十把一絡げの無能力者だ。
だが、だからこそ、そんな彼でしか紡げない
「こっから先は、引き立て役の土俵だ。せいぜい足掻いてやるから覚悟しやがれ」
とある科学の世界に生きる無能力者の物語が、今新たに始まろうとしていた。
読了ありがとうございます。そして、まずは最大級の感謝を。
「能力なんてまったくない、チートとは正反対な主人公が書きたい」という思いから始まった「とある科学の無能力者」。結構強引な展開や、大幅に改稿を行うという暴挙にも関わらず、五年の時を経てこうして無事に完結させることができました。これもひとえに更新間隔が亀並みの本作を見捨てずに最後まで応援してくださった皆様のおかげでございます。
原作微改変、と銘打ちながら結構変わってしまっているのには目を瞑ってほしかったり。自分なりになんとか整合性合わせたつもりですが、多少の粗は二次創作の醍醐味ということでここは一つ。科学的な間違いとかは普通に間違っているだけなのでスルーしてくれ。
なんか打ち切りエンドみたいな感じになってしまってはいますが、これにてしっかり完結です。「最終回美琴との絡み少なくない?」とか思ってしまいますけれども、これくらいあっさりしていた方が彼ららしいかな、なんて。
個人的にはリリアンがお気に入りです。あの子なんだかんだ使いやすい。桐霧は口調に毎回苦労しました。でも可愛い。美琴のいい恋敵になってくれ。
なんだかんだ本作の根幹を担っていたのはミサカで。一方通行編から始まった佐倉の敗北劇を唯一「負けていない」と考えていた少女だったのではないでしょうか。ある意味で登場時から既に正解に辿り着いていたのかもしれません。
長くなりましたが、彼らの物語はこれからも続いていきます。本作は完結しますが、僕の中や皆様の中で、原作の隅っこでしれっと頑張っていくことでしょう。義手になった方が佐倉くん戦闘力高いんじゃね? なんて言ってはいけない。
最後に。
更新が年に一回とかいうエタり寸前の状態になりながらも見捨てずに感想を、評価を送ってくれた読者の皆さん。本当に励みになりました。更新しても感想がまったく貰えないなんてことがザラにはる本作で、勇気をもって送っていただいた皆様の感想は毎回読み返させていただいております。厳しいお言葉もありましたが、それもすべては本作を想ってくれているが故。本当に感謝しております。
五年という長い月日をかけてしまいましたが、無事に完結することができました。今までお読みいただき、本当にありがとうございました。どうか、皆様の中で佐倉達の物語が永久に続いていきますよう、作者として心より願っております。
また、いつの日か。『人間』の嘲笑を跳ね返す脇役になってくれることを祈りつつ。
ふゆい