とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 ラストスパート。


第六十二話 想い

 第十七学区。

 学区全体をほぼ無人化させることで、最高効率での生産を可能にした工業地区だ。一応は工場の管理者及び最低限の労働者が居を構えているものの、現在は警備員と風紀委員の指示によって他学区へと避難している。現在においてこの学区は、オートパイロット状態の駆動鎧や重機が蠢くゴーストシティと化していた。

 そんな工業地区を眼前に控え、緊張したように息を呑む佐倉。

 

「この先に、美琴が……」

「……あら、もしかして、怖気づきましたの? 腰抜けなのは相変わらずですわね」

「……白井か」

 

 高飛車を孕ませた声で罵倒してくるツインテールの少女。常盤台中学のベージュ色ブレザーに身を包んだ彼女は、手のひら大の鉄棒をじゃらじゃらと転がしながら佐倉の視界へと入ってきた。この場においてあまりにも似つかわしくない『表側』に属する白井が何故ここにいるのか。最初に知った時は驚きを隠せなかった。

 佐倉の隣に腰を下ろすと、大仰に溜息をつく。

 

「まったく……貴方もお姉様も、どうしてこう身勝手に突っ走る猛牛ばかりなんでしょうかね。ブレーキかける私の身にもなってほしいですの」

「……お前は、どこまで知っているんだ?」

「別に、なーんにも。だから、あそこでせっせと作戦準備をしているお姉様そっくりの集団が誰かは皆目見当もつきませんし、今まで失踪した挙句お姉様の心を掻き乱した馬鹿のことも記憶にありません。だって私は、いつだって蚊帳の外でしたから」

「…………」

 

 バイクやトラックといった移動手段機器のメンテナンスを行っているミサカ達に視線をやりつつも、やるせない表情を浮かべる白井。彼女達の元には半蔵率いるスキルアウトの一団が群れを成していたりもするが、それはひとまず置いておく。

 御坂美琴を誰よりも愛し、心酔している彼女は、軍用クローンの存在を知って何を思っているのだろうか。

 

「……たまに、貴方のことを羨ましく思います」

「何だよ急に」

「貴方は、お姉様が心を許した珍しい殿方です。あの人は周囲にオープンなようで、実のところ非常に内向的。誰かに対して心を開くなんてことは稀有ですのよ。しかもそれが恋愛感情ともなると、胸を張っていい程です」

「超能力者の想い人が無能力者ってのも変な話だけどな」

「だからこそ、ですの。落ちこぼれのくせに虚勢を張って、人並みであれと命を張って。自分の心に嘘をついてでも強くなりたいと願った貴方を、お姉様はかつての自分自身と重ねていたのではないでしょうか。低能力者として周囲に蔑まれていた過去の自分と、貴方を」

「そんなもんかねぇ」

「さて、どうでしょう。……そして、私はこうも思いますの。もし、貴方の立場に私がいたとして、お姉様は同様に心を許してくれたのでしょうか、と」

「白井……」

 

 彼女らしからぬ弱った様子に戸惑いを覚えてしまう。同時に、彼女が抱く不安や劣等感に覚えがある事も察した。尊敬の念を抱いている相手と自分は本当に吊りあっているのか。彼女の迷惑に、足枷になってはいないか、という雑念を。対象の彼女があまりにも優れた存在であるが故に、自らがあまりにも霞んで見えてしまう。

 それはかつて、浜面仕上という一人の青年が、駒場利徳というスキルアウトを束ねるリーダーに対して向けていた感情に似ていて。

 人は時折、自分自身の評価に疑問を覚える。そして、疑問を形にしたいと願った挙句、結果的に物事が悪い方向へと進んでいく。その最たる例が佐倉望なのだが、こういった傾向はだいたいの人間が持ちうるものだ。白井も、その一人なのだろう。それがたまたま行動にまで移らなかっただけであって。

 だが、佐倉は彼女に答える。今までの彼では到底辿り着かなかったであろう解答を。そして、今の彼ならばいとも容易く手繰り寄せることができる真実を。

 数か月ぶりに浮かべるであろう、笑顔と共に。

 

「美琴は、そんな薄情な奴じゃねぇよ」

「っ……!」

「俺よりもアイツとの付き合い長ぇんだから、分かってんだろ? アイツはおそらく……いや確実に、白井の事を信頼しているよ。それがどんな立場だって関係ねぇ。表向きはどうあれ、美琴が自分の為に行動してくれる奴を嫌うなんてことは有り得ねぇよ」

「どんな立場でも、関係ない……」

「テメェの馬鹿みたいなプライドとやっすい自己顕示欲で美琴の真意を測れなかった馬鹿野郎の台詞じゃねぇけどな」

「……そんなこと、ありませんの。人間精神的に追い詰められれば、本当に大切なものを見誤ったりするものですわ」

「え、なに。もしかして慰めてくれてんの? 万年高慢チキのお前が?」

「~~~っ! うるっさいですわ! バカ! 類人猿! お姉様に全身黒焦げにされなさい!」

「それが今から本人の前に飛び込もうとするやつに贈る言葉か」

「絶対辿り着きなさいという意味です! まったく、不在表を出すために教官に説教喰らった私の怒りを少しは分かってほしいですの!」

「結局私怨じゃねぇか」

 

 先程までのしんみりとした雰囲気はどこへやら。目を三角にしてギャースカ騒ぎ立てるですの口調の風紀委員。揚げ足を取られたのが相当恥ずかしかったのか、珍しく顔を真っ赤に染め上げながら佐倉を殴りまくる。なかなかに腰の入った攻撃を加えてくるため、想像以上にダメージが大きい。明らかに淑女の攻撃力ではない。風紀委員はどういう訓練をしているのだろうか。

 しばらくポカポカと佐倉を叩いていた白井だったが、おおかた満足したらしい。取り乱した姿を誤魔化すように咳払いを漏らすと、背を向けてミサカ達の方へと歩き出す。

 

「もういいです。私は妹様達とスキンシ……いえ、手伝いをしてきますわ。貴方のような類人猿に構っている暇はありませんの」

「下心丸出しだが、ミサカ達に変なことしたら許さねぇぞ」

「あら、独占欲丸出しですわね。それよりも、少しでも効率的にお姉様の元に辿り着く算段でも練っていてくださいな」

「……やけに協力的だな。そんなに好感度が高かった覚えはねぇんだが」

「別に。貴方の為ではありませんの。私はただ――――」

 

 その場で立ち止まると、佐倉を流し見るようにして。

 学園都市が誇る風紀委員の彼女は、腕章を高々と掲げつつ、宣言するのだった。

 

「風紀委員として、お姉様を意地でも止める。その約束を果たしたい。ただ、それだけですのよ」

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

感電棍(スタンロッド)に催涙スプレー。後は軍用衝撃吸収チョッキと絶縁スーツってとこかな」

「パイルバンカーなんてどうよ。一撃で沈められるぜ?」

「痴話喧嘩にしちゃあちょいとばかし物騒すぎんかね」

「すみません、半蔵先輩に浜面先輩。色々手伝ってもらっちゃって……」

「なぁに、今に始まったことじゃないさ。それに、可愛い後輩の為だからな。これくらいお安い御用ってもんよ」

「俺は滝壺の看病もあるからあんまり手伝えないけどな。だがまぁ、大事な後輩がオトコ見せるってんだ。ここで何かやらないってのは、先輩失格だろうよ」

「先輩方……」

 

 大量の武器を用意、調整してくれている半蔵と浜面に頭を下げる。以前大覇星祭の際に助けてもらって以来、少々彼らと顔を合わせるのが気まずい佐倉ではあった。特に浜面に対しては、それ以外の事情もあり引け目を感じている。

 お礼を言いつつも、どこか遠慮がちに俯く佐倉。そんな彼の様子に二人は顔を見合わせると、ニィっと野性味溢れる笑みを浮かべる。明らかに何か怪しいことを思いついた顔つきだが、視線を落とす佐倉が気づいた様子はない。そして、じわじわと歩み寄ってくる周囲のスキルアウト達にも気が付いていないようだ。

 数にしておよそ三十人ほどの男女が佐倉を中心に輪を縮めていく。半径が三人分あたりにまで小さくなったところで、ようやく佐倉は異変に気が付いた。あちらこちらに視線を泳がせて見るからに混乱している。

 

「えっ、はっ? み、みんな、そんな近づいて何を……」

「今だ、テメェら!」

「胴上げ開始ぃいいいいい!!」

「はぁっ!?」

『うぉおおおおおおお!!』

 

 屈強な男共を中心に、佐倉を空高く投げ飛ばす。ただでさえ小柄の彼はとても胴上げレベルでは収まらない高度を上下している。そして眼下にはいわゆるチンピラ共の集団。知らない人が見ればどこのスラム街かと勘違いされそうな光景だ。当の本人達は非常に楽しんでいる様子ではあるけれど。佐倉を除き。

 

「急に何なんだよお前らぁああ!!」

「ハッハァ! スキルアウトのくせに小せぇこと気にしてんじゃねぇよノゾム!」

「アタイらは家族みたいなもんだろ? だったらゴチャゴチャ言ってないで、どんどん頼れってもんさ!」

「うじうじ悩んでんのはオレ達らしくねぇよ! お前もスキルアウトなら、細かいこと考えてないでその場の勢いで突っ走っちまえ! そっちの方が、断然楽しい!」

「お前ら……」

 

 口々に佐倉を励ましてくれる仲間達。予想だにしない言葉の連続に目頭が熱を覚える。能力開発に挫折し、学園都市の裏側で身を寄せ合って生きてきた彼らはもはや家族も同然。そんな彼らからわざわざ口に出されないと頼ることもできない自分の馬鹿さ加減に笑えてくる。何の意地を張っていたのだろう、と今までの悩みがどうでもよくなっていく。

 十数回宙を舞ったところで、ようやく地面を踏みしめた。アクロバティックな体勢の連続で少々目を回してしまったが、浜面がすんでのところで支える。

 

「浜面先輩……」

「【スクール】だとか【アイテム】だとか、そんなくだらねぇしがらみは捨てちまおうぜ。昔がどうであれ、今の俺達はただのダチだろ? だったら、変に気を使うのも馬鹿らしいってもんだ」

「でも俺は……俺の組織は、【能力追跡(AIMストーカー)】を……」

「だぁかぁらぁ、そういうのはもういいんだって言ってんだろ! アレはあくまで【スクール】の仕業で、お前のやったことじゃねぇ。それに、今のお前は暗部でも何でもない、ただの佐倉望なんだ。だったら敵対する理由なんて一つもねぇじゃんかよ」

「……すみません。本当に、感謝しています」

「俺に頭下げる余裕があんのなら、さっさと目的果たして来いよ。テメェの女に土下座すんだろ? 覚悟しろよ佐倉。女ってのは、喧嘩の後が一番怖ェんだ。あいつら可愛いナリして平気でタマを踏み潰そうとしてくるからな……」

「ははっ、なんですかそれ!」

 

 苦い経験でもあるのか、顔を青褪めつつ肩を震わせる浜面。彼のひょうきんな様子に、佐倉はようやく顔を崩して笑顔を浮かべる。そこには、およそ数か月前には当たり前のように存在した光景が広がっていた。暗部だとか超能力者だとか無能力者だとか、そんな縛りも何もない。ただの『仲間達』との日常が、そこにはあった。

 そして、もう一人。

 この場にいるはずの人間が。いなければいけない人間が、佐倉の背中を押す。

 彼の様子を眺めていた半蔵は、ふと思いついたように彼の肩を叩くと、懐から何やら黒塗りの物体を取り出した。一見するとただの拳銃のようだが、通常のものより大きい。引き金の手前に太いマガジンが日本突き刺さったような奇妙なフォルムのそれを、佐倉に突き出す。

 

「これは……?」

「【演算銃器(スマートウェポン)】って言ってな。赤外線で標的の構造やら距離やらを計測して、そいつをぶっ壊すのに最適なタマを発射してくれるってスグレモノだ。超電磁砲を殺すのに使えってわけじゃねぇが、辿り着くまでの橋渡しにはなるだろ。ただでさえ火力がないテメェへの、せめてもの援助だ」

「はぁ、ありがとうございます」

「お礼なら俺じゃなくて駒場の旦那に言うんだな。まぁ、今や雲の上の人になっちまったけどよ」

 

 冗談めかして言う半蔵だったが、駒場利徳の名前が出た途端に周囲が一気に静まり返る。先程まで豪快に笑っていた浜面でさえ、神妙な面持ちになっていた。

 かつて第七学区のスキルアウトを束ね、無能力者達を守る為に奔走していたリーダー。誰よりも破壊的な外見をしているくせに、不要な争いを好まない冷静沈着な大男。他グループのスキルアウト達からも一目置かれていた彼は、10月3日にこの世を去った。学園都市統括理事会によって派遣された暗部の構成員によって粛清されたのだ。誰よりも無能力者のことを考え、守る為に命を懸けていた彼の死は、スキルアウト達に決して少なくない衝撃を与えた。結果としてスキルアウトとしての組織はほとんど壊滅に追い込まれ、臨時にリーダーを請け負った浜面は責任を取って暗部へと堕ちてしまう。暗部時代においては外界との接触をほとんど断絶していた佐倉が彼の死を知ったのはつい先程の事ではあるが、未だにショックが抜けきらない。それほどまでに、彼の存在は大きいものだった。 

 ……だが、半蔵はあくまで笑みを崩さないまま、演算銃器を佐倉の手に無理矢理持たせる。

 その上で、周囲の馬鹿共にも聞こえるくらいの大声で、高らかに叫んだ。

 

「たとえ旦那が死んじまってもな! 俺達のやることは変わらねぇ! 能力者共をぶっ飛ばしつつ、俺達の居場所を守るだけだ! そんでもって、家族のためにタマァ張る! それ以外に、必要な事なんてあるかよ!」

「半蔵先輩……!」

「心配すんな、佐倉。たとえ旦那の最期に立ち会えなかったとしても、あの人はギリギリまでお前の事を気にかけていたさ。かけがえのない仲間としてな。だから誇れ。胸を張れ。あの人の想いを、こんな中途半端なところで眠らせるな」

「……はいっ!」

「よし、じゃあ準備すっぞ! 駆動鎧なんざ俺達の敵じゃねぇ! 能力者だろうが兵器だろうが関係ない。無能力者の底力ってやつを見せてやろうじゃねぇか、ヤロウ共!」

『おおぉぉぉぉぉ!!』

 

 半蔵の叫びを受け、実に三十人を超えるスキルアウト達の雄叫びが第十七学区に木霊する。おそらくは、最奥で引き篭もっている超能力者にさえも届いているであろう地響きとなって。ちっぽけな仲間の恋路を舗装する、一筋の道となって。

 後に、彼らの様子を眺めていた無能力者の少女は口にする。

 

 「あれはマジで、絶対に負ける気がしなかったですね」、と。若干引き攣った笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 超能力者は嗚咽を漏らす。かつて傷つけてしまった相手との邂逅を望まず、心に蓋をしきったまま。

 

 無能力者は雄叫びを上げる。かつて傷つけてしまった相手との再会を望み、胸の内を打ち明ける為に。

 

 御坂美琴は拒絶する。再び彼を傷つけてしまうことを恐れたから。

 

 佐倉望は呼応する。もう二度と傷つかないことを伝えたかったから。

 

 

 

 ――――そして、『人間』は眺望する。

 男とも女とも子供とも老人とも黒人とも白人とも言えるであろう『人間』は、最後の観察を続ける。

 

 

 

 

 まるで、昆虫の死に際を興味深そうに眺める、好奇心に塗れた子供のように。

 

 

 

 

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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