とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

50 / 68
第四十七話 主人公と脇役

 佐倉望。

 上条が記憶を失う以前からの友人、クラスメイトであり、夏には御坂美琴を助ける為に学園都市最強の超能力者である一方通行に戦いを挑んだ高校生。学園都市には掃いて捨てるほどいる無能力者の一人で、不良達が組織した武装無能力者集団の一員。御坂美琴に好意を持っている、少々不器用ながらも一生懸命な少年。

 そんなかつての級友が現在上条の目の前に敵として立ち塞がっている。

 

(どうなってんだ……!? なんでアイツが駆動鎧(あんなもん)を着て俺と打ち止めを襲ってくるんだよ!?)

 

 大覇星祭後に突然休学したことは知っていたが、まさかこのような形で目の前に現れるとは夢にも思っていなかった。確かにスキルアウト所属で少々気性の荒い面はあったが、それが学園都市の暗部組織である猟犬部隊と関わるほどかと言われると答えは間違いなく否だ。不良ながらに優しさと真っ直ぐさを持ち合わせていたはずの佐倉が、何故。

 

「どうした、上条さんよぉ……敵を前にして足を止めるなんて、テメェらしくねぇじゃねぇか……」

「佐倉! なんで……なんでお前がこんなことしてんだよ!」

「はぁ……?」

「大覇星祭での騒ぎの後に急に休学して、久しぶりに会ったら襲撃者だなんて……どうしちまったんだよ! お前はいつも御坂の為に信念を曲げない立派な奴だったじゃないか! それが、どうして……!」

「……テメェ(ヒーロー)には、(脇役)の気持ちなんか分かんねぇよなぁ」

「は……?」

 

 不意に放たれた低く重々しい呟きに上条は思わず言葉を止める。

 黒塗りの駆動鎧に身を包んだ佐倉は湧いてくる嫌悪感と怒りを隠そうともせず、顔中を不気味に歪ませながら上条へと言葉を放つ。

 

「何をやってもうまくいかねぇ。どれだけ努力しても結果が実らねぇ。俺達脇役ってぇのはな、血反吐吐くほどもがいても最終的にはテメェみてぇなヒーローに全部持ってかれちまうんだよ」

「佐倉。お前何を言って……」

「絶対能力者進化実験の時もそうだ。先に一方通行に挑んだ俺は無様に負けて、最後に勝ちを持って行ったのはテメェだったよな? 傷だらけで半殺しにされても頑張った俺の努力を、全部掻っ攫っていったのはテメェだったよなぁ?」

「掻っ攫うとか手柄とか、そんな小さいことを今更気にしてんのか……!? お前にとっちゃあの時の戦いは、御坂を助けることよりも手柄の方が大事だったって言うのかよ!」

「御坂美琴を助けられた。それはそれで嬉しかったさ。元々そういう目的で一方通行に喧嘩売ったんだもんな。嬉しくねぇわけねぇさ」

「だったら……」

「でもな」

 

 上条の反論を言葉を挟むことで妨害する佐倉。ピリピリとした緊張感が走る空気の中、彼は上条を見据えて一人佇む。暗闇に打ち止めが喉を鳴らす音がやけに響いた。

 佐倉は一度大きく息を吸うと、溜まりに溜まったあらゆる負の感情を押し出すように我武者羅に吠える。

 

「どうせテメェが助けるのなら、最初から俺なんて必要なかったってことじゃねぇか!」

「っ!?」

 

 腹の底――――いや、心の奥底から絞り出された佐倉の本音に上条は思わず肩を震わす。今までそれなりに長い間彼と共に過ごしてきた上条ではあったが、ここまで真っ直ぐとした彼の言葉を聞いたことはなかった。常に一生懸命で馬鹿正直に美琴のために奔走していた彼が抱えた心の闇。今の叫びこそが、彼が隠してきた本当の気持ちなのだろうか。

 雨の音をかき消すように、溜まった鬱憤を吐き出すように、佐倉は喉を震わせて上条に本音をぶつける。

 

「大覇星祭のときだってそうだ! 俺は美琴を、そしてミサカを助ける為に命を賭けて戦った! だけど、最後にアイツらを助けたのはやっぱりテメェだったんだ! 無様に操られて先輩達にさえ迷惑をかけちまった俺は結局無力な脇役で、表だって皆を救うのはいつだってテメェだ!」

「違う! 俺が御坂達を救えたのは、軍覇達の協力があったから……」

「俺だって協力ぐれぇはあったさ! 美琴を守れるだけの力を手に入れる為に暗部なんていうクソの掃き溜めみてぇな地獄に飛び込んで、今まで数えきれねぇくれぇ人も殺して! 足掻いて足掻いて足掻いて足掻いてっ、足掻きまくった結果がこれだ! テメェが生きてきた人生なんかより何百倍も薄汚ぇ修羅場を何度も潜ってきたって、最後にはテメェに全部持ってかれちまうんだよ! なんでか分かるか!」

「それは……」

「テメェは人々を救う英雄で、俺はソイツの活躍を指を咥えて眺めることしかできねぇ脇役だからだよ! いつだって主人公はテメェだ! 何が無能力者だ。何が俺と変わらねぇだ! 奇妙な右手を生まれ持ったテメェと何の能力もねぇ俺なんかが同列なわけがねぇだろうが!」

「何言ってんだよ……今更そんなこと言ったって、仕方がないだろ!」

「あぁそうさ! 俺が今漏らしてんのはただの僻みでしかねぇ! 妬んで嫉んで僻んで羨んだ結果出てきた雑魚の弱音でしかねぇよ! だがな上条。コイツは俺だけの怒りじゃねぇ。この学園都市に燻るすべての無能力者が抱える心の闇だ!」

「心の、闇……」

「どれだけ努力しても力なんて手に入らねぇ。足掻くことを諦めた俺達の前を偉そうに走っていくのがテメェら能力者だ! 俺達無能力者がどれだけ手を伸ばしたところで、結局テメェらみてぇな勝ち組に全部搾取されちまうんだよ! 覚えがねぇとは言わせねぇぞ、上条!」

 

 息を切らせて捲し立てる佐倉の言葉に押し黙る。

 確かに、上条にも覚えがないわけではない。一番記憶に新しいのは、大覇星祭の棒倒しだ。能力が低いと言うだけで他校の教師から落ちこぼれ扱いされ、担任教師である月読小萌を泣かせてしまった。能力強度の高いエリート達にとって、上条達無能力者や低能力者なんてものはただの見下す対象でしかない。過去に頻発した無能力者狩りなんていうのも、元を辿ればそういった差別意識から始まったものなのだろう。能力強度であらゆる身分、扱いが決まる学園都市の中では、能力カースト制が顕著に表れる。佐倉の言う通り、この街に住む無能力者の大部分は高位の能力者に対して憎悪に似た感情を抱いていると言っても過言ではない。

 そして、上条が今まで佐倉の手柄を横取りしてきたというのもあながち間違いではない。【キャパシティダウン】なんて代物を使ってさえも一方通行に勝てなかった佐倉。一方で、「あらゆる異能の力を打ち消す右手」を持っていたから一方通行を相手に勝利を掴むことができた上条。共に無能力者という括りである彼らに差がついたのは、どう考えても【幻想殺し】の有無だ。

 インデックスを【禁書目録】の呪縛から解き放ち、御坂美琴を実験の罪悪感と地獄から救い、大覇星祭では木原幻生によって無理矢理絶対能力者へと昇華されつつあった彼女をこの手で助け出した。魔術側との戦いで救った人も数えきれない程いる。どれだけ窮地に陥っても、上条当麻は己の右手を頼りに諦めずに乗り越えてきた。

 【物語の主人公】。まさにそう呼ばれてもおかしくない程の偉業を彼は成し遂げてきた。

 対して、佐倉望はどうだろうか。

 能力を夢見て学園都市に移り住んだにも関わらず、努力虚しく突きつけられた【無能力者の烙印】。自暴自棄になって武装無能力者集団なんてものに所属した彼が新たに手に入れた希望の光である御坂美琴のために命を賭けて死闘を繰り返したが、最後には力及ばず舞台から強制的に下ろされる。愛する女性を守る事すら叶わず、様々なものを奪われて。それでも最後に示された可能性に縋って学園都市暗部の世界に身を落とし、数えきれない程の命を奪い続けたにも関わらず、美琴を救いだすどころか逆に洗脳されて尊敬する先輩達にまで迷惑をかけてしまった。終いにはすべてを捧げてきた本人から心無い言葉を浴びせられる始末。

 たった一つの信念さえも無残に打ち砕かれた佐倉の気持ちを、上条が理解できるわけもなかった。

 

 ――――だが、それでも。

 

「ふざけんなよ……!」

 

 打ち止めをソファの裏へと隠し、上条はゆっくりと立ち上がる。

 新型の駆動鎧に包まれた佐倉が浮かべる怪訝そうな表情にまったく動揺を見せず、上条は視線の先に佇む友人をじっと見据えた。

 彼が漏らした言葉に、佐倉は眉を跳ね上げる。

 

「テメェ、今なんて言った」

「ふざけんなって言ったんだよ、この馬鹿野郎が……!」

 

 腹の底から絞り出すように、上条は叫ぶ。

 

「さっきから黙って聞いていれば、グダグダとくだらない愚痴を吐き続けやがって! 何が妬みだ。何が心の闇だ! 結局テメェが言ってんのは、物事がうまくいかなくて泣き叫んでいるガキの駄々だろうが! テメェの失敗を他人のせいにしてんじゃねぇよ!」

「なんだと……!? 最初から主人公だったテメェに、いったい俺の何が分かるってんだ!」

「主人公とか脇役とか、そんなくだらねぇものにしがみ付いている時点でテメェは終わってんだよ! 自分で勝手に役付して、自分で勝手に限界を決めて。『自分は脇役だからどうせ何をやっても失敗する』なんて斜に構えてっから何もできないんだ! 最初から諦めているから、途中で投げ出しちまうんじゃないのかよ!」

「仕方ねぇだろ! 地べたを這いずりまわっても叶わなかったんだ! 自分のすべてを犠牲にしても、俺はたった一つの信念さえ守れなかったんだ! 諦める以外に、どうしろって言うんだよ!」

「たった数回失敗したくらいで折れてんじゃねぇ! 十回駄目だったら百回やり直せばいい。百回駄目だったら千回挑戦すればいい! いつか来る成功を夢見て、我武者羅に努力していけばいいじゃねぇか!」

「はっ! そんなもん成功者の余裕な論理でしかねぇな! テメェにとっちゃ小さい失敗かもしれねぇがな、俺達にとっちゃ人生が壊れるほどの大失敗なんだよ! 何もできずに目の前ですべてを奪われる弱者の想いが、奪う側のテメェに分かるワケがねぇよなぁ!」

「だけど、あの時お前は満足していたはずだ! 御坂の日常を守れたことに、お前は誰よりも喜んでいたはずだ!」

「あぁ、そうだな。アイツの日常を守ったのがテメェじゃなくて俺だったならなぁ!」

「佐倉……!」

 

 届かない。

 上条の言葉が、想いが、叫びが、佐倉にはまったく届かない。今まで多くの人を助け、救ってきた上条の言葉が、どうしても佐倉にだけは届かない。

 おそらく、佐倉望は自分の中で完結してしまっているのだろう。挫折と失敗に翻弄されていく中で、彼は自分なりの答えを既に出してしまっているのかもしれない。

 正の感情にしろ負の感情にしろ、自分の中に強い芯を持っている人間は基本的に他人の言葉に惑わされない。今まで個としての信念が希薄であった佐倉は多くの他人に翻弄され、他者の言葉に揺らぎ続けてきた。常に誰かの言葉に従い、その結果として失敗を繰り返してきた。数えきれない程の挫折を味わった彼は、これまでの人生で自分の核というものを手に入れてしまったのかもしれない。

 【自分は主人公にはなれない】という考えに、彼は縛られてしまっている。

 

(俺じゃ役不足だ……!)

 

 いくら仲の良い友人だったとはいえ、上条は佐倉にとってはただのクラスメイトでしかない。彼から悩みを聞かされるような仲でもなければ、命を預け合うような戦友でもない。どこにでもいるような友人で、どこにでもあるような友情だ。上条当麻とは、佐倉望にとってはその程度のちっぽけな存在でしかない。

 佐倉を止められる人に心当たりはある。というか、そのたった一人のとある人物しか思い浮かばない。おそらくは佐倉の中で最も大きな存在であり、彼が誰よりも想いを向けている彼女しか。彼の心を動かせるのは、おそらくあの少女しかいない。

 だが、彼女を巻き込むのは気が引けた。佐倉が姿を消したことでただでさえ傷心気味の彼女を戦場に巻き込むのは、果たして正しい選択と言えるのか。自分にはできないからって、年端もいかない少女に押し付けても良いのか。上条の良心と罪悪感が、彼女を巻き込むことを遠慮させたのだ。

 しかし、今回ばかりはその考えが彼の【驕り】となった。なまじ今まで様々な事件を自分で解決できていただけに、上条の頭の中には『誰かに頼る』という選択肢がごっそり抜け落ちていたのだ。

 『主人公』だからこそ、上条は『脇役』を相手にした時に効果的な選択肢を失ってしまう。

 

「……御託を並べるのは、もう終わったか?」

「ま、待て佐倉! 俺の……俺の話を聞いてくれ!」

「これ以上の会話は無駄だ。テメェの考えは俺の考えと相容れねぇ。所詮テメェは主人公で、俺は十把一絡げの脇役だ。取るに足らねぇちっぽけな俺の気持ちを理解できねぇ時点で、テメェの言葉が届くワケがねぇんだよ」

「こんなことをして御坂が喜ぶのかよ!」

「テメェは馬鹿か? そもそも俺の中でアイツは既にその辺の一般人と変わりねぇとこまで小さくなってんだ。今更あの第三位がどう思うとか気にするはずねぇだろ」

「だったら……」

「諦めろ。もうテメェに俺を止められる可能性はねぇよ」

 

 軽く息を吐きながら肩を竦める佐倉。心底小馬鹿にしたような表情で嘆息すると、首の関節を鳴らしてゆっくりと姿勢を低くする。さながらスタート前の陸上選手のように、右足を下げた体勢で床を踏みしめている。

 

「テメェはまだ話し足りねぇみてぇだが、残念ながらこっちにゃ任務があるんでな。そこに隠れているクローンを掻っ攫って、木原のおっさんに引き渡さなきゃなんねぇ」

「お前……この子は御坂のクローンだぞ!? 【妹達】の一人じゃないか! 守るべきじゃないのかよ!」

「あーあーうるせぇ。今更遅ぇ。遅すぎる。今の俺を過去の俺と思っている時点で、テメェの考えは時代遅れなんだよ」

 

 ギチギチ、と鈍い音と共に人工筋肉が伸縮する。どれだけのスピードが出るのか。新型駆動鎧の性能が分からない上条はその音声だけで恐怖を覚える。

 いくら上条が奇妙な右手を有しているとはいえ、駆動鎧を纏った佐倉に勝てるとは限らない。いや、おそらくは勝てないだろう。未知の異能ではない純粋な科学力を前にした時、上条は無力と言っても過言ではない。手から出した炎を消せても、振り回された鉄塊を防ぐことはできないのだ。

 まずい。背筋に悪寒が走る。効果的な打開策はまったく浮かばない。最善策としては打ち止めを逃がすことだろうが、このままでは自分がやられてすぐに捕まるだけだ。駆動鎧を相手に善戦できる自信はない。

 詰まる所、万事休すだ。

 

「それじゃあ、あばよヒーロー!」

 

 けたたましい破砕音の直後に弾丸の如き速度で一気に上条との距離を詰める佐倉。右手は既に引き絞られていて、今すぐにでも上条の顔面を吹き飛ばせる姿勢だ。対する上条はあまりのスピードと衝撃に腕を掲げることもできないまま呆然と立ち尽くしている。

 

「上条当麻、避けて!」

 

 打ち止めの悲痛な叫び声がやけに鮮明に耳を打つ。

 徐々に視界の中で大きくなる黒塗りの拳。指一本動かすことは叶わず、上条は刻一刻と近づく死を待つことしかできない。

 一陣の風が空気を切り裂く。耳をつんざくほどの騒音がガラスを破壊し、想像を絶する勢いの衝撃波がレストランを揺らした。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。