とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 モバゲー禁書で美琴デッキが作りたい今日この頃。


第四十二話 佐天涙子

「……それで結局、御坂さんは学校休んだままどっかに行っちゃったわけだ」

「そうですの……予想はしていましたが、まさか欠席してまで外出するとは……」

 

 深々と溜息をつきながらテーブルに俯せる白井。普段のアクティブな様子がまったく見られない消沈した様子の彼女を見ながらも、佐天はコーラを煽って相槌を打つ。佐天の隣では頭に花輪を乗っけた毒舌系ほんわか女子初春飾利が巨大パフェと悪戦苦闘を繰り広げていた。見ているだけで胃もたれがしてきそうな甘ったるいパフェをよくもまぁ笑顔で食べられるな、と親友ながら苦笑してしまう。

 柵川中学前のファミリーレストラン。いつもならば仲良し四人組で集まっているのだが、最近はもっぱら三人で集まることが多くなっていた。理由を端的に言うと、美琴の不在。失踪した佐倉望の行方を掴むために奔走している美琴は暇さえあれば学園都市中を駆け回っているので、こうした集まりに顔を出す余裕がほとんどないらしい。夏休みにも思ったことではあるが、御坂美琴という人間は一つのことに集中すると周囲が見えなくなるタイプのようだ。以前の【乱雑開放事件】の際に佐天が一度注意したのだが、彼女の根本的な部分がそういった自分で抱え込む性質の様なので改善するのは半ば諦めかけている。大覇星祭の時も似たような感じだったし。

 チーズケーキを頬張りつつも、佐天なりに頭を働かせてみる。夏休みに知り合った佐倉望という人間を思い浮かべながら、自分の意見を纏めてみる。

 

「うーん。でも、あの佐倉さんが御坂さんを見限っていなくなっちゃうって……どんだけ酷い事言ったらそんなことになっちゃうのかなぁ」

「ふん。どうせあの類人猿が自分勝手な解釈をしてヒステリーになっているだけですのよ。だいたいお姉様が他人を傷つけるようなことを仰るはずがありませんわ!」

「そうかなぁ。あたしが言うのもなんだけど、高位能力者っていうのは結構無意識に無能力者(あたし達)を傷つけているもんだよ? 意識するしないに関係なく、さ」

「……それでは、佐天はお姉様が不用意な一言を放って佐倉望を傷つけたと?」

「御坂さん結構頭に血が昇りやすいとこあるからさ。怒りに任せて思わず酷い事言っちゃった可能性もあると思うんだよ」

 

 佐天や初春達の前ではそこまで顕著ではないが、本来御坂美琴という少女は高位能力者特有の高いプライドを持っている。低能力者から努力で超能力者まで登り詰めた自信の表れとも取れるだろうが、やはり佐天達無能力者からしてみれば少なからず優越感を感じているように見えるのも確かだ。学園都市に七人しかいない超能力者で、第三位。学園都市のほぼ頂点に君臨する以上多少のプライドと高揚感を持つのは致し方ない事なのだろうが、それでも言動の端々に『超能力者ゆえの』響きが含まれているのは否定できない。不良達に絡まれても平然としているのは、最強とも言える発電能力を有しているからだろうし。

 だから美琴がどれだけ意識を変えようとしたところで、無能力者が内に抱える心の闇を本当に理解するのはほぼ不可能なのだ。『持つ者』と『持たざる者』とでは精神構造があまりにも異なる。『自分達が出来て当たり前』のことができないことに苛立ちを覚えるように、そもそもの環境が違いすぎるのだから。

 御坂美琴は、高位能力者の中では確かに差別意識が低い方だ。相手が無能力者でも普通に接するし、躊躇いもなく友人にもなる。しかし、そういう『能力意識』に対してデリカシーがないのも事実だ。

 よって佐天涙子は仮定する。佐倉が美琴の無遠慮な言葉に傷ついてしまったのだと。

 

「あたしも無能力者だからさ、佐倉さんの気持ちはそれなりに分かっているつもりだよ。能力至上主義のこの街で、『無能力者』っていうレッテルがどれだけ惨めなのかってことをさ。奨学金も少ないし将来性も低い。大覇星祭じゃ噛ませ役もいいところ。ホント、モブキャラっていう響きが一番合うくらいだよ」

「な、なにもそこまで自分を卑下することは……」

「あぁいや、別に卑下しているわけじゃないんだけどね? でも、たまに思うんだ」

 

 居た堪れない様子で目を泳がせている白井を安心させるように表情を綻ばせながらも、佐天は今まで抱えてきた悩みを正直に打ち明ける。

 

「白井さんや初春は風紀委員で頑張ってる。御坂さんは超能力者だからいつも事件の中心に立つことができる。……でも、あたしには何もできない。能力があるわけでもないし公務員でもないあたしは、一般人として事件を外から見守ることしかできない。皮肉だよね。どれだけ皆を助けたくても、無能力者のあたしは強制的に蚊帳の外。たとえ運よく介入できたとしても、これといって役に立つわけでもない。毎回毎回疎外感と無力感に打ちひしがれなくちゃいけないのに、精神的に疲れない方が嘘だよ」

「そんな、ことは……」

「うぅん、自分でも分かってるからいいんだ。別に今更落ち込むことでもないしね。……でも、やっぱり佐倉さんが可哀想だよ。挫折の中でようやく見つけた『御坂さんの為に頑張る』って目標を、その御坂さん本人から否定されちゃったんだからさ。居た堪れないよ、あまりにも……」

 

 佐天は夏休みに何度か佐倉と遊んだことがあるが、彼は美琴と一緒にいるときが一番幸せそうだった。人生の喜びのほとんどに美琴が関係しているといっても過言ではない程に、彼の中で御坂美琴という存在が占める割合は大きかったと言っていいだろう。第三者視点から見ても、佐倉は自分の全てを美琴に捧げているという風に感じられた。今時珍しい程に一途な彼を見て、思わず感心してしまったのはここだけの話だ。

 佐倉は美琴の為に頑張っていた。無能力者で非力ながらも、自分にできる最大限の努力を行っていたように思える。美琴の為にひたむきに頑張るその姿は、無能力者な自分に劣等感を覚えていた佐天にはとても輝かしく見えたのだ。自分と違って、この人はなんて一生懸命なんだろう、と。

 佐天の告白を目を伏せて気まずい表情で聞いていた白井だったが、所在なさ気にガシガシと頭を掻くと消え入るようなか細い声でぼそぼそと呟いていた。

 

「……分かりましたわよ。わたくしも、少々あの殿方に対して私怨が混ざっていたようですの。お姉様が短気なのは確かに事実ですし、佐倉望が失踪した原因はお姉様にも多少なりともあるかもしれませんわね」

「うん……。とにかく、あたし達も個別で佐倉さんを探してみようよ。御坂さんは関わってほしくないみたいだけど、やっぱり友達としては心配だしさ」

「その提案については大いに賛成ですが……これはわたくしの勘ですが、おそらく今までわたくし達が関わったことのない程の闇に出くわすかもしれませんわよ? 大覇星祭の時よりも深い、手当たり次第に全てを巻き込んでしまうような残酷な学園都市の闇に。下手したら、怪我どころでは済まなくなるかもしれませんの」

「それは……」

「お姉様や佐倉望の為に動きたいという気持ちは称賛に値しますが、そこら辺をもう一度考え直してみた方がよろしいかと思いますわよ。これは貴女だけでなく、わたくしや初春にも言えることですの。お姉様が身を置かれている世界は、あまりにも暗い。表舞台で笑顔浮かべて生活しているわたくし達程度では、おそらく無駄な抵抗すら許されないかもしれませんの。下手に首を突っ込めば、ただではすまないでしょうね」

「……それでも、出来る限りの範囲で手伝いたいよ。我儘だとは、分かってるけどさ」

「まぁ、その点に関してはわたくしも同意ですわ」

 

 以前大覇星祭の際に出会った液体金属の人間や動物型ロボットを操る高校生が脳裏に浮かぶ。彼らは年齢的には自分達とほとんど変わらないのに、人殺しを躊躇しない残忍さを持っていた。どれだけの闇に触れればあそこまで壊れることができるのだろうというくらいに、彼らは佐天達とは違った『裏社会で生きる人間』のような雰囲気を確かに持っていた。佐天を助けてくれた少女も、おそらくはその闇の中で生きているのだろう。

 彼らが身を置いているような世界に自分が介入できるとは到底思えない。これは能力の有無ではなく、死に対する覚悟の違いだ。どれだけ見栄を張っても佐天達は所詮一般の中学生。殺人は愚か、暴力に対してもそこまでの耐性を持ち合わせていないような平和ボケした一般人だ。そんな日和った少女達が首を突っ込んだところで、闇に呑まれて命を落とすなんてことはわかりきっている。

 だが、それでも。たとえ闇に触れることは叶わないと分かっていても、佐天は自分にできることをやろうと思った。どこか親近感の湧く無能力者の少年を、助けたいと思ったのだ。

 話に一先ずの決着がついたところで、気分を切り替える意味もあってお互いに紅茶とコーラを煽る。初春は相変わらずマイペースにスプーンをせっせと働かせていた。

 

「……そういえば疑問に思ったのですが、佐天は何故佐倉望にそこまで肩入れするんですの? 同じ無能力者だからという親近感以上の何かを感じるのですけれど」

「そうかなぁ。自分では普通だと思ってるんだけど」

「佐天さんは佐倉さんのことが好きだから一生懸命になれるんですよね?」

「げほぉっ! いいい、いきなり何言ってんのさ初春! だっ、誰が誰の事を好きだって!?」

「佐天さんが佐倉さんの事をですよぉ。だって大覇星祭で抱き締められた時にはあんなに嬉しそうにいひゃっひゃー」

「ちょっと黙ろうか初春ちゃーん! 涙子姉さんとの約束だよ!」

「いひゃいいひゃいでふよひゃへんひゃーん。ふぁふぁふぁへふいおわっへひゃいんでふはらー」

 

 今まで黙々とパフェと格闘していたくせにとんでもないタイミングで爆弾を放り投げてきた初春の頬を抓みあげる赤面佐天。普段他人を弄り倒すことを生き甲斐にしている黒髪少女は、不意にぶち込まれた発言に顔を真っ赤にしてわたわた狼狽の表情を浮かべていた。

 そんなあからさまに動揺する佐天を死んだ魚のような目で眺めていた白井黒子はというと、

 

「……好みは人それぞれですけど、お姉様と競う気ならば頑張ってくださいな」

「だから違うんだってぇーっ!」

 

 佐天涙子の魂の叫びは、初春がパフェの追加を注文する声に空しく掻き消されたのだった。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 結局あの後三十分ほど弄られ続けた佐天は、涙目になりながらも半ば逃げ出すようにしてファミレスから出て行った。人生最速の走りができたな、と我ながら感心してしまう程のスプリンターっぷりだった。人間追いつめられると未知の力が出せるものである。

 一人第七学区を寮に向かって歩きながら、佐天は今日最大の溜息をついた。

 

「いきなり好きとか言われても、よく分かんないよ……」

 

 思い返すは、先程の初春の言葉。彼女は冗談半分で言ったつもりなのだろうが、冗談でもそういう言葉が出てくるということは佐天が日頃からそういうことを感じさせる行動を取っているということだ。さすがの彼女も何の根拠もなしに口から出まかせを言ってくることはないだろうし。知らず知らずの内に、佐天は好意的な言動を佐倉に向けていたということか。

 自分が佐倉にどういう感情を向けているかと改めて考えるが、イマイチよく分からない。佐天自身がまだ精神的に幼いという理由もあるが、そういう細かい感情を判断するにはあまりにも材料が足りなかった。つまり、好き嫌いを決めるほど佐天は佐倉と接していないということだ。何度か遊んだと言ってもそれは美琴達の付き添いという形であり、別段特別に関わったわけでもない。一応メールアドレスは持っているし顔を合わせればそれなりに会話もするが、所詮はその程度だ。仲の良い友人程度の認識でしかない。

 だが、佐天が佐倉に対して好意的な感情を抱いているのもまた事実だ。同じ無能力者でありながらも我武者羅に頑張る彼に惹かれている自分がいる。どこか憧れの様な思いが心のどこかに燻っている。……しかし、まだ若干十三歳の佐天にはその気持ちを明確に捉えられるほどの情緒を持ち合わせてはいなかった。ごちゃごちゃした感情だけが頭の中をぐるぐると回って、なんとも気持ち悪いことこの上ない。

 

「くそぅ、初春のヤツがあんな変な事言うからあたしがこんなに悩まなくちゃいけないんだぞー……」

「あらぁ? 通りの真ん中で奇妙な舞踊力を披露している女の子がいると思ったらぁ……貴女、御坂さんと友達の人じゃなぁい」

「へ? って、うわぁっ! 食蜂操祈!」

「人の顔見て飛び上がるなんて、失礼しちゃうゾ☆」

 

 ぶすーっと拗ねたように頬を膨らませる金髪の長身美少女。出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでいる世の中の女の敵は何故かキラキラスターの浮かんだ金色の瞳をパチッとわざとらしく瞬きすると、ご丁寧にピースサインを目元に当ててポージングまで披露してくださった。あまりの痛々しさと衝撃の登場に佐天はあんぐりと口を開けて立ち尽くすしかない。

 学園都市の第五位に位置する最強の精神系能力者、食蜂操祈。

 先日の大覇星祭事件の際に佐天達の記憶を奪った張本人でもある超能力者だ。勿論、佐天的に好ましい印象は抱いていない。

 思わず身構えてしまうが、精神系能力の頂点に君臨する【心理掌握】にはお見通しだったようで、食蜂は唇に手を当てると柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「もぉ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。ちょっと街中で偶然鉢合わせただけでしょぉ?」

「いや、それはそうですけど……もしかすると、もう操られてるんじゃないかって心配で……」

「失礼しちゃうわぁ。さすがの私でもそこまで無差別力丸出しな能力の乱用はしないわよぉ。あくまでも目的があるときにしか一般人は利用しないしぃ。あんまり無責任に操っちゃうとぉ、佐倉クンみたいに取り返しのつかないことになっちゃうからネ♪」

「っ!? さ、佐倉さんの事、知ってるんですか!?」

「仮にも仕事仲間だったからねぇ。一応アフターケアまではやっておこうかなって洗脳力を駆使して情報を集めてみればぁ……なぁんか大変なことになっちゃってて食蜂ちゃん大・混・乱! 事件に巻き込んじゃった罪悪感感じちゃうわぁ」

「はぁ……」

 

 どこまでも演技がかった調子に思わず脱力してしまうのは何故だろう。この人は相変わらずどこまでが演技でどこまでが本気なのかまったく見当がつかない。飄々で掴みどころがないとはこういう事を言うのだろう。

 罪悪感を感じているとは言いながらもやけに軽い調子だし、本当はそこまで佐倉の事を気にかけてはいないのかもしれない。傲慢で自分勝手な超能力者の事だ、取り換えの効く便利な消耗品とでも思っているのだろう。

 これ以上の会話に有益性を見いだせなかった佐天は適当に話を切り上げてこの場を離れようとする。

 

「それじゃああたし帰りますから、今日はこの辺で」

「あらそぉ? ……じゃなかった、ちょっと待ってちょうだいな佐天さぁん」

「はい? まだ何か用があるんですか?」

「うんっ☆ ちょろっと依頼力を聞いてほしいんだけどねぇ……」

 

 食蜂はそこで一旦言葉を切ると、先程までのふざけた雰囲気を一切合財吹き飛ばすような真剣な表情で言った。

 

「ちょっと話したいことがあるから、御坂さんに明日の放課後私の所に来るように連絡しておいてくれないかなぁ?」

「……別に構いませんけど、御坂さん最近忙しいみたいですから承諾してもらえるか分かりませんよ?」

「それなら心配いらないわぁ。ちゃんと、今から言うことを御坂さんに伝えてくれれば、絶対に約束を守ってくれるだろうしぃ」

 

 ――――おそらくは、食蜂操祈は最初から分かっていたのだろう。

 御坂美琴を効率的に操る方法を、彼女は既に知っていたのかもしれない。

 パチッと可愛らしくウインクすると、いつも通りのポージングを決めながら、

 

「『佐倉望について話がある』って、ちゃぁんと言っておいてねぇ☆」

 

 

 

 

 

 




本誌の方で佐天さん呼び捨てしてた黒子可愛い


※大学受験に伴って
受験が終わるまで更新を停止します。
読者の皆様にはご迷惑と心配をおかけすることになりますが、終了次第最新話をお届けしたいと思っておりますのでご容赦下さい。
それでは、良いお年を。

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