とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第四十話 全ての終わり、そして始まり。

 とにかく、強くなりたかった。

 

 昔から、それこそ小学生の時からそれだけを願っていた。自分の意見を通すには、反論されないだけの力がいる。正義を貫くには、悪を成敗するだけの力がいる。

 正義の心を持ち、誰にも負けないような力を付けろというのはどの思想家の言葉だったか。あまりにも現実的で残酷な言葉だが、世界中に蔓延るどんな綺麗事よりも的を射ていると思った。

 

 誰かを、守りたかった。

 

 自分がそれだけの力を持った人間であることを証明したかった。弱者ではない。胸を張って、堂々としていられるような強者であることを示したかった。自分を馬鹿にしてきた奴らを、見返したかった。

 能力開発によって超能力が得られる街、学園都市。そんな話を聞いたとき、自分はどれだけ舞い上がったことだろう。この街に行けば自分は強くなれる。誰にも負けない力を手に入れられる。そんな淡い期待に、何度心を躍らせたことだろう。

 しかし、世界は残酷で、そう簡単には救ってくれなかった。

 調査書にでかでかと書かれていた『0』の数字。才能が有りません。あなたには素質がない。言外に非情な現実を突き付けられた気がした。

 それでも、必死に努力した。少しでも能力強度を上げるために、自分は血反吐を吐くような思いで一生懸命頑張った。何度も何度も立ち上がりながら、念願である『チカラ』を得る為だけにもがき続けた。

 いつだったろう。そんな努力をやめてしまったのは。

 いつまでも変化しない『0』の文字に、全てを諦めてしまったのはいつの事だっただろう。

 子供の頃に抱いていた夢もいつしか泡となって消え、惰性のように毎日を生きていた。以前は真面目に取り組んでいた能力開発もテキトーになり、学校もサボるようになった。

 

 自分はなんで、学園都市に来たんだろう。

 

 たまに、自問する。求めていた夢は儚く崩れ、少しの救いすら与えられなかった自分は、いったい何をしているのだろう。

 能力者が憎かった。嫉妬に近い感情を抱いていたのかもしれない。自分達は勝ち組だというような勘違いしたプライドで無能力者を平気で踏み躙る彼らが、どうしようもなく許せなかった。しかし、力のない自分では反抗することもできず、結局は返り討ちに遭うだけだった。何度、涙を呑んだか分からない。

 そんな時、ある都市伝説を耳にした。それは馬鹿みたいな内容で、信じるに値しないと鼻で笑われるような夢物語だ。能力者達にしてみればくだらないと一笑していただろう。

 しかし、無能力者はがむしゃらに手を伸ばした。最後の希望をそれに賭け、自分達は愚かにも全てをそれに捧げたのだ。

 

 ――――【幻想御手(レベルアッパー)

 使っただけで能力強度が上がると言われる魔法の道具に、自分達は溺れていった。なんとしてでも、力をこの手に掴みとるために。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、見覚えのある白塗りの天井が視界の先に広がっていた。

 

「…………?」

 

 自分の置かれた状況が掴めず、佐倉は上半身を起こすと部屋中を見渡す。……佐倉が寝ていたのは、紛うことなく病室だ。棚や窓、カーテン等のレイアウトから察するに、以前一方通行と戦った後に収容されたのと同じ病室なのだろう。気を遣ってくれたのかは、分からない。

 しかしここで一つ疑問が残った。何故自分は、こんなところに寝かされているのか。

 

「……大覇星祭中、だったよな?」

 

 少しづつ記憶が蘇ってくる。

 クラスメイト達との棒倒し。御坂母との邂逅。食蜂からの依頼――――!

 

「っ! ……そうだ。俺は確か、【才人工房】でミサカの護衛をやっていて……」

 

 木原幻生に、洗脳された。

 すべて思い出した。カイツと共に屋上までミサカを連れて逃げてきた佐倉達は【心理掌握】を奪った幻生によって意識を奪われ、手駒として使われたのだ。記憶は洗脳される直前までしか残ってはいないが、あの状況から推測するに、自分は幻生の手下として使役されていたと考えるのが普通だろう。碌な抵抗も出来ず、ボタン一つで惨敗を喫したのだ。

 思わず、拳に力が入る。結局何もできず、誰一人守ることのできなかった自分の惨めさが恥ずかしい。あれだけ意気込んで任務に臨んだというのに、一つとして十分に目的を果たせていない自分が情けなかった。

 自己嫌悪に浸る気持ちを必死に留める。ふと窓の外を見ると、夜の帳が学園都市を包み込んでいた。空には月が煌々と輝いている。

 

「……結局、事件はどうなったんだ……?」

「終わったわよ、全部」

 

 不意に飛び込んできた声の方を焦ったように向く。

 病室の扉がある方向。広い空白地帯となっている場所に、中学生くらいの少女が立っていた。

 クリーム色のジャケットに、チェックラインの入った焦げ茶色のプリーツスカート。常盤台中学の冬服と思われる制服を着たその少女は、学園都市第三位に位置する超能力者、御坂美琴だ。どこかふてぶてしい態度で佐倉を威嚇するような雰囲気を醸し出している。彼女が纏う殺伐として雰囲気の原因を掴めず、一瞬首を捻ってしまう。

 美琴は佐倉の視線に気が付いたのか、ベッドの傍まで足を進めた。近づいてくれたことでようやく彼女の顔が露わになる。……窓から差し込む月明かりに照らされた美琴は、何故か苦虫を十匹くらい纏めて噛み潰したような表情を浮かべていた。

 困惑する佐倉を気にも留めず、美琴は淡々と言葉を並べる。

 

「木原幻生は食蜂操祈によって確保。一〇〇三二号は検査の為に入院中。洗脳されていた皆も無事よ。アンタ以外は、全員目を覚ましているしね」

「そっか……ミサカが無事なら、良かったよ」

「……何も知らないのね、アンタ」

「は?」

 

 急に荒っぽい口調でそんなことを言った美琴の顔をまじまじと見つめる。彼女は冷たい視線で、今まで彼に向けたことがないような怒りの混じった表情を浮かべていた。

 絞り出すように、口を開く。

 

「私が幻生に操られて、死にそうな目に遭ったってことも……アンタがスキルアウトの先輩に助けられたってことも……何も、知らないのね」

「なっ……!? ど、どういうことだよ!」

「幻生の目的は、私を使って絶対能力者(レベル6)を生み出すことだったの。一〇〇三二号が狙われたのは、ミサカネットワークにウイルスを流す為。木山春生の【幻想御手】と同じ原理で、並列的に演算処理を行うことで私の能力強度を跳ね上げさせた。脳の負担に耐えられなかったら死んでいたそうよ、私。……そんでもってアンタは、私が【才人工房】に辿り着いた時には幻生の洗脳を受けていた。暴走列車状態だったアンタを、偶然居合わせたスキルアウトの方々が命がけで救い出したってわけ。理解した?」

「そんな……俺が操られている間に、そんなことが……」

 

 ようやく聞かされた真実に、嫌な汗が流れ始める。自分は蚊帳の外にされていたという事実を突きつけられたことで、想像を絶する無力感と絶望が胸の奥から湧いてきていた。結局何もできなかった。美琴を守ることは愚か、木原幻生にいいように操られ、ついには先輩達にも迷惑をかけてしまったなんて。

 結局、自分はまた彼女を守ることができなかった。暗部に入って力を手に入れたと思ったのに、何一つ約束を守ることができなかった。言いようのない空虚感が彼を襲い、情けなさの余り涙が零れてくる。

 彼女に対する申し訳なさが、怒涛のように押し寄せてくる。

 

「ごめん、お前を守ることが出来なくて……!」

 

 ポタ、と握り込んだ拳に涙が落ちていく。惨めだった。ミサカを、そして美琴を守ることができなかった自分が、どうしようもなく悲しかった。最低だ、と自らを責めるように嗚咽を漏らす。

 だが、そんな彼を気遣うでもなく、ただ冷めたような視線を向け続ける美琴。彼女は表情を変えないまま右手を振り上げると、

 

 泣き続ける佐倉の頬を、勢いよく引っ叩いた。

 

「ぇ……?」

 

 パン、と乾いた音が暗闇の病室に響く。予想だにしない展開と不意に襲い掛かった痛みに、佐倉の思考が完全に停止した。目を丸く見開いたまま、呆けたように美琴に視線を戻す。

 

「なん、で……?」

「……ふざけんじゃないわよ、アンタ」

 

 ドスの利いた低い声に、思わず息を呑む。あまりにも普段の彼女とはかけ離れた迫力に、声を発することもできない。

 刃物のような鋭い視線で佐倉を見据えると、彼女は声を荒げた。

 

「誰が……誰が、守ってほしいなんて頼んだっていうのよ!」

「は……?」

「毎回毎回毎回毎回傷だらけになって帰ってきて。口を開けば謝罪謝罪謝罪! 『守れなかった』『お前の為に頑張るよ』、カッコつけたみたいにそればっかり言ってさ! 勝手な覚悟で突っ走ってんじゃないわよ! そういうアンタを見ていると、無性に腹が立ってくるの!」

「な……なんだよ、急に……。俺はただ、お前との約束を守ろうと……」

「約束ぅ? ハッ! 笑わせないで! 確かに不条理から逃げるなとは言ったけど、命かけて私の事を守れなんて一言も言ってないじゃない! アンタ自身を蔑ろにしてまで守ってほしいなんて、いつ誰が言ったっていうのよ!」

「っ……な、何もそこまでいうこたぁねぇだろ! 俺は俺なりに、お前の為に頑張ろうと思って……」

「ほら、また『お前の為に』! アンタに自分の意志は無いワケ!? いっつも他人の意見に流されてばっかりでさ! じゃあ私が死ねって言ったらアンタは死ぬの!?」

「そういうわけじゃ、ねぇけど……」

 

 いきなり鬼のように捲し立ててくる美琴に、頭の理解が追いつかない。何故自分は美琴に責められているのか。間髪入れずに怒鳴り続ける彼女に気圧される中、疑問だけが脳内を駆け回っていく。

 佐倉にとって美琴の存在は行動指針そのものだ。いつだって彼女の為に行動する。美琴の笑顔を守るために戦い、美琴の世界を守るために戦う。それが彼のすべてであり、たった一つの『意志』だった。それ以外は何もない。佐倉望の行動には、一つの例外もなく御坂美琴が関わっている。

 ずっと彼女の為に頑張ってきた。暗部に堕ちていくつもの命を奪ってもギリギリの所で踏みとどまれたのは、彼女の存在があったからに他ならない。美琴が待ってくれている。彼女の為に頑張れる。そういった思いがあったからこそ、佐倉は闇の中で自分を失わずに今日まで生きていくことができた。たとえどれだけの絶望に見舞われたとしても、正気を保つことができた。

 自分は美琴の為に今日まで生きてきた。それなのに、何故自分は今彼女に怒鳴られているのだろうか。

 黙り込んだ佐倉にありったけの言葉を浴びせる美琴。段々とヒートアップしてきたのか、彼女は髪を振り乱すように荒々しく唸ると――――

 

「無能力者のくせに、私を守るなんて大それたこと言ってんじゃないわよ!」

 

 ――――史上最大の地雷を踏み抜いた。

 しん、と病室が一気に静まり返る。言った瞬間に自分の失言に気付いたのか、美琴はやや慌てたようにたじろぐと、顔中にびっしりと冷や汗をかきながら訂正の言葉を口にしようとしていた。……だが、同時に佐倉の表情の変化に気が付いたらしく、何度か声を漏らしたものの言葉にできずに目を泳がせている。

 ……もう、何も感じられなかった。彼女への愛おしさや尊敬の念が、一気にどこかへと霧散してしまっていた。自分を救ってくれた恩人への感謝の想いなど、跡形もなく消え去っていた。

 

 ――――あぁ。結局、美琴(コイツ)他の能力者達(アイツら)と一緒なのか。

 

 プラスの感情が全て消えた。怒りと絶望、嫉妬、軽蔑……そして、悲哀。

 もう、何もかもがどうでもよかった。今まで積み重ねてきたものが激しく崩れていく音を確かに耳にしながらも、不思議と後悔などは全くと言っていいほど浮かんでこない。失くしたところで、悲しみの一つも湧いてこない。

 

「……そうだな。お前は、超能力者(・・・・)だもんな。……俺みてぇな無能力者に守られるなんて、屈辱以外の何物でもねぇもんな」

 

 自分でも聞いたことがない程の低音に軽く驚くが、ただそれだけだ。目の前で焦燥と困惑の表情を浮かべている女に対しての気遣いなんて微塵も考えられない。とにかく、自分を馬鹿にしたこの無礼な愚か者を、今は一刻も早くどうにかしておきたかった。

 言葉にならない呟きを何度も漏らし続ける常盤台の女子生徒は縋り付くような目で佐倉を見ていたが、今更何の情も湧いてこない。顔を見ているだけで不愉快な気持ちになる。こんな……こんな女の、顔なんて。

 視線を伏せたまま、決して彼女の顔を見ることをせず冷淡に言い放つ。

 

「出て行ってくれ。今すぐに」

「や、その……さっきのは、私も言い過ぎたって……」

「……出て行けって言ってるんだよ。聞こえねぇのか第三位(・・・)!」

「っ……!」

 

 なかなか言うことを聞こうとしない彼女にぶつけられた本気の怒声。常盤台生はビクッ! と大仰に肩を跳ね上げると、脇目もふらずに病室から走り去っていった。背を向ける直前に絶望に染まった表情を浮かべていた彼女だが、顔を上げない佐倉が気付く訳もなかった。ポタタ、と生暖かい液体が何滴か佐倉の手に落ちてきたが、まったく気にもならなかった。

 再び静寂を取り戻した病室で、一人窓の外を見る。窓ガラスに映った自分は何故か涙を流していたが、原因は全くと言っていいほど分からない。この苦しい程に締め付ける胸の痛みと、何か関係があるのかもしれないが……今となっては、そんなことすらどうでもよかった。

 ぼんやりと月の浮かぶ夜空を眺めていると、マナーモードにしている携帯電話が棚の上で振動を始める。誰かからの着信だ。こんな時間に誰だろう、と首を捻りながらも通話ボタンを押す。

 相手は、垣根帝督だった。

 

『よぉ、気分はどうだい佐倉。いい具合に絶望しちまってんじゃねぇの?』

「……さぁな」

『ひゅー、つれないねぇ。まぁいいや。そんなことよりか、一つ確かめたいことがあったんだよ』

「確かめたい事?」

 

 普段から無駄話を嫌う傾向にある垣根にしては珍しい。心当たりに思考を巡らせながらも、彼の言葉を待つ。

 垣根はやけに明るい調子で、こんなことを聞いてきた。

 

『テメェは《超電磁砲を守るための力》を手に入れる為に【スクール】に加入したわけだが……その思いは、まだ変わらねぇか?』

「……何言ってんだよ、リーダー」

 

 呆れたように肩を竦める。何をくだらない質問をしているのだろうか。あまりにも馬鹿らしい幼稚な質問に、思わず笑いを零してしまう。

 佐倉の思いは変わらない。暗部に入った目的は、最初から――――

 

「誰にも負けねぇ絶対的な力を手に入れる。【超電磁砲】なんてどうでもいい。邪魔するものを片っ端から捻り潰せるような、最強の力を掴みとる。昔から、そう言ってんじゃねぇか」

『……くははっ。そうか、そうだったな。いや、それならいいんだ。ちっとばかし気になったもんでさ。うん、その言葉で安心したぜ』

「変な奴だな。平和ボケして頭おかしくなっちまったんじゃねぇのか?」

『そうかもしれないな。……まぁいいや。それじゃあまた、明日からよろしく頼むぜ』

「あぁ。よろしく頼むよ、リーダー」

 

 通話を切ると、再び窓の外に視線を移す。吸い込まれるような魅惑的な闇をうっとりと眺めながら、佐倉望は何かに憑りつかれたように口元に笑みを浮かべる。

 

 

 ――――翌日、佐倉望は病室から忽然と姿を消した。

 手荷物はほとんど持ち去られており、少し部屋を空けたわけではないことが分かる。棚の上には、彼が愛用していた緑色の携帯電話と休学届が置かれていた。

 知らせを受けた御坂美琴が第七学区中を捜索したものの、行方を掴むことはできなかった。自宅に帰ってきた形跡はなく、友人の家に泊まったという情報もない。

 ……こうして、佐倉望は学園都市の表舞台から完全に消失した。

 

 

 

 

 

 




 これにて大覇星祭編は終了。次回から新章突入です。

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