半蔵が乱射した機関銃は駆動鎧の装甲に阻まれ大した効果を上げることはなかった。甲高い金属音と共に無数の火花があがったが、ただそれだけだ。駆動鎧が動きを止めることはない。
射撃が終わるのを待っていたのだろうか、駆動鎧は待ってましたとばかりにマシンガンを構え直すと一切の慈悲もなく引き金に手をかけた。
半蔵達がいる広々とした通路には障害となるものがまったくと言っていいほど存在しない。ここで弾丸を撒き散らされた日には、ロスタイムもなく一気に地獄へご招待だ。
絶体絶命な状況。しかし、半蔵が取った行動はいたってシンプルだった。
「旦那、銃を弾け!」
半蔵の合図を受けた駒場が咄嗟にアサルトライフルを構えて駆動鎧のマシンガンに向けて発砲する。
駆動鎧は先程の手榴弾爆撃によって反応速度が落ちていたのか、動きが連動するのに少しタイムラグが生じてしまうようだった。その隙をついた駒場の射撃によって、駆動鎧が持ったマシンガンが手を離れて床に落下する。
思わずといった様子でマシンガンを拾おうと腰を屈める駆動鎧。
しかし、それこそが半蔵の狙いであることに彼は気付かない。
半蔵はリュックから、杭の尖った部分を先端にはめ込んだような巨大な機械を取り出した。
両手で持つタイプのそれは、一見ランチャー砲のようにも思える。大砲をスリムにしたような形状の先で銀色の杭が存在を主張していなければ、であるが。
パイルバンカー。爆発的な速度で杭を射出することによって装甲を撃ち抜く、超接近戦用兵器だ。
半蔵はパイルバンカーの先を駆動鎧の右肩付近に当てると、
「本体は外してやっから、まずは腕一本いただくぜ?」
ズパァンッ! という小気味よい音と共に杭が射出され、駆動鎧の装甲が爆ぜる。
軍用とはいっても従来の着ぐるみタイプである為に内部の空洞は大きい。切り傷程度はついただろうが、佐倉本人の致命傷には至らないだろう。
結合部を破壊された右腕部が力なく落下した。
右腕が破壊されたために銃を回収することを諦めたのか、残った左腕で半蔵を掴みあげると前方に向かって投擲。一旦体勢を立て直したかったのだろう。半蔵との距離を置くとバックパックからショットガンを取り出す。
片腕では衝撃を抑えられないだろうに、駆動鎧は躊躇うことなく引き金を引いた。
だが、スキルアウト達は慌てない。
部分的に装甲を失うと動きが遅くなるのが機械の特徴であることを逆手に取り、銃口がこちらに向ききる前に左右に分かれて銃撃を開始。先程まで二人がいた辺りが爆散したが、既に回避行動及び攻撃に移行している半蔵達が被害を受けることはない。
露出した佐倉の腕に弾丸が当たらないように細心の注意を払いながら、装甲を少しづつ削り取っていく。
パイルバンカーの衝撃が思いの外効いていたらしく、機関銃射撃程度の威力でも徐々に装甲にヒビが広がっていた。
イケる。半蔵達がそう確信した時、にわかに銃声が止んだ。
パスッパスッという空気の抜けるような音が研究所に空しく響く。それはあまりにも近く――――それこそ、手元の機関銃から聞こえているように思える。
駒場と半蔵の機関銃が、同時に弾切れを起こしたのだ。
「チッ! まったく、ついてないぜ!」
舌打ちと共に銃を駆動鎧に向かって投げつけると、半蔵は背負っていたパイルバンカーを持ち直して接近を試みる。
だが、駆動鎧からしてみれば今の半蔵は的も一緒だ。
巨大な削岩機を抱えたことで移動速度の緩んでいる生身の人間なんて、ショットガンの一発で跡形もなく消滅させられる。
彼がマスターから受けた指令はただ一つ。
『邪魔者の排除』。
躊躇いもなくショットガンを発砲すると、半蔵の足元が砕け散った。
「がっ……ぁああああああ!!」
突然の衝撃に身体が宙を浮くが、激しい叫び声を上げると左足でダンッ! と地面を踏みしめる。
半蔵に注意が向いている中、駒場は二本の巨大スパナを振り回して装甲の破壊作業に努めていた。だが、所詮は人力による攻撃だ。機関銃やパイルバンカーに比べると威力は露程もない。駆動鎧もソレを分かっているのか、駒場には一切構うことなく目下の脅威である半蔵を殺すためにショットガンを連射していく。
しかし、装甲が欠け過ぎているせいか、うまく照準がつけられないようだった。弾が半蔵を直撃することはなく、付近の壁や床を瓦礫へと変えていく。
飛び散った破片や瓦礫が半蔵の全身を襲った。
爆散の勢いでナイフのような切れ味を持った破片に身体中を切り刻まれながらも、それでも半蔵が足を止めることはない。
あの駆動鎧に乗っているのは、自分達の可愛い弟分だ。
不器用で堅苦しくて、素直じゃないくせに根は優しい小便臭いガキ。無理に大人ぶって背伸びして、彼らに必死に追いつこうとしているけれども実は結構空回りしている微笑ましい少年。いつも半蔵達の弄りに不平を漏らしながらも、結局は笑って彼らの後についてくる犬みたいな高校生。
初めて彼と出会ったのは、去年の暮れ頃だったろうか。浜面が半蔵達のチームに入った数日後くらいに、佐倉は駒場に連れられて彼らの前に現れた。なんでも、能力者達に襲われていたところを駒場に助けてもらったらしい。
心無い能力者達によって行われる非道なゲーム、《無能力者狩り》。
元々は個人同士の諍いによって始まったらしい能力者と無能力者の軋轢は、能力者達による報復でヒートアップした。襲われたら無能力者達は身を守るために人数を増やし、それに対抗するために能力者達も数を増やす。泥沼にはまり続ける状況の中、能力者達はついに関係のない一般人の無能力者にまで手を出し始めた。
半蔵達スキルアウトとは一切の繋がりもない学生達を、正義の名の下に制裁する。
クソ食らえ、と半蔵は思った。自分が弱いから、反撃されるのが怖いから、八つ当たりをしているだけではないか。はらわたが煮えくり返る思いだった。少しばかり変わった出自の半蔵だが、そういう義に反した行いは彼の許すところではなかったのだ。大切な仲間の為に忠を尽くす。それが、半蔵の生き様だったから。
駒場に連れてこられた佐倉は、瞳に暗い輝きを灯していた。復讐心、憤怒、絶望。能力者達に対する憎悪に塗れた目をしていた。当然と言えば当然だ。しかし、こういう目をした奴を放っておくと、再び無能力者狩りを誘発する火種にもなりかねない。
半蔵は佐倉をチームに入れることを提案した。身を守るため、という建前を使って。
最初は危険性を取り除くためだけの関係だと思っていた。すぐにコイツは自分達の手を離れ、また平和な学生に戻るだろう、と。こんなクソみたいな掃き溜めから一刻も早くおさらばするはずだ、と。
しかし半蔵の予想に反して、佐倉はスキルアウトでの生活を楽しみ始めていた。コンビニのATM強盗から始まり、警備員とのカーチェイス。他チームとの抗争。風紀委員との逃走劇。馬鹿みたいな不良ライフの中で、佐倉は屈託のない笑顔を半蔵達に見せるようになっていた。駒場や浜面、そして半蔵と一緒になって馬鹿をやるのがどうしようもなく楽しいと言わんばかりに、彼はどんな時でも彼らの後をついてくるようになっていた。
いつからだろう。
半蔵は自問する。
佐倉のことがこんなにも大切だと思うようになったのは、いつからだったろう。
「うぁああああああああ!!」
パイルバンカーを両手に、駆動鎧との距離を詰める。
ショットガンの弾が切れたようで、いつの間にか駆動鎧はサブマシンガンを装備し直していた。相変わらず不安定な片手使用のまま馬鹿みたいに乱射を続ける。
その一発が半蔵の左肩を掠り、思わず苦悶の声を上げた。
「ぐぅ……っ! こんな、もんでぇぇえええええええええ!!」
あまりの激痛にパイルバンカーを取り零しそうになりながらも、歯を食いしばって腕に力を込める。
この程度の痛みで、諦めるわけにはいかなかった。
こんなクソみたいな状況で、足を止めるわけにはいかなかった。
サブマシンガンによる連射が徐々に半蔵を掠めていく。太腿、横腹、こめかみ。かろうじて直撃は回避できているものの、出血量と疲労感が少しづつ半蔵の歩みを妨害し始めていた。
もはや、パイルバンカーを持った腕は自由に上がらない。
「……半蔵……!」
「っ! 旦那、他所見すんじゃねぇ!」
「ぐぅっ!?」
ぐらりとよろけた半蔵に思わず声をかける駒場だったが、攻撃の止んだ一瞬の隙を突いて振り回された左腕に殴られ吹っ飛ばされていく。サブマシンガンで殴打されたためか、床に力なく落下した駒場の顔は真っ赤な血で染まっていた。
旦那、と叫びたい衝動を必死に抑え込み、駆動鎧を見据える。
目標は半壊していた。パイルバンカーと機関銃掃射によって、装甲もあちこちが剥がれかけていた。……だが、駆動鎧が攻撃をやめる様子はない。
サブマシンガンを再びこちらに向けると、第二射が始まる。
無数の雨が半蔵を襲った。
「がぁあああああああっ!!」
今度こそ足を撃ち抜かれ、その場に倒れ込んでしまう。パイルバンカーを持ち直す余裕さえなかった。
「……佐倉を、助けなくちゃなんねぇんだっ……!」
彼が何の事件に巻き込まれているのかは知らない。だが、彼が自分の意志とは無関係に行動させられているというくらいのことは半蔵にもわかる。普段の佐倉望を知る者として、今彼の身に起こっている異変くらいは察知できる。
ずり、と芋虫のように床を這う。力の入らない右手にパイルバンカーを引っかけたまま、少しでも駆動鎧との距離を詰めようと匍匐前進紛いの動きで進もうとする。
しかし、被弾による激痛は半蔵の動きを大幅に制限した。マトモに身体を動かすことすらままならず、満足に進むこともできないまま駆動鎧を見据えるしかない。
そんな虫の息の半蔵にトドメを刺すべく、駆動鎧はサブマシンガンの銃口を向ける。もう脅威にはならないであろう目の前の無様な標的を排除する為、駆動鎧は引き金に手をかけた。
(ちくしょう……!)
死を覚悟して目を瞑る。
サブマシンガンにかかった駆動鎧の野太い指が、動く。
その時だった。
ドガシャァッ! というけたたましい轟音と共に、大型トラックが壁をぶち破って突っ込んできたのは。
「…………!」
突然の乱入者に駆動鎧は慌てた様子でサブマシンガンをトラックに向けるが、トラックの突進の方が一足早い。
バゴォッ! という騒音が響いたかと思うと、トラックはアホみたいな速度で駆動鎧に激突。そのまま壁まで押し進む。あまりの衝撃にサブマシンガンは駆動鎧の手を離れ、駆動鎧はバックパックから壁にめり込んでいた。
しばらくもがくように手足を動かしていた駆動鎧だったが、操縦者の意識が限界を迎えたらしい。空気の抜けるような音があがると、駆動鎧は完全に活動を停止した。
ピキッ、というひび割れの音が聞こえ始め、顔付近を覆っていたメット部分がパラパラと崩れていく。
そんな中、あまりにも場違いな間の抜けた声が通路内に響き渡った。
声の主はトラックの運転手。茶色のジャージに紺色のデニムという変わり映えのしない格好をした茶髪の男が、ボンネットのひしゃげたトラックの運転席から顔を出して盛んに声を上げている。
「ちょっ! なんかドアが歪んで出れないんだけど半蔵助けてくんね!? この際駒場でもいいからさ!」
「…………このアホ面」
「誰がアホ面だ!」
どこか論点のズレた怒鳴り声を返してくる浜面に薄く笑い返しながら、露わになった駆動鎧の頭部に視線を向ける。
頭から血を流しているものの、顔の色から察するに大した怪我は負っていないらしい。打たれ強いのが幸いしたのだろうか。露出した右腕もトラックと接触していなかったようで、少し内出血しているくらいのものだった。まぁ、無事みたいだ。
良かった。柄にもなく安堵の溜息をついて目を瞑る。後始末は浜面にでも任せて、今は少し休ませてもらおう。目が覚めたら、あのクソ後輩に色々と意趣返しをするのもいいかもしれない。
覚束ない足取りながらも浜面の脱出を手伝う駒場を眺めながら、半蔵は満足げな表情で意識を手放した。