もしかしたら明日も更新できるかもですー。
目を覚ますと、佐倉望は病院のベッドで寝ていた。
(……あれ? 俺、なんでこんなところに?)
目を覚ます前の記憶と今の状況のつながりを発見できず、佐倉は一人首を傾げながらもなんとか状況の整理に努める。
確か自分は、第一七学区の操車場で一方通行と戦闘を行っていたはずだ。武装を整え、先輩達を帰らせ……そして、最強と対峙した。
先手を取って放った銃弾はものの見事に跳ね返され、形勢を整えるための戦略撤退の際には背中を想像を絶する威力で殴打された。そして途中で再会したミサカを爆発から庇って、キャパシティダウンを使って一方通行を追いつめて――――
(――――っ。そうだ、それから俺は……自分で撃った銃弾を反射されて、気絶したんだった)
思わず、鉛玉に貫かれた右胸に手をやってしまう。
キャパシティダウンを使って一方通行の能力を封じたところまでは良かった。ナイフでダメージを蓄積して、トドメとばかりに射撃したところまではなんの問題もなかったはずだ。
……しかしまさかあのタイミングでキャパシティダウンが壊れるとは、夢にも思わなかった。
今考えると、ミサカに操作を一任したことがそもそもの間違いだったのだろう。彼女は仮にも能力者。キャパシティダウンの影響を受けない道理はない。例外なく、頭痛に襲われたはずだ。痛みのあまり電磁波を撒き散らしてしまい、その結果……というわけか。
昔から言われてきたことではあるが、やはり自分は詰めが甘い。全身に巻かれた痛々しい包帯をぼんやりと眺めながら、彼は自嘲気味に苦笑した。
さてさて、そして気にかかることがもう一つある。
佐倉は一方通行の反射を受けて自滅した。それまではいい。情けないことこの上ないが、事実なのだし認めよう。
だが、そうなると疑問が残る。
(……俺、なんで生きてんだ?)
一方通行が敗者を見逃すような生易しい性格をしているとは思えない。しかもあそこまでコケにされたのだから、尚更手出しを遠慮するはずがない。ミサカが必死に呼びかけたところで、あの時の一方通行が止まることはなかっただろう。
しかし、現に佐倉はこうして五体満足で生きている。とても助かる見込みのない絶対的絶望下にあったというのに、彼は病院のベッドで寝ている。
誰かから情報を得る必要がある。そういう考えに至った佐倉は、上半身を起こすとベッドを降りようとして、
右太腿の辺りに、誰かが顔を伏せて寝ていることに気が付いた。
まず目に入ったのは短く切られた茶髪だ。艶のある柔らかな髪は重力に逆らうことなく佐倉の腿に垂らされている。寝ている間に汗でもかいたのか、幾本かの髪が少女特有の色白い柔肌に貼り付いていた。
そして、特徴的なベージュ色のサマーセーター。世間でも有名な進学校、常盤台中学の生徒達が着用を義務付けられている代物だ。これを着ている学生は自然と周囲から畏怖と畏敬を込めた視線で見られ、他学生の模範となることが要求されるという窮屈なオプション付き。基本的に堅苦しいのが苦手な佐倉としてはあまり共感できそうにはない。
佐倉はその少女に見覚えがあった。……いや、あったどころの話ではない。佐倉が命を懸けて最強と対峙したのは元はと言えばこの少女のためであるのだから。彼が世界で最も尊敬している、常盤台の少女。
「御坂?」
「ぅ……ん……」
思わず名前を呟くと、美琴はわずかに身じろぎをして息を漏らした。
相当疲れが溜まっていたのか声をかけても起きる様子はない。ある意味怪我人の佐倉より爆睡している美琴からは、とても緊張の渦中にいるような雰囲気はなかった。今まで背負っていたものが纏めて消失したような安らかな様子で寝息を立てている。
彼女の様子を見るに、実験は中止されたのだろう。誰が一方通行を倒したのかは知らないが、今は実験の中止を素直に喜ぶべきか。
「……お前も、大変だったな」
穏やかに肩を上下させる美琴の頭に手を置くと、柔和な笑みを浮かべて優しく撫で始める。クセのない髪は何の抵抗もなく佐倉の手を受け入れている。手が引っかかるような心配はなく、さらさらとした感触が非常に気持ちいい。
「んぅ……、……ぅ?」
「ありゃりゃ、起こしちまったか?」
少々刺激を与えすぎたのだろうか、美琴はゆっくりと瞼を上げると、もぞもぞと身じろぎしながら顔を上げる。
身体を起こし終えてまだ寝惚け眼の瞳で佐倉の方を見やると、
「…………」
「おはよう、御坂」
「……さく、ら……!?」
途端に驚いたように目を見開き、呆然とした様子で彼を見つめる。目の前にある光景が信じられないとばかりに呆気にとられている表情は、彼女が滅多に見せない珍しいものであった。
なかなか再起動しない彼女に若干の焦りを覚えつつも、この状況を打破すべく佐倉は気まずそうに頭を掻きながら相も変わらず減らず口を叩きだす。
「いやー、ホント死ぬかと思ったわ。でもあれだよな、人間の生命力ってのは俺達が思っている以上にとても優秀で……」
「佐倉!」
「うぉおおおおおおっ!?」
ヘラヘラと笑う佐倉の名前を呼んだ美琴は、耐えられなくなったように佐倉へと抱きついた。基本ツンデレな彼女にしては非常に稀な展開であるが、そんな物珍しさに気を構う余裕はない。今の佐倉はいきなり抱きつかれた衝撃と女子に密着された羞恥に思考を支配されてそれどころではないのだ。
自分が惚れている&尊敬している少女の顔が頬のすぐ横にあって緊張と冷や汗が止まらない。ぷにぷにと柔らかい肌の感触が手足を通して伝わり頭の中が大変なことになっている。そんな感じで客観的に説明を行ってしまうくらい、今の彼は動揺していた。
どうすればいいか分からず混乱する佐倉。しかし、美琴が無意識に放った次の言葉に彼は無条件で我に返ることとなる。
ぎゅうっと力強く佐倉の頭に手を回して抱きしめながら、美琴は絞り出すように言葉を漏らした。
「良かった……本当に、生きてて良かった……!」
「っ。御坂……」
「私が到着した時にはもう血だらけで、息もほとんどしてなくて……もう、死んじゃうのかなって心配で……! 私との約束のせいでアンタが死んじゃったらどうしようって……!」
「…………」
「でも良かった……アンタが目を覚ましてくれて、本当に良かった……!」
項の辺りに、温かい液体がポタポタと落ちてくる。彼女の嗚咽と共に発生するその温もりは、肌に触れる度に佐倉の心を包み込んでいった。
正直、彼は美琴に抱きつかれるまで自分自身を嘲っていた。所詮自分は何も守れなかった。無力な自分では何一つ庇うことができなかった、と頑なに自分を責め続けていた。
しかし自分の為に泣いてくれている彼女を前にして、彼は考えを改めた。自分の結論を否定し、新たな結論に辿り着いた。
(こんな無力で役立たずな俺でも、コイツの日常を守ることができたんだ)
確かに一方通行を倒すことはできなかった。それどころか、見るも無残に返り討ちに遭った。
結果だけ見れば惨敗かもしれない。用意した武装もほとんど使う余裕はなく、切り札として持ってきたキャパシティダウンも壊れ、右胸を銃弾で貫かれ。客観的に見ると、何もカッコいいところはないのかもしれない。
……それでも、自分が一方通行に立ち向かったことで美琴の何かを守れたのなら、それはもはや『勝利』なのではないだろうか。
少なくとも、佐倉にとっては。
「……ごめんな、心配かけて」
「バカァ……実験が中止になっても、アンタが死んじゃったら意味ないじゃない……!」
「いや、それはもう……ホント、ごめん」
涙を流しながらポカポカと力なく胸を叩いてくる美琴に、心配をかけた自覚がある佐倉はひたすら謝るしかない。改めて考えると相当無謀なことをしたという結論に至った彼は、彼女をどれだけ心配させたのかということを思うと反論する気持ちさえ起らなかった。
そして数分それが続いてようやく少しは落ち着いたのか、美琴は鼻を啜りながらも腕を組むと恥ずかしそうに頬を赤く染めてそっぽを向く。
「ふ、ふんっ。こんだけ心配かけたんだから、今度お詫びに何か買ってもらうからね!」
「目ぇ腫らして言われても何の迫力もねぇけどな」
「う、うるさい! 泣いちゃったのはちょっと動揺しただけなの! べ、別にアンタが目を覚まして嬉しかったとか、そういうんじゃないんだからね!」
「さっき『良かった』って言ってたのは何だったんだ御坂よ」
「社交辞令よ!」
「この場面で社交辞令とか冗談きついぜ」
「う、うぅ……!」
必死に反論を繰り返す美琴だったが、さすがに無理があると思ったのか涙混じりに真っ赤な顔で佐倉を睨みつけていた。絶賛涙目な美琴に保護欲的な何かを覚えた佐倉は「いやいやいや」と首を盛大に振って煩悩を振り払う。不謹慎にも程があるぞ俺。
それから美琴をからかいながらも、現状について説明してもらった。
一方通行を倒したのはなんと上条だったらしい。佐倉がダメージを蓄積していた結果大した怪我もなく勝利したとか。なんか美味しいところを纏めて掻っ攫われた感じがして複雑な気持ちだった。今度会ったら八つ当たりとしてお汁粉ソーダを飲ませてやろうと密かに決心する。
一方通行が敗北したことで実験は中止。妹達は世界中の研究施設に派遣されて、そこで調整を行うらしい。クローンという体質上普通の人間より寿命が短くなっているから、それを改善するためだとか。国際法で禁止されている体細胞クローンを世界中で受け入れてもらえるという事実に驚きを隠せないが、研究者達的には貴重なサンプルとして承諾しただけなのだろうと変に納得する。サンプル扱いに若干憤りを感じないでもないが、実験に使われることがないようにとある有力な医者がストッパーをかけているらしいということを聞いて安堵した。世の中には凄い医者がいたものだ。
「それと、これは一〇〇三二号からの手紙ね。『貴方のおかげでミサカ達は生きる目的を失いました。現在絶賛路頭に迷い中です、とミサカは貴方が戸惑う光景を頭に思い浮かべながらニヤリと笑います』」
「どんな伝言だそれは。なんで俺を暗にからかってんだアイツは」
「知らないわよそんなの。……あ、でも最後にこんなこと書かれてるわよ?」
模様のない淡白な便箋を呼んでいた美琴は、最後の文面を見るとクスッと笑みを零した。一人で笑う彼女を怪訝そうに見る佐倉に向けて、困ったような表情を向ける。
「『だから、ミサカにも生きるという事の意味を見いだせるよう、これからも一緒に探すのを付き合ってください。と、ミサカは心の底からお願いしてみます』……だってさ」
「……ははっ。やられたなこりゃ。そんなこと言われちゃ、断れねぇじゃねぇか」
くっくっと喉を鳴らして笑う佐倉。そして、自分は彼女達を守れたのだと改めて確信した。
たとえ能力がなかったとしても、
たとえ無謀な挑戦であったとしても、
無能力者な佐倉望でも、こうして誰かを守ることができたのだ。あんなに無力だと自嘲していた自分でも、大切な人達を守ることができたのだ。
「良かったじゃない、佐倉。『自分は無力だー』とか言っていたアンタでも、あの子達を守れたんだからさ」
「……あぁ、そうだな」
にひひとからかうように笑う美琴に相槌を打ちながらも、佐倉は心の中で彼女に感謝する。
そもそも自分が一方通行に立ち向かえたのは、美琴との約束があったおかげだ。彼女はその約束のせいで自分を危険な目に遭わせてしまったと思っているらしいが、別に気にすることはないのにと苦笑する。
『どんなことからも逃げちゃダメ』
彼女が自分を受け入れると言って交わしたその約束は、今や佐倉の『核』になっていると言っても過言ではない。彼が死を目の前にしながらも戦えたのはこの約束があったからであり、その相手である美琴の世界を守ろうとしたからであった。こんな自分を受け入れてくれた彼女を守るために、彼は命を賭して戦ったのだ。
強迫観念にも似た考えではあるが、それでもいいと佐倉は思っている。実際、この約束があったからこそ彼は美琴やミサカを守ることができたのだから。
「黒子達今からお見舞い来るってさ。車椅子借りてくるらしいから、今日はこれからみんなでアンタの快気祝いよ!」
「いや、俺まだ快気してねぇし! バリバリ入院中だから!」
「関係ないわ。お医者さんには目を覚ましたら連れ出していいって許可貰ってるんだから」
「結構患者に厳しい医者だなそいつ!」
突然言い渡された予想外の展開に絶叫する。意外と容赦ない少女達に薄ら寒いものを感じるが、今更抵抗は無理だろうと達観したように溜息をついた。そういえば先輩達にも報告しなきゃな、と隣で騒ぐ美琴を横目で見ながら嘆息する。
「そういえばアンタ携帯壊れてるでしょ? 丁度いいから今日買いに行きましょ」
「えぇ……別に今度でもいいじゃねぇか……」
「ダメよ! なんたって今新機種を買うと漏れなく限定ゲコ太フィギュアが貰えるんだから!」
「……マジで? え、ゲコ太貰えんの?」
「……まさかとは思うけど、アンタってゲコ太好きなの?」
「えっ!? い、いやっ、別にそういうわけじゃ……こ、高校生にもなってゲコ太が好きとかまさかそんなわけねぇじゃねぇかあははーっ!」
「…………」
「…………なんだよ」
「……そうよね。誤魔化したくもなるわよね。でもいいじゃない。別にゲコ太が好きだっていいじゃないっ……!」
「まさか御坂、お前も……」
「えぇそうよ! 好きよ大好きよ文句ある!? 幼稚な趣味ですが何か!」
「……これからは協力して生きていこうぜ、同志よ」
「うん……」
何やら二人の間に奇妙な友情が生まれていたが、それはまったくの余談である。