とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第十二話 驕り

 学園都市においては大前提と言ってもいい力関係は、能力強度によって左右される。

 例えば、こんな場面があったとする。

 年端もいかない小学生程の少女が、偶然立ち入った路地裏で図体のでかい不良に鉢合わせてしまったとしよう。不良は鍛え上げた筋肉をこれ見よがしに曝け出し、己の強さを見せつける。勉強を捨て、自分を鍛える事だけに全てを注いできた彼は、必死に高めてきた腕力を武器として少女達を脅そうとする。無能力者――学園都市においておよそ七割ほどの人数を占める存在――である彼は、自分の腕力のみを武器にすることしかできなかった。

 対して、少女はどうだろうか。

 十歳にも満たない無垢な少女。筋肉などというけったいな代物は一パーセントたりとも身に付けてはおらず、他者を武力によって脅す度胸も残酷さも持ち合わせてはいない。いくら腕を振るって反抗したところでその華奢な身体では決定的な打撃が与えられるはずもなく、無様に財布を差し出すしかない。強能力者――社会的に戦術価値を見出されるレベルの優秀者――である彼女は、自分の腕力を武器にすることなどできなかった。

 大人と子供。

 無能力者と強能力者。

 体格的、精神的には考えるまでもなく大人が有利であろう。子供がどうあがいてもその年齢差を埋めることはできず、負けを認めるしかない。

 ……しかし、学園都市では違う。

 前述の例えの結果を先に言ってしまうならば、少女は不良に勝利した。どう見ても絶望的であった状況にもかかわらず、少女が右手を振るって生み出された雷撃によって、不良は一瞬で消炭に変えられてしまった。

 いくら身体を鍛えようと、いくら力を誇示しようと、最終的に勝負を決するのは能力強度なのである。

 そんな学園都市のヒエラルキーを真っ向からぶっ潰すような夢のような機械があった。

 それは木原という苗字の女性が開発した、音響機械のような装置。それはある特定周波数の超音波を発信することで能力者に決まったサイクルの演算を繰り返させ、能力の使用を妨害するというものである。

 無能力者にとっては希望であり、能力者にとっては絶望とも言えるその機械。学園都市の社会格差に一石を投じるであろう悪魔の武器は、

 

「ギ……が、ァ……!」

 

 科学に支配された街の最強を、いとも容易く手玉に取っていた。

 色素がすべて抜け落ちたような白髪と、燃えるような紅眼。黒と白の奇妙な模様によって構成された半袖シャツを着こなしている青年、一方通行は、地面に右膝をついた体勢でコメカミを抑えながら苦悶の表情を浮かべていた。

 彼の口元には血が滲み、頬にはいくつもの痣が浮かび上がっている。アルビノと言ってもいい白色の肌には、刃物のようなもので切られたらしい無数の筋が存在を主張していた。幸い傷は浅いのか、切り傷の多さの割には出血量は大したことはない。

 

(ちく、しょォ……『痛み』なンて、何年ぶりだッつゥの……!)

 

 全身を走り回る鈍い痛みに、思わずほぞを噛んだ。

 そもそも、一方通行は自身能が持つ能力の関係上外部からの衝撃を受けることがない。

 この世界に存在するあらゆるベクトルを思いのままに操ることができる彼の能力は今まで反抗してきた全ての敵対因子を捻じ伏せ、捻り潰してきた。どんなに強力な武器であっても、例外なく反射してきた。

 だが、現在彼の能力は正体不明の何かによってほとんど封じられてしまっている。

 規模の小さい、それこそ指を動かすような些細な程度のものならば使用に弊害はない。しかし、『反射』などという大規模演算を伴うような能力を使おうとすると、原因不明の頭痛が彼を支配し、演算を妨害する。

 先ほどから操車場に鳴り響くノイズじみた音が原因であろうと彼は推測しているが、音のベクトルを除去しようとすると途端に激痛が走るために、対策を取ることができない。

 余裕を見せて最低限以上のベクトルを許容していたのが仇となった、と未だ痛みの取れない全身に歯がゆいものを感じながらも彼は悔しそうに舌を打った。

 

「おいおい、ギブアップにはちょっとばかし早ぇんじゃねぇか?」

 

 そんな彼に挑発的な言葉を投げかけてきた黒髪の青年。着ているワイシャツは黒ずんで所々が焼け落ちてしまっており、皮膚もあちこちが火傷に覆われている満身創痍の彼は、煤だらけの顔に不気味な笑みを湛えて一方通行を見下ろしていた。その右手には軍人が好んで使うようなコンバットナイフが握られている。

 佐倉望。崇拝する知り合いの少女を救うべく、絶望に自ら身を投げ出した無能力者だ。

 数十分前ほどに体細胞クローンを粉塵爆発から庇い命を救った彼は、彼女の協力を得てとある機械を発動させている。

 キャパシティダウンと呼ばれていたソレは爆発の影響で壊れかけてはいたが、幸い使用には問題なかったらしく、元気に騒音を響かせながらこうして一方通行の能力を封じている。最強の名をほしいままにしているはずの一方通行は、ロクに抵抗することも出来ずにボロ布のように傷だらけの状態で肩を上下させていた。

 能力の使用だけに全てを委ねていた一方通行は、能力を失うと戦闘力が九割ほど減少する。元々身体も丈夫な方ではなく、筋肉もついていない華奢な体格をしているのだ。肉弾戦が得意なわけがない。

 対して、路地裏生活によってそれなりに喧嘩慣れしている佐倉が能力を失った一方通行に後れを取るはずがない。フェイントと目隠しを多用して相手を翻弄し、隙を見せるや否やナイフで斬りかかる。その繰り返しの成果もあり、敵は今にも倒れる寸前であった。

 佐倉はナイフを右手で弄ぶと、心底小馬鹿にしたような口調で一方通行に語りかける。

 

「なぁ一方通行。お前もうロクに動けねぇみてぇだし、降参するなら命だけは助けてやってもいいぜ?」

「ン、だとォ……ッ!」

「いやさ、お前のことは心底許せねぇけど、俺だってこんな無意味な人殺しなんかしたくねぇんだわ。刑務所になんざ入りたくはねぇしさ。だから、大人しくその汚ぇツラ地面に擦り付けて、さっさと敗北認めてくんねぇか?」

「舐めてンのか、テメェはァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「おっと」

 

 元々気の長い方ではない一方通行が佐倉の挑発に煽られる形で無理矢理能力を行使する。脳を圧迫する激痛を全力で無視しつつ、彼は最後の力を振り絞って演算のサイクルを止め、足元に転がっている石の一つを弾丸として佐倉に向かって発射した。

 が、本調子ではない彼の能力など、今の佐倉が恐れるまでもない。

 予想を遥かに下回る速度で向かってくる石を、身体を軽く右に傾けることで難なく避ける佐倉。普通ならば回避することなど不可能であっただろうが、頭痛に苛まれ、本来の勢いを取り戻していない能力者の攻撃なんて怖くもない。

 

「おーおー、学園都市最強が聞いて呆れる威力だなぁ」

「クソッ、タレが……ァッ!」

「叫ぶことしかできねぇ無力な奴が無駄な反抗見せてんじゃねぇよ、見苦しい」

 

 ギリギリと悔しそうに歯を噛みしめる一方通行に侮蔑の表情を向け、彼はもはや感情を失った瞳で最強を見下ろす。

 

 ――――この時彼が放った台詞は、本来ならば彼が決して口にしてはいけないものだった。

 

 ――――今まで彼が苦しめられ、虐げられてきた根本的な部分を、彼は自らの言葉で踏みにじった。

 

 もう話すことはない。そう言わんばかりに腰のホルスターから拳銃を取り出す。

 黒塗りの無骨な塊を一方通行へと向け、撃鉄を上げた。

 

「最後まで意地を張るっていうのなら、仕方がねぇ。そのクソみてぇな命を、俺がこの手で終わらせてやるよ」

 

 ゆっくりと、人差し指が引き金にかかる。

 

 ――――彼は自らのコンプレックスを、自らの手で否定した。決して粗末にしてはいけないアイデンティティを、己自身で破壊した。

 

「じゃあな、一方通行」

 

 一方通行が何か言い返そうと口を開くが、聞く耳など彼は持たない。

 

 ――――もしかしたら、世界には神様という存在が本当にいるのかもしれない。

 

 妙に感慨深い何か、究極の下剋上に対する恍惚を覚えながら、彼はうっとりとした笑みを浮かべて指に力を込める。

 

 ――――人の行いを、心を、想いを神様が見ているのだとすれば、

 

 一切の背徳感を捨て、最弱である佐倉望は勝利が確定した未来のみを見据えて弾丸を発射した。

 

 ――――もしも神様が、より泥臭く生きようとする存在に手を差し伸べるのだとすれば、

 

 銃口から飛び出した鉛玉は夜空に綺麗な直線を描き、片膝をつく一方通行の胸部へと肉薄する。

 能力が使えない以上、彼に抵抗する術はない。反射が効果を発揮しない限り、銃弾を回避する方法はない。

 ……そう、能力が使えなかったならば(・・・・・・・・・・・・)

 

 それは奇跡であったかもしれない。

 それは絶望であったかもしれない。

 ある者にとっては生への希望で、またある者にとっては死への絶望で。 

 捻くれ者の神様が。

 常に面白い方向へと駒を進め続ける神様が。

 そして、絶対的優位に立った勝利者を笑顔で蹴落とすような万能の神様が、どんでん返し(ジャイアントキリング)を好んだとするならば、

 この結末は、誰にも文句を言われることはないのだろう。

 

 銃撃を放った佐倉望は勝利を確信していた。

 呆然と膝をつく一方通行は敗北を覚悟していた。

 操車場のどこかでミサカは佐倉の勝利を祈っていた。

 本来ならば運命の神様は佐倉達に微笑むのだろう。絶望的状況にも諦めることなく、無様に地を這いながらも勝利への希望を手にした彼らに。

 

 それはほんの偶然だった。

 ちょっとした不幸が積み重なった結果起こった、避けられない事故だった。

 

 先に起こった粉塵爆発によって壊れかけたキャパシティダウン。佐倉が確かめた際には使用に問題はないほどであったが、それはあくまで無能力者の彼(・・・・・・)が近づいたからに過ぎない。

 ――――もし、それがほんの少しの衝撃で壊れてしまうほどに限界を迎えてしまっていたとしたら?

 

 佐倉はミサカに機械を使うように頼んだ。一方通行を倒すために、協力してほしいと。

 しかし彼は失念していた。最大とも言える案件を、忘却していた。

 超能力者御坂美琴の体細胞クローンであるミサカ一〇〇三二号。オリジナルの一パーセントほどにも満たないスペックを搭載した彼女。量産型超能力者というにはあまりにも非力な彼女。

 だが、それでも彼女は『能力者』だった。

 

 キャパシティダウンから放出される騒音は確かに一方通行の動きを止めた。しかし、それと同時にミサカを襲ったことは考えるまでもない。

 元々痛みに対してそれほど耐性があるわけでもない彼女が、突然脳を襲った激痛に耐えられるはずがない。彼女は無意識に頭を押さえ、無意識に演算を行わされていた。強制的な演算はやがて能力の暴走を引き起こし、彼女が常日頃全身から放っている電磁波をわずかではあるが強めてしまう。

 威力を増した電磁波は、敏感な電化製品を壊してしまう恐れがある。そんなことは常識だ。

 そう、つまり。

 

 キャパシティダウンは、電磁波を浴びて完全に停止した。

 

 音が消えたことに気が付いたわけではない。

 銃弾が肉を抉るその瞬間まで必死に演算式を立てていた一方通行は、周囲に気を配る余裕なんて持ち合わせてはいなかった。ただひたすらに反射式を形成し、能力の発動に何度も挑戦していただけだ。

 そんな風に無様に抗い、プライドも投げ捨ててただ純粋に『生』を願った一方通行に、神様は微笑んだ。

 カチッ、という音が聞こえた気がした。今まで自分を苦しめてきた頭痛が嘘のように消え、かつてないほどに脳内がクリアになる。

 銃弾が肌に触れる。皮膚を貫いて命を奪うはずだったそれは、能力を取り戻した彼の反射によって向きを変え、発射した佐倉の方へと数倍の速度で向かっていく。

 

 ミサカはキャパシティダウンが停止したことに気付き、慌てて佐倉の元へと走った。

 切り札が壊れた今、彼に反撃する手立てが残っているとは思えない。このままでは殺されてしまう。瞬間的にそう判断したミサカは、そう遠くない距離を懸命に走った。

 コンテナの残骸の間を通り抜け、少し開けた空間へと躍り出る。

 そこで彼女の瞳が映したものは、

 

 銃弾に右胸を貫かれ、その衝撃で後方へと飛ばされる佐倉望の姿だった。

 

 

 


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