「イダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダっっ!?」
「ほう、痛いのか? ならば存分に堪能すると良い。 AKUMAになってからは中々味わえない感覚だろう?」
「ぎゃぁぁああああああああああああああああああああああ!?この外道がァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「よく言われる。 しかし、AKUMAにそう罵られるのも多くなってきたな……」
相手の顔面を片手で掴み、万力の様な力を入れて圧迫する―――俗にいう『アイアンクロー』を
「さて」
「うぉっ―――ギァ!?」
上空のAKUMAが立て続けに放った砲撃。
嬲っていたAKUMAの体を盾に身を守った綺礼は、舌なめずりをしては新たなる獲物を前に襲い掛かった。
『うん。 最近この街でイノセンスらしき反応があったと
そんな依頼を二つ返事で引き受けたのが一週間前。
現地に到着した綺礼は、ファインダーを安全な場所に退避させた直後にAKUMAの群れと接敵、戦闘をしていた。
「ちっ、この役立たず共が! もっと狙って撃てよ―――ぐっ!?」
扇動する上位個体の命令と同時、Lv1の群体がばらまく弾丸が殺到する。回避など許される筈のない規模の弾幕、それを綺礼は一瞬で突破する。 音をも置き去りにする飛び蹴りを放って大男のAKUMAを吹き飛ばした。
周囲のAKUMAを徒手空拳でもって次々と爆砕、瞬く間に数を激減させる。
「―――
両手を頭部の前に交差させ代行者の蹴りを防いだLv3は、苛立ちも露わに起き上がる。
相手は速いがまだ軽い、俺なら十分に
「イノセンス発動―――
たった一言の意味ある言葉で、全てを叩き潰される。
傷こそ負ったが得体の知れないエクソシストの猛攻を前にここまで耐え凌いだAKUMA達。 綺礼の手の中にあるロザリオを中心に、彼等のいる戦場に清らかな光が満ちる。
その、直後だった。
全てが、腐り落ちる。
「……づっ!?」
「がっ、あぁぁああああああああああああああああああああ!?」
本来ならありえない筈の激痛と同時、AKUMAのボディに刻まれた傷が開かれる。
「畜生、これは……!!」
打撲痕は罅割れ、切り傷は広がり深まる。 胸部や頭部に傷を負っていた者は次々と崩れ落ち、綺礼の攻撃を受けた腕は二の腕から文字通り『落ちた』。 傷が傷を呼び、体を侵食する。光に照らされた傷はやがて全身を侵食した。
言峰綺礼の保有するイノセンスの一つ。 強力な浄化能力を保有するそれは傷つく人を癒やすと同時、AKUMAの傷を激痛と共に開く。
「おの、れ……!!」
憎々し気に神父を呪うAKUMAの一人は、彼の口元に浮かべられた笑みを目にする。
嗤っていた。
本来ならば傷を幾ら負おうとほとんど意に介さず暴れ狂うAKUMA達の群れが阿鼻叫喚の声と共に悶え苦しむ光景を見て、綺礼はどこまでも愉しそうに嗤っていた。
「くくく、ははははは……! 素晴らしい福音だ。 悪癖といえば悪癖だが、やはりやめられんな。 これだけで麻婆を三杯はいける……」
「……え、あのマーボー三杯も食べられるの?」
若干辟易したような声が、前触れなく響くと同時。
彼の周囲を取り囲んだ弾丸が、全方位から襲い掛かった。
弾丸の正体は先端が鋭利に尖った蝋燭。 退路の存在しない全方位攻撃に、綺礼は懐から抜いた剣の柄を複数本指の間に挟み込む。左手に三本、右手に三本。魔力を流す事で即座に刃を顕現させ、一息に全てを打ち落とす。
黒鍵。
代行者のシンボルといえる概念武装。 霊的な干渉能力に特化したそれは、ヒトとしての
不可避の攻撃に人間離れした挙動で対応して見せた綺礼は、目を細めて後ろを顧みる。
ふわふわと宙に浮く南瓜頭の傘に腰掛ける少女が、にこにこと笑って手を振っていた。
「はろー、綺礼♪ 元気してたぁ?」
「そうだな、少なくともAKUMAの討伐に邪魔が入るまでは」
「いじめっていうんだよ、そういうのぉ」
「お前に言われたくはない」
「知ってるぅー」
けたけたと笑う彼女に何となく黒鍵を投擲するが、まぁやはりと言うべきかあっさりとすり抜けた。
知り合ってから、一体何年が過ぎたか。もはや己の師と同じくらいの長い付き合いである少女に軽く息を吐きつつ、無駄だと分かりながら問いかける。
「何の用だ?」
「遊びに来たよぉ♫」
「……」
恒例の返事にはもはや返す言葉もなく。
主人の家族を乗せる傘――正確にはその形状をとった伯爵製のゴーレムに視線を投げる。
「……お前も大変だな」
「よりにもよってこの男に同情されたレロ!?」
敵対者に憐憫の眼差しを向けられた情けなさで軽く泣き喚くゴーレムには苦笑を禁じ得なかった。肩を竦め、少女に問う。
「夢の世界には引きずり込んでくれないのか?」
「嫌だよぉ、綺礼は狂ってるから。 悪夢見せようとしても愉しんじゃうし、かと言って楽園作ったら
「まぁ、幸せというのは脆いからな。 破壊の仕様はどうにでもなる」
「奥さんと子供殺して嗤うの見た時は引いたわ~~。 迂闊に近づいた時は本気で殺されかけたし……」
「あぁ、二年前か。 夢の中とはいえ愛した者を殺したのは素晴らしい経験だった……しかし、あの時は確かに殺したつもりだったんだがな」
「あれはやばかったよぉ。 久々に焦ったもんねー」
けたけたと笑うロードに、綺礼もまた歪な笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだ。 千年公にこの封筒を渡してもらいたいのだが」
「えっ」
「いいよー♪」
「ろーどたまぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
どこからともなく綺礼の傍らに現れた棺桶、その中から封筒を取り出した彼の言葉に快諾するロードに、カボチャの絶叫が飛ぶ。
「だめレロ、それは不味いレロっ! 伯爵たまからもコトミネから物を受け取っちゃダメっていつも言われてるレロぉっ!」
「えー」
「……飴はいるかな?」
「いるいる! ちょーだいっ!」
「えぇええええええええええええええええええええええええ!?」
懐から取り出した飴玉で少女をあっさりと籠絡する綺礼。封筒まで一緒に受け取ってしまった彼女を見て傘の悲鳴が上がった。手があれば頭を抱えていたことだろう。
「この男から渡されたクロスの借金で幾つの
「えー、いいじゃん。 どうせその程度で人類滅亡のシナリオは崩れないだろうし、千年公の反応面白いし……ねぇ、この飴何味?」
「ん? マーボーだが」
「あ、じゃあこれはスキン・ボリッグにあげよっと……甘いのちょーだい」
「わさび味とゴーヤ味、芥子味があるが……冗談だ。 これで良いだろう?」
「………うん、苺だ! じゃーまたねー♪」
「ろーとたまぁぁああああああ!?」
本当に今日は『遊び』に来ただけだったのか、満面の笑みを浮かべる彼女はぶんぶんと手を振り、泣き喚くレロを無視して開いた扉から帰っていく。
「……やれやれ」
息を吐く綺礼は、どさくさに紛れて何度か破壊されそうになったイノセンスの無事を確認する。
背を翻し、任務を終えた。
ロード・キャメロット、愉悦部。
外道の鏡といえる綺礼に触発され、AKUMA、人間いじめ、伯爵に対する悪戯に拍車がかかっている。