Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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三十六話 

 俺の眼前に現れた男は非常に貧弱そうな風体をしていた。細い体つきに、背中まで伸ばした白髪がざっくばらんにまとめられている。強い眼力は濃いクマによって更に凄みをましていた。俺並みの猫背に、純白のスーツもよれてしまっているものだから、だらけた印象を強く感じてしまう。なんならスーツよりも寝間着のほうが似合うまである。

 

「どうも、お初にかかります。『死神』さん」

 

「……どうも」

 

 遠方からの死線は消えることは無く、常に俺を見ている。それは眼前の男が仕掛けたことなのは明白だろう。つまり、敵だ。

 こいつが何者なのか、何が目的で現れたのか。二コリと表情を変えずに笑顔を貼り付け、縁れた白スーツを着込んでいるからに、村民ないしは商業人でもないだろう。となれば一つ、こんな嫌な雰囲気を醸し出すのは大方――厄介者である。

 

「私の名前はブルックリン。東シュレイド王国のものです。今回は貴方に折り入って頼みがあってお目にかかりました」

 

 証拠だと云わんばかりに、名刺を俺に渡してくる。

 それには確かにブルックリンの覇気が一厘も感じられない顔と役職、そして東シュレイド共和国の印が押されていた。偽造の可能性はあるが、この対応、嘘である確率は限りなく低いだろう。なによりも、防衛機関と同時に特務機関である『SSAZ』の一員であることが信憑性を裏付けている。

 

「依頼だったらまた今度にしてください。今から狩猟に行くんで」

 

「いえいえ、だからこその依頼なのです」

 

「は?」

 

「私の依頼は単純明快、貴方には『ユクモ村で三日三晩温泉ライフを満喫してもらいたい』ってことなんですよ、はいっ」

 

 笑顔を絶やさずにっこりと、意味不明、理解不能、奇々怪々な事を言ってくる。右手に触れ上がった封筒を俺に握らせて。

 

 なんなの、俺に有給休暇くれの?

 

 俺がしかめっ面をしていたためか、ブルックリンと名乗る男は苦笑いぎみに話し始めた。

 

「実はですね、私どもが行っている実験が失敗してしまいまして……いやはや、お恥ずかしい。今暴れている『白疾風』と『迅雷公』は私達で捕獲するので、この村で待って言いてほしいのです」

 

 他の奴らに尻拭いをされては面子が保てない、そんな処か。

 ブルックリンは竜歴院と同様、モンスターの研究組織に所属しているのだろう。実験中に逃亡したモンスターを追いかけてここまできてみれば、ハンターの俺がいた、ブルックリンからしてみれば焦る事態だったに違いない。実験失敗に加えて関係者以外の者に尻拭いされてしまったら、ブルックリンの首は宙を舞ってしまう。

 このクエストが唯一の道だが、さすがに人の命を天秤にかけてまでやることじゃない。夜中に化けてでてきたら発狂してしまうからな。

 

「あー、大変っすね。色々と」

 

「モンスター愛護団体の一つ、『魔女教』に目をつけられまして……。明日を迎えられるか、気が気でありませんよ」

 

 乾いた笑いで目がさらににごみを増していく。その酷さときたら俺と同格といっても過言ではない。

 

 この人とは分かり合える気がしてくる。私、この人の事が気になります!

 

「すみません、この様な手荒なまねをしてしまい……」

 

「あー、いいっすから。依頼の取り下げは村長に話を通してもらえますか」

 

「はい、それはもちろん! 既に手続きは済んでいます」

 

 懐から一枚の書類を取り出し、俺に渡してきた。そこには村長の署名に、印。書面を見る限り、クエストの取り下げはしっかりとされている。後は俺が署名すればこのクエストは破棄されるはずだ。

 だが、気になる点が一つある。

 

 川崎だ。

 

 俺にこうして武器を突きつけてまで交渉したならば、川崎にも同様に取り留めたはず。しかし、川崎は既にクエストに向かっている。狙撃手を準備して万全な状態で俺を止めにきたこの男がそんなへまを侵すはずがない。

 

「あの」

 

「はい?」

 

「村長に聞きたい事あるんで、何処にいるかわかりますか?」

 

「村長は今出かけていますよ」

 

 即答。あらかじめ用意していたとしか思えない。

 

「どちらに」

 

「そこまでは知りません」

 

 ブルックリンは不気味に笑みを浮かべるだけでゆらりくらりと逃げる。本心が、何を考えているかが見えてこないのだ。

 これでは話が進まない。意味のない会話をしてる時間は一秒もないのだ。

 

「そうですか、じゃあ俺は用事があるんでこれで」

 

 ズンッ!

 

 右足を一歩、前に進ませたようと脚を上げた瞬間、一寸先から煙りがあがった。地面には八ミリ以上の鉛玉が地面にめり込み、遠方から鋭い眼光が突き刺さる。射線を見れば、硝煙が空高くに上がり、輝く太陽が数千メテル離れたスコープを光らせていた。

 

 おいおい……人間技じゃねえぞこれ……。

 

 スコープ付きで寸分の狂いもない射撃をするにしてもできて五百メルテ、奇跡的に射撃できたとしても火力的に足りるはずがない――一般的な銃では。

 対モンスター用の銃、ヘビィボウガン。その重量と巨体から移動速度を引き換えにライトボウガンとは比べ物にならない火力を出す武器だ。俺を監視する奴は人間を辞めた手練れのガンナーらしい。

 

 その銃口はモンスターに向けやがれください。いや本当に。

 

「署名、頂けますか?」

 

 懐からボールペンを取り出し、俺に持ち手を向けてくる。眼下で上がる煙はまるで見えていない様に平然と言ってくる物言いは狂っていると云わざるえない。

 

「『死神』さん。貴方はただこの村で待っているだけでいいのです」

 

「は、ははっ。それは『村から出るな』の間違いじゃないっすかね」

 

「それは然り! いやはや、一本取られてしまいましたっ! では言い直しましょう」

 

 

「村から出たら殺すぞ、クソガキ」

 

 

 敬語、抜けてますよブルックリンさん。

 

 

 銀縁の眼鏡を押さえ、再度作り笑いを浮かべる。

 

「私としても穏便に、済ませたいのです。三日間、体を休めてもらえたらそれでいい。貴方はただクエストが廃止になり、また元の生活に戻ってもらう。これで全てが丸く収まります。ほら、両方にデメリットはでていません」

 

「でてますよ。少なくとも俺の相方を失う可能性があるじゃなっすか」

 

「最悪の場合はまた別の相方を見つけるといい、なんなら紹介しますよ?」

 

 それはつまり、川崎は死ぬ可能性があるということだ。どの様な過程があるかはわからないが、川崎の件は此奴が関与しているが確定した。

 

「例えば、ですが」

 

 ブルックリンは一度言葉を区切り、後ろを向く。つられて俺も遠方に視線を向ければ、俺を見ていた眼力は徐々に近づき、圧迫感を増しつつあった。その速度は尋常ではなく、五分も立たずに距離はそう、もうまじかと言って過言ではないくらいに近づいていた。

 

 

「三日間のみですが、腕の立つガンナーを紹介しましょう」

 

 坂上になっている地形から、そいつは姿を現した。

 

「……よろしく」

 

 馬鹿デカい二輪駆動式ラッグに馬鹿デカいヘビィボウガンを乗っけて、押しているラッグより二回りも小さい少女がボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 並べられた大量の料理、それ以上に高く詰まれた皿。三十秒もすれば更に高くなるだろう。

 

「……食べないの?」

 

 俺が料理に手を出していない事に疑問をもったのか、無表情で聞いてきた。ドラグライト鉱石と同じく、花緑青色の瞳が覗き込んでくる。

 

「お前の大食いファイターぶりをみているだけで腹一杯だわ」

 

 俺に話掛ける合間も手と口を休めず、テーブルに並べられた料理を平らげる少女――サーシャ。白色に近い銀髪を揺らしながら、人間を辞めたガンナーは黙々と胃に料理を流し込んでいた。130センチ程の小柄な体の何処に平らげた料理は入っていくのか、世界七不思議に登録されてもおかしくない。

 ブルックリンから有給休暇を強制的に受け取る事になった俺には、監視者に付き纏われていた。あの常人離れした狙撃を行ったガンナーは信じられない事にも眼前にいる少女、サーシャらしい。テーブルに立てかけられているヘビィボウガンが真実味をだしていた。

 

 陽はもう沈みかけ、サーシャの腹の虫が村に轟いてしまったが故に、村長捜索を打ち切って夕ご飯へと向かった。このサーシャという少女、おかしなことにも村を出なければ好きにしろと云う。ブルックリンから与えられたミッション、「比企谷 八幡を村から出すな」をクリアすればいいらしい。

 村を歩き回り、精神を鋼の様に堅くして村の人々に話しかけても得られたのは微々たる情報だけ。村長の居場所も、川崎の行方に関わる情報は得られなかった。

 時間がない、などといった問題はもう時すでに遅し。川崎が無事であることを祈りつつ、サーシャが腹を一杯にするのを待つしかない。

 

「お腹一杯。幸せ」

 

「そーでござんすか、それはよーござんした」

 

「眠い」

 

「いや、お前俺を監視してるんじゃねーの?」

 

「うん。だから八幡も寝る」

 

「寝ねーから……」

 

 俺に監視者ことサーシャをつけてからブルックリンは姿を消し、ついでに村長の気配が消えている。川崎の行方を追おうにもぶっちゃけ、後ろから撃ち殺されて終わりだ。現状、ブルックリン曰くの『ユクモ村で三日三晩温泉ライフを満喫』するしかない。

 そもそも今回のクエストは何かがずれていた。

 毎年、ジンオウガやナルガクルガが出没することはある。しかし、二つ名同士の闘争、加えて空を覆う積乱雲。異常事態が重なり過ぎているのだ。そして村長は姿を消し、ブルックリンが現れた。まるで、最初からこうなるように仕組まれていた――そんな風に思えてしまう。

 

「どうしたの」

 

「どうしたって言われると色々あんだけど、ある意味どうもねーよ」

 

「そ」

 

「お前、村長どこいんのか知らんか」

 

 知っていたとしても教えるはずもねーか。監視対象に情報を与える監視者がいるはずもない。半ばヤけになって聞いてしまった。

 

「お家」

 

「……は?」

 

「お家」

 

「いや、え、村長今家にいんの?」

 

「うん」

 

 サーシャは嘘をついている様子はない。だが、村長の家には既に行った。ドアをノックし、変質者丸出しで覗きまでしたが、それを踏まえて人がいる気配はしなかったのだ。

 

「だが、村長の家に人がいる気配はしなかったぞ」

 

「うん」

 

「うんって……それじゃあ」

 

 

 ――ブルックリンさんと消えていった――

             ――人がいる気配がしない――

                       ――村長は今家にいる――。

 

 

 

 

「村長は……意識を失っている?」

 

 

 

 

 サーシャは俺の眼を真っすぐに見てくるだけで答えはしない。だが、それは俺の導き出した答えが間違っていないと物語っている。

 財布から札をテーブルに置き、俺は愛刀を手に取って駆け出した。


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