Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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三十話

「妾がそんな情報を欲するとでも?」

 

「ええ。王選候補者であり、ギルドナイツ総括、クルシュ・カルステン様の思惑の一端を知ることができるのですから」

 

 カルステン公爵家当主、クルシュ・カルステン。プリシラと同様に王選参加者にして、ギルドナイツ総括者。若くして既に父親から家名を貰い、ハンターの粛清から領地の管理まで行っているのだ。女性ながらも軍服を好み、才能に胡座をかかず常に研磨を惜しまない姿から男装の麗人として老若男女、領民からは絶大な支持を受けている。

 俺はある防衛戦――炎龍 テオテスカトル撃退以来、クルシュと道を違えてしまい、敵対関係に近しいものとなってしまった。いや、今ではその程度では生温いか。ギルドナイツ入隊が最低条件となった俺の辿る道の中でクルシュは最大の壁と言っていいだろう。俺とクルシュはもはや、仲良しこよしでやっていける域を超えている。ギルドナイツ入隊を希望するならもっとも恩義を売らねばならない相手だが、それはあの出来事がなかった場合のこと。プリシラの協力をえるため、恩義を売るどころかクルシュとの溝を深めるのは俺自身、苦悩の末の選択だった。

 友好ではなく、敵として。

 ここまでくれば、俺を入隊させなければならない理由をつくるしかない。

 

 その方法はまず、この現状を打開しなければどうもこうもあったもんじゃないけどな。

 

 俺が提示した対価に、プリシラは眼を細めるだけで何も言わない。

 

「……。」

 

 無言は肯定。俺は好機を逃がさんと、矢継ぎ早に申し立てた。

 

「カルステン公爵家は旧シュレイド王国時代から国を支えてきた家名。王国が滅びた今でもその力は根強く残っています。私が知りえる情報が王選を勝ち抜く礎になるのではないかと思った次第です」

 

 ただカーペットに言葉はぶつける。俺の声がプリシラに届いたのかどうかは俺には確認できない。いまだかかる重圧に肺が機能しなくなってきた。

 

 

「顔を上げよ」

 

 

 ヒールが高い音を上げ、プリシラが近づいてくるのが解る。何十倍にも膨れ上がった重力に抗い、頭を上げれば、プリシラは俺を見下ろしていた。真っ赤なドレスに身を包み、妖艶に微笑んでいる。豊満な胸の谷間から朱に染められた扇子を取り出し広げ、一つ一つの動作が単順にエロい。これが前バーリエル公爵を含めて六名の富豪を惑わせた色香だというならば頷けてしまう。

 

「よかろう。其方の望み、その情報を対価にして叶えてやる」

 

 歓喜が、声にならない叫びを胸の中で上がる。喉元までせり上がってきた心意を飲み込み、すぐさまお礼を申し上げるため口を開くが、プリシラの声が被さり、消される。

 

「ただし、そこの女が『この世に生まれてきてごめんなさい』と妾に申したら、な。のう、『嫉妬の魔女』」

 

 時間が、止まった。今この時がくり抜かれ、時計の針は刻まない。

 動き出したのは理不尽な謝罪を求められた川崎が、搾り取るように声を出してからだ。

 

「わ、私は『嫉妬の魔女』ではありません……!」

 

「ほう、では、ヘルムから出ている忌々しいその髪はなんだというのだ?」

 

 ほんの、一本か三本。目を凝らして注意を払ってやっと気が付くほどの本数、ヘルムから光を反射する銀髪がはみ出ていた。それを見逃さないプリシラがよほど目がいいのか、それとも。これがプリシラのいう、世界の意志なのか。

 

「妾にとって世界は都合よくできておる。ただなんとなく貴様のヘルムに目がいき、たまたま気がついた。それだけのことよ」

 

 そう。それだけのことなのかもしれない。俺にって人生が破綻しかねないことであっても、「それだけのこと」なのだ。俺に無限の憎悪を向ける世界はプリシラに際限の無い寵愛を捧げているのだから。なんとも理不尽な世の中だ。ここまでくると笑いがこみ上げてくる。

 

 だから――俺が世界を恨むのは間違ってない。

 

 小町の笑い声が、雪ノ下の侮蔑が、一色のあざとい行動が、平塚師匠の穏やかな叱咤が、由比ヶ浜の狂し気な叫びが。俺が残していく者たちの苦悩が脳裏に浮かぶ。

 理性が俺の行動を、発言を抑止する。馬鹿が止めろ、感情で動くなと。それでも俺は言わなければならない。この後に待ち受けるのは終わりしかなかったとしても、この身に宿るちっぽけなプライドが喚いているのだから。

 

 

「あ、じゃあいいっすわ」

 

 

 俺の物言いに空気は固まった。アルさんは隻腕を獲物にかけ、川崎は俺に顔を向ける。当人であるプリシラは瞳を開き、今しがた自身に向けられた言葉を咀嚼して飲み込んでいる様子だ。敬意の欠片も感じさせない、友人もかくやといった風体の俺をみて、やっと自分に当てられた言葉であると理解し、冷え切った怒りを露わにした。

 

「貴様」

 

「まったまった姫さん、これは間違えだ、ああ間違えだ。ったく、にいちゃんも人が悪いぜ。ほら―――言い直せ」

 

「だから、やっぱいいですといったんですよ、あんたに」

 

 

 能天気な声で従者にあるまじき行為、アルさんは俺のために主の声を遮った。自分の首が飛ぶかもしれないのにも関わらず、そんな愚行を取ったアルさんがどれだけ俺の身を案じてくれたのかが解る。そのうえで、その恩義を踏みにじることに苦痛が走った。

 言い直しの機会を与えられるが、それを踏み倒しての言行。太陽を背に背負う姫は同じ位に立とうとするイカロスの翼を焼きつくさんと俺を射殺す。

 

「アル」

 

「……くそが」

 

 主の呼びかけに、言われるであろう発言を察し、無礼を働いた者に粛清を果たすべく大剣をゆらりと掲げる。跪く俺の前に立ち、皺がれた声で執行を告げた。俺が愛刀を抜く前に斬られるだろう、否、指一つ動かせばローグレギオンが牙を剥く。

 

「にいちゃん。破ったのはお前だ」

 

「そうっすね。恨みますよ」

 

「そうかい。恨んでいいぜ」

 

 垂直に上げられる大剣は断罪の処刑器具と化した。部屋を照らすシャンデリアに当てられて鈍く光る刀身は疑い様の無い死をその刃に灯す。川崎は目を開き、首を横に振っている。俺の首がアルの手によって宙に飛ぶのが想像できてしまったのだろう。決して川崎の責任ではない、俺の自己満足故に招いてしまった結果だというのに、十字架を背負わせてしまうのは心残りである。いや、それだけではない。小町、雪ノ下。一色や師匠と、数々の未練を残してしまっていた。

 

「あばよ、兄弟」

 

 アルの別れの言葉を耳にして隻腕から繰り出される一閃を目が勝手に追う。迷いの無い一振りは、あの平塚静が魅せる一太刀と同格、否、それ以上の迫力をもってして俺の首筋まで伸びてきた。レギオスの特徴である金色の鱗によって固められた柄先が俺の顔を映し、刃が皮膚を撫でる。あと一息たてば肉を裂き、骨を砕く一撃が待っていることを否応なくその眼に焼き付けてしまった。川崎は遂に顔を歪め、俺の元まで駆けつけようとしているが、それは間に合わないだろう。

 せめて、潔くこの世から去ろうと眼を閉じようとした時だ。

 俺の隣に一陣の風が吹き込んだ。

 

 

 

 

「その手をどけるんだ。どの様な経緯があったかは知らないが……僕の前で罪は犯させないよ」

 

 

 

 燃えるような赤髪、汚れ一つない純白の騎士礼装。そして、腰には鞘に竜爪の刻まれた騎士剣を下げている青年が、アルの腕を掴んでいた。蒼穹の如く澄み切った瞳にハッキリとした口調から「正義」の二文字が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 ラインハルト・ヴァン・アストレア。西シュレイド王国において最大の矛である、騎士の中の騎士と謳われる化物が、俺の命を繋いだ。


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