Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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二十九話

 むさくるしい飛行船場から駆け出そうとする気持ちを抑え、プロペラや気孔放出機が生み出す暴風に吹き飛ばされないよう、地を踏みしめて歩く。

 喚き立てる川崎を抑え、料金場に座るお姉さんに二人分の支払いをに手渡す。男が女に金払わせたら末代までの恥、なんてことは一厘も考えちゃいない。ただ俺の策に乗っただけなのに安くはない移動賃を払わせるのは道理が通っていない。これは俺個人が招いた結果であり払うべき対価なのだ。

 説得、理論を伝えれば川崎は大人しく従い、俺の後に続く。日光の照り付ける下に出れば、案の定、隻腕の男――

 

 

「ようにぃちゃん、久しぶりだな。なかなかにキまった格好してるじゃねぇか」

 

「お久しぶりです、アルさん」

 

 

 ――アルさんは、あぐらをかいて座っていた。

 

 

 相も変わらず舐め腐った武装をしているが、背に掛けられている大剣がアルさんの力量を物語っている。

 叛逆刀 ローグレギオン。千刃竜セルレギオスから造られる上位装備の一つ、平塚師匠が持つ叛逆刃ジールレギオンと同様の性能を持つ大剣だ。それはつまり、戦乙女と同格のハンターであるという証。もっとも、『今では』平塚師匠よりも役職が上であるため、この言い様は些かおかしなものだが。

 

「今回も姫様の……世界の意志でここにきたんですよね」

 

「そうそう、内の姫さんが飛行場に行けっていうから来てみたわけよ。ま、そうしてみたらにぃちゃんと会えましたと。ったく、俺は朝弱いのによ」

 

「あの豪運が健在でよかった。じゃないと俺が来た意味がないっすからね」

 

「おーなんか悪だくみしてんなぁ、悪いのは目付きだけで十分だろい」

 

「悪くはありません。ただ腐ってるだけです」

 

 五日、旅路を共にしただけあって軽口が飛んでしまう。それを咎めるどころか、煽りで返してくるアルさんの好感度がうなぎ上りだ。愚痴や心境、裏話や本音を言い合った仲になれば役職や身分や立場を忘れてしまうのは危険な橋を渡ることになるが、どうにも抜けそうにない。

 

「ねぇ、そこの人、紹介してもらえないわけ?」

 

 男二人の言い合いに不貞腐れた女性の声が割り込む。

 

「悪い、忘れてた」

 

「忘れてたってアンタねぇ!」

 

「おいおい、そう怒んなさんなって。可愛い顔が台無しだぜ? 俺の名前はアル。こんな格好だがプリシラ=バーリエル様っつー姫さんの騎士をやっている。これもなにかの縁だ、仲良くしてくれると幸いです候」

 

 恭しく貴族みやびに一礼し、片手を突き出すアルさん。川崎は訝し気ながらもその手を取った。にしても、全身武装の川崎の能面に向かって可愛い顔とは面白みの欠けるジョークだ。

 

「川崎 沙希と申します。こちらこそよろしくお願いします」

 

「あいよ。しっかしまぁ、ドンドルマのやつらは懐かしの故郷を思い出させてくれるねぇ」

 

「?」

 

「いやいや、なんでもねぇよお嬢ちゃん。姫さんに用があんだろ?」

 

 眉を顰める川崎に変わり、俺が一歩前に出て言葉を交わす。

 

「そうですね。案内、お願いします」

 

「あい、承った」

 

 アルさんは左右と体を揺らしながら城下町へと向かう。

 彼が『大瀑布』の向こうが出身だとは知らない川崎には、疑問符しかでてこない言葉を残し、俺たちを『血染めの花嫁』が佇む屋敷までの導き手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、一つ西シュレイド王国の話をしよう。

 現在、西シュレイド王国はドンドルマ近辺までの主要国家といって過言ではない。一年前、王族が一人ももれること無く謎の死を遂げて以来、旧シュレイド王国はある理由から内部分裂を起こし、遂には西と東に分かれた。直後に起こった『第一次シュレイド戦争』を終えた後は冷戦状態になり今では旧シュレイド王国の意志を引く次ぐ西シュレイド王国が近辺を統治している。負けじと東シュレイド共和国も王制を廃止し、民主制を新たに取り込み独自の発展をたかだか一年余りで成し遂げ、東シュレイド王国にも名前負けしない位置にまで登りつめた。裏話をするならば、仕事柄暗い話をすれば巨大複合企業コンスタンティ・インダストリィが政権を牛耳っていると聞く。一定の思想が国を操っているなら成し遂げたことも納得がいくというもの、それを畏怖せずにはいられない。

 だが、よくよく考えてみると前提からおかしいのだ。

 国が分裂後、最初から「西シュレイド王国が正統後継者のような扱い」になっているのだから。

 俺はその疑問は至って単純に解決できた。西シュレイド王国が『王選』を開始すると振れ回ったことによって。

 旧シュレイド王国は建国当初、四百年前から全知全能の龍の加護が与えられていた、それは血による盟約を王族が誓うことで繁栄をもたらしていたのだ。その神話とも言える行いは現代まで引き継がれある種の洗脳に近いものなっている。王族が根絶やしになった時、民は狂乱し、内乱がいつ起きる寸前だったらしい。それを一手で止めたのが『王選』という神聖な行事。新たに王をが決まると解り、誰もが安堵したのだろう。だが、異を唱えた者も少なからずいた。彼等が後の西シュレイド民主共和国を建国したのは言うまでもない。

 「龍の加護」。これこそが正統後継者ならぬ後継国となった所以だ。

 龍の加護を紡ぐ者を決める『王選』は現在進行形で行われている。というよりもやっと開始される。国を担う者の候補者は五人。

 その内の一人が―――。

 

 道歩く人々の服装は小奇麗なものばかり。ドンドルマで見られる雑巾みたいな上着と半ズボンなど見かけることはなく、仕立てのよいスーツや煌びやかなドレスばかりが視界に映る。

 貴族街道。俺と川崎、道案内役のアルさんは場違いにもほどがあるこの通りを突き進んでいた。武装をした者が道歩くのは日常茶飯事なのだろう、奇異の眼が向けられることなく、俺たちは傍若無人の姫様が主、豪華絢爛な豪邸に行き着いた。

 リオレイア希少種の鱗を惜しげもなく使った外装。黄金に輝くそれはここが神の八城だと主張する。そして、至る所隅から隅までレリーフが刻まれ、独善的な銅像が所狭しと立ち並ぶ。空から見上げた時には王城に圧倒されるが、この膨大な屋敷の自己主張を眼のあたりにすれば霞んでしまう。それほどまでに、我を見よと語りかけてくるのだ、この屋敷は。

 

「なんどみてもあれっすね」

 

「ああ、解るぜにいちゃん。あれだよな」

 

「私も、なんか解る気がする」

 

 

「「「成金」」」」

 

 

 三者三様、ドンドルマの集会所を優に三つほど入る、巨大な屋敷を目にして同じ語句を口にする。

 

「いやー、やばいよな。ここに住んでる俺が言うのもあれだが、気がひけちまうよ」

 

「……ここに入るの?もしかして間違えとかじゃない?」

 

「嬢ちゃん、残念だが王国広しといえどもこの家に恥ずかしげもなく住めるのは内の姫さんだけだ」

 

 川崎の希望的観測をアルさんはぶった切り、俺は胃がキリキリするのをどうにか抑える。

 

 本当にここに入るのかよ。振りじゃなくて切実に真摯に嫌なんだが。金持ちだからとかじゃないよねこれ。なんでハンターたちが喉から手が出るほどほしい鱗が外壁にあしらわれてるの。剥がし盗られても文句言ねぇぞ。

 

「ここで突っ立てても仕方がないぜ、にいちゃん。ささっと腹ぁ括れって」

 

「アルさん」

 

「おう」

 

「ここに抵抗なく入れるようになったのは、いつ頃からですか」

 

「はっ」

 

 俺の質問にアルさんは悠々と敷地に入り、龍のエンブレムが象られた扉の前まで進む。答えが知りたければここまで来いというような行動に、俺たちは喉を一度鳴らし、迫る圧迫感からのがれるため足早にアルさんのもとまで駆け寄った。整えられた石道に云われるのだ、お前が歩いていい処ではないと。周りの石像が告げるのだ、お前が見ていい処ではないと。成溌な木々が、華やかな花々が、風が、日差しが、空気が。この屋敷に入ることを拒絶し、勧告してくる。

 止まない心音と体中から噴き出る汗が気持ち悪い。

 後ろに立つ俺たちの息遣いが、多少なりは落ち着いた時 

 

「そういう気分だよ、今でもな」

 

 アルさんはこちらを振りむかず自嘲気味にせせら笑った。

 

 

 

 中に入ってみれば先刻まで犇々と伝わってきた敵愾心は感じず、ただただ静けさだけがその場を支配していた。無論、外装通りに内装にまで贅沢の限りを尽くした塗装と骨董品、有名な絵が飾られているだけでは飽き足らず、壁画が彫り込まれている始末。黄金郷と言っても遜色ないくらいに金色に染まってたことで疑心暗鬼にならざるえないが。

 

 ここまでくると目が点滅するわ。狂気的、ってレベルじゃない。悪魔の所業だこれは。

 

「にいちゃんは何回か来たことがあるから大丈夫だろうが、嬢ちゃんにはちとキツイかもな。まぁなれればノープロブレム、だ」

 

  長い長い廊下を渡りながら、ぼやくように言う。

 

 俺も大丈夫じゃないんですけど。サン値がりがり削られすぎて瀕死なんですけど。

 

「なんかもう帰りたい」

 

「夜に比べたらまだましだ、まじこぇからなここ」

 

「いい大人が夜が怖いなんて言うんじゃないでしょうね」

 

 虚勢を張るためか、川崎はアルさんの発言を馬鹿にする。

 

「そこの石像、目が光るんだぜ?」

 

 ほんとなんなのここ。魔王の城か。

 

 川崎が涙目になったのは能面越しでも感じ取られた。

 

 とぐろを巻く螺旋階段を上り、二階まで登ればそこは広々とした一室になってた。その広さは外観でみた屋敷そのものの広さと直結する。

 その中央にして最奥。真っ赤なソファに腰を掛ける人物がいた。俺の家の居間より、何十倍と広いこの部屋にその女性は一人、君臨していたのだ。

 美貌というのは目線の先に座る、彼女を現わすためにあるのだろう。雪ノ下さんと近い、神が与えた「美」を体現していたプロモーションは万人が女神と謳うのも理解できる。真っ赤なドレスはその深紅の瞳と同様、彼女の存在を強めた。

 

「姫さん、お待ちかねの来客だ。お気に入りのにいちゃんにそのお友達」

 

「ふむ、そこの女はじめてだな。――アル」

 

「へいへい、解ってますよ。――眼前に見えますは国王位継承者の一人にしてドンドルマ南都領主、プリシラ=バーリエル様、その人だ。尊大に敬意を表してくれや、じゃないと流血沙汰になっちまう」

 

 俺は即座に跪き、川崎も一歩遅れて同様に足を畳む。

 川崎の心中は穏やかではないはずだ。誰に会うのか名は聞かされいていてもまさか、俺達が住んでいる街の半分ではあるが、領主に訪問しているのだから。さらに言えば、西シュレイド王国王位継承者候補を前にして一介の庶民が平服していることが「罪」だ。下手をすれば首を飛ばされてもおかしくはない、実際にアルさんが言葉にしてくれている。

「機嫌損ねたら殺す」と。

 あの時。狩猟祭りの舞台裏で交わした無謀な約束に可能性を見いだせたのはこの人との繋がりがあったことが大きい。決して味方ではない、プリシラの求める行動発言取捨選択を一回でも間違えばそこで読んで字の如く「死合い」終了になる。それほどのリスクを背負ったとしても、俺と川崎はこの人の協力を得なければならない。

 時間制限がかけられている、俺が抱えている爵位の問題、川崎が抱えている金銭と――根本的問題を片づける力を持ち得る人物、これこそ雲の上の人、プリシラ=バーリエルに他ならない。

 

「さて、妾の前に訪れた理由を話せ」

 

 どうにか震えないように、どもらないようにとゆっくりと舌を動かす。俺が今から口にするは一方的な協力要請。進言した時点で首が飛んでも文句は言えない。あるとすれば自分、川崎をこの場に連れてきてしまった、確実に成功させるとしても、危険に晒してしまったことくらいだ。だが、それも今となってはどうでもいいこと。

 

 切れるカードはある。ようは全てうまくやれば問題ないってことだろうが。

 

 意を決し、言葉を紡ぐ。

 

「はい。私達がプリシラ様に謁見を望みましたる理由としましては、率直に申し上げまして……クエストの発注をお願いしたく、この場にはせ参じました」

 

「ほう。少しばかり知己の仲だからと、下郎がよく妾に頼み込めたものだな」

 

「私の神経の図太さは承知しております。そのうえで、僅かばかりですがプリシラ様に役立てるものを持ってまいりました」

 

「金などいらぬ。武力などいらぬ。物などいらぬ。それでも、妾の役に立つものか?」

 

「ええ、必ずや」

 

「くく、くはははっ! よい、申してみよ」

 

 高らかに笑い、愉快そうな顔で言霊という刃を首元につけてくる。

 

「もし、それが違えば……お前の首をもって償いとしよう」

 

 重く、どこまでも重く圧し掛かってくる言葉を吐き、俺を潰そうとしてくる。覚悟はしていた、していただけで喧しく警報を鳴らす音を止められる訳ではない。俺の本質は臆病で小さなプライドと無駄な意地で構成されたどうしようもない男だ。あるギルドナイツは言った、無力で救い難いと。ある男装趣味女は言った、君の有り様は歪だと。それらは正鵠を射ていることだ。一つも間違いは無く自他ともに認める事実。しかし。「変わらなければならない」なんてことは許容できない。理解もできない。

 無力で救い難くとも、守りぬかねばならないものがある。歪だとも解っていても変えられないことがある。変化せねばならないのは世界の方だ。そんな暴論は言わない、しかし、俺が俺の有り様を変える必要性は一切合切、無い。

 

 故に。

 

 俺は俺のやり方で変化を強いる奴等のもとまで、たどり着いてやる。

 

 

 

 

 

「こちらが謙譲するは情報。ハンター協会が極秘事項にする龍の情報でございます」

 


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