Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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二十六話

 部屋から追い出された俺は着替える場所を求めて設備内部を徘徊していると、頭の上からひび割れた声が降り掛かる。

 

『間も無く始まります下位クラス出場予定のハンターは第一会議室にお集まり下さい。繰り返します。下位クラス出場予定のハンターは--』

 

 やばい。何がやばいって、第一会議室とやらが何処にあるのかも解らない上に、着替えてすらない。というかここが何処なのかも解らない。

 雪ノ下さんが権力を振るってくれたお陰で出来たこの一枠、道に迷って出場できませんでしたなんて事になれば申し訳なさすぎて切腹ものだ。

 冷や汗を背中に掻きながら、遂に走り回って部屋を探す。管理室だの対策室だのと係りの者がいそうな部屋が目に付くが何処も開いておらず、頑丈に鍵が閉まっている。アナウンスが流れて十分が経過したと思われる頃になっても着替えられそうな部屋は見つけられず、遭難者の如く更に迷ってしまった。追い打ちをかけるようにして流れ始める開会式のファンファーレ。楽し気な曲調と観客の歓声が俺にとっては悪魔の嘆きに聞こえてしまう。かくなる上は、この通路で着替える他無いのかもしれない。

 

 いやいや、それはまずいだろ俺……。

 

 もし女性と出くわせば一発でお縄だ。大会どころの話では無くなってしまう。だが、時間は刻一刻と迫ってくる。板挟みにあっている様な窮屈感を覚えながら、最後の意地とばかりに周囲を見渡すと、あるマークが俺を引き付けた。ジェントルマンのマークが描かれた先を覗けば五つの個室と三つの手洗い場があることを発見した。探し続けた個室を前に二の足を踏んでしまうのは矜持からはずれた事だからなのか、小学院時代のブラックボックスを思い出してしまうからなのか。俺が見つけたこのブースは所謂-便所と呼ばれるものだった。

 額から汗が流れ、頬をつたい、顎先から一滴落ちる。

 

 やるしか……ねぇか。南無三!

 

 過去の闇と闘いながら、一つの矜持を投げ捨てて俺は着替えを済ませた。折本の奴中々やるじゃねぇか。お陰様で自殺しかけたぞ、こんちくしょう。

 

 潔く着替え終えた俺は次の目的地へと目線を泳がす。第一会議室とは一体どこにあるのか、新大陸の狩場に踏み入れた時のことを思い出させられる。

 弟子入りして太刀の基本を叩き込まれる間は狩場で何か月間は野宿して過ごしていた。素振りから始まり鬼神切りに終わる、懐かしい地獄の修行時代には食料が一番の問題だった。付近に村があるなら良かったが、生憎にも絶壁の奥地。村など論外、川すら流れていないものだから飲み水を確保するにも命がけだった。崖を下り、崖下にある森林に食料を求める他なく、自然の迷宮と呼ばれる森林で迷わない訳も無し。歩けば歩くほど迷い込み、もう駄目だと思った時にタイミング良く師匠は現れた。

 

 おい、こんな処で何をやっているのだ。

 

 最初は偶然にも見つけてくれて助かったと思っていたが、流石に迷ったら必ず現れる師匠に違和感を覚える。ある日、森林に入り込む寸で、で止まり師匠が追いかけて来ていないか確認した事がある。結果は中間。追いかけてきてはおらず、木陰に隠れていた俺の後ろに、師匠はいたのだ。

 背中を叩かれたときは心臓が飛び出るかと思ったわ。

 思い出に浸り、気合を入れ直すと、肩を誰かに叩かれる。

 一方通行の廊下、俺以外誰の姿も見受けられなかったというのに、肩には軽い衝撃が二回あった。俺が背中を取られるとなれば相当の手練れ、後ろを振り向けば鋭利な刃物で口を貫きに掛かってくるかもしれない。幸いにもナルガヘルムはマスクのようになっているため、一撃で死ぬ可能性は低い。と、こんな馬鹿げた妄想を脳内で再生しているのはやはり、いつになっても師匠に劣っていると自覚したくないからである。

 

「おい、さっさと振り向け。時間がないだろうが」

 

 師匠--平塚静はあの頃と同じく、俺の後ろを難なく取り、助けに来てくれた。

 

「師匠、何でこんな処にいるのですか」

 

「こっちのセリフだ。下位クラス出場予定のハンターが一人きていないと思ったら私の弟子だったではないか、まったく余裕綽々なのは解るが態度に出し過ぎだ」

 

「いや、別に余裕って訳じゃ」

 

「ほら、さっさと行くぞ。お前がこの大会にでるって事は、それなりの訳があるのだろう。詮索するつもりはない。しかし」

 

 師匠は俺の手を取り、ズカズカと廊下を渡り歩き、曲がりくねる事十二回、一つの個室の前で立ち止まる。個室の向こうからは熱狂的な声と派手な爆発音が聞こえてくる。師匠は俺を見つめ、手に持っていた浴衣を俺から奪い取り、おどけた声色で俺がいってほしい言葉を言ってくれた。

 

「優勝以外は許さんからな」

 

「……うっす」

 

「うむ、よろしい。私は客席スタッフになっている。これで失礼する」

 

 昨年上位クラス優勝者が何故、大会運営スタッフになっているのか疑問で仕方がないが、それは些細な問題だ。師匠には師匠の思惑があり行動している。そして、俺には俺の思惑があり、この大会で優勝しなければならないのだ。そして、「平塚流」に泥を塗る結果は許されない。

 心地良い鼓動の高鳴りを覚え、眼前に見える、「第一会議室」と書かれたプレートを叩き、中に入った。

 

 中に入ってみれば、そこは豪華絢爛、下位クラスの待機室といえども、名のある派閥代理だ。好待遇で待ち受けるのは確かだが、集会所ほどの広さに絹製の赤カーペットが敷かれており、シャンデリアやドラグライト鉱石を使った気品あるテーブル。テーブルを囲むようにして貴族が重宝しているヒプノックの羽毛が宛がわれた椅子が五脚もあるのは度を越している気がする。下位クラスでこれならば上位クラスの待機室は一体どうなっているのか、ある意味恐ろしい。

 係りの者から指示があるかと思えば、それらしき人物はおらず、ハンターが一人、椅子に腰を掛けているだけだ。リオレウスシリーズで固めている男性ハンターに声を掛けられれば情報をえることができるのかもしれない。だが、俺には見ず知らずの競争者相手に馴れ馴れしく話しかける術を知らないし、どもりそうだから断固拒否する。

 ドアの前で馬鹿みたいに立って置くのは得策ではない。彼が座っている場所から対極に位置する椅子に腰を下ろす。

 さて、ここで考察タイムだ。

 祭りはすでに開催され、ハンターの何人かは既に退出している。そして、俺が最後尾なのは間違いないだろう。つまり、この部屋にいる俺を含めた二名が出番待ちであると推測できる訳だが。

 俺の参加登録が済んでいるのか、非常に気になる。

 どっかりと待機室で構えていてリオレウス装備の男で終了の声が掛かれば詰み。ここは一度参加表明をしに行くべきではないだろうか。いや、スタッフである師匠が此処に連れてきてくれたのだ、間違えはない。いやしかし、あの人はうっかりと大きなミスをする。参加登録を忘れられている可能性が高い。

 メビウスの輪のように終わらない螺旋階段を上っていると、笑い声が聞こえる。

 

「大丈夫だよ、死神。参加登録は静さんが先に言ってくれている」

 

 屋台街道で聞いた覚えのある声で、リオレウス装備の男が笑いながら告げてくれた。

 

「初めまして、かな。アベクターリーダー、葉山隼人です。君の噂はよく聞いているよ」

 

 葉山隼人。実質、今回の目的である人物が目の前にいたこと知った。

 空の王者リオレウスの装備をしていることから、言わずもかな、手腕であることは見て取れる。ダイミョウサザミ相手に防具を変えずに挑むという事は攻めの一手で締めるという決意の表れなのだろう。

 

「ああ、君があまり喋らないことは知っている。俺は別に気にしないから大丈夫だよ」

 

 数分、沈黙が続いたか、葉山はぽうりぽつりと言葉をこぼし始めた。

 

「君には関係のない事かもしれないが、僕がこの祭りで優勝すればある人との婚約が進まれるだろう。僕と彼女は家の決定に逆らうことはできない。僕としては彼女と婚約するのはやぶさかではないんだけどね」

 

「それは相手も納得しているのか」

 

「! 返事を返してくれるとは思わなかった。そうだね……きっと望んではいないだろう。雪乃ちゃんはきっと想い人がいる。俺はね、今が気に入っているんだ。『アベクター』の皆がいて、一緒に狩りをして、また次の日も。ずっと続くなんて思っていない、でも、今だけは守りたいんだ。結婚なんてまだ考えられない」

 

「何が言いたい?」

 

「ははっ、何が言いたいんだろうね。ただ、きっと彼の思い人が俺の想いをしってくれたらなって……てね。申し訳ない、集中する時間だというのに、無駄話をしてしまった」

 

 自虐的な笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 葉山も同じくこの政略結婚をよしとはしていないらしい。だが、雪ノ下とは違い、抗うことをやめて少しでも穏便に済ませようと行動している。皆が仲良くしていられるように、葉山は己ですら騙してことにあたっていくのだろう。

 葉山が思いの丈を言い切ったと同時に、司会者の甲高い声で終了の合図が流れる。彼は横に立てかけていた武器、飛竜刀【朱】を手にして歓声やまない会場へ消えていく。

 

「ちなみに、俺は手を抜く気はないよ、『死神』」

 

その後姿を最後まで見て、俺は侮蔑の言葉を吐かずにはいられなかった。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 葉山が俺が誰なのかを知っていようが、いまいが俺のとる行動は変わらない。

 優勝する。

 ついでに葉山の思惑にのってやるのもやぶさかではない。

 上等だ。お前が諦めて手放した解は、俺が解き直してやる。

 葉山がダイミョウサザミと戦闘を繰り広げている中、如何にして効率よく最適に狩れるか、時間も忘れて脳みそをフル回転させ、答えを探し求めた。

 

 

 

「アンタ、行かなくていいの」

 

 会心率と蓄積ダメージの割合を計算し直している最中、いつの間にか、女性ハンターが俺の前に立っていた。一瞬、彼女が身に着けている装備のせいで腰が引けてしまったが、どうにかどもらずに言葉を返す。

 能面ってなんだよ。ここはお化け屋敷か。

 

「あ? ああ、もう時間か。悪い、助かった」

 

「別に。アンタに闘ってもらわないとこっちが困るからいっただけ。ほら、さっさと行きな」

 

「俺が闘ってお前になんの利益がある。むしろ、競争相手増えちまうじゃねーか」

 

「葉山が十分で狩り終えたから私の優勝は確実になくなった。後はアンタが葉山の叩きだしたタイムを塗り替えられるかどうかってだけだ」

 

「十分か……」

 

「ふん。怖気づいてないで、そろそろ行かないと失格扱いになるよ」

 

「まじかよ。んじゃ、行ってくる」

 

 出場時間が制限されているとは思わなかった。椅子に置いていた愛刀を背中に下げ、歓声も何もない、静寂とした場内に向かって足を進める。

 土に足を踏み入れると、何故だか無数の煙玉が炸裂する。最後のトリは登場にまで凝っているらしい。でも止めて。特別扱いとか慣れてないことされるとテンパっちゃうから。

 前後左右、白い煙が立ち込める中、後方から先刻の女性の声が朧気に聞こえた。

 

「見ているから」

 

 え。なんでプレッシャー掛けてくるの。

 

 あの能面女に多くの謎を残して、俺は舞台に立った。

 相変わらず喧しい司会者の声を聴き、対峙するダイミョウサザミに向かって、太刀を構える。金冠サイズの相手と解れば敵に不足なし。腰を一段下ろし、息を腹から吐く。

 

 問題です。

 八幡君には才能がありません。では、どうやって天才秀才葉山君を超えればいいのでしょうか。

 

 答え。

 

 努力と卑屈さと根性で超えればいいのです。

 

 

 

 斬る。

 縦に横に斜めに。

 縦横無尽に。

 ただただ斬り伏せる。

 

 呻くダイミョウザザミを更に斬りつけ、その呻き声さえも血しぶきで上書きしていく。

 

 葉山が闘っている間にたどり着いた結論は、師匠から教えてもらった最も効率的かつ安全な戦法。古来より伝わった軍師の言葉。

 

 『攻めこそ最大の防御なり』。

 

 師匠のように我武者羅に攻めれば負けてしまう。葉山のような天才肌ではなく、俺は凡人だから。だが、俺ほどの臆病さと卑屈さがあれば、何重にも予防線を張り、シミュレーションを繰り返せば天才どもの絶技を模倣することができる。否、超えることだって可能だ。

 甲殻種、ダイミョウザザミというモンスターは飛竜種と比べると比較的に弱い。とはいっても大型モンスターであり、軽々しく狩れる相手ではない。一角竜 モノブロスの頭骨を背にしょった大型のヤドカリモンスターであるため、甲羅の硬さは粗末な剣では傷一つつけられない。二つの大きな爪は、攻撃と同時に強固な盾にもなり、ハンターの攻撃をはね返す。そして六つの脚は立体的な機動を描くことが出来るのだ。だが、欠点もある。

 動きが遅いのだ。

 故に俺は愛刀、ヒドゥンサーベルによって会心率を上昇、直に相手と対峙することで弱点部位をマッピング、攻撃個所を固定すれば理論上は四分前後で狩り終えられると結論を導き出した。計算外の事態になれば、狩技で対応、最悪はナルガシリーズ特有の回避補助があれば即時離脱できる。

 あとは根性で腕が引き千切れたとしても振り続ける。

 

 どうしても成し遂げたい目的を遂行するため。鬼にでも修羅にでも--死神にでもなってやる。

 

 しからば、俺の邪魔だてをするなら、容赦はしない。天才秀才共よ、凡人の足掻きに括目しやがれ。

 

 

「平塚流ブシドースタイル 比企谷八幡。問答無用に押し通らさせて頂く」

 

 

 最後の一太刀。

 決意を新たに込め、ダイミョウサザミの命を絶った。

 

 

 

 ダイミョウサザミを狩り終え、退場口に行くとそこには能面女が待ち構えている事に気が付く。

 混濁とした雰囲気を出し、俺に顔を合わせてくるのは不気味と言わざる得ない。

  

「優勝、おめでとうございます」

 

 ございます? 何故敬語に変わった。これはまた嫌な予感しかしない。というか、近頃嫌な予感しかない。どこに行った俺の幸福センサー。

 

「死神さん、一生に一度の頼みがあります」

 

「悪いが無理だ」

 

「まだ何にも言ってないでしょうが!」

 

 内容を聞く前に即、断ったため、当然のように怒ってくる。しかし俺には他人に感けている時間は無いのだ。上位に一刻も早く上がるためには死と隣り合わせの狩りをこなしていかなければならない。見た処、葉山にも劣らない実力の持ち主。こういう手合いは確実にチーム組んでくれ、力を貸してくれといったものに決まっている。素性が明らかになってしまう危険性、報酬の半額。さらにはチームの雰囲気にも気を使わなければならない。マージンを取った狩りは一人でも出来ている、安全性を取るために、そんな胃がキリキリする思いはしたくないです。

 能面女にとっては重大な問題だったのかもしれないが、協力要請ならば他を頼ればいい。彼女ほどの技量なら引手数多だ、問題の解決は俺でなくともできる。

 

「どうしてもアンタに手伝ってほしいクエストがあるの」

 

 そらみたことか。俺を長年苦労させられる問題に対しての危機察知能力は高いのだ。

 

「悪いが他をあたってくれ。俺も忙しい」

 

 長話になってボロが出ては困る、強引ではあるが肩をぶつけて押し通らせてもらうとしよう。

 金属とモンスターの甲殻がぶつかり合い、不協和音が木霊し、俺の勢いが強すぎたのか、能面女は足がもつれ後方に倒れそうになってしまった。そこで無意識に発動してしまうお兄ちゃんスキルのせいで、能面女を抱き寄せてしまう。これでは逃げるタイミングもクソもあったもんじゃない。能面女を強引に引き寄せてしまったせいか、彼女のヘルムが地面に転がり、顔が露わになってしまった。

 俺自身が正体の隠匿を重視しているだけに、申し訳なさが半端ではない。そして、俺がとった行動に責任を追及されてしまえば断ることはできなくなってしまった。

 

「あ、ありがとう……」

 

「え、いや、こちらこそすまないっていうか……」

 

 能面が外れ俺に抱き着くような恰好をしているために、彼女の顔が鮮明に見える。雪ノ下のように整った顔立ちで細長い睫毛や高い鼻からモデルをしていると言われても誰も疑わないだろう。褐色色の瞳が宝玉のように輝きを見せている。

 だが、なによりも彼女の顔を―――髪色をみて言葉失ってしまった。

 紛うこと無き、穢れのない銀髪。透き通るような髪色は鏡のように俺の顔を映すのではと錯覚してしまう。

 

「あの……そろそろ離してほしい。あと、あんまりじろじろ見ないで」

 

 相手の気持ちもお構いなしに不躾に見詰めてしまったのは此方の過失だ。しかし、謝ろうにも呂律がうまく回らず、のどの調子も悪い。

 彼女は恨めしそうに俯き、落ちていたヘルムを拾い上げ、かぶり直す。そして意を決したように片膝をつき、そのまま土下座の形を作る。

 

「私が『嫉妬の魔女』に似ているのが気持ち悪いのは解る。でもお願い。もう後がないの、一週間だけでいい、私に貴方の時間をください。お願いします」

 

 言葉が出てこない。

 女性に土下座までさせてしまった事。何故そこまでして俺に固執するのか。母と非常に似た顔と髪。嫉妬の魔女とは何のか。申し訳なさと疑問と困惑が俺を襲い、もっとも最低な行動へと走ってしまった。

 

 何も言わず立ち去る。

 

 土下座までした人に対してここまで酷い仕打ちは無い。だが、進み始めた脚は止まることを知らない。

 今更戻って謝罪しても意味はないに決まっている。なら、このまま進むしかねぇ。

 

 唇を噛みしめ、言い訳を真っ先に考え出した自分に呆れ、失望しながら俺は速度を速めた。

 

「明日の朝集会所の入り口で待っているから!」

 

 そんな、どうしようもない言葉を聞き、急き立てられるようにして走り抜けた。

 

 

 

 退場口から息をすることもなく走り、個人の待機室に戻った。

 扉を荒々しく開け、錠もかけずに、椅子に身を投げる。

 

 なんなんだよ、くそが。

 

 毎度の勧誘かと思った。しかし、蓋を開けてみれば奇奇怪怪のオンパレード。勝利の余韻に浸る余地もなく次から次へと問題が押し寄せてくるのは流石に堪えた。募る怒りと失念は空に蔓延る群生と同じく、正確な正体が掴めない。

 背に痛みを感じ、つっかえていた愛刀をぞんざいに投げやり、ヘルムを外して目をつぶり強く揉み解すも、疲れは取れず、今度は肩に痛みが走る。この部屋に入るまでは疲労など一切感じなかったが、ここにきて荒波のように押し寄せてきた。だが、休んでいる暇はない。

 

 ああ、着替えは何処にやったっけな。小町達も待っている。雪ノ下さんにも報告しないと。

 

 ふらつく体で、俺が着ていた浴衣を探すため、ドアノブに手を掛ける。が、俺が引く前にドアは押し開かれた。扉の向こうには受付嬢の姿をした一色が立っていた。

 

「せんぱーい、います……なにがあったのですか!?」

 

「どうも何もねぇよ。お前こそどうした」

 

「私は平塚さんから渡された浴衣を届けに……せんぱい、ちょっとこっち来てください」

 

 部屋に入り込み、絨毯の下に座る一色。

 

「おふざけに付き合っている暇はない。さっさと服をよこせ」

 

 一色は何一つ非難されることはしてないのにも関わらず、棘を含んだ物言いをしてしまう。

 

 ああ、嫌いだ。これだから俺は自分が嫌いになる。

 一色は俺の理不尽な物言いに傷ついた顔もみせず、強い目付きでこっちにこいと訴えかけてくる。

 

「……わーったよ」

 

 折角質の良い椅子があるというのに、わざわざ絨毯に座るに違和感を覚えながらも、一色の前にあぐらをかく。

 すると、何を血迷ったのか、俺の顔を小さな手で鷲掴み、強引に一色の膝へと押し倒してくる。その力は女性としては強いものではあったが、肉体労働を基本とするハンターが抗えないほどではない。ただ、有無も言わさない彼女の行動力には逆らえる気がしない。

 

 

「せんぱい、少し寝ていいですよ。いや、寝なさい」

 

「まさかの命令かよ」

 

「ええ命令ですとも。じゃないと、せんぱい、倒れるまで頑張っちゃうじゃないですか」

 

「はっ、俺頑張るなんて年に一回あるか無いかだな」

 

「そうですね。せんぱいが自分で『頑張った』って認められるのは年に一回あるか無いかですもんね」

 

「喧しい……」

 

「だから、私が認めてあげます。せんぱいは『頑張ってます』。なので、少し休んでも罰は当たりませんっ。どうぞ私の膝枕で熟睡しちゃってください」

 

「ほんとにあざいといなお前……」

 

 俺が認められないから、一色が認める。意味不明なやり取りではあったが、張り詰めていた緊張が緩み、一杯になっていた水が流れる音が聞こえた。認められてしまったら、休んでも良いのかもしれない。この時ばかりは一色の言葉に甘え、返す言葉もなく微睡の中沈んでいった。

 

 

 

「せんぱい、そろそろ起きてください」

 

 意識を手放して五分くらいたった頃だろうか。一色からのモーニングコールで重たい瞼をこじ開けた。働かない頭で、今後の懸案事項をまとめながら体を起こす。

 

「わりぃ、どんくらい寝ていた?」

 

 十分近くは寝てしまったのかもしれない。窓も時計もない閉鎖空間であるため、時間もわからない。

 

「一時間くらいですね。熟睡していたところ悪いですが、そろそろ行かないとまずいと思いまして」

 

「そうか、一時間か……一時間?」

 

「はい。雪乃さん達は今、ももんじゃ亭の屋台にいるそうです。さっき陽乃さんが此処にきて私に伝えて帰りましたから。お疲れさま、だそうです」

 

 それはつまり雪ノ下さんにこの現状を見られたって事か? 次会ったとき何されるか解ったもんじゃねぇぞ。

 

「ほら、さっさと着替えてください。私もこれから仕事があるので失礼しますね」

 

「あ、ああ。色々と悪かったな」

 

「いえいえ、陽乃さんに見せつけてやれましたし」

 

 見せつけちゃたのかー。

 

「それに、せんぱいの可愛い寝顔も見れましたし」

 

 似合いすぎるくらいに蠱惑な笑みを浮かべて、一色は俺の武具を手に抱えて去っていった。

 この後、後輩にだだ甘えをした挙句、寝顔まで見られたことに発狂したことは内緒の話。

 

 

 浴衣に着替え直した俺は、一色のお陰で八割方体力と気力を戻し、雪ノ下達の元へ向かうため、控室を後にした。

 外に出れば、漆黒の空にくっきりと三日月が浮かび上がり、外気はよく磨き上げられた鏡のようにドンドルマを映していた。冷蔵室顔負けの冷気をまとった風が頬を撫でる。狩猟祭りの一部が終わったことにより、屋台通りは多くの人々は顔に笑みを浮かべて、意気揚々と足を動かしていた。それは風情ある一つの絵にも見えてくる。俺自身、絵の一部として紛れ込み、心躍らせていたのは我ながら不思議なものだった。

 ふと、もう一度あの三日月を拝もうと空を見上げたら、奇妙な色が映る。

 

 淡く山吹色に輝いていた月が、鮮血に染まっていたのだ。

 

 瞬きをすれば、元の色に戻っていた。

 

 あれ、まだ疲れが取れていなかったか?

 

 体調管理ハンターの基礎。自身の体の調子は誰よりも把握しているつもりだったが、甘かったらしい。これでは師匠にどやされてしまうと一人苦笑していれば、視野に一人の男が目に付く。

 その男は俺とそう変わらない歳だと見受けられ、中肉中背、若干鍛えられているからか、肩幅は大きく見えるが何処にでもいそうな、まさに俺と同類の匂いがする人物だった。しかし、その風貌は奇天烈、黒色の長ズボンと思わしきものに、表は白、裏は黒といった黄色ラインと見慣れないロゴが入った羽織りものを着込んでいた。全体的何故かスマートに見える服装なだけに一度は皆彼を見てしまうのではないだろうか。興味を引き立てるのは服装だけではない。手に下げられている白色の袋にも異国の文字が彫られていた。

 仕事柄、人間だけではなく、竜人族とも交流があるが、今日日、彼のような服装と異国の文字は見たことがない。

 ばんやりとポポタン定食の出店で立っているものだから、体格の良い筋骨隆々の店主が客引きに入る。

 

 言葉も解らんだろう、店主よ、そこは店に入ってくるまで無視が正解だ。

 

 会話が成立しないだろと店主に憐みの眼を向けていたが、なんと驚くことにも流暢に話しているではないか。

 

「おにぃちゃん、変わった格好してんなぁ。旅の途中か?」

 

「……これは」

 

「そいつはポポ菓子だ」

 

「んじゃ、一つ」

 

「あ? 何処の国の金だ? んなもん、ドンドルマじゃつかえねぇ。……さてはお前一文無しだな? 商売の邪魔すんじゃねぇ!」

 

 叩き出されそうになる異国人。ポポ定食の店主は守銭奴で有名だが、そこまで怒鳴ることはないだろうに。

 訂正だ、会話は出来てもこっちの紙幣は持っていないとみた。これでは遥々異国の国から来たというのに祭りの楽しさも半減だ。

 

 今の八幡は機嫌がいい。俺も店主と負けないくらい守銭奴ではあるが、ここは一つ貸しを作っといてやるか。

 

 肩を押され、咳き込む異国人の背中を摩り、店主に話し掛ける。

 

「ポポ菓子一つ。あと、アコギな商売をしていると売りあげ上がんねぇぞ」

 

「うっせぇ、商売にいちいち口出しすんじゃねぇよ」

 

 軽口を叩きあいながら、紙幣と物品を交換。ここに直接売買が帰結した。

 俺は手にしたポポ菓子を異国人に半ば強引に押し付け、目的地へと向かった。「ありがとうな、兄弟!」と、フランクな礼を背中に受け、気分はさらに向上した。

 

 

 

 香ばしい肉の匂いが充満するこの屋台の一角に雪ノ下の後姿が見えた。

 どうやって言い訳をつくか思案しながら、彼女たちに近づくと、一人、見慣れない少年が向かい側に座っていた。由比ヶ浜や雪ノ下の知り合いにしては歳が離れている。残る一つの選択肢を考えないように小町に後ろから近づく。

 

「おい、小町」

 

「「「「ひっ」」」」

 

雪ノ下達に加え、向かいの少年にも驚かれる。これは一種の侮蔑だよね。だから物理的にお返ししてもいいよね。

 

「お、おにぃちゃんか、びっくりしたぁ……」

「比企谷君、もう少し生気を出しなさい。驚くじゃない」

「ヒッキーまじ怖いし……」

 

「んだよ。ガンガン生気出しまくりだわ。何時もの五割増しまである。つか、そこのガキは誰だ」

 

「あ、大志くんはね」

 

「小町、お前はこのガキと一切関係ないだろうから何も喋らなくていいぞ」

 

「いや、ヒッキー大志君は」

 

「黙れ、由比ヶ浜。馬鹿な発言は控えるようにしろ」

 

「いいえ、馬鹿な、というよりも気持ち悪い発言をいているのは貴方の方よ、彼は小町さんの」

 

「雪ノ下、この世には言っちゃならない事がある、解るよな」

 

 どうにか女性陣の虚言を止め、眼前のガキに目をやると、とてもいい笑顔で言ってはならないことを口にした。

 

 

「俺、川崎 大志っていいます。比企谷さんと仲良くさせてもらってるっす!」

 

 この屋台にたどり着くまでに築き上げたボルテージは一瞬にして瓦解し、マイナス面におけるボルテージが最高潮になる。

 

 --このガキ、基、このクソガキ、必ず殺す。

 

 川崎大志。誰かに似ている顔と髪色をしたクソガキに殺意を覚えながら、俺はにっこり笑った。

 


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