Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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二十四話

「ねぇ、さん?」

 

 面食らった顔をして、雪ノ下は先刻まで思い浮かべていただろう人物の名を呼ぶ。

 

「うん、お姉ちゃんだよ。見ない間に少し大きくなったかな。あ、小町ちゃんも久しぶり!」

 

 突如現れた人物、雪ノ下陽乃は、この祭り会場には似つかわしくない白衣を羽織り、メタリックな眼鏡を掛けていた。その出で立ちは研究者に他ならない。だが、彼女の美貌は白衣ですらある種のファッションなのかと勘違いさせる。それほどまでに美しく、怖いのだ。

 

「はいっ、お久しぶりです!」

 

「いやー、よかった、よかった。小町ちゃんも目が腐っていたら泣いていたよ」

 

 おい、話題の振り方酷過ぎるだろ。

 

「雪ノ下さん。それはどういう意味ですか。俺に対する嫌味ですか」

 

「別にー。心から出てしまったことだから嫌味とかじゃないよっ」

 

「尚更悪いわ。小町は天使だから俺みたく腐ったりしませんよ、安心してください」

 

「お兄ちゃんが腐っているのは認めるんだ……。ていうか、天使とか恥ずかしから止めって言ってるじゃん!」

 

「ヒッキーのシスコンぶりって結構酷いよね」

 

「そうそう、八幡は小町ちゃん大好きだからねーって、貴女は」

 

「あっ、私はゆきのんの友達で、由比ヶ浜結衣です!」

 

「……そっか!私は雪ノ下陽乃ですっ。 これからも宜しくね!」

 

 由比ヶ浜の挨拶や見てくれから値踏みは潔く良しと判断されたのだろう、相変わらずの鉄仮面ではあったが友好的な言葉を述べた。

  

 よかったな由比ヶ浜、敵視されずにすんで。

 

 雪ノ下さんに敵視された人々を見てきた俺にとっては非常に安心した瞬間だった。あいつ等の末路には同情を禁じ得ない。最初の一言目から無言を貫いていた彼女は、冷静さを取り戻し、攻撃的な口調で問い詰めた。

 

「それで、姉さんは何をしに来たのかしら」

 

 毅然と振る舞うが、発せられた言葉は震えている。それに気づけない者はこの場にはいない。そして、気づいたからこそ、更に追い詰めようとする者もいるのだから意地が悪い。

 

「仕事だよ。今回は雪ノ下家とは別の顔だけどね。だから、そんなに怯えなくていいよ」

 

 にっこりと。優しく。柔和に。

 辛辣な言葉を雪ノ下の心を抉るようにして吐く。

 

「べ、別に怯えてなんか!」

 

「そっか。ならよかった。そうそう、ちょっと八幡借りるね。」

 

 雪ノ下の言葉を軽く流した雪ノ下さんは眼光を鈍く光らせ、俺を射抜く。彼女が何か重大な事を話すときは何時もその瞳に闇を灯す。今回とてそれは例外ではないのだろう。わざわざ自身で此方まで赴いたのだ。そして、二人っきりで話があるとすれば甘い妄想よりも修羅場的なものが浮かび上がる。

 俺は軽く頷き、雪ノ下さんの元へ向かおうとするが、それを雪ノ下が制す。

 

「何を言っているのかしら。そこの男はこれから狩猟祭りを私たちと見なければならないの」

 

「大丈夫、大丈夫。オープニングセレモニーが始まる前には返すからさ。それに、これは八幡のためでもあるの」

 

 この人は本当に雪ノ下の扱いが上手い。というよりも、人の扱いが上手いが、抜きん出て雪ノ下の扱いが上手いのだ。相手の要求を最低限のみながら、圧力をかける。天性の勝負師がもつそれ、駆け引きにも強い。対雪ノ下への圧力の内容も『俺のため』という、雪ノ下からしたらなんとも断りにくいものだ。

 答えを言い淀む雪ノ下に、出来るだけ軽々しく話しかける。

 

「悪いな、先に並んでいてくれ。後で追いかけっから」

 

「……。解ったわ」

 

 俺自身からの押しもあって、不承不承ながらもいう事を聞いてくれる。

 

「じゃ、席取りとかよろしくな。小町、由比ヶ浜が迷子にならないように見張っておくんだぞ」

 

「りょーかい!」

 

「ヒッキーそれどういう意味だし! ヒッキーの馬鹿!アホ!ヒッキー!」

 

「おいまて。別に俺の呼称は暴言じゃないからな」

 

「いいからさっさと行きなさい」

「そうそう、お兄ちゃんがいないと今回のクエストは失敗だからね!」

 

 なんたることだ。俺は弁明をしただけなのに攻め追いたてられるとは。これが女子の絆というやつなのか。恐ろしすぎるわ。

 

「へーへー。じゃあ行ってきますよ、お嬢様方」

 

 雪ノ下さんの背を追いかけて、俺はこの会場の外へ……否。裏側へ踏み込んだ。

 

 

 

「じゃあ八幡。よろしく」

 

「は?」

 

「よろしく」

 

「いや、はい?」

 

 会場の裏側。それは政治的にも、物理的にも同じ意味になっていた。現に俺は、アリーナの控え室で待機しているのだから。

 俺と雪ノ下さんは一度外へ向かう素振りをしたあと、来た道を引き返し、アリーナの従業員入り口に入り込んだ。そして、出場者控え室の一つ。本当に何故だか理解不能なことにも『死神様』と掛けられた一室に入った。そこで待っていたのは雪ノ下さんが両手を広げて佇むというシュールな現状。綺麗に設置されたターンテーブルと二脚の椅子には目もくれずに、だ。

  

 まじで……なんなんだこれ。

 

「八幡。はやく。時間は有限よ」

 

「いや、なんなんすか。それならまず何で此処に入ったのか教えてくださいよ。あと、この部屋に掛けられていた死神って名前は……」

 

 俺が更に苦言を申し立てようと言葉を紡ごうとすれば、雪ノ下さんは鋭い目付きで睨んでくる。

 っべー。まじやっべぇー。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちを体験できるとかまじつっべー。

 

「八幡。私がこうしている理由、解らないの? しらを切る気なら諦めなさい。話が進まないことになるから」

 

「……解りましたよ。俺の敗けです」

 

 心臓に悪いからしたくはなかったが、話が進まないとなれば、通らなければならない修羅の道なのだろう。

 雪ノ下さんに近付き、汗ばむ手を何度も服で拭い、心音整える。

 喧しく鳴り続ける俺の自家製血液ポンプを静ませることに成功すれば、いよいよ覚悟の時だ。

 俺は機械。なんならメトロノーム。

 

「もうおそーい!」

 

 覚悟を決め、今一歩進みだそうとしたとき、奇襲を受ける。

 それは狡猾で効果大の攻撃力を誇るものだった。なんと、雪ノ下さんは由比ヶ浜にも負けず劣らない豊満な胸を押し付けてきたのだ。更に腕を背中まで回し、抱きついてくる。

 回避不可避。そして昇天不可避だ。

 

「八幡の音、うるさいよ?」

 

「ならはなれてくださいましゃえんか」

 

 噛んだ。はずい。恥ずかしすぎて死ねる。

 

「それはいやー。どうしてもっていうなら誠意を見せてくれたらよかろう!」

 

 誠意って精い……げふんげふん。八幡何も考えないから。雪ノ下さんの胸とか五秒しか凝視してないから。

 

「ほら、はやくはやく」

 

「では……失礼して」

 

 俺の胸元に顔を埋める雪ノ下さんの頭に、軽く、手を乗せる。そのまま前後にスライド。柔らかい感触に、サラサラとした髪の毛はからまることなく俺の指を楽しませる。

 

「うんうん。中々よいものだね」

 

「つー訳で離れてください」

 

 じゃないとそろそろ爆発します。俺の心臓が。

 

「そうだね。今回は離れてあげよう。満足したし」

 

「何時も思うっすけど、毎度抱きつくの止めてくれませんか。俺の心臓が動きすぎて過労死します」

 

 雪ノ下さんは二人っきりになる度に抱き付いてくるわ、押し付けてくるわで、振る舞いが一気に変わるものだから驚いてしまう。一体いつ頃からこんな風になったのか、今では思い出せないのはもどかしいものだ。

 

「駄目。雪乃ちゃんは毎日八幡に構って貰えてるんだがら少しくらい私にも褒美があっていいと思うもん」

 

「いや、褒美も何も……」

 

「いいからいいから。さて……説明、始めるね」

 

 纏う雰囲気をガラリと変え、尖った鋭利さを周囲に発散させた。そして、設置されていた椅子に腰を掛ける。

 俺もそれに倣い、ターンテーブルを挟んで、向かい側に座る。

 

「今回は雪ノ下本家の顔ではなく、竜歴院局長代理として、依頼があります。宜しいですか?」

 

「今のところは問題ないです」

 

「良かった。依頼内容はアリーナ下位クラスでの優勝、もしくは、雪ノ下財閥代理、葉山隼人の優勝阻止です」

 

「葉山隼人? 雪ノ下財閥が何で下位クラスの大会なんかに、いや、そもそも何故分家でもない葉山を代理にしたんすか。つか、阻止ってことは雪ノ下本家と敵対するってことですよね」

 

「色々と疑問があると思うから、順を追って説明します。まず、雪ノ下本家が隼人を代理に選んだのは葉山弁護団との絆を強くするため。そして、雪乃ちゃんと隼人の婚約の布石ね」

 

 がつん、と。

 ウラガンキンのヘッドバットを諸に食らったかの様な衝撃が走る。

 

「雪ノ下と葉山が婚約? それは両者が認めてることなんですか? 今日葉山と会いましたが雪ノ下と葉山の様子は円満には見えませんでしたよ。それに」

 

「八幡、これは別に珍しいことじゃないわ。むしろ必然、成るべくして起こった事よ。考えてみて。雪ノ下家と葉山弁護団との関係は確かに固いわ。でも、政治的圧力、例えば貴族から依頼があれば優先度は否応なく貴族に流れるの。でも」

 

「直血の娘と息子が結婚していれば違う。政治的圧力にも抗えるって事ですか」

 

 ふざけるな、とは思わない。思える資格が無い。

 上流階級の人々にはそれが一種の処世術とでも言えるのだろう。それは雪ノ下も同じ。しかし、雪ノ下は政略結婚など確実に嫌うだろう。だが平民出身の、下位クラスハンターでは実権は何一つない俺が出張っても意味はない。むしろ、反抗的態度を取れば握りつぶされる。

 

 憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 

 あるのは憎悪、雪ノ下を不当に扱う奴らと、それ以上に無力な自分がとてつもなく憎い。

 

 あれだけ守るだの言っておいて、結局はこれか。 

 親父は守れといった。雪ノ下さんは守り抜けといった。俺はガキなりにも守ると誓った。

 だが、それだけだ。

 どんなに思いが、想いが、有ったとしても、貫き通すだけの力がない。弱者は強者に蹂躙され、淘汰される。それは、自然界においても、人間界においても不変的摂理だ。だから、憎い。力がない自分があまりにも不甲斐なく、惨めで滑稽で、腹が立つ。

 いつの間にか顔を伏せ、太股に爪が抉り込むほど握っていると、正面から待ったの声が掛かる。

 

「八幡、顔をあげて。雪乃ちゃんは政略結婚を嫌がっているわ。今はまだいい。お祖父様も本腰をいれてないから。でも、本気でこられたら太刀打ちが出来なくなるの」

 

 一度、言葉を切り、続ける。

 

「だから、今は堪えるしかない。あっちの策略を出来る限り阻止して、八幡が言動力を得るまでの時間をつくるの。そして、説き伏せるか実力行使で止めさせる。解った?」

 

「解った……っていやいや。言動力っていったって上位クラスじゃあ財閥の長に口だし出来るほどじゃない、よくてギルドナイツへの厚待遇入隊ぐら……いや……なる、ほど」

 

「そう。ギルドナイツに入隊し、分隊、小隊、団長にまで登り詰め、伯位を王家から賜りなさい。伯爵と財閥は似たような地位にいるわ。そうしたら職権乱用ではあるかもしれないけど、一応発言権が認められる。そして、それを通すだけの勲章を貰っていれば無視は出来ない」

 

 雪ノ下さんは厳しい顔つきから一変、普段では見ることができない、自然な笑みを浮かべて言った。

 

「今日から更に腕を磨くこと。私の方でも緊急クエスト及びに最上限、高難易度クエストは優先して回すわ。猶予としては一ヶ月中に上位ランカーに名を連ねること。そして、二ヶ月後には団長ね」

 

 彼女は、雪ノ下陽乃は俺に蜘蛛の糸を一つ垂らしてくれた。

 

 上位ランカーに名を連ねるということは、本来、十年、二十年かけて出来ること。

 ギルドナイツの団長となれば、何千何億もの修羅場を潜り抜けた、人の皮を被った化け物のみが成れる地位だ。

 

 それをたった二ヶ月で、やれと言うのだ。 鬼畜なんてレベルじゃない。テオスカトルとナナテスカトリに強壮剤無し回復薬無し防具無しで挑むレベル。 

 一回でも攻撃を食らえば即死。

 一回でも計算を怠れば即死。

 万に一つも失敗を許されない勝負を、勝ち取れと、そう言っているのだ、雪ノ下陽乃は。

 

 やってやるよ。意地でもすがり付いてやる。媚売ってへばりついて土下座でも靴舐めも余裕だ。何でもしてやる。プライドを持たないことがプライドの俺にかかれば余裕のよっちゃんいか焼きそば。

 

「オーケー。問題ありませんね。なんなら一ヶ月で伯爵様になれるまである」

 

「ふふっ、そうこうなくっちゃね! そうしたら、一ヶ月後には伯爵のお嫁さんかー、待ってるね!」

 

「いや、何俺と婚約前提みたいな話になってるんですか。貴女は雪ノ下財閥、本家の次期当主でしょうが」

 

「そうだよ。だから私は竜歴院に逃げて、政略結婚を拒むほどの力を得たわけ。私が当主になれればクソジジ……お祖父様にも口出しはさせないから婚約できるわ。良かったね、八幡!」

 

「アンタ今クソジジイって言おうとしただろ……つか、有言実行をこなしている人から言われると俺の立つ瀬が無いんですがその点は如何に?」

 

「初志貫徹。一ヶ月で伯爵になればいいのよ。わかったかね、比企谷伯爵?」

 

「伯爵呼びはまだ早いですから。まぁ、その、なんですか」

 

「ん?」

 

「ありがとう、御座います。色々と、つーか、なんか世話ばっかやってもらって。何時かはこの恩義、必ず返させてもらいます」

 

「……八幡!」

 

「借りたもんは返さないと後が怖いですからね」

 

「八幡……。」

 

 あれー? 決め台詞の後急激にトーンが落ちたぞー。

 

「相変わらずひねくれてるなぁ、ほんと。まぁいいや。話を戻すけど、今回の依頼はそう言うことだから、アリーナに出場してもらうよ」

 

「いや、それは構わないんっすけど、武具も防具も無いのはどうすれば? 開始も間も無くだし」

 

 これでは家に取りに帰る時間はない。

 出場者用の予備武具を借りることは出来るが、正直、それで葉山の優勝を阻止することは難しい。基本技を完璧にこなし、定石を黙々とやり遂げる奴には、荒業で対抗するしか勝ち目は無い。

 それには俺の武器が必要だ。

 防具は最悪は借り物でいいが、武器は勝手が違うからな。

 

「抜りはないわ。いろはちゃん、入ってきていいよー」

 

 雪ノ下さんが俺が帰宅誘導まで流した女性の名を呼ぶとあら不思議。ドアからゆるふあビッチが現れたではありませんか!

 

「いや、何でだよ! 何時から居たんだよ……」

 

「せんぱいが陽乃さんと抱き合っている時からですかね」

 

「それ最初からいたってことですか……」

 

「たまたまぷんすか怒っているあろはちゃんを見つけてね、お願いしたの」

 

「ですね。私はせんぱいの家とか知ってますし? なんなら一緒に寝てますからねー。武器庫くらいわかりますから。まぁ、私はせんぱいの武具運び係りじゃないのでいい加減にしてほしいんですが。あと、私はあろはじゃなくて、いろは、ですよ。お願いしますよ、おば……局長」

 

「え、ごめんねー。名前が飲み水と似てたから間違えちゃった。あと、最後なんて言おうとしたのか、お姉さん、教えてほしいなー?」

 

 なんですかこの世紀末。

 もう争いは女王コンビで十分なんだけど。キャラ被るから止めて。私のために争わないで!

 だめだ。俺がやっても気持ち悪すぎて嘔吐者続出だわ。

 

「ま、とりあえず、そう言うことですから、変態はさっさと『これ』に着替えてちゃちゃっと優勝してきてください」

 

「ちょっと一色さん。せんぱいと変態はニュアンス似てても違うから。意味、ぜんっっっぜん違うから」

 

「細かい男は嫌われますよ、ほらいったいった!」 

「あと五分もすれば召集掛けられるだろうから、はやくねー!」

 

 一色に大きな袋を持たされ、ドアから追い出される。馴染みのある重量を両手で支えて、一つ、思うことがあった。

 

 俺、何処で着替えればええのん?

 

 

 

 


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