Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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二十一話

 愛らしい小鬼が姿を現したのは、雪ノ下が家から出ていって二十分前後のことだった。

 腰に手を当て、頬を膨らませて見せる、怒ってますよポーズ。そんじょそこらの女がやっても「あ、いいですから」と流されるこのポーズも、我が妹、小町が行えば誰もが頬を緩めること間違えない。なんなら緩めなかった奴は俺が刺し殺すまである。

 あまりの愛らしさに脳内トリップを起こしていると、小町が低い声色で怒りを伝えてきた。

 

「おにいちゃん、私が怒ってるのわかる?」

 

「解ってる。だがな、今回は苦渋の決断だったことも理解してくれ」

 

「それは……解るけどさ」

 

「小町と離れて暮らすとかガノトトス相手に音爆弾を忘れた時ほどの絶望を味わったんだ」

 

「いや、その苦しみが解りにくいよ……」

 

 ハンターにしか解らないあの苦痛を引き合いに出したのは、俺の失点だったか。

 小町はなんとも微妙な顔をして、溜め息を長く吐いた。

 

「はぁ……お兄ちゃん。小町はさ、家を出ることについては仕方がないことだと思うよ? でもさ、何も言わないで出ていくのは駄目だと思う。次、同じことしたら二度と口聞かないからね」

 

「ああ、解った。次からはちゃんと言う。ラオシャンロンに襲われほどの地獄を見たくはないからな」

 

「そこまで言うの!? 小町的にはポイント高いけどさ……」

 

「さて、これにて一件落着だな」

 

 小町とのわだかまりは無く、雪ノ下ともこのままの流れで折り合いはついている事にする。つまりは問題事が無くなった訳だ。肩の荷がおり、とても気が楽になった。

 と、思った矢先。現実は甘くないぞ、神から告げられた。

 

「ううん、小町、許してないから」

 

「いや、小町。それは無くない?」

 

「あるある。それほど小町は激怒ぷんぷん丸なんだからね」

 

「それは大変可愛いらしいと思うが、鬼畜じゃありません?」

 

「なら、小町のお願いを一つ叶えてくれたらいいよ」

 

「なんだ。金か、金ならなんとかするぞ」

 

「小町をなんだと思ってるの……。違うよ、お願いは───」

 

 小町はワンピースのポケットから一枚の紙切れを高らかと広げた。

 その紙切れの真ん中に大きく『第八十八回 狩人祭』と書かれており、辺りには華やかな花火の絵が飛び交っている。

 

「ジャジャーン!お願い小町達とお祭りに行くことだよっ」

 

 狩人祭。ドンドルマで不定期に行われる恒例行事だ。名の通り、ハンターの祭ではあるが、一般人が参加できない訳ではない。この祭はどちらかと言うと貴族や財閥が運営を行い、ハンターがイベントに参加。それを数多くの一般人が観戦するといったものになっている。

 邪な話になるが、この祭は派閥争いの代理戦争となっていたりする。祭りの一大イベントに『狩猟祭り』というのがあり、各財力団体が一名、ハンターを雇い出場させる。よって、この狩猟祭り結果がそのまま派閥勢力図に直結するのだ。

 色々な思惑が交差するが、総じて危険なものでもなく、数多くの出店やイベントが開催中されるため、普通に一般人として出向けば楽しいことこの上ないだろう。

 

「俺はそんなことで良ければいいが、雪ノ下は来ない───」

 

 だろう、と言い終える前に、短めの咳払いが俺の発言を阻害した。

 雪ノ下は獲物を狙う狩人の如く、鋭い目付きで捲し立ててくる。

 

「こほん……。私はちょうどその日はたまたま休みになっているわ。貴方と祭にいくなんて虫酸が走るけれど小町さんの怒りを静めるには私も貴方とお祭りに行かなければならないようだから仕方がなく一緒に行ってあげるわ、ええ、仕方がなくよ仕方がなく」

 

「お、おう。つか、お前は雪ノ下財閥の方に顔を出さなくていいのか?」

 

「ええ。そういうのは姉さんの役割になっているから問題ないわ。」

 

 自虐的な笑みを浮かべ、影を落とす。

 

 雪ノ下雪乃が追う背中は雪ノ下陽乃、実の姉である。だが、その背中はあまりにも遠く、大きいものだ。

 雪ノ下の両親はお家騒動に巻き壊れないようと雪乃のみを幼少頃からのどかな村へ移り住まわした。であれば、陽乃も同様に村へ向かわせるのが普通なのだろう。しかし、それは不可能な事だったのだ。

 

 雪ノ下陽乃は優秀過ぎた。

 

 椎谷傾注、才色兼備。彼女は財閥の娘として必要なスキルを齢六歳で全て修得した、いや。してしまった。そのたぐいまれな才能は水を吸うスポンジの如く、止まらずに知識や技術を吸収し続ける。親が子の成長を喜ばない訳がない、故に歯止めが効かなかったのだろう。雪ノ下さんの両親は異常ともいえる欲求を止めることはことはなく、雪ノ下さんが欲しいといった研究資料や物資はなまじ金持ちなだけに全て雪ノ下さんに与えたらしい。ともすれば、雪ノ下さんが世間にその鬼才を示すに時間はかからなかった。

 各所から認められていく陽乃の才能に『力』を見出だした祖父はドンドルマからの移住を許さなかったのも必然ともいえる。両親は反対したらしいが、陽乃本人がドンドルマに残ると言い張り、仕方がなく祖父に陽乃を預けてドンドルマから去っていった。

 この選択は財閥の繁栄を磐石のものにするためには雪ノ下さんは必要不可欠だと感じたことは、財閥の長としてならば、その判断は間違ってはいない。だが祖父として、孫を想う者としての判断であれば、やはり、間違っていた。

 その度量が希有なものだからこそ血の繋がった者ですら気が付かず、陽乃は思想を、思考を歪に柔軟にえげつなく、塗り替えていった。その変化に気がついたの者はただ一人、雪ノ下雪乃だけだったのだろう。

 だからこそ、雪乃は姉を救うために自身を研磨していった。寝る間も惜しんで遊ぶ時間も削って、一般的な子供が送る生活とはかけ離れた努力をこなしていったのだ。

 

 だが。それでも尚、届かない。

 

 生まれ持った才能の違いがそうさせるのか。

 

 雪乃が十才になった頃には姉はモンスター研究学の最高峰とされる竜歴院の副学長にまで登り詰めていた。

 十才ともなれば現状が見えてくる。ただ努力すれば叶うものなど無いことに。雪乃は自分の生け贄となった姉に対して、その姿に羨望しその才能に嫉妬して、その有り様をみて後悔し懺悔した。これで陽乃が雪乃を恨んでいればまだ言い訳は出来た。だが、恨むどころか、最大の愛情をもたらしてくる姉は、雪乃にとってコンプレックスの最たる者でしかない。雪ノ下雪乃が抱えるこの問題は俺が解決できるものではない。だが、少しでもその苦痛の緩和と解決を助けることはできる。

 

「そか。じゃあ三人で祭にいく───」

 

 

「「私も行きたい!!」」

 

 

 小町が来てから黙りを決め込んでいた女性二名は同時に同じことを口にした。

 

「あっそう、行けば?」

 

「違うよ! 私もゆきのんと祭にいきたい!」

「私も久々にお二人と遊びたいですっ」

 

「だってよ」

 

 目を輝かせて問い詰めてくる二人を、雪ノ下に問い掛けという形で丸投げする。面倒ごとは八幡お断りします。

 雪ノ下は俺を半目で睨み、一色と由比ヶ浜に向き直る。そしてきっぱりと告げた。

 

「私は遠慮するわ」

 

「ゆきのんそれ酷くない!? もしかして、私のこと……嫌い?」

 

「いえ、別に嫌いというわけではないわ。ただ、少し苦手で近づきたくないと思うだけで」

 

「それ女子用語で嫌いってことだからね!?」

 

「結衣さんは仕方がないですけど、私はいいですよね?」

 

「いえ、貴女も遠慮するわ」

 

「何故ですか!?」

 

「それは、その……」

 

「あっ、もしかしてせんぱいを取られるとか思っちゃってます?」

 

「な、何を馬鹿なことを言っているのかしら。貴女の言い様だと私が彼のことを好いているように聞こえるわ。全くもってあり得ない荒唐無稽な事実ね。貴女は頭のまわる人だと思っていたけれどそれを改めなければならないわね。だいたい」

 

「すとーーっぷ!」

 

 小町が身を乗り出して雪ノ下のマシンガントークを止め、興味津々と由比ヶ浜を見つめた。

 

「すいません。私、そこの人の妹で比企谷小町です。由比ヶ浜さんはおにぃちゃんとどんな関係なんですか?」

 

「え!? えっとぉ……仕事仲間だよ!」

 

 由比ヶ浜は何故だか頬を赤らめ、キャミソールの裾を握りしめていた。

 小町のあまりの可愛さにあてられたか……。

 

「ほう……ほうほう!」

 

「おにぃちゃん!」

 

「んだよ」

 

「小町のお願いの変更ですっ」

 

「あ?」

 

 嫌な、嫌な予感がする。

 そうだ、俺の場合、嫌な予感であれば───

 

 

「今いるこの五人でお祭りにいくこと! わかったよね、ごみぃちゃん!」

 

 

     ────当たるんだよなぁ。

 

 

 

 

 


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