Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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第二章 やはり魔女と死神が踊るのは間違っている。
二十話


 進退維谷。逃げ道は存在せず、窮地に立たされている俺にはまさにそんな言葉が合っているだろう。

 雀が囀ずる暖かな日差しの中で、目を覚ませば、宿主である俺ですら新居の場所は前日まで知らなかったのにも関わらず、何故か雪ノ下はこの家を特定し、眼前には極寒の雪山であるヒラフヤ山脈の如く聳え立っている。雪ノ下が視認したのは俺が美女二人と添い寝している場面。生活のために家を出たと言い逃れ出来る要素は一つも無い。

 

「雪ノ下。信じられないと思うが、俺もなんで横の二人がそ、添い寝してるのか解らないなんだ」

 

「そう。それなら直接本人に聞きましょう。早くそこの女性を起こしなさい」

 

「あっ、はい」

 

 彼女は冷徹な笑みを絶やさず、拒否権を行使することが躊躇われるこの状況を作り出した。その姿は雪ノ下陽乃を彷彿させられる。

 まじ似てる。経緯とやり方に違いはあっても結局は絶対服従だからな。

 俺は毛布に囲まれながらも、寒さに震える体を動かした。そして由比ヶ浜の肩を掴み、前後に揺らす。

 起きて由比ヶ浜さん。死ぬから。凍死するから。

 

「んんっ……んっ」

 

 艶かしく喉をならすが、目を開けようとはしない。桃色の髪を緩やかに腹部の方へ垂らすだけだ。毛先の方へ目線を移動させれば、前後に揺らしたことでムーファの羊毛を素材としているであろう、ふあふあとしたキャミソールワンピースからはみ出さんばかりに盛り上がった胸の双丘が動く。

 

「比企谷くん?」

 

「違う。俺は別に何も見てない」

 

「私、何も言ってないのだけれど」

 

「……。」 

 

「この淫獣。もうどいて、私が二人とも起こします」

 

 雪ノ下は俺を押し退け、夢の国に旅立っている二人の前に立つ。

 ここで、雪ノ下は暴挙に出る。

 殴る蹴るといった物理的暴力による手段ではなく、ある種の、人を起こすためのテンプーレトな行動をとった。すなわち、ソファの重心を左方面に傾け、由比ヶ浜と一色をごわついたカーペットへ誘ったのだ。

 

「いったぁー、ちょ、なんですかぁ……」

 

「……ぐすぴー」

 

 先刻まで柔らかな布地に包まれていた女性二人がそんな荒野に放り投げられれば、目を覚ますのは必然。全てを計算し尽くし、もっとも効率よく動いた雪ノ下に感嘆してしまう。なんなら足が震えるほど恐怖を抱くまである。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……あなっ、貴女達に質問がっ、ある、わっ」

 

 まぁ、ソファを少しずらしただけで息を切らすのは残念すぎるが。

 

 一色はカーペットの上で体を起こし、目を擦りながら俺達へ目を向けた。

 話は変わるが、目覚めたばかりで意識も定かではないはずなのに、脚を八の字にして座り込み、服の袖口付近で目を擦るのはもうあざとさ世界大会に出場できる領域だと思うよ。

 

「しつもんですかぁ、いいですよー。ていうか、雪ノ下……雪ノ下さん!?」

 

 甘ったるい声色を忘れずに、寝惚けたまま首を縦に振る。自分が誰に向かって頷いているのか解っていなかったなご様子。一色は状況を把握し、驚愕の表情を浮かべるが、それに対して雪ノ下はやはり、満面の笑みで受け答える。 

 

「ええ。おはよう、一色さん」

 

「なんで雪ノ下さんがここにいるんですかっ」

 

「質問するのは私。貴女は答えるだけでいいの。では質問よ、一色さんは何故この家でそこの変態谷君と添い寝していたのかしら」

 

「変態谷って俺はなにもしてねぇって言ってるのによ」

 

「貴方は黙ってなさい。一色さん、答えなさい」

 

 雪ノ下の重圧に押し潰されて、一色は意気消沈な様子になっている、かと思ったが、俺の顔を見つめた後、わざとらしく首を傾げて、考えるフリをする。

 この時点で俺は嫌な予感が脳裏をよぎった。自身の感覚を信じ、一色の口を塞ごうとするが、それよりも先に死滅の矢は射たれてしまった。

 

「何故って言われても、この家を薦めたのは私ですから、その御礼としてお風呂を借りて、一夜を共にしたからですよー」

 

「……。比企谷くん」

 

 一色の言葉を受けて、雪ノ下は顔をぐるりと此方へ向け、名前を呼んでくる。雪ノ下さん、目のハイライトが消えてますよ。ちゃんと仕事してくださいよ照明さん、でないと俺死ぬじゃん。いや、どのみち死ぬけどさ。

 

「まて! 一色、お前まじで何言ってくれてんの? 俺に殺意でも抱いてんのかよ

。このゆるふあビッチが」 

 

「別に、そんなこと思ってませんよ。私、ありのまま起こった事を言っただけですぅー。現に事実しか言ってないですよね」

 

「確かに事実しか言ってないが、意図的に省かれている過程があるだろが……。つか、何で風呂入った後帰ってねーんだよ!」

 

「なんか眠くなっちゃって。ごめんなさいです、せんぱいっ」

 

 一色は頭をこつん、と。頭を軽く、握り拳で当てる。

 その態度に狭く小さい八幡君の心は限界突破しました。はったおすぞまじで。

 

「八万歩譲って許してやるから、しっかりと過程も含めて話せ。じゃないと凍死させられちまうだろうが」

 

「えー、面倒くさいです。でも、今度食事にでも連れていってくれるって約束してくれたら話してあげなくもないです」

 

 命を手玉に取られて金を毟り取られる俺、まじ可哀想。

 

「わかった、飯でもなんでも連れてってやるから話してくれ」

 

「約束ですよ! 破ったらせんぱいが言ってた愚痴、局長に言いつけます」

 

 さらりと物騒な脅しを俺にかけ、雪ノ下へ昨日の出来事を話始めた。無論、ハンターに関する話は省かれているが、その他の部分は偽りなく語っている。

 

 一色の話術もあってか、雪ノ下を説き伏せるのに時間はかからなかった。これにて一件落着。と、そう簡単には問屋は下ろさなかった。

 

「概ね解りました。つまり、商業範囲の拡大、取り扱い商品の増加とお得意先である村長と連絡をとりやすくするため、勝手に家を出て私と小町さんを散々心配させといて見知らぬ女性と深夜を共にした。という事よね」

 

「ま、まぁ間違ってないけどよ」

 

「けど、なによ」

 

「いや、ま、もういいや。つか、雪ノ下も心配してくれてたんだな」

 

「っ!! わ、私が心配していたというよりも小町さんが心底貴方の安否を不安に思っていたから私もそれにあてられただけであって別に貴方みたいな無責任な男なんて少しくらいしか心配してないわ。そもそも長年一緒に暮らしていた人が置き手紙一つ残していなくなれば少なからず心配もします。それを踏みにじるような行為を見せつけられてまったく最低な気分だわ」

 

「お、おう。とりあえずすまん」

 

「謝れば許してもらえるなら警備隊は必要ないわ。あと……まったく目を覚ます気配ないこの子は誰なのかしら」

 

 雪ノ下は足元で倒れたまま寝ている女性へ指をさした。

 由比ヶ浜はなんと、眠り続けていた。あの衝撃にも耐え、この荒いカーペットという最悪な環境でも起きない。もはや眠りの申し子だ。

 幸せそうに眠る由比ヶ浜とは裏腹に俺は冷や汗が滝レベルで流れていた。なんなら服の中で洪水が起こってもおかしくはない。

 俺がもっとも忌諱してきた事。マイエンジェル小町と離れるとしても隠さなければならない事項。

 意地でも守り抜いてきた稼業の偽りを、眼下にいる女が明かしてしまう危険に直面した。そう、この馬鹿正直な奴は確実に意図的であれ無意識であれ真実を口にするだろう。そうなれば、全てが水の泡だ。

 

「あー、そいつはあれだ。あれ。な、一色」

 

 横目で一色にアイコンタクトをとり、協力を要請する。意外な事にも、一色は俺に対して要求を言うわけでもなく、素直に頷いてくれた。

 

「はい。あれです。あれ」

 

 俺達の抽象的な物言いに呆れたのか、片手で顔を押さえ、首を降った。雪ノ下さん、そのポーズ大好きですね。

 

「貴方達は素直に喋る気はないようね。わかりました。本人に聞きます」

 

「あー、いやまて。解った。正直に話そう。だが、由比ヶ浜をいきなり起こして問いただすのも酷だ。俺が成り行きを話すから、一色、お前は由比ヶ浜を連れて雪ノ下の事を説明しといてくれ」

 

「わっかりました!」

 

 俺と一色は流れるようなチームプレイで、最大の危険要因であった由比ヶ浜を遠ざける事に成功した。少しばかり強引な進め方ではあるが、やむを得まい。

 雪ノ下は何故だが更に眉間にシワを寄せ、怒気を強めた。

 

「えらく一色さんと仲が良いようね。商人である貴方とハンターズギルドの受付嬢である一色さんとの接点が解らないのだけれど」

 

「遠出するときには護衛の依頼を発注するからな。その時に話す仲になっただけだ。真のボッチである俺にお前と小町以外で仲が良い奴なんているかよ」

 

「そう。そうよね。ふふっ」

 

 何楽しそうに笑ってるんですか。俺に友達がいない事がそんなに嬉しいんですか。泣くぞ。わんわん泣くぞ。

 

「話を戻す。お前の足元で寝ていた奴はモンスターハンターだ。んで、昨日俺が護衛を頼んだ奴でもある」

 

「そう。護衛は夜のお供までしてくれるのかしら?」

 

「ばっかお前。俺も何で由比ヶ浜が俺の家で寝ていたのか、訳がわからん。一色と同じで引っ越しの手伝いまでは頼んだがな」

 

「女性に力仕事をさせるとは流石クズ谷君ね。ある意味清々しいわ。とりあえす、あの女性については解りました。では、私と小町さんがこの家に移り住むのはいつ頃になるのかしら」

 

「……あー」

 

「ある程度日程を決めてもらわないと休暇をとれないわ。そうね、小町さんのスケジュール的には土曜日がいいはずだわ。私も来週の土曜日には休みを取ることにしましょう」

 

「悪い、雪ノ下」

 

「何かしら」

 

「この家は村長達の家でもあってな、一緒に住むことはできん」

 

 俺が八割事実。二割虚実な理由を伝える。しかし、雪ノ下は一泊も置かずに拒絶してきた。

 

「いやよ」

 

「おま、嫌って言われても、どうしようも」

 

「離れて暮らすなんて絶対にいや!!」

 

 眼を潤ませて、感情をむき出しにした叫びに、俺はたじろぐ。

 雪ノ下は理路整然とした発言など無い、園児が駄々をこねるように、あの日と同じ姿をしていた。

 

「あのー、お取り込みの処悪いんですが、由比ヶ浜さんが起きたので、とりあえず話でも」

 

 殺伐とした雰囲気の中、申し訳なさそうに一色の声が通る。

 

 彼女の横には先刻までヒプノックの睡眠ガスでも吸い込んだのかと疑うほど、寝静まっていた女性が立っていた。一色に吹き込まれた内容を理解したのか、俺にアイコンタクトを送ってくる。

 

「雪ノ下、この話はまた後だ。由比ヶ浜の話を聞こうぜ。俺も知りたいからな」

 

「……解ったわ」

 

 不承不承ながらも、俺の指示に従い、ダイニングに設置されているテーブルイスに腰をかける。俺は向かい合うようになっている四人席で、雪ノ下の隣に行き、一色は雪ノ下の、由比ヶ浜は俺の眼前に座る。

 

 

「えと、自己紹介するね。由比ヶ浜結衣ですっ。ヒッキーとは、えーっと、護衛?をさせてもらいました! その、昨日はいろはちゃんも私も疲れちゃって……ごめんなさいっ。約束を破って寝ちゃいました」

 

「……。そう。別に気にしてないから、許してあげます」

 

「おい、それ俺の台詞」

 

「ありがとう! えと、雪ノ下、さんだっけ?」

 

 無視か。無視なのか。ボッチに発言権はないのですか。

 

「ええそうよ。雪ノ下雪乃です。横にいる男とは腐って腐敗しているはずなのに、切れない縁で結ばれている幼なじみよ。幼なじみよ」

 

 雪ノ下さん、なんで二回言った。題辞な事だったのかそれは。いや、誰得の情報だよ。

 

「そう、なんだ。幼なじみかー、いいなっ。雪ノ下さ……ゆきのんってめっちゃ綺麗だよね!」

 

「ありがとう。由比ヶ浜さん、それよりもゆきのんって何かしら」

 

「あだ名だよっ。『雪ノ下雪乃』だから、ゆきのん!」

 

「止めて頂戴。そんなあだ名は不愉快だわ」

「ねねっ、ゆきのんの髪の毛サラサラだよね、リンスとか何使ってるの?やっぱ雪山草リンスとか?」

「リンスは太陽草リンスよ。そして由比ヶ浜さんそのあだ名で呼ばないで頂戴」

「へー! 私もそれにしょっかな。あとさーゆきのん」

「由比ヶ浜聞いてる?由比ヶ浜さん?」

 

 一色と俺の存在はまるで空気の如く。いや、俺なんか空気中の窒素並みに存在感は消えていた。

 女性陣で和気藹々としている中で、男が居るのは不粋な事だろう。誰もよりと何も他人に気を使う事が出来る八幡は、ここいらでドロンさせて頂きます。

 音も立てずに玄関まで向い、ドアの取手を掴んだ時。

 

「処で比企谷君。何処に行くつもりなのかしら」

 

 ですよねー。

 

「いや、なに。お前ら楽しそうだから散歩にでも行こうかと思ってだな」

 

「散歩に行く前に小町さんと会ってもらいます。今から連れてくるから待っていなさい。逃げでもしたら……解っているわね」

 

「イエス、マム」

 

 雪ノ下は鋭い目付きでそう言い残し、俺の横を通り過ぎて行った。

 

「えっ、ヒッキー妹さんいたの?」

 

「せんぱいの妹さんはメチャメチャ可愛くて良い子ですよ。せんぱいと同じ血が流れてるとは思えないくらいに」

 

「おいどういう意味だ。それはあれか、俺が良い子じゃないとでもいいたいのか」

 

「逆に自分の事を良い子だと思ってるんですか? コミュ障でひねくれ者のくせに」

 

「ああ俺は良い子だね。他人に迷惑をかけないようにずっと一人でいるからな。むしろ、俺こそが良い子の見本だな」

 

「ヒッキーって……なんか変わってるね」

 

「おう、変わってるよ。スペシャルなんだよ。凄いだろうが」

 

「結衣さん優しいですね、気持ち悪いって言葉を使わずに変わってるって言うなんて」

 

「一色、お前のその一言が由比ヶ浜の気遣いを無駄にしたの解ってる?」

 

「ちょ、別に気持ち悪いなんて思ってないし! ただなんか面倒くさいと思っ……あっ」

 

「あーあー、もう現実なんて知らねぇ。飲んでねぇとやってらんねぇわ」

 

 由比ヶ浜の本音を聞いてしまった俺は、心を癒すため、冷蔵庫に敷き詰められているMAXコーヒーを手に取る。

 プルタブを軽く捻り、カシュッと心地いい音を聞き終え、ソウルドリングを喉に流し込んだ。

 

「まーたクソマズコーヒー飲んでるし。それ体に悪いですから止めた方がいいですよ」 

 

「やかましい。現実が苦すぎるから珈琲くらいは甘過ぎる方がいいんだよ」

 

「また屁理屈を……」

 

 ため息をつく一色の姿を横目に、残量の少なくなったソウルドリンクを一気に飲み下す。由比ヶ浜に眼を向ければ、興味深そうにMAXコーヒーを見つめていた。

 

 今度勧めてみるか。いや、また敵を増やすだけだな。

 

 空になりつつある缶の中身を覗き、今後のことについて考えを巡らせた。

 雪ノ下が連れてくるのは果たして笑顔を振り撒く妹なのか。いや、違うだろう。角を生やした愛くるしい小鬼だ。 

 だが、どんな形であれ、愛しの我が妹と会えるのは嬉しい。出ていった手前、会いに行く訳にはいかないからな。

 頬を膨らまして怒ってくる小町を想像しながら、若干の期待と数分後に起こる、生活をかけた闘いに備えて、残りの珈琲を一気に喉へ流した。


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