Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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十八話

黒竜の鮮血が飛び、禍々しいオーラを放つ燐は色を薄めて無惨にも削ぎ落ちていく。見に見えて体力を消耗していく姿に敵ながらも哀れんでしまう。

平塚師匠との共闘が開始されて五分経過した現在。流れた時間と敵の疲弊の度合いはあまりにも釣り合っていない。そして、奴をここまで弱らせた平塚師匠は勢いを止めることなく、斬撃の嵐を奴に叩きつけていた。

奴は平塚師匠の猛攻に堪えかね、標的を俺に変える。それは逃げなのか、ただ先に雑魚を仕留めようとしたのか。飛脚を含め、六足歩行で俺へと襲い掛かってくる様には前者が合っていると思わせる動きをしていた。先ほどまでの俊敏な動きとは違い、動作にはキレは無く乱雑に前脚を振り上げ、地面へと叩きつけてくるだけだ。平塚師匠がいる、という絶対的な安心感を得た俺にとって、奴の攻撃をカウンターで返すなど造作もない。練習通りに、すれ違い様に一太刀いれる。奴は俺の攻撃で怯むことはなかった。だが、反撃してくることはない。何故ならば、既に平塚師匠が奴の懐に潜り込み、あの剛腕を振るっているからだ。その様子を眺めている俺は何をするのかといえば、ただ奴の目線の先で動き回るという児戯にも等しい行動をとっていた。

 共闘とは言ったものの、予測できない奇抜な立ち回りをする平塚師匠の立ち回りを妨げないように、遠方から隙を見て一太刀いれる、または奴が攻撃を仕掛けてくればカウンターで追撃を行う。俺はこの二点しか出来ない。

 

 つまり、奴へのダメージは俺の力など一割くらいあれば御の字、九割は平塚師匠の斬撃によるものといっていいだろう。

 

 もっと技術があればあの戦乙女の行動に合わせた動きができるのかもしれない。しかし、今の俺には不可能なのだ。ならば、出来ないことはしない。邪魔になるくらいなら参加しない。ボッチ人生を歩んできた俺には、これこそが世の中の不変的摂理であると考える。仰々しい物言いだが、用は全国全てのボッチリストが体験したことがあるだろう、

「ねぇ~、〇〇〇くんはクラスパーティーに参加しないよね? 参加するとかかまじウケないし」と、あからさまに参加してほしくない態度をとりながら参加の有無を聞かれたときと同じだ。そして訓練されたボッチスペシャリストならば、察して「ああ、その日用事あるから」と答えてるだろう。さらに付属特典として後腐れなく 、彼方も此方もどうでもいい他人という人間関係が構築できる。これはとても気の配れた良い行動である。

 よって俺はジャギィやランポスと同じく、勝者にくっついておこぼれをもらおうとしている事に何一つ負い目を感じてはいない。だから平塚師匠……頑張って。

 尻尾に縦斬り、突き、切り払いを俺と比較して倍速で行う平塚師匠にそう念じれば、目線でコンタクトが届く。

 『少しは加勢しろ役立たず』と。

 無論、平塚師匠は俺の力量を知っている上でそう語りかけてきている。お陰様でこんなアクシデントの中でも、まるで懐かしい修行の時と似た感覚になってきた。弟子というものは、何故だが師を越えようとするものだ。俺もご多分漏れず、その考えをもっている。

 何時でも回りに気を配り、空気を読んできた俺の冷えきった心に、チリチリと火が灯る。

 平塚師匠はまるで見せ付けるように平塚流の狩技を見せ、ハイリスクな回避方法をとり、無駄無く次の安全圏で攻撃を開始してみせる。

 舞っている様な動きに目が離れることはなく、一太刀入る度、心に灯した火へ突風が吹き、消えること無く燃え盛る。

 『戦乙女』と世呼ばれる所以、総数三十五連撃を大胆な回避と微調整を行うことで奴にはりつき、行って見せた。すると、奴は大きく仰け反り、絶好のチャンスが到来する。しかし、平塚師匠は追撃せずに刃を鞘に戻して後方に飛ぶ。

 同じことをやってみせろ。そう言われてる気がした。きっとそれは間違いではなく、そのためにこの隙をあえて見逃したのだろう。

 

 ここまでされてしまったらやらねばならない。例えるならば「〇〇〇くん、貴方私の誕生日パーティーに参加しなさい。もう参加すると伝えてあるから絶対に来ること。来なければどうなるか……解っているわね」と、言われる事と同義だ。これも全国全てのボッチリストが経験したことがあることだろう。いや、ないか。ないな。

 なんにせよ、必要と迫られれば成すことが出来るのが真のボッチ。

 

 燃え盛る火は遂に、冷えきっていたモノを溶かし、全てを燃やし尽くすことで、動力へと変換した。平塚師匠の挑発に乗り、奴に勝負を挑むと決意すれば、時を同じくして奴も俺を見据える。

 

 古代林に流れる暖かい風は切るよう皮膚を刺激する。長い長い風が止めば、次は冷えきった突風が俺を襲う。

 その風を避けてはならない。受け止めてはならない。制御し、風を送りつけた奴へと送り返すのだ。奴は俺のカウンターをくらい、間合いを取る。その動作は逃げではなく仕留めるための下準備であると解る。俺が回避ミスを犯した、あの爆撃を孕んだ紫色の粒子を飛ばしてきた。

 二度、同じ技をくらうのは平塚流派の者として最大の恥。

 粒子が俺に被弾する前、あたるかあたらないかという境目ではなく、一人分空けたくらいの距離で前方に転がり、奴の懐に懐に到達する。俺には平塚師匠のように数々の狩技を使用することはな出来ない。出鱈目な動きもできなければ突発的なアイデアも浮かばない。

 だが、だからこそ。

 奴の一挙一動に着目し、次の行動を予測する。筋肉の動きは、殺気の位置は。攻撃がくると解ればその一歩手前までその位置で斬撃を加え、迫る重撃をカウンターで返しながら予め決めていた位置へ移動し、一つ一つ慎重に刃を入れる。

 

 

 予測し、次の行動を決め、実行する。

 

 

 弟子入りした時から平塚師匠と同じ道を辿れるなど端から思っちゃいない。

 親父には親父の。平塚師匠には平塚師匠の。由比ヶ浜には由比ヶ浜の。そして───材木座には材木座の。

 己の道があるだ。

 

 消す。俺という存在を消す。

 俺は森に漂う空気だ。窒素だ。

 五秒、いや、三秒。奴は俺を見失い、小さな隙ができる。

 

 俺は一太刀入れることが出来る時間を奴の眼前へと移動する時間に消費した。舐められた行動と思ったのか、奴はふざけるなと残りの力を振り絞り、右脚を高らかに上げ、潰そうとしてくる。

 刃を頭部より上へ構え、奴の右脚を撫でるように刀身を剃り合わせ、いなす。左足を一歩前に、深く置く。体重を右足から左足へと移動すると同時に胴体を捻り、肩を緩やかに回す。肩の動きとは反対に勢いよく二の腕から手首へと力を通し。

 

 

 奴の顔に生えている触角に向かって降り下ろした。

 

 

 刃は触角に食い込み、勢いが止まることはなく横斜めにそれを切断する。

 

 

「ギャロァァァァァァァッッッ!?!?」

 

 臙脂紫色に染められていた景色は古代林本来の蒼穹に広がる青空を、地の恵みを感じさせる大地を取り戻した。前方では奴の触角を切断したためか、姿形を変えていた。先刻までの凶暴さは鳴りを潜める。しかし、それでも地に伏せることはない。だが、とどめの一撃を加えることは出来ない。俺は敵を前にして愚かなことに、意識は朦朧とし、古代林の風景は再び蜃気楼の様に変貌し続け始めたのだ。

 目蓋は俺の意思に関係なく落ち始め、最後に見たものは奴が空へ羽ばたく姿。そして、此方へ駆け寄よった平塚師匠の顔。

 

 平塚師匠、貴女の様には出来ません。

 

 伝えなければならない事を実際に言葉を発せられていたのかは解らない。だが、確かに聞こえたのだ。

 

 

「よくやった」

 

 

と。

 

やはり、平塚師匠が与える安心感は絶大であると感じて、俺はゆっくりと目を閉じた。


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