がはらサミット・ひたぎバースデイ/他~   作:燃月

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猫物語(白)を踏まえて書いた短編ですので、猫物語(白)をお読みでない方はネタバレにお気をつけ下さい。



ひたぎボックス~読切り~

 

 

 

~001~

 

「火憐だぜ!」

「ええと……ああ―――月火、だよ」

 

「……………………………」

「あら。いつものように益体もない思いつきの馬鹿トークを始めないのかしら?」

 

「…………………なあ。戦場ヶ原さん」

「何々、何を言っちゃってるのかしらこの子は? 私は月火。阿良々木暦の妹。月火ちゃんよ」

 

「…………………いや、だからさ……戦場ヶ原さん」

「あくまでも私が月火であると認めないというのね」

 

「認めるも何もこうしてあたしの目の前に居るのは、戦場ヶ原さんだろ。幾ら文字媒体の掛け合いオンリーのやり取りだからって、これは酷すぎるぜ。自称してるだけで、月火ちゃんの真似する気ゼロっつーか、一目瞭然じゃんっ!!」

「その文字媒体だからこそ『一“目”瞭然』にはならないんじゃないのかしら? 火憐さんがそう言い張っているだけかもしれない」

 

「む。そもそも月火ちゃんは、あたしの事をさん付けで呼んだりしないぜ。よって月火ちゃんじゃない!」

「あらあら。乱暴な考えね。でもそうね。そこまで頑なに認めないと言うのなら、それもいいでしょ。ここは妥協して月火ちゃん(仮)としておくわ」

「いやいや、妥協の意味がわかんねぇよ」

 

 

 

 

 

「ねえ、火憐さん。『シュレーディンガーの猫』って知ってる?」

「ん?」

 

「ふふ、火憐さんのようなお利口さんがこれぐらいの一般教養を知らないわけがないと思うのだけど」

「あ……ああ、勿論だぜ。火憐ちゃんはジュレビネガーの猫ぐらい知ってるぜ。あの猫、超可愛いよな」

 

「可愛いと言うより、可哀相な猫なのだけど………………ゼリー酢の猫って何よ」

「ん? どうしたんだよ。月火ちゃん(仮)」

 

「いえ何でもないわ。って自分で言っておいてなんだけど、まさか素直に月火ちゃん(仮)と呼んでくれるとは思ってもみなかったわ。火憐さん、あなた…………驚愕に値する人間のようね」

「お。なんだかわかんねーけど、褒められてる」

 

「まあいいわ。まず知っての通り『シュレーディンガーの猫』って言うのは、猫の種類ではなく、エルヴィン・シュレーディンガーが提唱した量子論に関する思考実験の名称よ」

「……だ、だよな。知ってた知ってた。月火ちゃん(仮)が突っ込んでくれないからちっとばかし焦ったぜ」

 

「あらそう。なら、専門的な話は割愛して大まかな概要だけ説明しておくとしましょうか―――ざっくりと端的おおまか簡潔に言っちゃえばこんな実験よ。一定確率で毒ガスが出るような不透明な箱を作って、その中に生きた猫を放り込んで蓋を閉める。そして、その毒ガスが作動する確率は50%。当然毒ガスが発生すればその猫は死ぬ」

「ちょっと待ってくれよ! そんなの酷いじゃん!」

 

「思考実験だから、本当に猫を使って実験したわけじゃないのよ火憐さん」

「あ……そっか」

 

「でもそうね、その意見には私も同意よ。猫を殺すなんて可哀相なことできないわよね。よって、ここは猫を阿良々木くんと置き換えて説明しましょう」

「ぅおい!!」

 

「外部からの中の様子を視ることが出来ない時、阿良々木くんが生きているのか、それとも死んでいるのか、その生死の判別はつかない―――箱の蓋を開けて中を確かめて見るまで誰にも阿良々木くんの生死は判らない。つまり観察されるまであらゆる可能性が不確定なのであって、それを実証する術はない」

「えっとさーその話が今、何か関係あんのかよ?」

 

「だ、か、ら、この語り手不在の空間はまさにソレなのよ。私が『阿良々木月火』であるか『戦場ヶ原ひたぎ』であるかは、観測者がいて初めて明らかになる。つまりあなたが火憐さんだという証拠もない。もしかしたら火憐さんを語る別人かもしれない」

「んなわけないだろ」

 

「ふふふ。お上手ね、羽川さん。ここまで火憐さんになりきられてしまったらお手上げだわ」

「え? あたしは火憐ちゃんであって、翼さんじゃないぜ」

 

「あら、もういいのよ羽川さん。お芝居はそれぐらいで―――ね」

「え? ちが、あたしは火憐ちゃん。阿良々木火憐だ!!」

 

「なんてこんな風に、いとも容易く火憐さんを羽川さんに置き換える事ができてしまう。読者の皆様も混乱したに違いないわ―――そんな訳で改めましてご機嫌よう。戦場ヶ原ひたぎです」

「え! ここで改めちゃうの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~002~

 

 とまぁ、私の正体をカミングアウトしちゃったのだから、箱の中身を確かめる意味を込めて、語り手として改めて宣言するとしましょう。

 どうも、改め改めましてこんにちは。直江津高校三年生、戦場ヶ原ひたぎです。

 阿良々木くんの妹、月火さんではないので悪しからず。

 

 あーあと念のため―――私の目の前にいるのは火憐さんで間違いないわ。羽川さんが火憐さんを演じているなんてことはないから、余計な勘ぐりは不要よ。

 

 

 さてさて、こうして語り手として表舞台にあがってきてしまったのだし、淡々と悠々に語るとしましょうか。

 本当は、こんな七面倒臭いことやりたくないのだけど、羽川さんがああして語り手として登場してしまった以上、私達にもいつお鉢が回ってくるとも限らないじゃない?

 

 地震に備えて取れ得る対策はしておいた方がいいとかそんなノリで。言うなれば予行演習みたいなものね。

 杞憂で済めばそれはそれで構わないのだし、余興として捉えてくれれば結構よ。

 

 でも、これって言わば深層心理のその奥深くまで赤裸々に、心の秘めたる内心が曝け出されているって状態なんじゃないの?

 包み隠さずと言うよりは、包み隠せずに。

 私は花も恥らう乙女なのよ。これって問題じゃない?

 

 まあ、ウジウジとそんなこと考えていても仕方ないことなのだし、となれば、長々と語り倒して墓穴を掘らないうちに、火憐さんをからか……もとい、火憐さんと親睦を深めることに努めましょう。

 

 

 

 

「ねえ、火憐さん」

「……なんだよ戦場ヶ原さん」

 

 私の呼びかけに、渋々といった感じで応じる火憐さん。なんとも胡散臭い人物をみるような三白眼で睥睨される。

 

 私もそれなりに背の高い方だけど、その私よりも5センチほど高いのよね、この子って。その所為かあまり年下の女の子って感じがしない―――と言うよりもボーイッシュな雰囲気を醸し出していてかなり美形の男子に見えてしまう。

 前にも増して妹がどんどん男らしくなっていると阿良々木くんが嘆いていたわ。

 

 そんな彼女は、上着のチャックを全開に開けたジャージ姿―――現在進行形でシャドウボクシング中。ワン・ツーと拳を振るうその姿は、今からリングに向かおうとするボクサーのよう。

 

 

 阿良々木くんから聞いた話だけど、以前の髪型はポニーテールだったそうね―――今は前髪を短く切り揃えられたショートボブ。額の少し上には、相も変わらず目玉焼きの髪留めが健在しているのだけど、この髪留めが目玉焼きなのは、何かの伏線なのかしら……確か月火さんも同じ物を付けていたはずなのだけど、いったいこれは何なんでしょうね?

 

 まぁそんなことはさて置き、

 

「あなた、巷ではファイヤーシスターズって呼ばれてるそうじゃない」

「おう。火憐ちゃんはファイヤーシスターズって呼ばれてる。月火ちゃんと二人合わせてファイヤーシスターズだぜ!」

 

 シャドウの合間に上、中、下、と三段蹴りを織り交ぜながら―――不快感が幾分薄れた声音で応じてくれる。

 自分の話題ともなると、簡単に食いついてくるわね。なんて扱い易……こほん、なんて純真な子なんでしょう。

 

 

 阿良々木火憐。

 私の彼氏であるところの阿良々木暦の上の妹。

 栂の木二中の『ファイヤーシスターズ』。

 

 結構この町では有名なのよ。私も阿良々木くんと親密な間柄になる以前からその異称を訊き果せていたし、知名度はそれなりにあるはず。

 都市伝説や、学校の怪談なんかと同レベルの、真実かどうかも疑わしい彼女達の武勇伝を、風の噂で訊いていたのだけど、そのどれも脚色ではなく、現実味を帯びさせる為に、わざとスケールダウンした話として伝聞されていたのだと最近理解したわ。

 

 そのファイヤーシスターズの彼女に―――阿良々木くんには『偽者』だと評されたとしても『ファイヤーシスターズ』には違いない火憐さんに、私は臆面もなく告げる。

 

「実は、三人目のファイヤーシスターズが現れたって噂を訊いたのだけど、知らないかしら?」

「え? 三人目? んな奴、居るわけないじゃん。それにそんな噂初めて聞いたし」

 

「まあこの噂はこれから私が流すのだし、火憐さんが知らなくても当然よ」

「いやいや、これからって。ファイヤーシスターズはあたし達―――あたしと月火ちゃんの二人だけだぜ。変な嘘流さないでくれよな、ったく。それこそ正義の味方ファイヤーシスターズがそんな暴挙許さないぜ」

 

 例え相手が兄の彼女であっても許しはしないと、誇示するように眼前に握りこぶしを構える火憐さん。目が本気。

 

「でも嘘と決まったわけじゃないわ。根も葉もある真実よ」

「嘘だ嘘だ!」

「うふふふふ。知らないの?」

「は! もしかして……」

 

 何かに思い至ったように火憐さんが息を呑む。

 

「最近兄ちゃんが髪の毛伸ばして女っぽくなってるのって―――まさか……兄ちゃん、ファイヤーシスターズに入るつもりなのか!?」

「いやいやいやいや、それは違う。もしそうなったとしたら躊躇無く別れたその上で、毎日不幸のメールを送り続けてやるわ――――――羽川さんの携帯から」

「翼さんのかよ! 効果は抜群だ!」

 

 迷惑メールの転送なんかは過去の私がやってるし、意味も無く着信拒否なんかもしてみたりしたから、これぐいらいのことじゃないと堪えないでしょう。

 でも羽川さんからのメールなら例え呪詛が書き連ねられた文面だろうと、喜んで享受してしまいそうな気がするわね……あの男。どこまで羽川さんのこと受け入れてるのよ、ほんと嫌になるわ。

 

 

 

「そう言えば阿良々木くん、最近ナンパされたそうね―――――」

「兄ちゃんカッコいいもんな」

 

 さも当然とばかりに納得している。

 

「―――男に」

 

 それに嬉々として水をさす私。

 

「え……ああ。兄ちゃん、背ぇひっくいし、女顔だもんなー。顔なんかあたしにそっくりだし」

 

 ちなみに、ナンパされた時の詳細について補足説明を入れておくと、阿良々木くんが好んで着回しているパーカーではなく、私がコーディネイトしてあげた、お洒落な洋服を着用していたことが一因としてあるし、私が隣で歩いていて、相対的に女子の二人組みとして声を掛けられたというのが、実のところよ。

 女の私より背が低いって事実と、肩にかかるまで伸びた長髪。それらの要素が噛みあって勘違いされったって事―――不憫ね。

 

 そんな背の低さにコンプレックスを抱いて、自分のことをチビの冴えない男だと思い込んでいる節がある阿良々木くんだけど、ここだけの話、あれでいて結構なイケメンだったりするのよ。いや彼女の惚気話とかじゃなくマジな話。

 火憐さんと瓜二つってことは、それ相応に整った顔立ちをしているって容易に推測できる話でしょ。

 

「あら、いけない、話が逸れてしまってるわ」

「えっと、三人目のファイヤーシスターズ、だっけ? 何だよそれ。嘘じゃないってんならどういうことなんだ?」

「それはね―――なにを隠そう、ファイヤーシスターズ三人目の正体は、この私。戦場ヶ原ひたぎだったのよ」

「な、なんだってー!?」

 

 効果音なんかが付随されそうな驚き方で仰天してくれる。

 

「あら意外とノリがいいのね」

「勢いで驚いちまったけど、それ、有り得ないだろ。なんだよどういう論法でそんなしっちゃかめっちゃかな話が出てくるんだよ。そもそもさー、戦場ヶ原さんにはファイヤーシスターズたる資格がない!」

「資格―――ね。参考までに、その資格とやらをお聞かせ願えるかしら? まさかとは思うけど、正義の心がなければなれないなんて、言うんじゃないでしょうね」

「いや必要だろ。だって正義の味方だぜ」

 

 なら月火さんは資格抹消よね。

 

「まあそれは、あたしと月火ちゃんの中では当然のことだし、そんなもんは、資格のうちに入らない! ファイヤーシスターズに必要なのは、姉妹であることと、名前に火を宿してこそ、炎の姉妹―――『ファイヤーシスターズ』なんだぜ!」

「そう、そんなこと。なら、遠からず私はその資格を得ることになるでしょうね」

「へ?」

 

 炭酸の抜けたコーラのような顔をする火憐さん(“気の抜けた顔”と言う意味よ)。

 

「近い将来私はあなたのお兄さんと結婚するのよ。これってもう、あなた達ファイヤーシスターズのお姉さんになったも同然よね。なんなら今からでも『ひたぎお姉さま』と呼んでくれて結構よ」

「へー……戦場ヶ原家の戦場ヶ原さんは、兄ちゃんと結婚するつもりなんだ」

 

 私の苗字を強調するように言う。確か羽川さんの事は『翼さん』と呼んでいたから、どうもまだ私に心を開いてくれていないようね。何がいけないのかしら。

 

「あら、大好きなお兄ちゃんが他の女に奪われてしまうってのは不服? まあ“つもり”ではなくて決定事項なのだけどね」

「あはは。不服ってそんな訳ないじゃん。歓迎ウェルカム大歓迎だぜ。でもさー、決定事項ってのは言いすぎじゃなねえか」

「うふふふふふ。ダーリンは既に了承済みよ」

「ダーリンっ!?」

「あら、いけない私ったらいつものクセで―――いやだわ恥ずかしい」

「でもさでもさでもさ。兄ちゃんってさー口だけのところがあんだよなー。身内の恥を晒すみたいでかっこ悪いけど」

 

 その事に関しては私も同意するわ。彼ってその場の雰囲気に流されてなぁなぁで事を進めてしまう節があるし、なんでもかんでも大げさに吹聴する傾向があるから、阿良々木くん視点の一人称で物語が語られると変な誤解が生じる結果になるのよね。

 その被害をもろに被っているのが羽川さんなんでしょね……きっと。

 

「あ。そう言えば、あたしと月火ちゃん、それに月火ちゃんの同級生だった千石って子とも結婚の約束してたぜ。小学生の頃に」

「…………そう」

 

 この千石って子、何者なの? 度々阿良々木くん関連の話の時に話題に上がるのだけど…………どうも阿良々木くんに好意を抱いているようね。

 神原もこの子と阿良々木くんとの関係について何か知っているようだけど―――一向に口を割ろうとしないし―――一度阿良々木くんに釘を刺しておかなくてはいけないわね。

 

 ふふ。それよりも吸血鬼には杭のほうが有効かしら?

 

 

「まあでも―――残念だけど口約束なんてなんの保証にもならないわ」

「それを言ったら、戦場ヶ原さんだってそうだろ」

 

「いえいえ。ちゃんと婚姻届に印も押してあるし、あとは卒業と同時に役所に届け出ればOKよ」

「へっ。それはないな。うちの印鑑はパパとママが厳重に保管してるから、例え兄ちゃんであっても取り出せないぜ!」

 

「心配ご無用よ。彼が寝ている内に血判で押して貰ったから」

「ちょっ! 血判って!」

 

「驚くのはそこではなくて、私と阿良々木くんが一緒に寝ているという事実でしょ」

「………………」

 

「そんな怖い顔しないでよ、火憐さんったら真に受けちゃって可愛いんだから。嘘嘘、ヶ原ジョークよ。じょ・う・く」

 

 ほんと火憐さんって可愛いのよ。阿良々木くんが女の子になったみたいで。キスしてもいいのかしら?

 

 

 

「そもそも戦場ヶ原さんはさ。『火』を宿した名前じゃないじゃん!」

 

 決定的な穴をあげつらい、勝ち誇った表情を覗かせて火憐さんが言う。

 ただ火憐さんには悪いけど――そんな言い分、百も承知。寧ろ、相手から指摘されたことにより、よりいっそう論破し易くなったと内心で私はほくそ笑む。

 

「私の名前知ってる?」

「戦場ヶ原さん」

「下の」

「えーっと…………………なんだっけかな……………………………………ひたぎ、だっけ?」

 

 しばらく黙考してから、やっとのことで私の名前を思い出してくれたのは喜ばしいことだけど、その程度でしか『私という個人』を認識されてないって事実を証明されたよで、正直ショックよね。

 それは、このレベルでしか私は火憐さんと関係を築けていないことを意味しているのだから。

 ちょっぴりセンチメンタルな気分。

 

「ええ。そうよ。ひたぎ。戦場ヶ原ひたぎ。阿良々木くんと結婚して苗字が変わったのなら阿良々木ひたぎ」

 

 阿良々木ひたぎ。ふふ。いい響きね。

 

「そして名前に漢字を宛がうとしたら、『火』が『滾る』と書いて火滾。阿良々木火滾。これってもうファイヤーシスターズの加入条件を満たしていると言ってもいいんじゃないかしら?」

「むむ……確かに、兄ちゃんと結婚したら戦場ヶ原さんはファイヤーシスターズと言っても過言じゃねえな」

 

 うんうんと頷き、まさかの肯定。 

 ここで否定されず同意をされるとは予想外ね……この子の手綱を握るのは相当難しいわ……制御不能。

 やはり火憐さんの相手が務まるの月火さんしかいないようね。

 

 


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