がはらサミット・ひたぎバースデイ/他~   作:燃月

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『物語シリーズ』並び『偽物語コンプリートガイドブック 短々編』のネタバレが含まれています。
戦場ヶ原さんが『ツンドラver.』ではなく『ツンドロver.』ですので、ご注意下さい。
タイトル通りあの『ガハラサミット』を書かせて頂きました。少しでも楽しんで貰えたら幸いです。


がはらサミット~その1~

 

~001~

 

 妙な緊張感が漂う阿良々木家の一室。未だ修繕しきれていない箇所はあるものの(先日、火憐が大暴れした爪痕だ)、整頓された我が家のリビングが、本日執り行われる会合の舞台だ。

 

「ええっと……本日はお日柄もよく、こうしてお集まり頂き、ありがとう……ございます」

 

 ソファに腰掛ける妹達の顔色を窺いながら、なぜか結婚式などにおける定例の挨拶で場の雰囲気を繕い、恐る恐る話し始める僕だった。

 

 8月中旬。夏休みも残り僅かとなったある昼下がり。

 影縫余弦、斧乃木余接のツーマンセルとの間に起こった問題も一応の決着をみせ、どうにかこうにか家に戻った僕が何気無く――今となっては迂闊にもと言うしかないが、「夏休み明けにさ。僕の彼女を紹介してやるよ」などと、月火に対して口走ってしまったのがこの会合の発端だったりする。

 

 とある事情で盆休みを用いて田舎に帰省していた戦場ヶ原を、帰ってきた早々に呼び出し、妹達に紹介する事と相成った。

 詳しくは、“『偽物語-アニメコンプリートガイドブック-』に収録された短々編”を参照頂ければと思う。

 

「では改めまして紹介します。えー、僕の彼女の――」

 

「――戦場ヶ原ひたぎです。どうも初めまして火憐さん。月火さん」

 

 僕の言葉尻を引き継いで、折目正しく優美な一礼。対面に座っている妹達に爽やかな笑みを浮かべる。文句の付けようのない満点の挨拶だった。

 

 顔を合わせるまでは戦場ヶ原ひたぎに対し、二人揃って懐疑的であり敵対心を剥き出しにしていた妹達であるが、ここに来てその反応は二極化することになった。

 

 上の妹、火憐はまぁ変わりなくそのままというか、親の仇でも見るような目で戦場ヶ原を睨み付けている。ただ……鼻を啜り今にも泣き出さんばかりの状態なのが如何ともしがたい。

 

 一方下の妹、月火は、当初でこそその存在――兄の彼女に不快感を示していたものの、今は、

 

「ほぇ~」

 

 と、某さくらちゃんのような嘆声をもらし、口をあんぐりあけてその美貌に見蕩れている。まさに、戦場ヶ原蕩れ状態だ。

 

「え? え? これがお兄ちゃんの彼女? え、何の冗談? だってこんな美人さんが……お兄ちゃんの彼女だなんて、ないない」

「あら美人だなんて、そんな」

 

 月火の言葉に、実に慎ましやかに応対する戦場ヶ原だった。

 

「折角の機会だし何か質問でもあれば――そうだな、月火ちゃん。なんかないか?」

 

 火憐の状態を鑑みれば、月火を選択した事はこの場合賢明な判断と言えよう。多くの人は、それを消去法と呼ぶのかもしれない。

 

 ちなみに、妹達をちゃん付けで呼んでいることは羽川によって既にリークされてしまっているので、もう気にしないことにした。あまり僕の情報をやり取りされるのも困った話だけど、二人が交友を深めるのは喜ばしい事だし、それが羽川のストレス解消の一端を担っているのだから許容するしかない。

 

「ん~と、じゃあ、ずばり! この家の財産が目的だったりしません?」

 

 さすが月火と言うべきか、やはり月火というべきか、なんて質問してやがるっ!?

 不躾というか最悪だ!

 前言撤回。ちっとも賢明な判断じゃねー!! 所詮、消去法で選ばれた人選だった。

 

「戦場ヶ原。悪い、こいつ馬鹿なんだ。気を悪くしないでくれ」

「いえ、そうね。財産目当てというのも魅力的な話ね。だとすると、阿良々木くんとは、お付き合いだけじゃなく、結婚することになるのかしら。ね、旦那様」 

 

 こんなこそばゆい台詞を、恥ずかしげもなく言ってのけてしまうのが、今のガハラさんクオリティー。僕としては、照れ笑いするしかない。

 

「ほほぉ」

 

 否認するでもなく、妄言を汲んだ上での機知に富んだ絶妙な切り替えしに、月火も素直に感心しきっている。

 

「でも、なんで戦場ヶ原さんみたいな綺麗で清楚な人が、こんな駄目駄目なお兄ちゃん如きを選んだんです? それこそ、戦場ヶ原さんだったら選り取りみどりだったんじゃ……あ、やっぱり弱みでも握られて無理やりつき合わされてるんじゃないですかっ!?」

 

 などと神妙な顔付きで、失礼極まりない発言をする小妹。言葉の節々に悪意を感じる。なんだろう、兄の評価が果てしなく低いというか、僕に喧嘩を売っているのだろうか? 戦場ヶ原の手前ここは黙って耐えるしかないけれど。

 

「そんな事ないわ。寧ろ、弱みというか、私の弱った部分を受け入れてくれたのが阿良々木くんだったわけで、その優しさに私は心撃たれて、ぞっこんLOVEしちゃったわけだし」

 

 ガハラさん……ぞっこんLOVEは死語でしょうに。

 ふむ、まぁ確かに春先から悪意ある暴言の数々を浴びせ続けられながらも、それを耐え切り、受け止めきった僕は評価に値するだろうと、自画自賛ぐらいはしたいもんだ。受け止めきれずに、心に大きな傷を負ったこともあるような気がするけれど。

 

 今のこの清廉された戦場ヶ原からは想像だにつかないもんな。そこんとこの事情を知らない妹達からすれば、僕の偉業を認識できているとは思えない。あ~歯痒い限りだ。

 

 とはいえ、戦場ヶ原の発言を受けて、顔が綻んでしまうのは避けられない。

 

「わぁ。ラブラブだぁ。もう、これはほんとに結婚も秒読みだねっ! よっ! ご両人!」

 

 そんなデレデレの僕を囃し立てる月火ちゃん。

 いや~我ながら妹に恥ずかしい姿を晒しまった。まぁそれでも、なんだかんだ和やかな空気が流れているし、なかなかにいい感じだ。

 月火の本来持ち合わせている性格はかなり危ういものがあるが、人前では基本猫を被るので、初対面の人などには概ね好印象だったりする。

 この会談が始まる前は結構警戒というか身構えていた部分もあったのだけど、どうやら杞憂で済みそうだ。

 

 

 

 

 ――なんて、そんな淡い期待を一瞬でも抱いたのは間違いだった。

 

 そうだ、コイツが居たのだ。

 今までだんまりを決め込んでいた火憐が突如立ち上がり、びしりと戦場ヶ原に指を突きつけ――

 

「兄ちゃんは渡さないっ! 結婚なんかさせないっ! この家の敷居は跨がせないっ! 付き合うのだって許さないっ! 駄目、駄目。絶対駄目っ! というか嫌。嫌、ぜっったいに嫌っ! 兄ちゃんはあたしのだぁああああっ!!」

 

 ――捲くし立てるように火憐が吼える。

 

 さて今現在進行形で敷居を跨いでしまっていることは、この際スルーするとして、恐れてはいたが、やはりこの症状が発症してしまったか……。

 駄々を捏ねる子供みたいな火憐ちゃん。なんだこの兄ちゃんがいなきゃ生きていけない的なブラコンキャラは。

 もっとこう、なんでも寛容に受け入れる、異常なまでに懐の大きな大雑把な性格の奴だったはずなんだけど……どうしてこうなった!? まぁ心当たりがない訳でもない……例の歯磨き三本勝負以降から言動の変調が著しい気がする。

 

 兎にも角にも、僕に関して言えば、既に彼女(戦場ヶ原)を紹介すると言った折に、この駄々っ子モードを体験済みだったので心構えが出来ていたけれど、戦場ヶ原と月火が面食らうのも無理はない。

 唯一の救いとしては、暴れずにいてくれていることだろう。

 またリビングを破壊されたら阿良々木家の家計的意味合いも含めて洒落にならないし、あの暴走状態は文字通り手が付けられない。

 

「ど、どうしたの? 火憐ちゃん、落ち着いて落ち着いて。どう、どう、どう」

 

 姉の錯乱に戸惑いながらも、馬を宥めるように月火が対処してくれている。

 その間に戦場ヶ原が僕に顔を近づけ、そっと耳打ちをしてくる。

 

「えっと……こよこよ、いったい火憐さん、どうしちゃったの? 気のせいでなければ私に対して並々ならぬ敵意を抱いているように感じるのだけど」

 

 不安そうなか細い声で戦場ヶ原。

 

「概ねその通りだ。なんつーか、結婚に反対する頑固親父的なもんだと思って対応してくれないか。悪いけど頼む」

「……そう、了解」

 

 僕の簡潔な説明で、大まかな状況を察して貰えたようだ。理解が早くて助かる。

 あと注釈として、この戦場ヶ原が言う『こよこよ』とは、不承ながら僕のニックネームのことである。

 学校なんかでは今までどおり『阿良々木くん』なのだが、二人きりの時などに戦場ヶ原が好んでこの愛称で僕を呼ぶのだ。正直止めて欲しいしのだけど、何度頼んでも僕の訴えは棄却される。

 

 そう言えば、この愛称に関わる話として、こんなことがあった。

 戦場ヶ原の家で受験勉強に取り組んでいた時のことだが、「みてみて~」と彼女が嬉々として大学ノートを開いて、僕に見せてくるのだ。

 その大学ノートには、びっしりとページ一面に文字が埋め尽くされていた。

 ノートなのだから文字が書かれているのは当たり前だ。しかし、それが黒板の板書を書き写したものではなく、僕のニックネーム候補一覧が色ペンを交えて、書か連ねられていたのだから始末に負えない。

 

 しかも新品でもメモ帳として使う自由帳でもなく、普段学校で使用している日本史のノートにである。夏休みが終われば、今後提出する機会があるかもしれないのに、どうするつもりなのだろう。

 

 その数日後、僕と羽川との間で話し合いが開かれ、協議の結果、家庭教師として問題があると判断された戦場ヶ原は、一時、田舎への強制里帰りが命じられたのだ。

 

 余談だが、今後一生使う機会がないであろう僕のサインまで考えてくれたりもしている。

 

 まぁそんな感じで絶賛ツンドロ中のガハラさんなのだけど、

 

「火憐さん。そう邪険にしないで、少しお話しましょうか」

 

 戦場ヶ原から火憐に歩みより、説得に乗り出してくれたようだ。

 以前の彼女なら、死んでも自ら心を開こうとはしなかったはずなのに。実に感慨深い。

 

「いーやーだ!」

「阿良々木くん、困ったわ。交渉は決裂よ」

 

 ただ、火憐の一言であっけなく引き返してきた! 諦めが早過ぎる!

 もうちょっとぐらい歩み寄ってくれてもいいんじゃないか? いや、でもこれは火憐に非があるのだし、戦場ヶ原を責めるのはお門違いか。

 それでも、此処は戦場ヶ原の働きに頼るほかない。

 

「もう少し頑張ってみてくれないか」

 

 小声でお願いしてみると、戦場ヶ原は微かに頷き再度火憐に話しかける。

 

「えーと、そうね……火憐さん、何か好きな物はないかしら? 好きな食べ物でも、好きな事でも何でもいいのだけれど」

 

 多少ぎこちない問い掛けとなっているが、好きな物なら火憐だって話し易いし、話の切っ掛けを得るにはもってこいの質問と言える。それで、共通点なんかが発見できれば、その後の話もどんどん発展していくことだろう。

 

 まぁあれだ、それは素直に答えてくれたらの話だけどね…………火憐に反応はなく、気まずい沈黙が続くだけだった。

 

 いやいやいや! この状況は大変よろしくない! よろしくないだろーに!!

 

「おーい。火憐ちゃーん。好きな物だぞ。好きな物。ほーら、何かあるだろー」

 

 堪らずフォローに入る僕。

 笑わば笑え。自分でもどうかと思うけど、優しいお兄さん口調で妹のご機嫌伺いだ。

 

「……兄ちゃん」

 

 ぽつりと。火憐が僕を呼ぶ。

 

「どうした火憐ちゃん?」

「兄ちゃん」

「ん?」

「だから、兄ちゃんが好きだ!」

「………………………」

 

 つまり、僕を呼んでいたわけではなく、『好きな物は?』と聞かれ、『兄』と答えたということか。なるほど。なるほどなるほどなるほど。

 

 反応し辛ぇ!! 月火に至っては、姉の狂乱発言(カミングアウト)に唖然としてるじゃねえか!

 

「よし。よーし。よーーし。さ。火憐ちゃん。そうだな。お前からも何か戦場ヶ原に質問なんかないか? 何でもいいんだぞ? ほら、ほら、ほら」

 

 なんとか勢いだけでこの件はなかったこととして扱い、強引に話を進めようとする僕だった。

 

「えー」

 

 が、あからさまに嫌そうな顔をされる。

 

「兄ちゃんの一生のお願いだから」

 

 両手を合わせての懇願だ。

 無論、一生のお願いという名目でお願いしたことなんて、子供の頃からあわせて数え切れない程あるはずなんだけど、

 

「うーん……兄ちゃんの一生が懸かってんなら……仕方ねーか……よし。あー、戦場ヶ原さん」

 

 不承不承ながらも、どうにか火憐を説得することに成功したようだ。

 さて、戦場ヶ原の問い掛けを全て突っぱねてきた火憐ちゃんが、はたして、どんな質問をするのだろうか?

 本日二人が交わす、初めての会話らしい会話に耳を傾聴させる。

 さぁ、これが阿良々木火憐と、戦場ヶ原ひたぎのファーストコンタクトと言っても差し支えない会話である。

 

 

 

「兄ちゃんと別れろ」

 

「死んでも嫌」

 

 

 ぴしりと、空間が罅割れたような錯覚を覚える。

 火憐ちゃん、それは質問とは言わない……、なんて言える雰囲気では到底あるはずもなかった。

 

 


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