奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第18話「守る理由と戦う理由」

「しかし、派手にやってくれますね。

 お二人とも」

 

「悪い……」

 

「すまんな」

 

 私、更識楯無はこの二日間においてグラウンドで川神先輩とは別ベクトルでえげつない訓練を課している先輩と雪風ちゃんよりも古株な二人の艦娘にそう言った。

 この二人は精神的にえげつないことをしている。

 二人して相手の戦闘時の性格面の欠点を突き付けて心が折れる瀬戸際まで追いこんでいる。

 

 ……先輩のは何度もたたいて刀の強度を上げる感じだけど、この二人のはそんな軟なものじゃないわね……

 

 川神先輩の場合は相手をギリギリまで追い詰めそこから這い上がらせる計算されたスタイルだ。

 そうすることで限界を少しずつ伸ばし、心が折れない様にしている。

 しかし、目の前の二人のものは違う。

 相手のミスが即、他の誰かの死に繋がることを意識させ、戦場の恐怖を突き付ける。

 その結果、心が潰れる人間が多く出るだろう。

 

 ……これがこの人たちの……

 雪風ちゃんたちの世界ね……

 

 恐らく、これは彼女たちにとっては当たり前なのだ。

 ヒューマニズム等に酔っている暇がなく、ただ勝利を求め生き残ることだけを考える。

 そうすることでしか大切な人たちを守れない。

 だから、感情的になることを禁じる。

 

 ……先輩と雪風ちゃんも……

 あれでセーブしていたのね……

 

 恐らく、あれでもあの二人はセーブしていた方だったのだ。

 スパルタな訓練をしていたが、あれはあくまでも人の生命が関わっていなかったことから心を潰すことはしなかった。

 平和な時代的な厳しさなのだ。

 

 自惚れていたわ……

 

 本当の彼女たちの姿を見て私は自分が自惚れていたことに気付かされた。

 更識の当主としてある程度の覚悟は決めていたつもりだった。

 しかし、実際はそれはただの傲りに過ぎなかった。

 

「……しっかし、俺たち艦娘が言うのもどうかしているが、平和な時代にあんたみてぇな少女がこういう立場にいるのはどういうことだ?」

 

「………………」

 

 改めて、私と会話して天龍さんは私の年齢とこの肩書きに対して疑念を抱いたらしい。

 

「天龍さん、それは……」

 

「いいのよ。虚ちゃん」

 

「お嬢様……」

 

 天龍さんのその発言に虚ちゃんは少しばかり反感を抱いた様子だったが私はそれを制止した。

 

「……それにそれは雪風ちゃんにも言われたことよ」

 

 まだ学生の私が対暗部と言えども裏の世界に関わっていることに違和感を感じたのは雪風ちゃんも同じだった。

 やはり、この人たちは雪風ちゃんたちの仲間だ。

 

 ……思えば、川神先輩があれだけ厳しくしたのはそういうことなのよね……

 

 川神先輩が私の「IS」の訓練に稽古を付ける様になったのは恐らく私の覚悟を試すのと同時に私を戦いから遠ざけるためだ。

 この人たちは戦いを自分たちだけが行って、他の戦わなくて済む人間を遠ざける人たちなのだ。

 

「……そうか。

 雪風がか……」

 

 天龍さんはそれを聞いて、何処か納得している様子だった。

 

「悪かったな。

 それなら、あんたにもあいつにも失礼だな」

 

 天龍さんは私のことを侮っている様にも受け止められる言い回しをしたことを詫びてきた。

 

「……雪風ちゃんの言葉で納得してくれるんですか?」

 

 雪風ちゃんの言葉で納得した彼女に訊ねた。

 

「まあな。

 恐らくはあの戦いで……いや、あの戦いの後でも色々と沢山のものを見てきたあいつのことだ。

 あいつが文句を言わないねぇなら、俺たちがとやかく言うことはねぇ」

 

「……やっぱり、雪風ちゃんは……」

 

 天龍さんは先輩曰く、『大先輩』らしい。

 そんな人が雪風ちゃんの言葉の重さを理解していることから、雪風ちゃんの経験は実力以上のものなのだろう。

 

「ああ……

 間違いなく、あいつは戦いの中で先にくたばっちまった俺たちよりも戦いの重さも、意味も、虚しさも、悲惨さも分かっている」

 

「「………………」」

 

 天龍さんは自分たちとは異なり、生き残り戦い続けた雪風ちゃんのことを自分たちよりも戦いの現実を知っていると語った。

 それは戦いそのものへの悲しみや怒りを理解しているが、同時にそれを避けられるものとし、誰かがやらなければならないことだということも理解しているという恐ろしい程に辛いことだ。

 業を抱えながらも生きようとしている。

 あんなに真っ直ぐで誠実な彼女がそうするしかないのだ。

 

「……昔はただ優しくて明るい子やったのにな……」

 

「……昔?」

 

 天龍さんの雪風ちゃんへの認識を聞かされた後、龍驤さんはそう言ってきた。

 どうやら、今の雪風ちゃんと昔の雪風ちゃんは違うらしい。

 

「昔はな。

 本当にあの子はみんなに愛される小動物みたいな子やったんや」

 

「……それは……」

 

 何となく、それは察することが出来た。

 確かに雪風ちゃんには静かな一面はあるけれど、あれは決しておしとやかという意味ではない。

 元々、明るくて多くの人に愛され、優しいそう言った人間に陰りが生まれてそうなったといった感じだった。

 

「……あれでも、マシな方かもな……」

 

「そうやな……?」

 

「え……?」

 

「………………」

 

 二人は今の雪風ちゃんの状態をマシだと言った。

 それを見て虚ちゃんはよくわかっていない様子だったが、私には二人が言わんとしていることが理解出来た。

 

 ……もし何も残らず失っていたら……

 人間味を完全に失っていたらということね……

 

 雪風ちゃんは優しい。

 いや、優し過ぎる。

 だからこそ、守るもの全てを失っていたら、ただの兵器同然の存在になっていた可能性がある。

 ただ戦うだけ。

 そこに楽しみ苦しみも覚えず、義務を果たすだけ。

 

 そうならなくてよかったわ……

 

 私は思わず、そう感じた。

 けれども

 

「……だからこそ、この世界では注意しねぇといけねぇな」

 

「え……」

 

 私の安堵を楽観的なものだと突き付けられた。

 

「どういうことですか?」

 

 私は彼女の抱えている危惧を訊ねた。

 一体、この世界では何が違うと言うのだろうか。

 

「この世界はアイツの生まれた世界……

 故郷じゃねぇからだ」

 

「「!」」

 

 天龍さんのその一言で私たちは雪風ちゃんの抱えている危うさを把握することが出来た。

 

「何だかんだで俺たちはあの世界の故郷やそこで生きている人間を愛していた。

 だからこそ、戦うことが出来た。

 勿論、大切な人間たちもいるのも理由だけどな」

 

 彼女の発言で私は彼女たちの人間らしさを改めて知ることが出来た。

 彼女たちは戦う、いや、守る為に生まれてきた。

 だけど、そこには決して機械的な義務などではなかった。

 彼女たちは彼女たちの世界そのものが好きだったのだ。

 だからこそ、彼女たちは戦うことが出来た。

 

「だが、この世界にはそれらがねえし、いねえ」

 

「っ!」

 

 しかし、それはこの世界における彼女たちのアイデンティティの脆さに繋がる。

 

「あるとしても「深海棲艦」のせいで誰かが傷付いたり、悲しんだりするのが気に食わねぇという理由だけだ」

 

「……それが今のあなたたちの戦う理由ですか?」

 

「ああ」

 

 彼女らがこの世界で「深海棲艦」と戦う理由。

 それはもう『守りたい』という感情よりも、もう二度と誰の涙や苦しみも見たくないという意思だった。

 

「こう言っちゃ悪いが、俺たちはこの世界に愛着なんてねぇ」

 

「………………」

 

 彼女の言っていることは一見すると薄情かもしれないが尤もだ。

 故郷も愛する人もいなければそこに愛着が生じるはずがない。

 きっと、この人たちは思い出を大事にしてきて戦ってきたはずだ。

 ここにはそれがないのだからそう思うのも無理はない。

 むしろ、誰かの涙を止めるために戦うという優しさを理由に戦ってくれるだけ幸いだ。

 

「だが、神通と雪風は違う」

 

「……え」

 

 しかし、天龍さんは川神先輩と雪風ちゃんは違うと言ってきた。

 

「……そうだな。

 神通はこの世界の人間として生まれ変わって育ってきたことでここがもう一つの故郷となった。

 大切な故郷であり、家族がいて、友人がいる。

 あいつにとって、十分守る理由が出来ている」

 

 天龍さんは川神先輩にとってはこの世界は守るべき故郷であると告げた。

 

「一方、雪風にあるのはこの世界で出来た人との繋がりだけだ」

 

「!?」

 

 その一言までようやく、彼女らの抱えている危惧を理解した。

 

「……アイツにとってはこの世界で出来たアンタを含めた友人こそが戦う理由なんだ。

 もし、それが失われたらそれこそアイツは今度こそ完全に立ち直れなくなる」

 

「そんな……」

 

 雪風ちゃんが彼女らの戦いが終わった後もずっと戦い続けた理由。

 それは故郷への愛着があった。 

 しかし、この世界にはそれがない。

 あるのは友人という存在だけだ。

 

「……だから、アイツらやアンタにも強くなってもらわなきゃならねぇ。

 アイツの心が壊れないようにな」

 

「………………」

 

 天龍さんは重ねて私たちが強くならなければならない理由を告げた。

 雪風ちゃんはも彼女たちと私たちという守るべき存在があるが、それは彼女の弱点だったのだ。

 

 ……もし、私が……簪ちゃんを失ったら……という状態ね……


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