奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「ユッキー……
私は夢の中にいるのですか……?」
「オープン・チャネル」から聞こえてきたその声に金剛さんはいつもの調子を投げ捨てて私に訊ねた。
金剛さんは苦境に立たされても普段と変わりなく明るく振舞うのは彼女の強さの表れだ。
だけど、それはあくまでも苦しい時の強さだ。
今、彼女がそれを捨てているのは苦しいからではない。
むしろ、逆だからだ。
「……いえ、間違いなくこれは……現実です……!」
私自身何が起きているのかなど理解出来ていない。
でも、今起きていることが紛れもない現実であることは彼女とは異なり知っている。
何故ならば、既にもう同じことが起きているのを私は知っているからだ。
『雪風……と金剛さん!?
じゃあ、本当に!?』
『みんなもいるっぽい!?』
「え!?」
「What’s!?」
続けて聞こえてきたつんとした声と人懐っこい犬を彷彿とさせる声にも私は驚くしかなかった。
『山田さん。彼女たちと話をさせてもらえないかしら?』
『あ、えっと……はい!』
その落ち着きのある声は山田さんの名前を呼びながら私と金剛さんとの会話を求めた。
どうやら山田さんとは幾らかのやり取りを終えているらしい。
『またあなた達と会えるとは思っていなかったわ……
金剛。雪風』
彼女は何処か複雑そうにしながらも再会を喜んでいた。
『加賀さん……』
私はその人の名前を口に出した。
最強の名前を冠していた「一航戦」の片翼を担い、その攻撃はまさに烈火の如くと呼ばれ、後の「一航戦」達すらも攻撃力においては彼女に譲ると称された静かなる正規空母。
彼女は私たちの悪夢の始まりと言われたあの「ミッドウェー」に沈んだ。
「加賀!?
どうしてあなたがここに!?」
ある程度落ち着いていた私とは異なり、事情を全く知らない金剛さんは今までにない程驚愕していた。
というよりも驚くしかないと思う。
何故ならば私も驚いているうえに金剛さんにとってはまるで幽霊に出会った様なものだ。
『相変わらずね。金剛』
金剛さんの変わらない素直な反応に対して加賀さんは懐かしむ様に言った。
ただ私の経験則からするとこの表現は些か違うと思った。
私がまるで一夜の眠りから覚めた時の様に彼女もきっとあの戦いの直後に来たはずだからだ。
『本当に金剛さんだぁ~!!』
『そ、そうね……』
「夕立!?それに叢雲も!?」
そして、本来ならばこの場にいること自体が奇跡としか言い様のない五人の中で残されていた二人である夕立ちゃんと叢雲ちゃんにも当然ながら反応した。
驚く金剛さんとは対照的にこの再会を隠すことなく夕立ちゃんは喜び、叢雲ちゃんは多少なりの動揺を見せていた。
「……三人ともお久しぶりです」
あの頃と全く変わっていない三人の姿を見て自分だけが変わっていることに対して時の流れを感じてしまった。
『雪風ちゃん!!無事だったんだ!!』
『……あんた、変わった?』
二人は同じ駆逐艦ということもあり気軽に接してくれた。
そこには中華民国の総旗艦やあの戦いを乗り越えた半ば伝説化された艦娘への敬意はなく、ただの仲間同士の立場としての気持ちしかなかった。
「っ……!!」
「雪風!?」
「どうしたんだ!?」
その当たり前が嬉しくて仕方がなかった。
同じ艦娘。
それでも駆逐艦という存在が私をただの仲間だと見てくれる。
それだがどれだけ尊いことか。
『雪風ちゃん?何で泣いてるの?』
『………………』
夕立ちゃんはまだこの状況を理解しているわけではないらしく、対して叢雲ちゃんは何か察してくれたらしい。
『……そう。雪風。
よく頑張ったわね」
「……っ!
……ありがとうございます……」
私の様子を見て加賀さんは事情を察して労いの言葉を掛けてくれた。
いや、彼女だからこそ理解できたのだろう。
彼女はこの場で最も早く沈んでしまった人だ。
きっとそれを二人から聞かされたのだろう。
『えっと、陽知さん……
やっぱり、その……』
「はい……間違いなく、彼女たちは……」
山田さんも反応に困っている様子だった。
きっと彼女も信じられないのだろう。
まさか私のことを知っている人間が現れるとは。
「雪風?」
「陽知?」
金剛さんが現れた時点で、いや、そもそも私がこの場にいる時点で十分考えられる可能性だった。
それでも実際に起きたことには信じられなかった。
「山田さん。
何処で彼女たちと……」
私は彼女たちがこの場にいる過程を知りたかった。
きっと理由は何れだけ探っても見つからない気がした。
それは他ならない私もそうだからだ。
だからこの場にいるまでの過程だけでも知ろうと決めた。
「……あの敵、いいえ。
「深海棲艦」に襲われていた時に彼女たちに助けられました」
「!?」
山田さんの口から「深海棲艦」の名前が出てきたことから彼女の言葉が紛れもない事実であることを物語っている。
どうやら山田さんは「深海棲艦」と交戦している最中に偶然加賀さんたちに出会い、彼女に助けられたのだ。
納得できる。
何故ならば加賀さんがいるのだ。
山田さんという神通さんすらも認める実力者がいる中でそこに最早伝説ともいえる「一航戦」の加賀さんの航空戦力が加わったのだ。
十分、彼女が無事でいられる可能性はあり得る。
というよりも、その場にいた「深海棲艦」を殲滅したのも容易に想像できる。
「……わかりました。
では、回収をお願いします」
私はとりあえず帰還することを優先した。
私の「初霜」もそうだが、何よりもシャルロットさんを休ませたかった。
彼女は私以上に消耗している。
一度殺されかけた恐怖は想像以上に心をすり減らしているはずだ。
それに
「金剛さん。加賀さん。叢雲ちゃん。夕立ちゃん。
事情は帰ってから詳しく話します」
この世界に来たばかりの彼女たちに色々と説明しなくてはならないだろう。
ただそれも心苦しい。
先ずこの世界が私たちのいた世界ではないということもだが、この世界の「女尊男卑」を聞けば間違いなく彼女たちは悲しむ。
何よりもあの世界の戦いの行く末もだ。
特に私は金剛さんと叢雲ちゃんに本当のことを話すのが辛い。
叢雲ちゃんに対しては吹雪型姉妹全員が全滅したことを打ち明けるのは同じ様に姉妹を全員失った私からしても同情に堪えない。
そして、金剛さんには別の意味で本当のことを話すのが苦しい。
あれ程司令を慕っていた金剛さんに、司令が榛名さんと結ばれたことを伝えるのは同じ様に、いや、金剛さんと榛名さんと比べれば失礼だが、司令が好きだった女としてなんと言えばいいか分からないのだ。
『……わかったわ。
夕立。叢雲。戻りましょう』
『『はい』』
加賀さんは私の言葉に従ってくれるようだった。
冷静な彼女だから少しでも情報が欲しいと考えその近道が私の説明だと理解しての行動だろう。
「……ユッキ―。
これは一体……」
流石の金剛さんも今、目の前で起きていることが信じられない様子だった。
当然だ。
恐らく、叢雲ちゃんと夕立ちゃんに自分の最期を聞かされたことで加賀さんがある程度の情報の整理が出来ているが、比較的に末期に沈んだ金剛さんは情報を整理出来る条件が揃っていない。
特に彼女の心を揺るがしているのは夕立ちゃんの存在だろう。
夕立ちゃんは金剛さんの妹である比叡さんと霧島さんの二人を一気に失ったあのソロモンで彼女たちと共に沈んだ艦娘だ。
あの時、金剛さんは無理をしていたことは私にもわかった。
比叡さんを守れずに逆に彼女に生かされる形で帰還した私や時雨ちゃんや白露ちゃんを含めた生還した艦娘たちを迎えた際に彼女は決しても責めようとせず無事であったことを喜んでくれた。
でも、私たちは理解していた。
金剛さんはあの時、妹二人だけでなくあの戦いで戦死した軍人や艦娘たちのことを分け隔てなく悼んでいた。
そんな彼女にとっては最も悲しい記憶であるソロモンで沈んだ夕立ちゃんがこの場にいることは金剛さんの心を揺るがすのも無理はない。
「……金剛さん。
ちゃんと事情は説明します。ですから、今は私を信じてください」
「ユッキー……」
ただこの状況では私はそういうしかなかった。
私もこの世界には来たばかりは不安だった。
それに加えて彼女たちは私とは違う意味で混乱している。
加賀さんは自分の最期を教えられ、他の三人は死んだはずの人と再会する。
最早、常識の範囲を超えている。
「わかりマシタ。
ユッキー。あなたに任せマス」
「……ありがとうございます。
金剛さん」
どうやら彼女は私という個人を信頼する形でこの場を任せてくれるらしい。
これはありがたい。
こういった場合は落ち着いて貰えることが大事であり、それには信頼が必要不可欠だ。
そして、不謹慎ではあるが私は彼女に信頼されていることが嬉しかった。
「陽知。
この人たちは一体……?」
「………………」
金剛さんたちとは事無きを得れたが、この場で唯一あちら側を知らない篠ノ之さんは私にこの状況のことを訊ねてきた。
彼女からすれば全く知らない人間である金剛さん、それも「艤装(「IS」ではあると思うが)」を纏っている彼女たちと知り合いであることに戸惑うだろう。
「……すみません。
後でちゃんと説明します。
ですが、これだけははっきりと言えます。
彼女たちは……決して敵ではありません」
「そうなのか?」
「……はい」
『戦友』と言えればいいがまだ説明が出来ていない彼女の前で言う訳にもいかなかったが艦娘である彼女たちが人々を攻撃することはないことだけは断言できた。
神通さんのことも明かさないといけないんでしょうね……
同時に私は篠ノ之さんや一夏さん、鈴さんを含めたこの世界で最も神通さんと接した人々にも神通さんのことを説明する必要がある。
だけど私は彼らも最初は戸惑うとは思うけれども、最後には受け入れてくれるだろう。
そんなことぐらいで断ち切れるほど神通さんとの絆は脆いものではないはずだ。
「!」
その時、ある事を思い出した。
「篠ノ之さん!!
一夏さんたちは無事ですか!?」
金剛さんを含めた戦友たちとの再会、私の失策でシャルロットさんが死にかけたこと、先ほどまでの緊張感といった衝撃で私は一夏さんが無事であるのかの確認を忘れていた。
篠ノ之さんが助けに来たことで彼らの無事はある程度察せられるが、それでもケガなどはしていないか不安だった。
「ああ大丈夫だ。全員無事だ。
ただ……」
「……ただ?どうしたんですか?」
全員無事であることは確かめられたが篠ノ之さんは何故か言いよどみ始めた。
「……千冬さんに黙ってきたので後が怖いが……」
「あ~……」
彼女は、いや、彼女たちは私とシャルロットさんを助ける為に織斑さんを共謀して騙したらしい。
これは色々と問題がある行動だ。
基本的に今回の彼女たちの行動は命令違反だ。
先ず結果的に今回は大丈夫だったが、もし本当に「深海棲艦」が襲撃していた場合篠ノ之さんは持ち場を離れたということになってしまう。
そして、何よりも
間違いなく心配していたでしょうね……
織斑さんは生徒で彼らは教師だ。
これが上官と部下ならある程度割り切れるが教師と生徒の関係では生徒を危険な目に晒すまいと義務感が生じてしまうものだ。
色々な意味で織斑さんはカンカンだろう。
神通さんで慣れているから私は忘れがちだが、彼らにとっては織斑さんも怒らせると怖い人間なのだ。
「……えっと……
一応、私から何か言わせていただきます……」
「……気持ちだけでも十分ありがたい……」
間違いなく彼女たちの独断がなければ死んでいた身として織斑さんに彼女たちの酌量を求めたいが恐らく無駄足になる気しかない。
織斑さんみたいな人は不器用なために懲罰をしないとけじめがつかないのだ。
誇りの人は他人にも自分にも厳しくなるものだ。
誰かを罰することで自分も罰しようとするものなのだ。
『あの~……雪風さん?』
『どうしました、山田さん?』
ひと段落着いて、旅館に帰還しようとした矢先、山田さんから「プライベート・チャネル」が入ってきた。
他にも何か言いたいことがあるらしい。
『実はですね……
彼女たち以外にもあなたに会いたがっている方がいるんです』
「え……」
その報告に私は言葉を失った。