奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「……念の為に訊く。
篠ノ之はどうした?」
『え、えっと……それは……』
『ち、千冬さん……これには深い訳が……』
『そ、そうですわ……!!』
『きょ、教官、あの、その……』
篠ノ之がいないというこの状況に加えて全員が地上に降りているというこの状況から私はある答えを導き出した。
いや、正確には気付かされたというべきだろう。
エネルギーを篠ノ之に渡して助けに行かせたな!?
一夏たちは自分たちの残り少ないエネルギーをこの中で無傷に等しくさらには高機動モードという雪風たちの救助に向かわせる全ての条件をクリアしている篠ノ之に託したのだ。
それは確かに雪風を助けに行かせるという点では最も最適な答えだ。
しかし
「経験不足の篠ノ之に任せて無事で済むと思っているのか?」
『うっ!?』
それはあくまでもこの場に残された選択肢の中ではという意味でだ。
篠ノ之は今回が初陣だ。
確かに「IS学園」である程度、訓練を積み、元々剣道の大会で全国優勝を果たすことから身体能力も並の生徒よりも高く、しかも今の奴に完全な奴仕様の最新鋭機もあるがそれだけで戦場を生き残れるという訳ではない。
「大丈夫だよ、ちーちゃん!
だって、「紅椿」は―――
―――グエッ」
「貴様は黙っていろ……!!」
束の全く実の妹を気にもかけない言動に私はイラつきが増し、無理矢理黙らせた。
それは一応同類であるが、私と束との肉親に対する想いの違いと川神先生があれだけ心配していた篠ノ之の心配をしないことへのものだった。
それに……篠ノ之がいなくなった分、この旅館……
いや、この海岸の防衛力も弱まったな……
私が篠ノ之を助けに送るという選択を選ばなかったもう一つの理由。
それはこの旅館の防御札をなくさない為だ。
私はあくまでも篠ノ之を単独で戦場に送り込むことには反対だったが集団戦闘でこの旅館や海岸を守らせることはさせようとしていた。
今は戦力が少な過ぎて貴重な戦力を使わないという贅沢は言えない。
「まあいい……
処罰は後だ。その代わり、貴様らに篠ノ之が抜けた分を埋めてもらう」
『ああ……』
『申し訳ありません。教官』
しかし、過ぎてしまったことを責めてもどうにもならない。
私がすべきなのは如何にして非戦闘員であるこの旅館の従業員と生徒たち、そして気を失っている「銀の福音」のパイロットを迅速に避難させ被害を最小限に食い止めることだ。
だが、本音を言えば……
篠ノ之が行ってくれて内心ホッとしているな……
この場の責任者として不適切な考えかもしれない感情を私は抱いている。
責任者として二人の命と百人を超える命ならば後者を選ばなくてはならない。
だけど本当は二人を助ける選択をしたいと願っている。
あの二人が生徒であるのもあるが、二人は同時に川神の教え子だ。
特に雪風は川神にとっては己の命よりも大事な存在だ。
その雪風がもしかすると生きて帰ってくれるというのならば心の底から私は救われる。
だが、それでも苦しい状況には変わらない……
篠ノ之が二人を連れて帰ってくる可能性は限りなく低い。
それに今すべきことはこの旅館のある海岸線をラインとした防衛線を敷くことだ。
少なくとも、三人や未だに行方の分からない教員の方々が何時帰ってもいいようにここは守らなくてはならない。
「とりあえず、全員一時的に帰投して補給を行え。
今の状況では満足に戦えな―――」
先ず私は残っている四人に対して補給することを伝えた。
この状況で攻められれば「エネルギー」のない無防備な四人はひとたまりもないだろう。
その時だった。
『千冬姉!何かが近づいて来ている!』
「!?」
その私の考えも甘かった。
いや、遅かったことを身を以て教えられることになった。
くっ……よりにもよってこの状況で……!!
完全にこちらの迎撃の準備が整う前に敵襲の予感が前触れが起きた。
「兵は拙速を尊ぶ」。
そんな言葉が私の頭に過った。
まさに眼前の状況はその言葉通りだった。
「……ぐっ……」
それを見て私はある事を考えるしかなかった。
「……織斑。オルコット。凰。ボーデヴィッヒ。
命令だ。貴様らは直ぐに―――」
私はある事を四人に伝えようとした。
それは四人を生かすことだった。つまり、逃がすことだった。
四人の持っている「IS」はこちら側に残された数少ない戦力だ。
この作戦で「IS」が無敵でも万能でもないことは証明された。
しかし、きっとこれからの戦いで「IS」の数も重要になっていくはずだ。
というよりも戦力は少しでも多いことに越したことはない。
それに四人は謎の敵と交戦している。
そのデータは重宝するはずだ。
……一夏が生き残ってくれる……
だが、それが辛い……
私が生かそうとしている四人の中に偶然私の弟である一夏がいることが私の心を苦しめた。
何故ならば目の前の四人を逃がすということはこの場にいる旅館従業員や生徒たちを見殺しにするということだ。
この旅館にいる人間にも家族がいるのにな……
私にとって愛すべき弟がいるように当然ながら私が見殺しにしようとしている人間にも家族がいる。
私は一夏の為に世界を敵に回す覚悟はある。
それだから私が下そうとしている決断はその人間たちから愛する人間たちを奪うことだ。
それを想うと心が苦しい。
だが、言わなくては……
私はその責任を、いや、その罪を負って地獄に落ちることを決めた。
そもそも私はこの世界を変えてしまった詐欺師の一人だ。
少なくとも天国などにはいけないだろう。
自分が悪人などなりたくない。責任を取りたくないからと言って逃がすべき四人を逃がすことで他の人間を助けられる可能性を潰すようなことはしたくない。
「―――逃げ―――」
◇
「篠ノ之さん……
ありがとうございます。あなたが来てくれたお陰でシャルロットさん……いえ、私たち全員が助かりました」
私は自分、いや、この場に三人全てを助けてくれた篠ノ之さんにお礼を言った。
彼女が来てくれなければ間違いなくシャルロットさんは命を落としていた。
それに私も金剛さんももしかすると切り抜けられたかもしれないが、死んでいた可能性がある。
彼女に助けられたのは今日で二回目だ。
「……いや、別にいい……
私のしてしまったことと比べれば……」
「篠ノ之さん……」
けれどもそのことに対して篠ノ之さんは素直に受け止められなかった。
やはり、この人は良くも悪くも根が真面目なのだ。
今までは神通さんとの軋轢が原因で自分を誤魔化すことが出来ていたが、今はそれがなくなって逆に心の傷が一気に表面に出てしまっている。
……そこを付け込まれなければいいのですが……
今の彼女は少なくとも私が嫌悪していた時の彼女、いや、私が知ることの出来た一面の彼女ではない。
確りと自分の悪い一面を見つめて反省できる人だ。
恐らく神通さんが守りたかったのはこの人なのだろう。
「……ところで陽知……
一ついいか?」
「……何ですか?」
篠ノ之さんが神通さんを殺しかけたことへの自責の念を払拭出来ずにいるとふと何か気になったことがあるらしい。
「Unbelievable!!?」
「……この人は誰だ?」
それは私が錨鎖で牽引している金剛さんだった。
彼女は空を飛ぶ。それも航空機ではなくほぼ生身にも等しい「IS」による飛行ということに対して、衝撃を受け先ほどから騒いでいる。
篠ノ之さんは全く知らない人間、それも作戦中の部外者の存在に疑問というよりも呆気に取られていた。
「えっと……この人は……」
何と説明すべきだろう。
篠ノ之さんは当然ながら私の過去を知らない。
と言っても、話しても私と彼女との間にはシャルロットさん程の信頼関係はないし信じてもらう可能性はかなり低い。
「Wow!
ユッキ―!Let’s see!!」
「え、えっと……金剛さん……」
彼女は変わらず空を飛んでいることへの驚きと共に感動を覚え同じ艦娘である私にも共感を求めてきた。恐らく私にとっても初めての経験だと考えているのだろう。
……きっと、司令のことを考えているんでしょうね……
金剛さんがこんなにも感動しているのは恐らくだが元戦闘機乗りであった司令を思い出しているからかもしれない。
いや、彼女と別れてから25年近くの私と異なり彼女にとっては思い浮かべているといった方が適切かもしれない。
私や金剛さんたちを含めた司令に想いを寄せていた艦娘たちは彼の空への想いを知り、それを見てみたいと思っていた。
「……なあ、陽知……さっきからこの人は何を言っているんだ?
「IS」が空を飛ぶのは当たり前だろ?」
「!?」
「……?」
しかし、金剛さんのその空を飛んでいることへの反応に篠ノ之さんは不思議に思ってしまった。
これはもう隠しようがないですね……
どちらにせよ、金剛さんの存在はこれから「IS」学園の教員や一部の生徒に知られることになる。
私は観念するしかないと悟った。
「……篠ノ之さん。
詳しいことは後で話します。
ですので、今は―――」
これ以上全てを隠すことは出来ないだろう。
けれども、篠ノ之さんだけでなくこの作戦で「深海棲艦」に関わった全ての人々に話すことを決めた。
その方が今後の対策にも役立つと思ったからだ。
その時だった。
「―――!?」
既に包囲網の外に出たことでしばらくは聞こえてくるはずがない音が聞こえてきた。
「何!?」
「……!?」
「……!」
その音に私は焦燥感と不安を、篠ノ之さんと金剛さんは警戒を、シャルロットさんは怯えを露わにした。
そんな……
その音が聞こえてきた意味を想像して私は最悪の状況を思い浮かべた。
既に旅館のある海岸線は近い。
しかし、問題は私たちとその海岸との間にその音を出している音源がいるということだ。
本音さん……!!?
それは既に「深海棲艦」が非戦闘員である「IS」を装備していない一般生徒たちがいる旅館にまで侵攻しているということだった。