奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「みんな……!!
鈴!無事だったのか!!」
「当たり前でしょうが!
あたしはそんな軟じゃないわよ」
「二人とも無事を喜ぶのはいいが、それは後にしてくれ!」
一夏さんは私の指示を受けて私たちと合流すると、撃墜されて安否がわからないでいた鈴さんの無事を確認して喜んだ。
鈴さんはそれを受けて照れ隠しに返すと、この緊急事態でその日常的やり取りは後にしてくれと語るようにラウラさんは待ったをかけた。
「………………」
「………………」
しかし、そんな喜びを分かち合おうとしていた鈴さんであったが篠ノ之さんのことを目に入れると一気に表情を険しくした。
やはり、彼女は神通さんを傷付けられたことに対して篠ノ之さんを許せずにいる。
無理もありません……
私はそれを仕方のないことだと感じた。
大切な人間を傷付けられたのならばその人を傷付けた人間への憎しみを抱くのは当たり前のことだ。
他ならない私自身がそうだ。
私だって姉妹や戦友たちを奪った「深海棲艦」が憎い。
しかも、神通さんは私にとっても恩師だ。
だから彼女の気持ちは痛いほどわかる。
私が篠ノ之さんのことを憎まないでいられるのは神通さんが彼女のことを私に頼んだことや彼女の過去を知っているからだ。
それに鈴さんはまだ十五歳だ。
その少女に『許せ』などという言葉を簡単に言えるはずがない。
「雪風……とっとと作戦を説明して」
「え……」
しかし、私が抱いていた危惧とは裏腹に鈴さんは怒りを爆発させず私に作戦を話すことを求めてきた。
「とっとと説明して……!!」
「!」
「鈴!?」
「どうしましたの!?」
私が戸惑っていると鈴さんは声を荒げて急かしてきた。
その様子を見て私は彼女がどのような心持ちでこの場にいるのか理解させられた。
「いえ……一夏さん。セシリアさん。
大丈夫です」
彼女は耐えているのだ。
相手を許せないでいる感情を抑えきれないのにそれを無理矢理力づくで自分の心ごと押し殺しているのだ。
たった十五歳の少女がだ。
「では、手短に言わせていただきます」
彼女のそんな姿を見て彼女のその意思を無下にしたくなくてこのまま作戦、いや、これからの行動について話すことを決めた。
「撤退しますよ。皆さん」
『え!?』
「……わかりました」
私は単刀直入にどうすればいいのかを言った。
「に、逃げるだって!?」
「それが作戦なの!?」
「……はい」
『逃げる』という最終手段について基本的に血気盛んな鈴さんと一夏さんは動揺した。
周囲を見回すとラウラさんとシャルロットさんを除く他の二人も不満そうだった。
けれども、彼らがそう思うのは無理もない。
きっと彼らも敵の数という脅威を理解しているが、それでも私があたかも何か有効な手段があるような口振りをしていたことで戦う手段があると期待してしまったのだろう。
それにまだ篠ノ之さんとセシリアさん、シャルロットさん、ラウラさんは戦えるには戦えるのも大きかった。
「あの敵が他にどれだけいるのかわからない中で戦うのは危険です。
仮に増援が来ればさらに消耗した私たちは最悪全滅の可能性もあります。
それに「銀の福音」の搭乗者を保護できたことから私たちは既に作戦を終えています。
今は彼女の安全のことも優先すべきです」
「うっ……」
「それは……」
先ずは私は撤退の必要性を説いた。
今回の作戦はあくまでも『暴走した軍用機の鎮圧』だ。
既に篠ノ之さんが「福音」を沈黙させ搭乗者も救助したことから既にそれは完了している。
加えて、「深海棲艦」の性質から他にも別艦隊がいる可能性もあり得る。
この辺りの海域に本拠地があるのは確実だが、それがわからない状況では私たちはそこを叩くことも出来ず無間にも等しい敵と戦う可能性も高い。
だから、この状況では逃げることこそ最善だ。
「それに逃げることは恥じゃありません。
むしろ、難しいことです」
「……?」
「逃げることが恥じゃない?」
同時に私は逃げることに抵抗感を覚える面々にそれが恥ではないことを伝えようとした。
「撤退戦は何よりも難しいことです。
敵からの追撃を受けながら逃げる時は常に死と隣り合わせです。
一番……危ない戦いなんです……」
「雪風……?」
「お姉様……?」
撤退戦の困難さとその辛さを噛みしめながら私は撤退戦が決して恥ではないことを主張した。
撤退戦は古今東西の中でも最も命懸けの戦いだ。
死者が出ない撤退戦はそれこそあの「キスカの奇跡」ぐらいだ。
その「キスカ」でさえ、仲間の負担になることを忍びないと考えた負傷兵が自決してしまった。
そして、「キスカ」の様な奇跡が起こることのなかった「ガダルカナル」の救出戦は地獄だった。
恐らく私が見ていないだけで陸上では何人もの陸軍の兵士たちが仲間を逃がす為や追撃してくる「深海棲艦」の上陸体によって犠牲になっている。
さらには逃れてきた人々も体力が尽きた兵士たちが安堵したことで船から落ちて溺れ死ぬこともあった。
他にも私はマリアナ沖でも撤退戦を経験していたが、追撃してくる「深海棲艦」によって護衛対象の輸送船を何隻か沈められた。
そして、何よりも私は撤退戦の中で敬愛する人の妹や自分自身の妹たちを守れなかった。
「……ですが、私は信じています。
この場にいる皆さんとならば誰一人欠けることなく全員で帰れると」
『………………』
そんな経験があるからこそ私は撤退することの難しさとそれを成し遂げることが如何にして誇れることなのかを強く言える。
そして、それを成し遂げられる力がこの場にいる全員にあると彼らに力説した。
「……わかった。
雪風、どうすればいいんだ?」
「一夏さん……」
私の主張を一夏さんは受け入れ私にどうすればいいのかを訊ねてきた。
「そうね……
頼むわ。雪風」
「雪風さんの言う通りですわ」
「みんなで帰ろう」
「ああ……!」
「みなさん」
精神的な支えの一人である一夏さんが肯いたのを皮切りに鈴さん、セシリアさん、シャルロットさん、ラウラさんたちの目が変わった。
これは怯えて逃げるネズミの目ではない。
生きることを戦いを感じる誇りに満ちた目だ。
「………………」
しかし、他の五人が意気込んでいる中、ただ一人篠ノ之さんだけは心苦しそうだった。
『自分はこの場に相応しくない』と彼女は感じてしまっている。
彼女にとっては今まで訓練に参加してこなかったことや一夏さん以外との繋がりが薄いことで今の私の発言は疎外感を生じるものなのだ。
「………………」
逃げることへの抵抗感をなくす為とはいえ、篠ノ之さんの心を傷付けてしまったという事実に私は拳を握りしめた。
作戦上、仕方のないことだと考えているし、これが最適解なのもわかっている。
けれども、その為に誰かの心を苦しめなくてはならないことにどうしようもない怒りとやるせなさを感じてしまうのだ。
……ですが……今は……!
けれども、その彼女を含めたこの場にいる全員を生還させなくてはならない。
それに全員が帰還するには他ならない篠ノ之さんの助けが必要だ。
「先ずセシリアさんと篠ノ之さんを中心にこの場にいる面々を二組に分けます」
「え……」
「わたくしと篠ノ之さんですか……?」
「はい。
「高機動形態」のお二人の速さならば間違いなく敵の攻撃から逃れることが出来るはずです」
極めて単純なことであるがこの作戦の概要は「早く逃げる」ことだ。
単純なことであるが、それ故に最も犠牲者を出さずに逃げることが出来る手段だ。
幸い、この場にはそれが出来る二人がいる。
これが作戦なのかと言えば私も苦しいところだが、これが一番有効的な手段なので押し通すしかない。
「なあ……雪風……
まさか……」
一夏さんは顔を引き攣らせながら私が何を言おうとしているのかを察したらしい。
私自身、自分が言わんとしていることが余りにも幼稚な方法なので彼のその困惑を理解してしまう。
「はい。
お二人に運んでもらって全員で帰還します」
『はあ!?』
誰でも思い付くを通り越した如何にも子供が考えたような作戦にこの場にいる全員が正気を疑ってきた。
実際、私も想像してみたが途轍もなく間抜けな絵図になると感じている。
「本気なの……!?」
「はい。信じられないと思いますがこれが一番安全な方法です」
「コメディ映画みたいだ……」
鈴さんは信じられないというよりも信じたくないといった方が適切にも思える反応をし、シャルロットさんは苦笑いをしてきた。
「……とりあえず、お二人には鈴さんと「福音」の搭乗者を両腕で抱えてください」
「え!?
あたし!?」
「鈴さんと「福音」のパイロットをですか!?」
「はい。
「福音」の搭乗者は意識を失っています。
鈴さんは「福音」の攻撃で機体を損傷しています。
ですので、出来る限りこの二人を最優先させていただきます」
「う……それは……」
私はこれ以上、説明に時間をかける訳にはいかない状況なので、とりあえず、鈴さんと「福音」の搭乗者という一人で逃げることが難しい二人を最優先で運ぶことを指示した。
「……あれ?ちょっと、待った。
それだったら、鈴より雪風の方が優先すべきじゃないのか?」
「そうよ!
どう見たってアタシよりもアンタの方が損傷がひどいじゃないの!?」
一夏さんは優先すべき人間の二人のうち鈴さんよりも破損状況が激しい私がそこに入っていないことに疑問を持った。
実際、彼が言っていることは間違いではない。
「初霜」はスラスターを破壊されておりしかも殆どの兵装は失われている。
残っているのは片方の錨と単装砲ぐらいだ。
けれども、これにはちゃんとした理由がある。
「いえ……
確かに私の方が鈴さんよりも損傷が激しいですがこの作戦において私にはやるべき役目があるので鈴さんの方を優先させていただきます」
「え……」
「何よ?
その役目て?」
これから行う冗談のような撤退の仕方で全員を確実に帰還させるには私自身がやるべきことがある。
「篠ノ之さんかセシリアさんの背中に乗って最後の一人を引っ張っていくという役割です」
『えぇ!?』
私は自分の役割を説明した。
そう。二人しかいない運び手だけでこの場にいる八人を運ぶ手段。
それは私と共にある条件を満たしている一人が残っている二人を運び手の背中に乗って船を曳航する様に運んでいくという方法だ。
「この役目は錨という鎖を持つ私と「ワイヤーブレード」という相手を引っ張ることが出来るラウラさんしか出来ません」
「わ、私ですか!?」
私以外にこの役目が出来るのはラウラさんだけだ。
幸いこの場には何かを曳くことの出来る装備を持っている人間が二人もいる。
しかも「IS」の「PIC」ならば鎖やワイヤーに負荷を余りかけずに引っ張ることが出来る。
少なくとも、鎖が千切れるという最悪の事態が起こる可能性を低くすることが出来る。
「………………」
この一見すると悪ふざけにしか思えない作戦の中で一名を除いて、唖然とする中その一人は作戦の内容に集中できずにいた。
「篠ノ之さん。
頼みますよ」
「え……」
「……!」
私はその塞ぎ込んでいる本人、篠ノ之さんに声を掛けた。
「全員が確実に帰る為にはあなたの力が必要です。
ですから、今は頑張ってください」
「……だが……」
この作戦は篠ノ之さんとセシリアさんの二人のどちらかがいないと先ず始まらない。
彼女には気を確り持ってくれなければならない。
「……今だけでいいんです。
今だけでも力を貸してくれませんか?」
私は頭を下げて頼んだ。
今だけでいい。
今だけでも頑張ってくれればいい。
きっと、今この場にいるだけでも彼女は辛いだろうが、それでももうひと踏ん張りしてくれるだけでいい。
それだけで十分なのだ。
それに
私も今だけでも頑張らなきゃいけませんからね……
私も彼女と同じだ。
今は無理矢理冷静さを保っているが私もこの後勇気を出さなくてはならないことがある。
だから、頑張って欲しいと思ってしまった。
「それと……
ありがとうございます。
来てくれて」
「……!」
念のためであるが私は今のうちに彼女に感謝した。
もし彼女がこの場に来てくれなかったら間違いなく一夏さんは死んでいた。
きっと、私はそのせいでこんな風に振舞えなかった。
それに彼女がいてくれるお陰でこれから犠牲者を出さない撤退戦も行える。
もしかすると、何かあって死ぬかもしれないので思い残しがないように先に彼女にお礼を言っておきたかったのだ。
「……わかった。
私にも協力させてくれ」
「ありがとうございます」
篠ノ之さんはバツの悪そうな顔をしながらも前を向いてくれた。
少なくとも、この場にいる全員を帰還させるという考えを是が非でも成功させなくてはならないと彼女の表情を見て改めて心の中で誓った。