奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第66話「脅威」

「箒!」

 

「……一夏」

 

 箒が「福音」を止めた後、俺は雪風の傍にいるか箒の傍に行くかと悩んでいた。

 けれども、シャルとセシリアは箒の下へと行ってほしいと促してきた。

 それは恐らく、この場にいる人間の中で箒に声を掛けられる人間が幼馴染の俺ぐらいしかいないと思ってのことなのだろう。

 

「……その……ありがとうな」

 

 俺は最初に感謝した。

 もし箒がこの場に来てくれなかったら間違いなく俺は死んでいた。

 そして、それによって多くの人間を悲しませていただろう。

 千冬姉を一人にすることは勿論、約束をしていた箒やセシリア、この作戦に参加していた鈴やシャル、ラウラ、俺のことを弟のように思っていてくれた那々姉さん、そして、人の死を誰よりも悲しむ雪風。

 特に俺は雪風の心の傷を広げるようなことをしてしまった。

 今でも彼女に対して傍にいて謝りたいと感じているほどだ。

 

「……いや、私にはそんな言葉をかける価値もない……」

 

「え……」

 

 けれども、その感謝の言葉を拒絶した。

 

「箒……?

 おい、どうしたんだよ?」

 

 こんな時、箒はいつも照れるだけだった。

 なのに今の箒はそんなこともせずただ卑屈になっているだけだ。

 

「……私がしてしまったことはこんなことでは償えない……」

 

「!?

 ……箒」

 

 箒は那々姉さんに重傷を負わせたことによる罪悪感に支配されている。

 そのことへの自己嫌悪が大きすぎて俺の言葉を受け取れなくなっている。

 

 ……やっぱり、箒にとって那々姉さんは……

 

 出撃前の状態で十分わかっていたことだけど箒は那々姉さんのことを変わることなく好きだったのだ。

 あれだけ那々姉さんを拒絶していても那々姉さんのことを心の底では愛していたのだ。

 そんな那々姉さんを自分の手で今まで傷付けたことへの苦しみが今の箒を苦しめている。

 

「……だからこんな私にそんな言葉は―――」

 

「……それは違う。箒」

 

「―――え」

 

 でも、それは箒がしてくれたことが無意味であるということにはならない。

 

「確かに箒がしたことで色々な人間が傷付いたのは事実だ……

 俺もその一人だしな」

 

「……っ!!」

 

 残酷なことだが箒のしてしまったことで傷付いた人間が出たのは事実だ。

 少なくとも俺がその一人だ。

 それに那々姉さんのことをあれだけ慕っている鈴や雪風、親友の千冬姉も間違いなくそうだ。

 でも

 

 ……肝心の那々姉さんは箒のことを恨んだりしないんだよな……

 

 那々姉さん本人が絶対に箒を恨んだりしない。

 あの人は昔からそうだ。

 普段は自他共に厳しいのに他人のことを深く愛する優しさに溢れた人だ。

 そんな人が愛する妹分である箒を恨むはずがない。

 むしろ、自分のことで箒が苦しむことを悲しむ人だ。

 

「でも……お前が来てくれたお陰で俺は今ここにいれる」

 

「!?」

 

 何よりも今、俺が生きていられるのは紛れもなく箒が助けに来てくれたお陰だ。

 これだけは変えようのない事実だ。

 

「それに俺だけじゃない。

 お前は雪風の心も守ってくれたんだ」

 

「……陽知を……?」

 

 箒が助けたの俺の命だけじゃない。

 雪風の心も守ったのだ。

 

「もし俺が死んでいたら間違いなく雪風は完全に何かを失っていた。

 俺はそんな気がするんだ」

 

 口ではまるで仮定の話をしているが心の中では俺はそのことを確信している。

 これは俺が雪風にとって大切な人間であると主張している自惚れではない。

 ただ大切な誰かを失った。いや、奪われた女の子の心の傷を抉るようなことをした自分自身への戒めでもある。

 

「お前がどんなに否定したり拒絶しても言うぞ。

 お前は誰かを救ったし、助けたし、守ったんだ。

 頑張ったな。箒」

 

「……っ!!うぅ……」

 

 箒は涙を流した。

 それは自分がしてしまったことへの後悔もあるし、そこから来る自分への情けなさもあるし、誰かに優しくされたことへの嬉しさが混じったものだ。

 

 やっと……

 箒らしくなってきたな……

 

 元々、箒は素直じゃないだけで悪い奴じゃない。

 再会してからの箒はただ余裕がなかっただけだったんだ。

 少なくても那々姉さんが愛しく想っていて、俺にとっての大切な幼馴染としての箒は変わっていなかった。

 

「一緒に帰ろ―――」

 

 今は色々と話せなくても全員が無事であったのだからみんなで帰ろうとした時だった。

 

『一夏さん!!篠ノ之さん!!』

 

「―――!?」

 

 悪夢がまだ終わっていないことを俺は突き付けられることになった。

 

 

「普通の連中じゃないって……」

 

「じゃあ、一体どういうことですの!?」

 

 鈴さんが言い当てた「深海棲艦」の正体に私を除くこの場にいる全員が衝撃を受けた。

 

「……待て、凰。

 お前の言い方だと、まるでそれはお姉様とも関係があるようではないか……」

 

「っ……!!」

 

「………………」

 

 ラウラさんは敵の正体よりも私のことを気にかけていた。

 それは軍人として私情を優先させてしまったことになる。

 でも、それは彼女が人間らしくなっている証拠でもある。

 

「……ねえ、雪風。

 もしかすると、アンタの信じられないほどのその戦闘力って……アイツらとの戦いで身に付けた……

 いや、身に付けざるを得なかったものなんじゃないの?」

 

「!?」

 

「何ですって!?」

 

「嘘……」

 

 鈴さんはまたしても私の過去に繋がるものを言い当てた。

 私の戦闘技術は恐らく、この世界では身に付けられるものではないと彼女はどこかで感じていたのだろう。

 

「あれ……?

 ということは……雪風って……軍人か何かなの?」

 

「それは……」

 

 今度はシャルロットさんが私の過去に触れてきた。

 正体不明の敵と戦っていた。

 そんな過去から彼女は私が軍人かそれに類するものに属する者だと考えたらしい。

 

「では、お姉様が私に『軍人を語るな』と言ったのは……」

 

「………………」

 

 ラウラさんは「学年個別トーナメント」の際に私が彼女にぶつけた言葉と鈴さんの指摘をつなげてきた。

 もう殆どが繋がってしまった。

 

「……そうです。

 私は彼女らと戦うための軍人です……」

 

「………………」

 

「雪風さん……」

 

「お姉様……」

 

 これ以上、私と「深海棲艦」との関係は隠しきれない。

 そう感じて私は自分が軍人であることを明かした。

 

「雪風。

 教えて。あの連中は何者なの?」

 

 鈴さんは私の過去に触れず「深海棲艦」のことだけを訊ねてきた。

 どうやら彼女なりの思いやりらしい。

 

「それは……」

 

 私は迷ってしまった。

 それは彼女たちに教えるかどうかの是非ではない。

 「深海棲艦」が何者なのかとどう説明すればいいのかという迷いだった。

 そもそも長年「深海棲艦」と戦い続けてきた私や元の世界の人々もその正体は知らないのだ。

 ただ「人類と敵対する謎の存在」。

 それだけのことしかわかっていない。

 

「実際のところその正体はわかっていません……」

 

 私は「深海棲艦」が何なのかということは説明できないのでそう答えるしかなかった。

 

「でも、分かっていることは三つあります。

 一つは彼らが人類に敵対する存在だということです」

 

「?」

 

「ちょっと待って……

 人類?」

 

「……?……?」

 

「何よそれ……

 まるでSF映画の「エイリアン」みたいなじゃないの……」

 

 四人は私の語った事実が荒唐無稽なものに感じてしまったらしい。

 それは仕方のないことだ。

 この世界には「深海棲艦」以前にそういった人類だけを限定的に狙う脅威が歴史上に現れていないのだ。

 それこそ鈴さんの例え話が一番当てはまっているというしかないのだ。

 

「……信じられないのも無理はありません。

 ですのであれらが無差別に人間に襲い掛かる危険な集団だと認識するだけで問題ありません……」

 

「……わかったわ。

 そう受け取らせてもらうわ」

 

「というよりも実際にそうでしたですしね……」

 

「うん」

 

「危険なテロリストとほぼ同じか……」

 

 今の説明では恐らく半信半疑になると思い私はなるべく彼女たちが理解しやすい言い方をした。

 どうやら、実際にあの暴威を目にして信じてくれたらしい。

 

「ありがとうございます。

 二つ目にですが、彼らの個体ごとに異なりますが……

 「第二次世界大戦」の……艦船と……同等の火力と防御力、馬力、そして耐久力を持っています……」

 

「!?」

 

「……?」

 

「え……?」

 

「それって大したことじゃ―――」

 

 殆どが私たちと同等かそれより上の力を持っていることへの忌々しさを感じながら彼女たちに説明するが「IS」が主流となり既存の兵器群が軽視されているこの世界ではその脅威の大きさが実感してもらえなかった。

 

「そんな馬鹿なっ!?」

 

「………………」

 

「え?」

 

「ラウラ……?」

 

「どうしたのですか?」

 

 唯一戦史にある程度の知識を持つラウラさんだけはその意味が理解できたらしく驚愕した。

 

「ど、どうしたのよ……

 そんな声を出して……」

 

「そうですわ。

 半世紀近く前の兵器ですわ……」

 

「だから問題なんだ!!」

 

「え……?」

 

「……どういうことなの。ラウラ?」

 

 鈴さんやセシリアさんの『半世紀近く前の兵器』に相当する相手の実力への楽観的な姿勢にラウラさんは警鐘を鳴らした。

 

「いいか……確かに大戦期の兵器は今の時代と比べれば非効率的な戦い方しかできない……

 だが、総合的な火力や防御力はあっちの方が上なんだ!!」

 

「嘘!?」

 

「信じられませんわ!?」

 

「そんなに違うの!?」

 

 三人は私たちの基となった艦船の説明が信じられなかったらしい。

 ただ彼女たちの反応も無理もない。

 私が詳細を知っているのは時代や運用方法の移り変わりを目にした当事者だからその過程を知っている。

 しかし、彼女たちはその結果しか知らないのだ。

 だから具体的な知識を知らないだけなのだ。

 

「現代の兵器はハイテク技術の恩恵もあって扱いやすさは過去のものよりも上だ。

 それと兵器に求められるものとして補給面やメンテナンス、生産数もな。

 だが、状況次第ではその火力と装甲で渡り合うこと出来るのだ……」

 

「そういうことですか……」

 

「確かに……」

 

「え?ちょっと、何よ?」

 

 ラウラさんの語った兵站面での発言に鈴さんを除く二人が納得した。

 恐らく、セシリアさんはオルコット家の当主としての資質、シャルロットさんは実家のデュノア社が「ラファール」という汎用的な量産機を扱う企業であることから理解できたのだろう。

 そう。兵器に求められるのは如何にして数を整えるかだ。

 一を十に。十を百に。百を千に。千を万に。

 そして、その一や十や千、万を全て遺憾なく発揮できるかというの確実性と効率性こそが兵器の前提条件だ。

 兵器の活躍する運用方法が変わってもこれだけは変わらないものだ。

 現代兵器が旧兵器よりも勝るのはそこなのだ。

 ラウラさんの言う「状況次第」という言葉も結局はそこまで持っていくその戦略性があって初めて生まれる言葉なのだ。

 

「……お姉様……」

 

 だけど、その「状況次第」を「深海棲艦(あれら)」は生み出してしまうのだ。

 そして、彼女は気付いている。

 私がこうまでして「深海棲艦」を警戒していることでどうして「深海棲艦」が脅威となるのかを。

 

「はい。三つ目のことですが―――」

 

 私は最も重要な答えを言おうとした。

 仮令、敵意や悪意があろうともそれだけならば街中の悪童と変わらない。

 力を持っていたとしてもそれが少数ならば限定的な脅威にしかなりえない。

 だが、「深海棲艦」はそれらを覆す要素を含む存在なのだ。

 その三つ目の情報を伝えようとした時だった。

 

「―――!!?」

 

 それを裏付けるものを目にした。

 そして、それらは

 

「一夏さん!!篠ノ之さん!!」

 

 三つ目の要素。

 数の暴威を持ってこの場に再び姿を見せた。


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