奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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やっぱり「時空のたもと」て名曲だと思うんです。


第36話「鉄」

 その言葉を発した声の主にこの場にいる全ての人間が注目した。

 あの篠ノ之博士すらも忌々し気に。

 

 神通さん……?

 

 その言葉を発したのは神通さんだった。

 

 あの恰好は……

 

 神通さんが纏っているものを目にして私は呆気に取られた。

 今の彼女は普段のような教師や訓練官としての学園の量産型ISに対応しているISスーツではなく、あの無人機の時以来の緋色のISスーツだった。

 

「……はあ?また君?

 何?この後輩は先輩にいちゃもんをつけることしか能がないの?

 この後輩は?」

 

「なっ!?

 ちょっと、先生に対して何よその態度!!?」

 

 篠ノ之博士の神通さんを見るなりに見せた悪辣な態度に鈴さんは激怒した。

 そもそも鈴さんの沸点が低いのもあるが、鈴さんは私と同じかそれ以上に神通さんを尊敬している。

 そんな鈴さんからすれば初めて見た篠ノ之博士の神通さんへの態度は到底許容できるはずのものではないはずだ。

 当然、それは私も同じだ。

 今も博士の顔を殴りたい気持ちにはやりそうになっている。

 この場に陽炎姉さんや不知火姉さん、霞ちゃん、満潮ちゃん辺りがいたら有無を言わさずに殴りかかりにいくだろう。

 その際に霞ちゃんは『ぶっ殺せぇ!!』と二水戦の駆逐艦全員に発破をかけるのが目に浮かぶほどだ。

 そんな風に私と鈴さんがある意味、二水戦と言うよりも神通さんの弟子ならばやりそうなことをしそうになった時だった。

 

「……鈴音さん。

 私は大丈夫です。下がっていなさい」

 

「……え!?

 で、ですけど……!?」

 

 そんな大切な教え子の一人である鈴音さんに神通さんは篠ノ之博士相手に感情が通用しないことを知ることから下がる様に指示した。

 

 

「……大丈夫です。

 鈴音さん。ありがとうございます」

 

「え……先生……?」

 

 ……神通さん?

 

 戸惑う鈴さんに神通さんは自分のために怒ってくれたことだけで嬉しいと言わんばかりに優しい笑顔をした。

 その表情には鈴さんだけでなく私も何かを感じてしまった。

 

「……先輩。

 あなたには分からないことだと思いますが「IS」の所属に関しては各国政府はデリケートになっています。

 それが最新鋭の「専用機」ともなればなおさらのことです。

 私はその受領をただ黙って見ている訳にはいきません」

 

「……!」

 

「はあ?何で束さんが作ったものなのに一々、誰かの許可を取らなきゃいけないの?

 商標権を申請しないと認められないから?

 そもそも束さんが最初に「IS」を発明した時に誰も見向きもしなかったでしょ?

 そんな人たちが作った法律やら条約何て知ったことじゃないんだけど」

 

 神通さんのあくまでも公に徹した発言は少なくとも事実を述べていた。

 そんな神通さんに対して篠ノ之さんは今までの辛そうな態度から一転して反抗的な目を神通さんに向けた。

 それはきっと公を優先して自らを裏切った神通さんがまたしても自分よりも公を取ろうとしたことへの憤りなのだろう。

 一方、篠ノ之博士はと言えば、「IS」に対する世間や社会の手のひら返しを理由に自分の主張を貫こうとした。

 ただ今回の博士の言い方には多少ではあるが同意してもいいと思ってしまった。

 

 ……神通さん相手には人間らしい顔が出来るんですね……

 

 今の博士は少しだけだが人間らしかった。

 少なくても今の彼女は相手をけむに巻いたり、屁理屈を述べなかったり、あのわざとらしい笑顔がなくなっていることに私は人間らしく思えた。

 

「で?

 君は箒ちゃんから「紅椿」を取り上げるのかな?

 ネグレクトまでしておいて?」

 

「……!?」

 

 篠ノ之博士は少し余裕を神通さんにとってはこの世界における最大の過ちとすら言える篠ノ之さんへの裏切りを持ち出してきた。

 そのことに私は博士に『どの口が叩くのか』と叫びたくなった。

 

「ネグレクト……?

 那々姉さんが……?」

 

 そのことに最初に喰い付いたのは当事者である三人全ての知り合いである一夏さんだった。

 

「そうだよいっくん。

 そこの後輩はね、箒ちゃんの保護者を受け持ってたのに箒ちゃんのことを放ったらかしにしてたんだよ?」

 

「え……!?」

 

 事情を知らないに一夏さんに博士は一部しか事実を説明しなかった。

 一夏さんは尊敬する姉分の事実に対して信じられないと言った様子だった。

 

「……え。

 川神先生て篠ノ之さんの保護者だったの……?」

 

「と言うよりもネグレクト……?」

 

「嘘、信じられない」

 

「それなのに普段は説教とかしてるの?」

 

 しかし、事情を知らない生徒たちは博士の語った神通さんと篠ノ之さんとの間に存在する確執に対して動揺し、終いには神通さんを責める声までもが出て来た。

 神通さんは真っ直ぐな人だ。

 そんな人に醜聞が出てくれば衆人が喰い付くのは世の常だ。

 情報は仮令、事実であろうと断片的な情報しか教えず前後の話が出て来なければ簡単に加工され脚色されてしまう。

 そのことを私は中華民国時代に私自身のことや日本にいた榛名さんの名誉を傷つける話で嫌と言う程知っていることだった。

 さらにこの手の問題の厄介な事は仮令、真実は潔白であろうとも疑われ続けるのに、神通さんはやむを得ない事情や篠ノ之さんへの愛情があったけれども結果的に篠ノ之さんを裏切ってしまっている。

 

「くっ……!」

 

「あ、あんた達……!!」

 

 これ以上何も知らない人たちからの神通さんへの心無い発言を許せず、私と鈴さんが激昂しそうになろうとした時だった。

 

「二人とも。落ち着いて下さい」

 

 そんな私たちを神通さんは制した。

 

「で、ですけど……!!」

 

 私は神通さんがあれ程までに篠ノ之さんを思っていることを知っていることからこの心無い言葉が許せないと感情が彼女の意思に抗おうとした。

 

「……雪風。

 あなただけでも冷静になってください」

 

「……?」

 

 神通さん……?

 

 彼女は私にそっと近づいて来て優しくそうお願いをしてきた。

 いや、それよりも彼女はいつもと明らかに違っていた。

 

 ……どうして名前を?

 

 彼女は私のことを公の場にかかわらず、本当の名前で呼んだ。

 

「頼みます」

 

「……え」

 

 そして、続け様に彼女が何処かで私が見たことがある顔をした。

 いや、私はそれを覚えている。

 それを全力で思い出すことを拒否しているだけなのかもしれない。

 

「……?!

 ま、待ってください!!

 じん――――!!!」

 

 今の彼女の表情にあの光景を思い浮かべた私は分け目も降らずに彼女を呼び止めようとした。

 そうしなければ再び彼女が何処かに行ってしまうと思って。

 だけど

 

「―――あぐっ!!?」

 

 突然、腹部に衝撃が走り彼女の名前を呼ぶことすら叶わなかった。

 

「……後はお願いします。

 雪風」

 

 その声はあの夜と同じだった。

 あの別れの夜と。

 私は彼女の言葉を最後に気を失った。

 

 

 

「雪風……!!」

 

「ゆっきー!?」

 

「お姉様!?」

 

「雪風!?」

 

「陽知さん!?」

 

「ちょっとしっかりして!!」

 

 突然の那々姉さんの行動に俺は一体、何が起きたのかすら理解できなかったが俺は気を失って倒れた雪風の下へ駆け寄った。

 

「先生!?一体、何を!?」

 

 鈴は師のその行動に声を荒げた。

 那々姉さんは雪風が何か叫ぼうとした瞬間、雪風の腹を殴って気絶させた。

 

「ちょっと……

 何よ、あれ……」

 

「自分の事をあれだけ心配してる陽知さんに……」

 

「うわぁ……

 最低……」

 

 那々姉さんの信じられない行動に生徒たちは先程の箒と那々姉さんの過去の話もあってひそひそと那々姉さんへの非難を強めた。

 

「一夏さん……これは……」

 

 そんな中、那々姉さんの訓練を受けているがある意味では他の面々よりも雪風と那々姉さんとの距離が離れているセシリアが冷静になってこの状況について訊ねて来た。

 

「分からない……どうして、あの那々姉さんが……」

 

 その質問に俺はまともに答えることが出来なかった。

 那々姉さんにとって雪風は大切な教え子で、雪風も那々姉さんのことを強く慕っている。

 そんな深い絆を持つ師弟の師が弟子にこんな仕打ちをするなんて俺には理解が出来なかった。

 

「……さて。

 先輩。先ほどの話の続きをしましょうか」

 

「なっ!?」

 

「うわぁ~。

 他人を気絶させておいてそのままスルーとか引くわー」

 

 雪風が気絶するのを一瞥すると那々姉さんは何事もなかったように束さんとの会話を再開した。

 その余りに情の欠片も見せない振る舞いに俺は困惑した。

 

 なんでだよ……!?

 なんでだよ、那々姉さん……!?

 あんたは……あんたはそんな人じゃない筈だろ!?

 

 教え子。いや、仮令そうではなくても他人を傷付ければ那々姉さんは躊躇いを持つはずだ。

 それなのに那々姉さんはその欠片の一つすら見せていない。

 

「那々姉さん!!

 一体、どうして―――!?」

 

 あんなにも強くても優しい那々姉さんが他人を殴ったにも拘わらず平然としていることが俺は許せず、事の真相を確かめたくてなりふり構わずに那々姉さんに掴みかかろうとすると

 

「―――え」

 

 突然、視界がひっくり返った。

 

「織斑君。

 少し、直情的過ぎますよ」

 

「うわっ!?」

 

「一夏!?」

 

「一夏さん!?」

 

「一夏!!?」

 

 俺は間もなく浜辺に背中に海水と地面に衝突した衝撃を感じた。

 少し、姿勢を直すと自分が那々姉さんに海に投げられたことに気付いた。

 那々姉さんは今の一瞬で殆ど動作を見せずに俺の事を受け流した挙句、高校生と言っても男一人を放り投げたのだ。

 

 これが……

 千冬姉と互角と言われている那々姉さんの実力かよ……

 

 今まで「IS」に関わりを持つことがなかったことで俺は那々姉さんのことを頼れる近所のお姉さん位の目でしか見て来なかった。

 しかし、今の投げ技で俺はこの人が世間一般で恐れられている理由を悟ってしまった。

 

 「もう一人の世界最強」……

 

 俺は寒気がした。

 今の那々姉さんにはゆっくりと海を泳ぐ六メートルクラスのホオジロザメに遭遇した時の恐怖とはこんなもののではないのかと思ってしまった。

 こちらを襲わないと分かっていてもその姿には見るものを恐れさせるものがある。

 

「先輩。一つ言わせてもらいますが、「専用機持ち」になるにはなるなりの適性が必要です。

 少なくともこの場にいる代表候補生の生徒たちはその条件を満たしています」

 

 那々姉さんは身動きすら取れなくなった俺を無視して「専用機持ち」の条件を持ち出してきた。

 確かに那々姉さんが言う通り、「専用機持ち」は俺と雪風を除けば全員が「代表候補生」と呼ばれるエリートばかりだ。

 セシリアが前に「エリート」と自慢していたのはそれは激しい競争を生き残ったことへの自負だったのかもしれない。

 そんな「代表候補生」じゃない雪風すらも高い技術で特別に「専用機」を持つことを許されている。

 

 そうか……

 俺ってただ男だから持つことを許されたんだよな……

 

 今更ながら俺は自分が特別扱いだったことを思い出してしまった。

 「世界初の男性IS搭乗者」。

 そんな肩書がなければ俺はただの「織斑一夏」と言う一人の人間だ。

 何せ、那々姉さんに対して情けなく怯んでしまっている。

 

「あ~、はいはい。

 そんな他人の作ったルールとかしがらみとか束さんにとっては知ったことじゃないんだけど?

 そもそも、それってコアの数が限られているからでしょ?

 今回は新しいコアをただ箒ちゃんにあげたんだからそれでいいでしょ?」

 

 それに対して、束さんはその枠を一つ作り管理されている「IS」ではないのだから大丈夫だと主張した。

 確かにそもそも「IS」のコアの所属が決められているのは「IS」のコアが限られているからだろう。

 

「……あなたならば、そう言うと思っていました」

 

「……?」

 

 束さんのその言い分に那々姉さんはもう慣れたと言わんばかりの口調で即答した。

 

「ですので、一つ提案があります」

 

「ん?」

 

 提案……?

 

 那々姉さんは珍しく束さんに何かを持ち掛け、束さんは興味深そうに耳を傾けた。

 ここだけの話だが割と束さんは那々姉さんのことを意識している。

 長らく二人のことを見て来たが、那々姉さんは束さんのことを認めていないが逆に束さんはそんな那々姉さんに対抗意識を燃やしているのだ。

 そんな那々姉さんが自分に意見を言ってきたことが束さんは気になって仕方がないのだ。

 

「この場で篠ノ之さんが「専用機」を持つに相応しいことを全員に示すというのは如何ですか?」

 

「え……?」

 

「……?」

 

「ふ~ん。へえ~」

 

 那々姉さんがは普段通りの毅然とした態度を崩さずにその提案の内容を告げた。

 それが意味するものを俺は理解できなかったが、束さんは嬉々とし始めた。

 

「え~?

 でも、それだと私には何にもメリットがないんだけど?」

 

 束さんはニヤニヤとそう告げた。

 そうだ。

 何のしがらみも持たない束さんにとっては那々姉さんの言う箒が『「専用機持ち」に相応しいという』証明は何の旨味もない筈だ。

 そのことは那々姉さんならば十分理解しているはずだ。

 

「「紅椿」のデータを完全に引き出す模擬戦を行うと言ってもですか?」

 

「お」

 

「……データを?」

 

 那々姉さんは「紅椿」相手に模擬戦を行うと言った。

 しかし、一体誰が相手をするのだろうか。

 

「私が模擬戦の相手をします。

 それではダメですか?」

 

「えっ!?」

 

「な!?」

 

「よし!!乗ったああああああああああ!!!」

 

 その衝撃的な相手に束さんと千冬姉を除いたこの場にいる全ての人が度肝を抜かされた。

 何と那々姉さん自身が「紅椿」の相手となると言ったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……!

 川神先生!それはいくら何でも篠ノ之さんに―――」

 

 そんな中、今まで束さんに最も被害を受けていた山田先生が那々姉さんが模擬戦の相手になることに対して箒が不利過ぎることを言いだした。

 その通りだ。

 何せ那々姉さんは間違いなく千冬姉と並ぶ「もう一人の世界最強」と呼ばれる人間だ。

 そんな相手が模擬戦の相手、しかも「専用機」の所有権を巡るという内容でだ。

 それだと山田先生は箒が不憫だと思ったのだろう。

 

「ならば、こうします。

 今から言う二つの条件の中、一つでも満たすことが出来れば篠ノ之さんの勝ちとしましょう」

 

「え……」

 

「条件……?」

 

 山田先生の抗議に対して那々姉さんは条件を満たせば勝ちとした。

 まるで試験の様だ。

 けれども、その認識は甘かったことを知ることになった。

 

「一つは単純に私の「シールド・エネルギー」を0にすること。

 そして、もう一つは私に一度でも近接装備を使わせることです」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

「ふ~ん?

 大した自信だねぇ~。

 負けたら赤っ恥だよ?」

 

 余りに箒に有利過ぎる条件に束さん以外は耳を疑った。

 一つ目はともかくとして、二つ目は要するに自分で近接用の武器の使用を禁止しているも同然だ。

 これは条件じゃない。ハンデだ。

 

「あなたはぁ……!!」

 

 その那々姉さんの自分の事を軽んじているにも等しい発言に箒は今まで溜めていた不満を一気に吐き出すかのように那々姉さんを睨み出した。

 

「………………」

 

 そんな箒に対して那々姉さんはただジッと見つめるだけでそれ以上は何も言おうとしなかった。

 

 那々姉さん……一体、どうしたんだよ……

 

 姉貴分のあまりの変貌に俺は理解が追いつかなかった。

 このままでは幼馴染とその幼馴染と自分を見守って来てくれた人が戦うことになるのに俺は呆然とするしかなかった。


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