奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「私は……」
負けを自覚した後、再び私の意識は途切れたらしく私は意識を取り戻した。
先ほどまでの朧げなものとは異なり、今ははっきりと意識がある。
私はヤチの言葉を受けて不思議な女に出会った後再び意識を失ったらしい。
ここは医務室の個室らしい。
どうやら、私が再び意識を失った後、学園側が私に迅速に治療を施してくれたらしい。
「生きているのか……」
今、私は不思議な気持ちを抱いていた。
今まで、死への恐怖を実感したことはなかった。
いや、それを自覚する機会がなかっただけなのかもしれない。
けれども、今、私は生きている実感を感じた。
そのことがどれだけ脆いのかと言うこともようやく理解したのかもしれない。
こんなことは初めてだった。
「目が覚めましたか?」
「……!」
生まれて初めて感じる生への実感の余韻に浸っている時だった。
突然、その声が聞こえて来た。
私はその声がした方へと顔を向けた。
「川神……那々……」
それは私が敵視していた人間の一人だった。
「フフフ……
今は別にいいですけど、周囲に他の生徒が居る時は教師と生徒の関係を保つために『先生』と呼んでくださいね?」
「え?あ、はい……」
川神那々はまるで何事もなかったかのように私を窘めて来た。
私はその様子に戸惑い、つい、敬語を使ってしまった。
「……なぜ、私がここにいるのか不思議に思っていますか?」
「………………」
確かに私は最初、彼女がここにいることに戸惑ってしまったが
「……いえ、それはわかっています……」
彼女がここにいる理由については私は理解している。
私は彼女の教え子を卑怯な手で倒した。
そのことで私を責めようとしているのだろう。
けれども私は既にそのことについては覚悟をしているつもりだ。
以前までの私ならば素直に受けとめられず、自らの行いを直視も出来なかっただろう。
いや、そもそも川神那々と言う人間と面と向かって会話、いや、聞く耳を持とうともしなかっただろう。
「……そうですね……
確かにあなたが凰さんにしたこと、あなたのペアである篠ノ之さんにしたことに関しては私は怒りを感じました」
「………………」
彼女の言っていることに不自然さはない。
私は彼女に憎まれてもおかしくないことをしてしまったのだ。
しかし、意外だったのは
「……篠ノ之の方にもですか……?」
彼女と何の関係性も見られない篠ノ之の件でも私に怒っていることだった。
確かに私がしたことは責められても恨まれてもおかしくはないことであるが、彼女は今、篠ノ之のことを凰と同じくらい心配している素振りを見せた。
私はそれが気になってしまったのだ。
「……私は彼女の保護者ですので」
「……なっ!?」
初耳だった。
確かにそれが事実ならば篠ノ之のことで私を憎むのは当然だ。
けれども私はその事実が少し腑に落ちなかった。
「……篠ノ之の一家は健在で姉はあの篠ノ之博士なのにですか?」
篠ノ之の家族は日本政府が保護していたはずだ。
なおかつ、篠ノ之の姉はあの「IS」の生みの親である篠ノ之束だったはずだ。
私とは異なり家族がいる篠ノ之の保護者を何故、川神那々がしているのかが理解できないのだ。
「……彼女は今、親元を離れています」
「……え」
川神那々は複雑な表情をして口を開いた。
私はその事実に何も言えなかった。
「……ですから、私が護衛を兼ねて彼女の保護者の代理になってます。
と言っても、その保護者すらも失格と言えますがね」
「それは……一体……」
川神那々は自嘲した。
それはとても教官と並ぶとまで言われた「もう一人の世界最強」の面影は感じられなかった。
いや、今の表情は
……教官と同じだ……
三週間前、私に見せた教官の悲しい表情と同じに見えた。
「そのことはあなたには関係ありません……
ですが、私が篠ノ之さんのことで貴女に怒りを抱いている理由はわかりましたか?」
「……はい……」
川神那々はそれ以上は赤の他人である私には関係ないと話を切り上げ、私に確認を求めて来た。
彼女の言う通り、私は彼女にとっては許せないことをしてしまったのは事実だ。
仕方ないか……
こうなることを私は既に覚悟していた。
そもそもヤチに負けた瞬間に私は今まで自分がして来た事がただ虚勢を張っていただけであることを理解し、己の虚栄心がどうでも良くなってきたのだ。
今まで冷静になれなかったことが今は何故か、全て頭に入るほどに如何に自分が馬鹿だったのかを自覚できるほどになったのだ。
今、思えば……
ただ羨ましかっただけなのだろうな……
教官に出会うまで、私には家族と言うものが、いや、友人と言える存在すらいなかった。
周囲にいるのは上司と同僚、部下と言った人間関係でしかなく、結果と実力が全ての世界だった。
そんな中で私は事故で「欠陥品」、「出来損ない」、「失敗作」と呼ばれるようになり、常に怯えることになってしまった。
誰も信じることが出来ず、常に誰かに馬鹿にされているのではないかと信じていたのだ。
そんな時に私は教官と出会った。
最初、私は「世界最強」の彼女が教えてくれることに多少の感激があった。
ただそれだけだった。
だが、日々が過ぎ、私は何時しか教官に心を許し、彼女をどこか姉のように思い慕う様になっていた。
あんな感情は初めてだった。
「家族」があんなに暖かいものだとは思わなかったのだ。
けれども、教官の口から出る教官の弟と後輩が私の心を曇らせた。
あの人が彼等の名前を出すときに見せる表情は私に向けられるものとは同じようで違った。
私に向けない感情を教官はその二人に向けていたのだ。
その日から私はその二人を意識するようになり、何時しか憎み、打倒することで私にも、いや、私だけにその表情を向けてもらえると盲信してしまっていた。
私は嫉妬していたのだ。
……そして、この様か……
今の私は試合中、いや、この一か月で仕出かしたことで本国に最低でも強制送還、下手をしなくても一生外に出ることすらも不可能になるだろう。
教官は私がこの学園に来ることを望み喜んでいる節があった。
きっと、弟との交流が見たかったのだろう。
そんな期待すらも私は台無しにしてしまったのだ。
「そうですか、では話が早いですね」
「………………」
川神那々は私が全ての責任を承知していることを理解するとそう言った。
私はどのような責めでも受けようと気構えたが
「……その過ちを忘れないでこれからの三年間でよく学び一人の生徒として過ごしなさい」
「……え?」
待っていたのは私を責める言葉ではなかった。
私はその言葉の意味が理解できずに川神那々に訊ねた。
まるで今の発言は
「私を
私のことを許したかのようだった。
私は今までして来たことから絶対に許されないと考えていた。
それなのに今の発言はこの学園に留まることを許可されたも同然だったのだ。
「……失礼ですが、貴女の出生を調べさせていただきました」
「……!?」
その一言に私は言葉を失った。
「それを使って少し、私と理事長で「委員会」と「ドイツ」、そして「欧州連合」に圧力をかけさせていただきました。
貴女の出生を世間に公にされたくなければ、今回の件は少しでも穏便に済ませる様にと。
おかげでイギリスは渋りましたが、ドイツとフランスは説得できましたよ?
「委員会」もそこまで事を荒立てたくなかったようですし」
私は一瞬、彼女が何を考えているのかが本気で解らなかった。
それは彼女の行動の意味ではない。
確かに私の出生は私自身はそこまで気にしてはいなかったが、社会的に考えればタブーの領域だ。
だが、私が疑問に感じたのは
「……どうして、あなたはそうまでしてくれたんですか……?」
そんなことを何故、ほとんど赤の他人、それも自分の弟子や被保護者を苦しめた人間を助けるようなことをしたことだ。
彼女は私に恨みはあれども、恩はない。
義理も義務もだ。
その彼女が私を庇おうとしてくれるのかが理解できなかった。
私が答えを待っていると
「……先輩に頼まれたからですよ」
「……え?」
川神那々の口から出て来たその名前に私は呆気に取られてしまった。
「……教官が……?」
私は胸が苦しくなるような感覚に陥った。
「……はい。
何せ、あの人……
私だけでなく、この学園の教員や役員、果てには各国の来賓に対して頭を下げ回って貴女の処遇を少しでも軽くしようとしたんですよ」
「なっ……!?」
その衝撃的な事実に私は耳を疑った。
あの教官が、誰よりも強くて誇り高いあの人が頭を下げるなど私は到底想像できなかったのだ。
常に毅然としたあの人が。
それも
「私の為に……」
私などの為にだ。
私は教官の名を穢した。
今まで嫉妬で狂っていて、そのことに気付かなかったが、今なら私は自分の行いが如何に教官の名を辱めたかを自覚したのだ。
実力も品性も全て彼女の名を貶めるようなことばかりをしてきたのだ。
私は愛想をつかされていたと感じていた。
それなのに教官はそんな私なんかの為に頭を下げたと言ったのだ。
「どうして……」
それが私には理解できなかった。
私の仕出かしたことをどうして、教官が庇ってくれたのかが本気で理解できないのだ。
その事で悩んでいると
「……貴女があの人の教え子だからですよ?」
「……え」
川神那々は優しく諭すように言ってきた。
「あの人は恐らく、貴女の前では何も言わなかったと思いますが、私と飲む時に何時も貴方のことを語る時は嬉しそうにしていましたよ?」
「……それは一体……?」
「……先輩は貴女が少しでも立ち直っていく姿を見てまるで自分のことのように喜んでいましたよ」
「……え!?」
川神那々は少し仕方ないと言わんばかりに続けた。
そんなことは考えられなかった。
何故ならば、教官は常に私に対して厳しく接するだけだったのだ。
確かに技術が上がると褒めることはあった。
でも、それは軍、いや、「IS」の搭乗者としては当たり前のことだったはずだ。
たったそれだけのはずだ。
なのに何故、教官がそこまで嬉しく思うのかが理解できなかった。
「何せ……
教師になったのも、貴女を指導した時の喜びが切っ掛けなのですから」
「なっ!?」
私はその事実に驚愕した。
「……私が……切っ掛け……?」
私は教官がこの学園で教員をしていることに疑問と不満を抱いていた。
あれ程の強い人間がどうして、その力を振るわず、このような場所でその力を発揮しないでいるのかが本気で不可解に思えたのだ。
「はい。
あの人は照れ屋ですからね……貴女や一夏君の前ではそう言ったことを話せないんですよ。
肝心なところで一言足りないんですよ、あの人……
いつもいつもそのことを指摘しているのに面倒臭がって……
誰もが私や一夏君のように自分の好意に気付いていると思っている節があるんですから……」
川神那々は愚痴るように仕方なそうに言った。
私は教官の意外な一面が信じられなかった。
いや、そうじゃない。
……そう言えば……
いつも、この人とあの男のことを誇らしげに語っていたな……
私にも思い当る節があった。
私はそれを目にして、川神那々とあの男のことを目の敵にしていた。
けれども、
「……いずれにしても、先輩にとっては貴女も大切な存在なんですよ」
「……っ!!?」
それは間違いだったのだ。
道徳上の意味でもなく、嫉妬の良し悪しでもない。
そもそも嫉妬をする必要性すらも最初から存在しなかったのだ。
全ては私のただの勘違いだったのだ。
「くっううぅ……」
既に自分の愚かさを自覚していたが、私はさらに自分の愚かさに涙を流した。
私は教官に自分の理想と都合ばかりを押し付けていた。
なのに教官はそんな私さえも大切に想っていてくれたのだ。
自らの惨めさに私はどうすればいいのかが分からなかった。
「……それにあの娘が頑張って助けたんです。
できれば、助けたくなるのも当たり前ですよ」
「……え」
自らの不甲斐なさを悔やんでいる最中に川神那々はもう一つの私を擁護した動機を口に出した。
その時、私は反射的に
「……どうして、ヤチは私を助けてくれたんですか……」
そう訊ねてしまった。
私は自分の身に起きたことが詳しくはわからない。
けれども、あの暗い闇が私の生命を蝕んでいたのはなんとなく理解できた。
それをヤチはボロボロになってでも助けようとしたのだ。
だけど、なぜよりによってヤチが私を助けようとしたのかが理解できなかった。
ヤチは私のことを不快に感じていたはずだ。
特にあの試合の最中の彼女は私を容赦なく心身共に叩き潰した。
そんなヤチがどうして私を自らの危険を顧みずに救おうとしてくれたのかが理解できないのだ。
「……その質問に答える前に一つだけ、貴女の
「……
川神那々の一言に私は困惑してしまった。
「勘違い」とは一体何を指しているのだろうか。
私が今の会話で何を勘違いしたのだろうか。
「きっとあの娘は例え、貴女でなくとも生命が危険に晒されている人間ならば、仮に誰であろうと助けます」
「え……」
それは信じられないことだった。
けれども、川神那々はそれを断言した。
「何故……そんなことが……」
まるで、それは何も特別なことがない然も当たり前のようにヤチは躊躇なく実行すると言っているも同然だった。
それが私には信じられなかった。
人間は誰しも必ず、感情に左右されるはずだ。
なのにヤチはそう言ったことを度外視してでも人を救うと言ったのだ。
「……詳しいことは言えません……
ですが、これだけは言えます。
彼女は私の教え子の中で最も強いです。恐らく、師である私すらも遠くない日に越えていくでしょう……
いえ、既に越えているかも知れません」
「なっ……!?」
川神那々のその一言に私は驚愕した。
ヤチの実力が異常なのは私自身理解していることだ。
しかし、それが教官と並ぶこの世界の頂点に君臨する「世界最強」が自分に匹敵、いや、既に越えていると認めたのだ。
それはつまり、ヤチはこの世界で限りなく最強に等しい存在だと言うことに他ならない。
だけど
「……でも……
彼女は同時に多くのものを失ってきました……」
「……え」
次に出て来たのはそのイメージとはかけ離れた悲しみの表情だった。
「
私はその言葉の意味が分からなかった。
「……彼女は強い娘です。
でも、そんな彼女の強さを持ってしても……
彼女には守れなかったものや助けられなかったもの、救えなかったものが多く在りました……」
「……!?
あんなに強いのにですか!?」
ヤチの強さを実際に目の辺りにして私は彼女の実力ならば、手に入らないものはないと思っていた。
けれども、実際には真逆でヤチは多くの喪失を味わったと目の前の彼女は言ったのだ。
「……はい。ですから、彼女はこれ以上誰も失うまいと必死になるんです……」
「あのヤチが……」
川神那々の明かしたヤチの過去がにわかに信じられなかった。
同時に私はあることを理解した。
『……その強さの意味を知ってこい』
あの黒髪の女はそう言った。
ヤチのことを悲しそうに、愛おしそうに、誇らしそうに見つめる様にしながらあの女は私にそう言った。
強さの意味か……
あの女が何者なのかは分からなかった。
それでも、あの女の言葉の意味は何となくであるが理解できた。
ただそれでも分からないことだらけではあるが。
『『自分は生きているんだ!!』と胸を張って言いなさい!!
ラウラ・ボーデヴィッヒ!!!』
少なくとも私は初めて、この学園に来れたことを、いや、生きていることに自信を持てそうになった。
親の心、子知らず……その逆も然り。
この心も親知らず。
千冬さんは一夏を基準にしたからラウラの扱いを間違えたと思います。
ラウラの処遇は本来ならば、軍籍剥奪ものなのですが、この作品では二階級降格扱いですね。
これからはラウラ・ボーデヴィッヒ中尉です。
あ、クラリッサの部下になり副隊長ですね。