ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 えーと、今回は本編の補足エピソードになります。ぶっちゃけ、読まなくてもなんら問題はありません。
 私自身、加えなくてもいい要素を加えた結果、収集がつきそうになくなってしまったのを無理やりまとめた感じです。

 そんなお話。フェイトの親父であるゼル・ユピートに関する完結編、かな? どうぞ。


第86.5話:ゼル・ユピート

 テュルク大陸の南。断崖絶壁から南海に望むのは魔の海域と悪名高いトライアングルダラスだ。実際に入ったものは少ないものの、そんな無鉄砲な者たちは例外なく海の藻屑と消えている。海域に進入したが最後。ゾイドは制御を失い、命が果てるその時まで暴れ狂う。

 エウロペにも「レアヘルツの谷」と呼ばれる、トライアングルダラスに似た現象を引き起こすポイントが存在する。起こる現象もほとんど似たような事象が多く、命が果てるその時まで暴れ続けたゾイドの亡骸が数多く眠っているという噂だ。

 

「……キィ」

 

 暗雲渦巻くトライアングルダラス。ニュートはその空と海をじっと見つめていた。感情を読み取らせない機械的な瞳。その奥で鈍く瞬く黄色の輝きが、揺れることなくトライアングルダラスに注がれる。

 

「おい、ニュート、どうした?」

「……キィ?」

 

 その頭をポンポンと軽く叩かれ、ニュートはようやく自分の意識が飛んでいたことに気づいた――ように頭を振った。信頼する主を見上げ、「あれ? どうかしたの?」と無邪気な心情を示すように小首をかしげる。

 

「ま、別にいいけどよ。頼むぜ、お前が頼りなんだから」

 

 主、ローレンジに首を軽く撫でられ、ニュートは気を取り直すように「キィ」と機械的な返事を洩らした。

 

「サンキューなハトリ。んじゃ、入り口で待っててくれ」

 

 ニュートに跨ったローレンジは、同行させた部下に何の気もなしに告げた。が、その部下――ハトリ・メルベは予想以上の狼狽を見せた。髪を振り乱し、動揺していますと言う感情を大げさにふるまいながら訴える。

 

「えぇ!? こんなとこに私一人ですかぁ!?」

「ああ、なんかおかしいか?」

「おかしいですよ! とーりょー自分の身体の調子とか、分かってます!?」

 

 ハトリの忠告を受け、ローレンジは自分の身体を見下ろす。両脚は硬くギプスが巻かれ、右手から下げているのは松葉杖。ニュートに跨っているのも、ローレンジ自身が自由に動けないためだ。

 つい数日前に意識が戻り、しかし愛する妹の歓迎で再び骨折。ローレンジの身体は、ニクスでの戦いの傷が癒えたとは到底言えるはずもなく、今現在もドラグーンネストの医務室で面会謝絶で横になっているはずだった。

 

「ま、なんとかなるって。それにハトリ。グチグチ言いながらここまで連れてきてくれたのはどこの誰だよ」

「それは……確かに私ですけどぉ、とーりょーに無理させ過ぎたら私が怒られちゃうんですよぉ!」

「誰に?」

「主に……タリスさんとか……」

 

 ハトリが憂鬱気に溢した名前で、ローレンジはあらかたの事情を察する。

 ローレンジが怪我で動けない今、ローレンジがやるべき事後処理などの補佐はタリスに任せている。元々PKの一員だった彼女だが、ローレンジの説得の甲斐あってか、テュルク大陸での決戦を通して鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)内部におけるローレンジの副官の地位を確立してしまった。

 彼女自身の性格は、サファイアに似た冷静沈着だ。だが、実際はかなり強かな面が大きい。精神が高ぶって感情的になっていたとはいえローレンジを言いくるめ、抜け目のない性格で鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)メンバーの特徴を素早く把握、それぞれに対して最もよいだろう対応を見せつけることで、あっという間に信頼を勝ち取ってしまった。

 それは今作戦でのローレンジの部下だった雷獣戦隊(仮)も同様である。元々リーダーにされていたローレンジはいい加減な部分が多く、単独行動が主なため、指揮官としては不安な面が多かった。タリスは、そんなローレンジの穴を埋める様に副官としての有能さを示したのである。今や、雷獣戦隊(仮)のメンバーも彼女の指示に従ってしまうほどだ。

 

「あいつ、けっこう過保護だからなぁ」

「重症のとーりょーを勝手に連れ出したなんて知れたら……うぅ、考えたくないですぅ……」

 

 若干泣きが入ってる――というか、もう完全に泣いてしまった――ハトリに申し訳なく思う。しかし、だからと言ってこの先へ彼女を連れていくわけにはいかないのだ。

 

「悪いが、ここで待機しててくれ。なるべく早く戻る様にはするから、心配すんなって」

「とーりょー……」

 

 少し安心したようにハトリが顔を上げた。茶髪のポニーテールが風に揺れ、短い前髪から覗くか弱い――しかし(したた)かな小動物めいたその瞳は、少し意地悪くしたくあるような揺らぎがあった。

 

「…………半日はかかるかも」

 

 ぽつりと、意地悪く呟いた

 

「とーりょー!」

「じゃ、あとよろしく!」

 

 左手を持ち上げて「じゃあな」という意思表示をし、ローレンジはニュートと共に颯爽とその場を去った。向かう先は、ケープ遺跡の最深部だ。

 

 

 

***

 

 

 

 ケープ遺跡内部は、いくつものゾイドの残骸が散乱していた。あの戦いの時、遺跡に潜入したヴォルフ達が戦った痕だろう。見慣れないゾイドの残骸に軽い驚きを覚えつつ、ローレンジとニュートは遺跡の最深部へと足を踏み入れた。

 

 ゴジュラスが脇に崩れ落ちた大扉の先。崩れてぼろぼろの扉を潜り抜けた先に、それはあった。見慣れない機械。いくつものコンピューター。パイプが繋がれたカプセルの中に収められた、青と黄の機体色をした未来的な造形のタイガータイプのゾイド。

 ギルベイダーとの決戦時に、ちらりと視界に映った謎のゾイドだ。ヴォルフのエナジーライガーがトドメの一撃に入ったあの時、ギルベイダーの重力砲を一撃のもとに食い止めた強力な雷撃を放ったゾイドだ。

 

「ブリッツタイガーさ。そいつの名は」

 

 ガシャガシャとゾイドの駆動音が遺跡内に響く。ボロボロの機体だが、ロードスキッパーは主を乗せたままローレンジの下へと歩み寄る。その足元に追従する豹のような姿のオーガノイドが、ニュートに視線を注いだ。

 ニュートから降りたローレンジは、松葉杖を駆使して自らも歩み寄る。そして、お互いの距離がゼロになった時、ロードスキッパーは腰をおろし、背中に乗っていた主とローレンジを近づける。

 

「娘が世話になったね。ローレンジ・コーヴ君」

「いや、それはお互い様ですよ。ゼル・ユピートさん」

 

 一人の少女という繋がりの下、ローレンジ・コーヴとゼル・ユピートは、この時初めて顔を会わせた。

 

 

 

 互いに、語りたいことは多かった。

 ゼルは自らが生き延びた理由、暗黒大陸に逃れ、残された生涯をエナジーライガーの整備とブリッツタイガーの再生に尽くしていたこと。

 ローレンジからは、ゼルの娘であるフェイトの御蔭で、今現在の己を確立できたこと。ゼルに代わり、新たな家族として彼女を育てていること。

 互いにぽつぽつと口火を切り、少しずつ互いの持つ情報を明かしていく。一通り話しきり、ローレンジは小さく息を吐き出した。

 

「……あいつが、ヴォルフの従妹ってわけか……はは、どうも、俺はムーロアの血筋に縛られちまったみたいだ」

「おれはゼネバスがどうとか、その辺りは考えてない。娘にも、その道を歩んでほしくない。いつか、おれとユーノみたいにパートナーを見つけて、どこかで幸せに暮らしてほしい、そう思ってるよ」

 

 そう言って、ゼルはローレンジを見つめた。年の所為か老けて見えるゼルだが、その表情はローレンジに通じるものがあった。容姿だけではない。殺伐とした世界を生き、それでも穏やかさを胸の奥に宿すような、そんな雰囲気というものだろうか。

 じっと見つめられ、ローレンジは視線を外した。どうにも、自分と似たような人間と顔を突き合わせるのは気分的に微妙な気がする。

 

「そのセリフは止めてください。なんか妙なこと意識させられる」

「おっと、そうだな。すまない。君は、フェイトの兄貴だったな」

「そうです。天地がひっくり返ろうと、それはありえません」

「ははは、おれもそれは望まないさ」

「ですよね。勘弁してください。あいつは、大切な妹なんです。それ以上も、それ以下も絶対にありえません」

 

 実の父に対して、赤の他人だった自分が兄貴振るのは複雑な気分だ。ゼルの面持ちから、彼はそこまで深く考えていないのだろうが、それでもローレンジとしては微妙な気分で言葉を紡ぐ。

 

「で、俺を呼び出した理由ってのはなんなんです? わざわざ、そこのパルスをひっそりと忍び込ませて」

 

 ローレンジがここに来たのは、パルスを通じてのゼルからの呼び出しがあったからだ。急を要することで、すぐにでもケープ遺跡の奥に『一人で』来てほしいと。ローレンジが重傷を押してまで来たのは、ゼルからの伝言が妙に切羽詰まっていると感じたからだ。

 思い出話も一段落したところで切り出された本題。ゼルは遺跡の天井を見上げ、呟くように言った。

 

「到底信じられない話になるぞ」

「前置きはいいから早くしてください。気になっちまう」

 

 穏やかな口調で、しかし続きを促され、ゼルは重い口を開いた。

 

「……君は、『時空転送装置』って、訊いたことあるか?」

 

 

 

***

 

 

 

 ゼルが語り終え、ローレンジはしばし驚きを隠せなかった。内容が内容だけに、ここだけの話にして、口外してはならない事柄だ。それにしては、事情が大きすぎた。

 

「時空転送装置は、ブラックホールみたいなものを疑似的に作って、その空間を通ることで時空を超える装置」

「そうだ」

「そして、それの暴走によって起きる『時空融合』って事件が、起きた」

「ああ」

「……つまりだ。この先、何年先か、もしかしたら今この瞬間かもしれないが、起きるんだな。その『時空融合』って奴が」

「そうだ。おれは、その時に備えて、ここでブリッツタイガーを創り上げたんだ」

 

 ゼルは、万感の思いを込めて己の愛機であり、己の愛機になるだろう機体を見上げる。

 

「時空融合が起こったその時、鍵になるのはこのブリッツタイガーだ。パルスとの合体することで『ゾイドオーバーロードシステム』――略して『ZOS』か。それの完全な制御。それを可能にするゾイドがこいつだ。そして、こいつは時空融合を解決する『過去のおれ』に受け継がれる」

 

 正直言って、ローレンジの頭でも整理が追いつかない事柄だ。

 この先、いつか時空融合という事件が起こり、惑星Ziの様々な時代が組み合わさり、一つの世界を作りだす。その世界では、テラガイストが世界の崩壊と、その果てにあるゼネバス帝国復活を目論んで暗躍する。ゼルはその世界でフェイトの母となるユーノ、相棒のオーガノイドのパルスと出会い、共に事件を解決した。

 その事件には、融合した世界で出会った今よりも未来のバンたちも関わったという。

 

 信じられるはずがなかった。時空融合という夢物語のような事件。そのために、娘に無事を伝えることもなく研究に没頭し続けた父。ゼルは、起きるかどうかも不明確な事件のために家族との時間と人生を捧げたのだ。ローレンジの心には、弾劾すべきだという意識が芽生え始めている。だが、それができない理由もいくつかあった。

 一つは、ゼルはバンとフィーネの存在を知っていたという一点。フェイトが幼いころにエウロペから姿を消し、その後長い間ケープ遺跡で研究に没頭したゼルが知り得ることは不可能な問題だ。それは、ニクスの民と繋がりがあったとしても、情報を得るのは難しい。この遺跡の奥にゼルが居たことを知るのは、おそらくマリエスとオスカーくらいのものだ。

 

 もう一点。実は、ゼルの話にあった時空転送装置について、ローレンジも噂程度に情報を持っていた。師匠からもたらされた情報だ。エウロペの中心、北エウロペと南エウロペの間に位置する離島群の一つに、『アーカディア王国』という国が存在する。ガイロス・へリックの影響を受けず、独自の国家として発展してきたこの国は、両国との武力干渉を一切禁じられている。その秘密に、古代ゾイド人のオーバーテクノロジーである『パンドラの箱』が存在するという噂だ。

 

 ローレンジの師匠はそれが『触れてはならない時空を歪めるテクノロジーである』と言っていたのだ。誰一人として知りえない情報を、ローレンジは師匠から口伝で知っていた。

 

 無論、これだけで信じられるという確証はない。だが、ローレンジは信じたかった。娘との再会を振ってまで研究に没頭したゼルという男は、フェイトとの再会を何よりも喜んだ。その態度が、会いたくても会う訳にはいかないゼルの葛藤を表しているのだ。

 

 ただ、ゼルの話の中には、一つだけ口を挟みたくなる部分があった。

 

「ゼルさん。あんたの話だと、あんたは、ずっと『時空融合』って事件に縛られてるよな。あんたも、ユーノさんも」

 

 この時代でゼルはブリッツタイガーを創り上げ、過去からやってきたゼルにブリッツタイガーを譲る。過去のゼルはブリッツタイガーを駆使して時空融合を解決し、元の時代に戻ってユーノと絆を育み、フェイトを生む。その後、ゼルは暗黒大陸に流れ、過去の自分のためにブリッツタイガーを再建する。

 これでは、ただ同じことを繰り返しているだけだ。事件を解決するために、ゼルはブリッツタイガーを作り続けなければならない。でなければ、つじつまが合わなくなる。

 

「だから、君にこの話をしたんだ」

 

 ゼルは、苦笑しローレンジを見つめる。

 

「おれが体験した時空融合の物語では、君に会ったことがないんだ。パラレルワールドって言葉があるだろ。ある時間軸での行動の変化で、無数に世界が拡散されていくってやつだ。どんな些細なことでも構わない。もしかしたら、あの時空融合の中で君に会えていたら、何か変わったかもしれない。おれの『息子』でもある、君に会えたらな」

「だけど、その世界で単に俺があんたに会えなかったって可能性も……」

「かもしれない。けど、もしかしたら……って、そんなことを考えてな。縋りたくなったんだ。おれの娘を動かしてくれた、あそこまで育ててくれた君なら…………ってさ」

「なこと言うけど……」

 

 話の大きさが大きさだけに、まともな思考では追いつくことはできない。ただ、なんとなく予感している可能性はあった。

 ゼルはここでローレンジと会うことで、未来に何かしらの変化を起こせるのではないか、そう言った。だが、『これまでのゼル』も同じようにローレンジに合っていた可能性がある。なにせ、今のゼルに時空融合の解決を託した未来のゼルが何をしたのか、全く分かっていないのだから。

 いつまで議論しても解決などでない。だが、なにか一つでも結論を出すべきだろうか。そんな思考が過り、ローレンジは外していた視線を戻す。

 

「ゼルさん!?」

 

 その時だ。ゼルが胸を抑え、倒れた。慌てて支えに入るが、腕の骨にもひびが入っており、ローレンジも支えきれず倒れてしまう。

 

「すま……ない。こっちに来てから、病に侵されてな……」

 

 ゼルの言葉には、無念さや驚愕と言ったものはなかった。ただ、来る時が来たと、受け入れるように、全てを悟っているように告げた。

 研究に没頭し続け、自らの体調を崩した。それでも、ブリッツタイガーとエナジーライガーの完成に尽くすため、ゼルは死に物狂いで今日まで生き延びた。役目を終え、ゼルは、その生涯を閉じにかかっている。

 

「過去のおれへの言葉は……もう、吹き込んである。あとは、来るべき時に、目覚めてもらうだけ。役目は……果たした」

「……そうかい。勝手に、娘に何も残さず、死んでくってのが、あんたら親のすることかよ」

「なに、分かっていたさ。おれは、フェイトの前から消えた時、もう、死んだんだ。今のおれは、死人も同然。無駄に生き過ぎたようなもんさ」

 

 ゼルは、もう助からない。それは、傍にいるローレンジがよく分かった。人が死に逝く瞬間を何度もこの目に宿してきたのだ。自らがとどめを刺したことも、こうして衰弱して死んでいくことも、全て瞳に映してきた。

 死に逝く瞬間だということは一目で分かるほどに、人の死を見て来たのだ。

 

「ったく……あんたといい、親父と言い、遺言一つ言わずに死にやがる。勝手だよ」

 

 ローレンジの脳裏に蘇るのは、嘗てのフォレストコロニーでの光景だ。事故で村を離れ、その間に村は壊滅した。帰ってきたローレンジを迎えたのは、誰かもわからない焼死体の山と、それが死体なのだと理解させてくれないほど崩れた人の残骸、灼熱に溶かされた肉。そして、空気中を漂う人を構成していた脂などの物質だった。そのどこかに家族の死体があるのに、それがどれなのかの判別もつかなかった。

 

「あんたまで……なぁ、フェイトに俺と同じ想いを残すなよ。急に親に死なれるってのはさぁ、けっこうなトラウマなんだぜ? 普段は見せねぇけどよ、フェイト(あいつ)も相当無理してんだ」

 

 過去の記憶と重ね、ローレンジは呟いた。ゼルは、静かにそれを受け止め、静かに言葉を返す。

 

「ロー、レンジ、くん。たのみが……ある」

 

 絞り出すようなゼルの言葉に、ローレンジは耳を傾ける。

 

「あの子を、おれの娘を、これからも見てやってくれ。あの子は、きっとこれからも苦労する。守って、ほしい」

 

 無言で、ローレンジは頷く。引き留めようとする心はあるが、無駄だと理解させられていた。今できることは、ただ、その言葉を受け入れるだけだ。くやしさを噛みしめ、聞き入れる。

 

「頼むよ、君は……おれの息子でもあるんだからな」

「……俺は、あいつの兄貴だ。だから、俺はあんたの息子でもある。……ちっ。……なぁ、向こうに行ったらさ、俺の親父に挨拶しといてくれ。不出来な息子は、親を二組持っちまったってな」

「ありがとう。それと、もう一つ。フェイトに関わることで、大事なことがあるんだ」

 

 無言で続きを促すローレンジに、ゼルは言葉を続けた。伝えられる言葉は、その内容は、しかとローレンジの心に刻みつけられる。いつか、フェイトにやってくるだろう運命。その時、フェイトは向き合えるだろうか……。

 

「……いや、あいつはあんたの子で、俺の妹だ。あんたたちが出来なかったこと、そいつをきっと救ってくれるさ」

「……ああ」

 

 肺に溜まった空気を吐き出すように、ゼルは最後の言葉をつぶやく。

 

「ありがとう。君に会えて、フェイトに君に様な兄が出来て、良かった……」

 

 

 

 ぱたりとゼルの腕が落ちる。同時に、ニュートとともにゼルの最後を見届けたパルスも、静かに崩れ落ちた。

 

 

 

***

 

 

 

 数週間後。

 

「ロージ! 早く早く」

「あーはいはい。分かったから引くな。腕が――いてててて!」

 

 ローレンジはフェイトに引っ張られ無理やりケープ遺跡に連れてこられた。フェイト曰く、ここにいる自身の父に会わせたいらしい。ローレンジとしては、複雑な想いの中でここに来ていた。

 遺跡の入り口で、ローレンジはちらりと墓石を眺めた。誰かが掘り返したのか、雪には微妙に土が混ざっている。

 

「あれ? 文字が増えてる。でも読めないや。ねぇ、ロージは読める?」

「……いや、分からねぇよ」

 

 そんなわけがない。墓石に文字を追加したのは、ローレンジだ。墓を掘り返し、新たに『埋葬』したのも自分だ。

 

 ゼルは、自身の最期を伝えないよう願った。自身は、当の昔に死んだ。もう、二度と再会することはないと誓っていた。再会したとして、己は死人だ。会わす顔もないと、自虐めいていた。

 

 ――それで、あんたは満足かよ。ゼルさん……。

 

 

 

 遺跡の最奥部は、何もなかった。ブリッツタイガーを収めたカプセルは巧妙に隠され、それ以外の目立ったものは何一つない。機能を停止したロードスキッパーだけが、そこに残されていた。

 

「あれ? お父さん! ……いないなぁ、どこに行ったんだろ?」

 

 不思議気に辺りを見渡し、父の姿を探すフェイト。

 その姿は、いつも通り無邪気で、元気なのだが、どうしてこうも悲壮感が漂うのだろう。すでにいない父の姿を追う姿は、どうしてこうも虚しく、辛いのか。

 

 ――悪い。隠せねぇよ。親しい奴の死は、きっちり受け止めないと、ダメだろ。

 

 心の中で呟いた。それは、この場所で最後の会話をした、ローレンジのもう一人の父への言葉。

 

「なぁ、フェイト」

「ん? なぁに?」

 

 父が見つからないことに疑問を感じていたフェイトに、ローレンジは語る。

 

「ゼルさんは……その……」

「どうしたの?」

 

 覗き込むようなフェイトに、どうしても言葉が詰まった。言えない、言えるわけがない。でも、言わねばならない。だから……

 

「旅に出るってさ」

 

 つい、嘘を告げた。

 

「お前の無事も確認できたし、まだやることがあるから、ちょっと出かけるって。俺に伝言残してった」

 

 表情は酷く苦いものだろう。醜く歪んでいるだろう。その表情から、フェイトも何かに気づいたように表情を歪めた。

 さすがに自身の妹だ。言葉の裏の真実に、気付いたのだろう。

 だから、

 

「そっか」

 

 フェイトは、それだけ零した。真実に気付き、それを隠そうとしたローレンジに、乗っかってくれた。流石に兄妹。その辺りの意志疎通はバッチリ。だが、こんな時まで強がるなと思う。

 

「じゃぁ、今度会えた時は……もっとせいちょーしたわたしをみせないとね。おとうさんに!」

 

 無理やりな笑顔。もう、見ていられない。

 

「……? ロージ?」

「分かってんなら、無理すんな」

 

 フェイトの頭に片手を置き、強く撫でた。不思議そうに見上げる濡れた瞳を、ローレンジは同じように見つめ返す。

 

「親なしってのがどんな気分か、俺は良く知ってる。だからこそ、俺たちは兄妹なんだろ。上げて落とされ、今だけは、気持ちを吐き出せ。じゃないと、ホントに強がりたい相手の前で涙見せることになる」

「…………ロージ?」

「ガス抜きは出来る時にしとけ。ため込んで、ロクなことはねぇ」

「……………………ぅ」

 

 

 フェイトは、それ以上言葉を発しなかった。すすり泣くような声だけが、遺跡内に響く。

 

 ――これで、俺たちはホントに親なしになっちまったわけだ。

 

 自虐めいた言葉は、ローレンジの心の中で響いた。心中で無念の呟きが響き、耳には少女のすすり泣く声が響いた。

 

 

 

 響く。小さく、響く。響き続ける。

 

 二人の頬を伝った滴は、音もなく、遺跡の大地に吸い込まれていった。

 




 入れた後で気づいたのは、時間関係の話題ってうまく説明するのがすんごく難しい事。ゾイドサーガⅡのネタをどこかに入れようと頑張ったんですが、実際やると納得行けるような説明をするのは難しすぎて……とかく、こんな感じです。

 ブリッツタイガーは未来のゼルが送ったゾイド。そんな設定があったので、それを解釈してみると……ゼルって時空融合の事件に縛られた人物なんだなぁと考えられました。自分が解決した事件をもう一度、間接的に解決するためにブリッツタイガーを作って過去の自分へ与えるために細工を施す。本作では持病を抱えており、役目を果たした満足感から生への渇望が消えてしまい……的な感じです。
 こんな感じですかね。とかく、今回は作者としても難しい話題で困りました。自業自得です。
 話は変わりますが、時間というキーワードを思うと「クロノトリガー」は偉大ですよね。真面目に考察すると頭が混乱しますが。私は友達に進められてDSでやったんですが、あれは不朽の名作です。

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