傷つき、ボロボロの機体を引き摺って、輸送部隊の元にたどり着いたローレンジは、肉体の限界を感じて転げ落ちるようにしてグスタフのトレーラーの硬い床に身体をぶつけた。
「しっかりしてくださいよ、ローレンジさん」
「うるせぇ……。オルディオスの相手にヴォルフのサポート。色々限界なんだよ。ニュートのサポート無しにギルベイダーの攻撃捌いて、もう限界」
だらしない。そう言外に物語るタリスの視線にしばらく耐えていたが、いい加減本当にだらしなく思えてしまい、立ち上がった。実際、肉低的疲労は大きいものの、そこはローレンジだ。どれだけボロボロだろうと無理に身体を動かす気力は持っている。ただ、今回はその気力の源となる精神面も多大に痛めつけられたのだ。
――あのヤロウ。
脳裏に過るのは、すでに戦場から去っただろう旧知の相手。八年間の沈黙を破ってローレンジの前に現れた、因縁の相手だ。
奴――コブラス・ヴァーグがこの場に現れた理由は、ローレンジには分からない。コブラスの言葉を鵜呑みにするのであれば、彼はギルベイダーとそれに連なるゾイドのデータを手にするために現れたことになる。
だが、それはローレンジの知るコブラスとは違う。コブラスは己が望むまま、無邪気な笑顔を顔に張り付けて平然と凄惨な光景を生む、狂気の人物だ。彼に、目的などあっただろうか。
――いや、八年も経ってるんだ。
この八年でローレンジが新たな仲間を得、居場所を獲得したように、コブラスも所属する“何か”を手にしたと考えると理由づけもできる。その“何か”のために、コブラスは今回の騒動に加担したのだ。
そして、その何かがうごめく先に起こり得るのは、さらなる災厄。
――
コブラスの意味深な行動から、一つの予測が成り立つ。これは、ただの前哨戦に過ぎないのだろう。裏で蠢いていた者たちにとって、PKなど体のいい実験対象でしかないのだ。この先に、更なる惨禍を撒き散らすための。
「次は……西方大陸、だろうな」
この戦いで得られた成果が発揮されるのは、故郷、西方大陸エウロペだ。漠然とした予感を感じつつ、ローレンジは空を仰いだ。
「タリス」
「はい」
打てば響くように返って来る返答。ほんの短い間だったが、これからのことを考えたら、こういう人物がいるのはありがたいと思う。
「アンナを呼んでくれ。ちょっと、あいつと話しがある」
「分かりました。無理は、なさならいよう」
「しねーよ、話すだけだ」
タリスは踵を返してその場を去った。タリスが戻ってくるまでどうしようか。ふと、考えてみるが、やはり彼の居場所を探すのが適当だ。
ぼんやりと投げた視線の先は、荒れ果てた大地だった。ギルベイダーの
この場は戦闘の跡だが、与えられた傷は並の戦闘をはるかに凌駕している。デスザウラーの蹂躙で廃墟と化したガイガロスがまだマシだったと錯覚できる。ギルベイダーがもたらした戦火は、古代都市を更地に変えてしまっていてもおかしくないほど圧倒的なものだった。この地は、惑星Ziに終わりが訪れるその時まで廃墟と更地という世界を残し続けるのだろう。
「……おい」
呟くような一言。だが、それに反応して何者かがローレンジの背後に跪く。
「お呼びでしょうか、頭領」
現れたのは、ローレンジの密偵を自称する雷獣戦隊(仮)の筆頭、サイツ・ダンカンだ。なんとなくいるだろうと思って声をかけたが、その反応の速さには内心舌を巻くほどだった。
「……ヴォルフがどこにいるか、分かるか」
「ヴォルフ様でしたら、まだ戦場に残っておられます。エナジーライガーという機体の
そこで、サイツは「これは、私見ですが」と前置きを入れた。
「ヴォルフ様は、まるで何かを待っておられるかのようです。ズィグナー殿に後始末の指揮を任せ、ただそこに佇んで」
「そうか。……分かった、下がれ」
じゃり、と砂を踏むような音が微かに鳴り、サイツの姿はどこへともなく消え去った。
「ふぅ」と息を吐きだし、この後を思考する。フェイト達は、共和国の兵士によって回収されたらしい。かなり無茶をしたらしく、三人仲良くシュトルヒのコックピットで気を失っていたそうだ。様子を見に行ってやりたいと気持ちは大きいが、ローレンジはその前に片づける事柄があった。それも、戦いの記憶が新しすぎる今のタイミングでないとダメだ。
釘を打つには、脆い今が一番打ちやすい。
「ローレンジさん」
思考に耽っていると、アンナを連れたタリスが戻ってきた。タリスはPKに所属しており、アンナも元はと言えばPKの所属だ。案外この二人は顔見知りだったりするのかもしれない。そんな余計なことを思考の端に追いやり、アンナに向き直った。
「よぅ、お互いご苦労さん」
「ええ。……って、まさか労いの言葉をかけるために呼んだ、とかじゃないでしょうね。アンタにそんなこと言われても、素直に受け止めれないわ」
「まぁな。そうだろうよ」
苦笑を浮かべたローレンジに対し、アンナは浮かない表情だ。その表情を、これから困惑に導くのだから、ローレンジは己の性格の悪さを自嘲する。果てには、彼女の怒りまで呼び出すかもしれないのだから。
「で、用件は? ズィグナーさんに任せっぱなしって訳にもいかないし、さっさとヴォルフを連れ戻さないと」
アンナのことだ。さっきまでヴォルフを探していたのだろう。自分もジェノリッターの制御に荷電粒子砲の連発。ゾイドとのリンクを通じて大きく消耗しているだろうに、それでもヴォルフを想える心に感嘆を覚える。同時に、これなら安心だという想いも。
「そんじゃぁさ、アンナ」
この後のアンナの表情を想像しながら、ローレンジは最後の一仕事を口にした。
「ヴォルフを――ぶん殴りに行こうぜ」
***
終わった。
腹部を抉られ、コアを穿たれ、背中まで貫かれたギルベイダーは、急速に力を失い、崩壊したトローヤの跡地に崩れるように墜落した。巨大すぎるゾイドの墜落は。大地との衝突で尋常ではない衝撃波を撒き散らした。付近にいた高速戦闘隊が吹き飛ばされていく光景は、しばらくヴォルフの脳に焼きつくこととなるだろう。
だが、彼らもこの戦線に立った腕利きだ。どうにか機体を制御し、無事大地に着地できたはずだ。ふと、脱出に成功したシュトルヒの方が気になったが、そちらもレイのシールドライガーDCS-Jが下敷きになる形で助けられたらしい。彼女たちの無事を最優先に無茶苦茶な戦闘を展開したのだ。これで彼女たちを失っていたら、それこそ何のために戦ったのか分からない。
その他、見渡せば凄惨な光景だ。三桁に上るゾイドが鉄屑と石塊へと変わり、同時に幾人もの人間が骸と化しただろう。敵も、味方も関係ない。
敵――PKの者たちは、ギルベイダーが復活してなお、攻勢を崩さなかった。味方すら巻き込むその攻撃に晒されてなお、戦い続けたのだ。
悲壮な覚悟。それを、まざまざと見せつけられた。
――いや、彼らは元々
犠牲は数えきれない。だが、その戦いもここに幕を閉じたのだ。ひとまず帰ろう。そう、ヴォルフはエナジーライガーを地上へと向かわせる。
異変は、地上に降り立った時に起きた。
「っ!? エナジーライガー!?」
【時間だ、皇よ】
エナジーライガーの操縦席――否、制御室のような空間から放り出され、ヴォルフは自分が脱出装置の作用でエナジーライガーから投げ出されたことを知る。着地し、エナジーライガーを見上げる。その身体は、薄ら灰色がかっていた。
【エナジーチャージャーを短期間に、二度も始動した。古代人どもにとっても未知の兵器、我が負荷に耐え切れぬは道理。むしろ、ここまで戦い抜いたことを賞賛してもらいたいな】
足先から少しずつ石化するエナジーライガー。石化は、どんなゾイドにも起こりうる現象だ。ゾイドが死ぬとき、ゾイドはその肉体を石と化す。
「エナジーライガー……」
【ゼネバスの皇よ。ほんの短き時であったが、貴様と共に戦えたこと、わが生涯の華となろう。朽ちる時を待つのみだった我に、閃光のように輝く一時を与えてくれたこと、感謝する】
エナジーライガーは、自らを生み出した古代ゾイド人たちの傲慢に怒り、自らに与えられた力を封じた。それは、己が生きているにもかかわらず、その生命を投げることであった。
生きながら死ぬ。力を越える力として生まれたゾイドは、その存在意義を自ら封じ、何も残さず消え去る覚悟だった。
それを変えたのは今日の出来事。ヴォルフという男に出会った事。言葉少なくとも感じ取った、自らの身を預けるにふさわしい皇に出会えたことだ。
「……私も、感謝する。お前の力が無ければ、此度の一件で私たちは死んでいたことだろう。お前がなければ、私は罪に向き合うこともできなかった」
【罪、か……】
エナジーライガーは、ヴォルフとの対面を思い出すように言葉の端を濁した。
エナジーライガーと対面した時、エナジーライガーはヴォルフを投げ飛ばした。そして、初めてその意思をヴォルフに叩きつけた。明確な言葉を持って。
【皇だと? 笑わせる! 貴様のその眼から伝わってくるぞ! 貴様、激情に身を任せ、惨禍を生んだな! 貴様の野望のために、無関係のものを消し去った! 罪を背負った気になっているのか? 愚か者め! “つもり”でしかない貴様の安い覚悟で、その程度の汚れで揺らぐ皇の器で、我が頭垂れると思うたか!】
叩きつけられたそれはヴォルフただ一人に向けられた。彼のデスザウラーやギルベイダーに匹敵するゾイド、エナジーライガーの意志は、容易にヴォルフの精神を穿ち、引き裂き、ズタボロに打ち捨てる。
「……そう、だな。私は、自らが犯した罪を、全て自分の中に押し込んだ。この戦いも、全て
並の人間なら腰が抜け、そのまま意識を失ってしまいそうなほどの精神波だった。
ヴォルフは知らないことだが、その精神波はデスザウラーが用いた物と同じだ。己に魅入ったものに己の意識を刷り込み、破壊の欲で支配する。嘗てギュンター・プロイツェンは、デスザウラーがコアのまま発した力で飲み込まれたのだ。
それほどの力を、身一つの人間であるヴォルフが浴び、しかし倒れなかった。横でフェイトが震えているのがヴォルフの瞳に映る。フェイトはゾイドとの精神リンクが強い。ゾイドの言葉を聞き取ることもできる。おそらく、ヴォルフ個人に向けられたそれを聞いたのだろう。圧倒的な、貫くような意志の強さを同時に受けて。
ヴォルフは安心させるように笑いかけ、エナジーライガーに向き直った。
「私は、お前の目からすればちっぽけな人間だ。怒りに目をくらまし、この想いの――欲の示すままに、此度の発端を作った。私は、その罪に向き合わねばならん」
【今更だ。貴様が覚悟を決めたとて、もはや状況は極まるところまで動いた。貴様の欲が、この星を滅ぼすのだ!】
「そう、かもしれんな。此度の一件だけではない。そもそもの私の夢、今は亡き国を再誕させるなど、世が荒れる。私の、私たちの到達点は、混沌なのかもしれん。だが、――成さねばならんのだ! 戦争という悲しき争いの末に、弱者に落とされた者たちを救うには、私がもう一度国を興さねばならんのだ! 父と、祖父から受け継がれた悲願、私が成し遂げるために! 私は貫き続けねばならん。この想いを!」
エナジーライガーの角がヴォルフの胸を突いた。この先、少しでも力が籠められたら、エナジーライガーの一角はヴォルフの心臓を穿つだろう。
「私が間違っているのなら、穿つがいい」
ヴォルフは、その眼をまっすぐ見据えながら言った。
【貴様は、過ちを自覚してなお、その先に進もうとする。過ちのまま進もうと言うのか。なれば、愚かな人間はここで死ぬべきだ!】
「私は、世が世なら暴君となり果てるやもしれん。私自身にその意思がなくとも、私は、偶にこの想いのまま、自身の制御が効かなくなる。――だが」
獅子の鬣然とした髪を揺らし、ヴォルフは両手で角を掴んだ。黄金に輝くグングニルホーンの先端は人間の体など、薄紙に針を刺すように簡単に穴を空けてしまう。その脅威に晒されてなお、目を逸らさない。そこにヴォルフの覚悟が表れていた。
「私には、友がいる! 仲間がいる! 私が気づかぬうちに過ちを犯そうとも、正してくれる者がいる! 誰にも心の内を話さなかったお前と対峙し、ようやく気付いた。だから私は、目的に邁進できたのだ! エナジーライガー、お前も、私を見定める者として、共に戦ってくれッ!!!!」
その言葉に、エナジーライガーは重い腰を上げたのだ
【貴様の罪が浮き彫りとなり、罵倒されるのはこれからか?】
「だろうな。電文が来ていた。「話がある」とな」
ヴォルフの眼前で、エナジーライガーの石化はさらに加速していた。四肢は完全に石と化し、輝く翼も、すでにくすんだ石色だ。
【貴様の姿勢が正される瞬間が見れぬのは、残念だ】
「説教される姿が見たいと? 性格が悪いな」
【我を作った者を――エンペロスを正す輩はいなかった。力に振り回される者が、正しき道に戻り歩けるか、心配でならん】
「大丈夫だ。あいつなら、きっと私の曲がったところを正してくれる。そういう、友だからな」
【友、か。……よいものだな】
こうして会話できるのも、あと僅かだ。エナジーライガーは、顔以外すべての部位が石と化している。
【皇よ。我が死んだら、この身体――残骸か。好きに使え】
「なに?」
【我も、貴様が間違わぬよう、見守ろう。データぐらいは採れるのだろう? 貴様らの技術で、我に与えられた『システム』を再現するのは不可能だろうが、多少の助けにはなろう。貴様の、新たな相棒に使え。そうす……ば、我……も、き……を……見…………】
「エナジーライガー?」
【…………】
声が、止んだ。それは、コアの停止を、エナジーライガーの死を意味していた。
ヴォルフは、静かに黙祷を捧げた。ほんのわずかな間だが、共に戦ってくれた相棒に。
ゾイドという、友に……。
それから、ヴォルフはどのくらい残骸を見上げていたのだろうか。
懐中時計を開けると、時刻は午後の六時を指していた。夜明けとともに始まった戦いは、日蝕を受けて、夜中へと逆転したような錯覚を与え、そして本当の夕暮れを迎えようとしている。
エナジーライガーからの返答が無くなったのは、午後の三時だった。あれから三時間、ずっと立ち尽くしていたのだと思うと、時の流れの速さを自覚する。いや、ヴォルフが少し眠っていたのかもしれない。
ようやく自覚した凍える冷気が、ヴォルフの筋肉を固まらせる。いい加減、指揮に戻らねばと思う反面、ここで待っていたい想いもあった。
そして、ヴォルフの期待はようやく訪れる。
「おい、ヴォルフ」
親しい仲、この戦いでは長らく顔を突き合わせなかった青年の声に、ヴォルフは振り返った。
そんなヴォルフに、氷塊を一気に融かすような熱の籠った拳が、顔面目がけて殴りつけられた。
「……う、がはぁ……」
衝撃で口の中を切った。血反吐を吐き捨て、ヴォルフが見上げると、そこには友がいた。激昂を顔に宿した、憤怒の青年が、そこにいる。
「おい、ヴォルフ。お前、自分が何したか理解してんのか?」
彼の底冷えした冷たい言葉を聞くのは、いつぶりだっただろうか。そんな情けない思考を掻き消し、ヴォルフは視線を持ち上げる。
友に、ローレンジ・コーヴに。
***
ヴォルフの情けない、呆けた表情を見た時、ローレンジの最初の行動は決まった。ずかずかと歩み寄り、有無を言わさず顔面に拳を叩きこんだ。背後でアンナが息を飲む音が聞こえたが、事前に伝えていた。邪魔はしない。いや、邪魔しようものなら、アンナも殴り飛ばしただろう。
今の拳には、殺す気も込めて突き込んだ。当たり所が悪ければ、一発でしばらく身動きを取れない。今回は顔面だが、顎を外してやっても良かったとさえ思った。それでは、この後の問答が出来ないから、あえて外したのだが。
「おい、ヴォルフ。お前、自分が何したか理解してんのか?」
答えないヴォルフに対し、ローレンジは胸ぐらをつかみ上げる。
「答えろよ。まさか、お前ほどの男が罪に苛まれて、なんて情けないこと言えるわけがねぇよな」
それでも答えないヴォルフに対し。ローレンジの怒りはさらに上った。甘んじて拳を受けようとするその態度に。また、それを見過ごしてきた己に対する怒りも。
再びローレンジは右の拳を突き込む。腹を殴りつけ、再度ヴォルフが吐血するのも構わず、トドメに蹴り飛ばす。
「ヴォルフ!」
さすがに我慢の限界なのだろう。手を出すなと言いつけていたのも構わず、アンナがヴォルフに駆け寄った。それも、ローレンジには予想の反中なのだが。
「アンナ。そいつは今罰を欲してるんだ。どけよ。俺から与えられる罰ってのは、身体的な痛みを伴う事だけだ」
「もう十分でしょ! あんたの全力だと、ヴォルフを殺しかねないわよ!」
「お前は知らねぇだろうがよ、これであいこだ。俺だって、昔ヴォルフにぶん殴られたことあるからな。お返しだよ」
そう言い放ち、再度右の拳を握り込んで振り上げる。だが、その右腕にそっと手が添えられた。細い、ローレンジなら簡単に振りほどける程度だ。だが、ローレンジがそれ以上拳を振うことはできない。
「そこまでです。また、暴走しかかっているのでは?」
「……大丈夫だ。まだ、理性は残ってる。……ま、ありがとよ」
静かにローレンジを止めたタリスに謝辞を述べ、しかしヴォルフへの態度を改めるつもりはない。その資格が自分にないと分かっているが、今この時だけはヴォルフを責めたてると決めていた。
「ヴォルフ。ニクス上陸戦で何人死んだ? お前たちが取り逃がしたPKの所為で、ニクスの人間がどんだけ歪められた? 魔龍を止めるために、一体どれだけの人間が死んだ……! お前の独りよがりで、何人死んだ!」
「……
ヴォルフは、口元の血を拭いながら答える。淡々と、人数まで答える姿は、その瞳が深く落ちくぼんでいることが、彼の哀しみと後悔を物語る。
じっとヴォルフに怒りの視線を注ぐローレンジだったが、やがてその手を離した。
「……そんだけ後悔するなら、それが分かってるなら、何で止めなかったよ。こんな茶番を」
茶番。
そう告げた言葉は、酷く軽かった。軽かったが、そう捉えるには重すぎた。ことに、真実を知っている三人と、それを受け入れたヴォルフには。
「なんで、なんでだよヴォルフ」
「なんで、この戦いを起こす必要があったよ。PKと、
***
アンナにこれからやることを伝える上で、それを語るのは避けられなかった。アンナもうすうす感づいていたのだろう。口を挟むことなく、ローレンジの予想を素直に聞いた。
ことがことだからか、アンナはしばし口を利かなかった。周囲では、慌ただしく戦闘不能ゾイドの収容や負傷者の治療が行われている中、ローレンジ達の周囲だけは空気が異なった。
「……それじゃあ、この戦いは全部ヴォルフが引き起こしたって言うの?」
「ああ」
アンナの問いに、ローレンジは冷徹と言い放つ。
「俺がおかしいって思ったのは、
PKは大罪人の集まりともいえる。そんな部隊を取り逃がすなど、あるまじき失態だ。
ヴォルフにとっては打倒した父の残した残滓であり、ギュンター・プロイツェンの闇の欠片でもある。
ギュンター・プロイツェンとヴォルフ・プロイツェン。二人の最終目的は同じゼネバス帝国再建だが、その手法は大きく違う。ヴォルフは平和的に、各国との調和の上で再誕させることを望んだ。ギュンター・プロイツェンは、各国を滅ぼし統一国家としてゼネバスの旗を掲げることを望んだ。
相容れぬ思想は、互いが互いのイメージを崩す邪魔な存在だ。
故に、ヴォルフを頭とする
だからこそ、絶対に逃げられないよう万全の体制でPKを滅ぼしにかかっていたのだ。これは、裏でローレンジが情報収集していたこと、そしてある二人が内部に入り込んでいたことからもそうだ。
「おかしいんだよ。俺が助力して、その上ズィーガーとコンチョを内部に忍ばせた。コンチョは最後まで工作員ってバレないくらいの立ち回りを見せた。あいつらが二重スパイってこともない。それは、直接会った俺が保証する。さらにガイロス軍とも連携して、これ以上ない完璧な布陣だった。なのに、どうして奴らを
自分たちの力を過信しているとは思わない。慢心でもない。ただ、滅ぼさねばならない相手に対して全力を尽くしたというのに、成果がゼロというのはどうにも納得できないのだ。
「それは……あたしたちも気づいてないだけで、問題があったとか。向こうが上手だった、ってことじゃない?」
「そうもいかないんだよ。帝都決戦から数日。PKは満足に兵力もなかった。プロイツェンが残したパイプも徹底的に叩き潰されてる。奴らの命運は、風前の灯そのものだった。そこに俺たちの布陣、絶対ゼロになっちまうはずがないんだ。よほどうまく立ち回られたところで、少しくらいは成果があっていいはずだ」
おかしいことは、まだあった。それほど戦力が薄く、パイプも削られたPKがどうやってホエールキングを調達できたのか。バックの存在を疑っても、おかしくはない。
それに、タリスの証言もあった。
タリスが残っていた頃のPKは崖っぷちに追い詰められた状況だ。内部でも混乱が起こり、絶望感が包み込んでいた。それほどの切羽詰まった状況だった。誰が見ても、立て直しなどできないくらいに。
PKを立て直したのはドルフ・グラッファーと“K”という男。
だが、それだけではない。Kが何者かは置いておいて、それ以外の外部助力があったからこそ、PKは立て直せたのだ。ギュンター・プロイツェンが治めていた頃とは違う、もう一つの要因が。
「それが、ヴォルフだって言うの?」
「テラガイスト、とも考えたが――あれも状況はPKと同じだ。同郷のよしみで協力するとしても、崩壊寸前のPKを立て直すメリットがない。テラガイストは自分たちの安全確保と補強で手一杯のはずだ。なら、余裕があるのは、ヴォルフしかいねぇよ」
「待って。PKを助けるメリットなら、あたしたちにもないじゃない」
「あるさ。考えて見ろ。俺達は大犯罪者の息子が立ち上げた組織だ。世間の目は黒い。信頼を確固たるものにするなら、大犯罪者の残したものの後始末を手伝うんじゃなくて、正面切って対峙したって見せた方が、分かりやすい。それも、助力無しに
ガイロス軍と組んだところで、力の強いガイロス側に名声は全て持って行かれる。ガイロスにとっても、内から出た膿を排除し、軍部の潔白を証明したいはずだ。軍事力も十分なガイロス軍に全てを持って行かれるのは明らかだろう。
「……確かに、それなら話は通るけど……ヴォルフは一人でこれ全て考えたの? 協力者がいたんじゃない?」
「それは……まぁ出てくるだろうさ。なんせ、ここまでやったのは全部、そいつが親友のためにやったんだからさ」
その想いは、己を破滅に導くと知ってなお、強固なものだ。そう予測を立てて語るローレンジの瞳は、どこか寂しげに揺らいだ。
***
ヴォルフに真実を叩きつけたその時、じゃりと台地が踏みしめられる音が響いた。
ずっとそこに居たことはローレンジも分かっていたが、これまで黙っていたのだ。出てくるタイミングを計っていただろうし、それを邪魔するのも野暮だった。
「こっからはあんたが教えてくれよ。全部、あんたが親友の息子のために考えて、動かしたんだろ。PKの主想いなみなさんを説き伏せて。なぁ――」
岩陰から一人の男が現れた。しな垂れた松のように枯れた印象の男。目元は優しい光を持っているが、それが、男の本心とやることの矛盾から生まれた物とローレンジはすぐに察せた。
傍に光学迷彩を張って隠れていたゾイドはシールドライガーだ。赤い装甲に追加装備を施したそれは、俗にコマンダー仕様とされている。
共和国の軍服を纏った男は、静かにローレンジ達の元に歩み寄った。
「――ダッツ……いや、俺からは、オーダイン・クラッツと呼んだ方がいいか」
へリック共和国独立機動部隊隊長、オーダイン・クラッツは穏やさを湛えた瞳をみせ、そこに現れた。