ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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トローヤ決戦、いよいよ決着です。


第83話:トローヤの戦いⅦ 明日へ繋ぐ

 魔龍のコアに身体を半分埋め込ませ、マリエスはそこにいた。

 無事とは言い難い姿だ。露出した体の一部には、ギルベイダーのコアと同じセル模様が浮き出し、見た目にはほぼ同化したと言えるものだ。

 そんな、目を逸らしたくなるような凄惨な姿に、しかしフェイトは笑顔を浮かべた。太陽のような、とびっきりの笑顔を。

 

「迎えに来たよ、リエン。一緒に帰ろう?」

 

 一歩一歩、足元を確かめるようにフェイトは歩み寄った。コアの間は生物の内臓器官のように不気味に蠢き、正常な人間が長く居座りたいとは到底考えられない場所だ。その思考は少しばかりフェイトにもあり、足元のそれが踏みしめていいものか確かめながら慎重に足を進める。

 そして、フェイトはコアまであと五○センチという距離まで近づき、何かの力に弾き飛ばされた。フェイトを見守っていたフィーネが反応できないほどの速さで弾かれ、柔らかい壁に叩きつけられて、フェイトはブヨブヨとした床に倒れる。

 

「フェイト! しっかり!」

 

 慌てて駆け寄るフィーネ。然したる痛手は追っていないのか、フェイトはすぐに立ち上がった。

 

『どウシて、こコにイるの?』

 

 二人の心臓に、直接言葉が流れ込んでいる。

 見上げた視線の先に、マリエス・バレンシアは居る。目は虚ろで、瞳の奥の光は何も映していない。だが、その意思は確かに二人を認識していた。

 

「『またね』って、約束したでしょ。だから来たの」

「私たち、約束したわ。もう一度、三人で笑い合おうって。そのために来たのよ。私も、フェイトも」

 

 立ち上がった二人は、コアの中心を見つめる。そこに埋め込まれたマリエスを。

 

『二人には、キてほしクナかっタのに。ドうしテ……?』

 

 再び紡がれた言葉が胸を突いた瞬間、フェイトとフィーネの頭に何かが流れ込んできた。苦悩、後悔、苦しみ、そして――残酷な現実。

 

 惨禍の魔龍を封じた古代人たちは、いつか魔龍を屈服させるために、魔龍を復活させる術を残した。それが、封印と復活を司るニクスの巫女のシステムだ。

 

 巫女は復活の足掛かりだけでなく、復活した魔龍の媒体にもなった。復活した魔龍が、長い封印の中で錆びてしまうだろう力を発揮するために、そのための力となる古代ゾイド人の血を必要としたのだ。

 要するに、魔龍が真に復活するためには、そして、その魔龍を倒すためには、巫女の犠牲は避けられないのだ。

 巫女を取り込むことで、魔龍は嘗ての力を取り戻し、完全な復活を果たす。完全な復活を果たすことで、魔龍にかけられた封印は真の意味で解かれ、エナジーライガーによって撃ち滅ぼすことが可能となる。より正確には、真の力を取り戻した魔龍を撃ち滅ぼすために、それで力を示すために、巫女は犠牲になる定めだ。

 

 

 

 マリエスは、フェイト達と別れた時点で、その覚悟を決めていた。

 

 だから、これから砕かれるだろうコアの間に、二人が来てほしくはなかった。

 

 

 

 マリエスの意志は直接二人に届けられ、胸を突いた。

 

 エナジーチャージャーの稼働限界まで、あと五分。

 

 

 

***

 

 

 

 魔龍の反撃が始まった。止んだ砲撃の合間を縫って、スコールのような砲撃と噴火のような一撃がテュルクの大地を厄災で染め上げる。

 

「ヴォルフ様! これ以上は……」

「まだだ! もう少し持ちこたえるのだ!」

 

 崩れかけた戦線を支えるべく、ヴォルフは必死に部下を鼓舞し、エナジーライガーの制御に精神を費やした。内心、この判断は間違っているのだという自覚もあった。ここまで()()()()()を強いた己が、さらなる犠牲を伴ってまで持久戦に乗り出す。

 友のためといえば聞こえはいいが、実質、現状は友の我侭に多くの人間を巻き込んでしまっている。友と己の我侭のため、これからを生きれるはずの多くの命を散らしているのだ。自分の足元が、瞬く間に真っ赤に染まって行くのをヴォルフは自覚した。

 それでも、一度始めたことをやり直す気などなれない。

 

「ヴォルフ!」

 

 一瞬削がれていた意識が、親友の焦り声で現実に引き戻される。ギルベイダーが今にも重力砲を放とうとしているのが目に入った。

 エナジーライガーのチャージャーガトリングが唸り、砲身を殴りつけることで発射を妨害する。

 

「ぼさっとしてんじゃねぇよ! お前が要だろうが!」

 

 やって来たのは漆黒の雷獣(グレードサーベル)。ヴォルフは長らく見ていなかった気がする親友の愛機の姿に、意識を引き戻す。同時に、意識を目の前の敵に集中する。

 

「分かっている! ローレンジ、援護を頼むぞ!」

「おうよ! ところで、あいつはどこ行った?」

 

 ローレンジの問いの意味は、ヴォルフにもすぐに伝わる。ヴォルフは、無言のままエナジーライガーの一角でギルベイダーを示す。

 

「あの中か……」

「友を取り戻すためだそうだ。できた妹じゃないか。友達を作り、失わないように必死だぞ」

「えらく大勢巻き込んで、流石は俺の妹と褒めてやりたいが……」

 

 その先に続く言葉を、ヴォルフも感じていた。何か、自分に手助けできることはないのだろうか。そう考えているのだろう。

 ニクスに来て以来、フェイトとローレンジは顔を合わせていない。その状況に巡り会えていない。互いに互いがどんな心理状態で、どんな困難にぶち当たって来たか、ロクに知りもしないのだ。

 ヴォルフは知っている。ローレンジがどれほどフェイトのことを大切に想い、今日まで過ごして来たか。フェイトがどれほどローレンジを心配し、それでも信じ続けて来たか。

 

 魔龍は空を舞い、地上の者たちに苛烈な砲撃を仕掛けていた。彼が守りたい存在はあの中だ。ただ空を飛んでいるだけなのに、届きもせず、たどり着くことも出来ず、遠い。

 

『む、無事だったかローレンジ』

 

 降り注ぐ短針弾頭(ニードルガン)が極太の閃光に薙ぎ払われる。熱波を纏って現れたのは、黒の恐竜。バーサークフューラーだ。

 

「ウィンザー? おい、ガン・ギャラドはどうしたよ」

『取り逃がした』

「おい!」

『だが、あの傷では復帰は不可能だろう。それより、今はこちらだろうが!』

 

 ウィンザーが珍しく戦場を俯瞰したようなセリフを吐き、ローレンジは(とヴォルフも)若干の違和感を感じる。普段なら、もっと同じ話題を食い下がってくるような気がするのだが……。

 

「あ、サファイアに言われたのか」

『うむ、戦場を俯瞰しろとしつこく言われてしまった。だが、そこもサファイアの魅力よ、なぁ!』

「いやどうでもいい」

 

 この極限状態の戦場でも平常運転なウィンザーにローレンジは小さくため息を溢した。だが、ウィンザーはこういう男だからこそ、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の中でも最強と言われるのだ。常に己を貫き続ける、その野太い精神こそ、カール・ウィンザーだ。

 

「で、何か用か? その調子だと、珍しく策があるんだろ?」

『ふっふっふ、もちろんだ! いいかローレンジ。フェイトちゃんが今必死に頑張っている。彼女を焚き付けてやれるのは、お前しかおらんだろう? フィーネちゃんには、バンだな。奴も連れて来い。やることは一つだ!』

 

 エナジーチャージャーの稼働限界まで、後三分。

 

 

 

***

 

 

 

「さァ、はヤくここカラでテいっテ。まキこマれルから」

 

 マリエスは、それを告げるとこれ以上話すことはないと目を閉じた。

 

 

 

 これでいい。フィーネとフェイトとの出会い、過ごした日々は本当に楽しかった。これまでの人生になかった友との日々を教えてくれた二人にできることは、こうして追い返すこと。二人の命を守る事だから。

 マリエスは、閉じた視界の中。聴覚だけで周囲の様子を窺った。ギルベイダーのコアの鼓動だけが、不気味に反響する。

 

 もう、出て行ったかな。そう思い、マリエスは少しだけ瞳を空け、目の前の光景に驚愕した。

 

 ギルベイダーのコアは、強力なエネルギーの塊だ。その出力は、例えるなら、太陽の中心と同じくらいの熱エネルギーを持っている。一度ギルベイダーがその意識を持てば、この戦場に立つすべてのゾイドを取り込むことも可能だ。

 なのに、それなのに、コアに半ば取り込まれたマリエスの目の前に、二人は居た。

 ジークの背に乗り、決して飛行は得意ではないだろうジークが滞空し、二人はそこに居た。マリエスの身体を、二人の手が攫む。

 

「なに、諦めちゃってるの? リエン。諦める選択は、一度しか使えないんだよ」

「私たちは、あなたを助けるためにここに来たのよ。諦めるなんて、言わないで」

 

 フェイトとフィーネの嫋やかな手が、リエンの腕を掴んだ。半ば埋め込まれた腕の付け根を強く握り、二人は力の限り引っ張る。コアが、己の一部を引きずり出す力に反応したのか、逆に引っ張り込む力が作用する。その力は、魔龍と呼ばれる者の力だけあって、フェイトとフィーネの身体ごとコアの中に引きずり込んでしまいそうなほど強力だ。

 早晩、二人も引き込まれコアの表面に身体を押し付けられる。

 

『ダメ、だよ。離して! そンなことしタラ、二人まデ、魔龍にとリこまレちゃウ!』

 

 魔龍は巫女の身体を分離させる気はない。今の魔龍にその気はないが、一度その意識を覚えたら、魔龍はこの場の全てのゾイドを吸収し、さらに強大な存在へと昇華するだろう。

 そうなったら、真っ先に取り込まれるのは、一番近くにいるフェイトとフィーネなのだ。古代ゾイド人であるフィーネと、その力を受け継ぐフェイト。魔龍ギルベイダーにとって、取り込むことで得られるメリットは大きい。

 

 しかし、二人はさらに強くマリエスの身体を引きずり出そうと力を籠める。

 

『フェイト。諦めようって提案したのは君だろ! もう、これしかないんだ』

「やだ……」「いやよ……」

 

 マリエスの口調が、不明瞭なものからいつものそれに戻った。

 コアの部屋に、小さな龍が現れる。ギルベイダーを小さくデフォルメしたような水色の生き物。コアを守る、ギルベイダーの白血球のような存在だ。ジークがそれに気づき、二人に注意を呼びかける。だが、二人はもちろん、マリエスすらその存在を瞳に収めていなかった。

 

『魔龍をこの世界から消し去るには、復活させたところを滅ぼすしかない』

「だから……」「いやって……」

『そのためには、僕の犠牲が必然なんだよ!』

「「絶対! いや()!!!!」」

 

 

 

「わたし、言ったよね。ひっくり返せる時は、絶対に来るって。全部諦めちゃダメって。今がその時。今諦めたら、全部終わっちゃう!」

「バンは、いつも投げ出さなかった。いつも前を向いて、がむしゃらにでも自分にできることをしてきた。私は、それを見て来たから、今を捨てたくない!」

 

 二人が大切にしてきた、傍にいる者の想い。友達を諦めたくない想いが、二人をこの場に留まらせる。だが、魔龍は残酷だ。試練の上に更なる試練を重ねるように、取り込む力を増していく。マリエスの腕を掴んだ二人の腕が、さらに引き込まれる。三人の少女が、魔龍のコアに取り込まれる。

 フェイトとフィーネは意識が少しずつ黒く染まって行くのを感じ、

 

 

 

 

 

 

『よく言った!』

 

 その声に、反射的に意識が覚醒した。

 

 飛び掛かる水色の生物塊。ジークが限界を悟って迎撃しようと尻尾を振り上げた刹那、()()のゾイドがそれを喰らった。喰らい、噛み千切り、火球で火だるまにする。普段ののんびりやな姿からは大きく印象が異なる、獰猛な獣と化したニュートがそこに居た。

 

「ニュート!?」

 

 フェイトは、それに違和感を感じた。先ほど聞こえた声は、無論ニュートではない。フェイトが信じて止まない、誰よりも信頼する、兄の声だったから。

 

『時間がねぇ。俺の言うことを良く聞け!』

 

 ニュートは首に何かを提げていた。小さな端末のような機械。小型の通信機だ。そこから兄の、ローレンジの声が届く。

 

『フェイト! フィーネ! お前らは古代ゾイド人の力持ってんだろうが! 鎮めろ、魔龍を! 説得して、納得しねぇなら殴りつけて黙らせろ! お前らが取り返したいモンってのは、そこまでやっても後悔しないくらい大事なものだろうがッッッ!!!!』

「大事な、もの」

 

 通信機から「ザザッ」という雑音が混じり、声が変わる。

 

『フィーネ!』

「バン!?」

『お前もすっげぇ頑張ってんだろ。そういう時は、迷うな! 自分が想った事を最後までやり遂げるんだ! リエンを助けたいなら、無理やりにでも連れて帰るんだよ! そのためなら、どれだけ時間をかけたっていい」

 

 通信機越しに、爆発音が響いた。それは、外でバンとローレンジも戦っていることを証明している。

 通信機に再び雑音が混じる。直前にバンが息をのむ音が僅かに聞こえたため、彼は戦闘に戻ったのだろう。代わりに、ローレンジが怒鳴りつけた。

 

『どんだけかかってもいい、お前らの我侭は、()()が貫かせてやるからよ!』

 

 

 

 

 

 

 外では、コアに異物を感じた魔龍が暴れ狂っていた。腰のミサイルをあちらこちらに撃ち出し、短針弾頭(ニードルガン)を撒き散らし、プラズマ粒子砲が大地を貫く。果ては重力砲が落とされ、大地に巨大なクレーターをいくつも作っていた。もはや、古代都市トローヤは原型を留めていない。

 

 そして、ギルベイダーのエネルギーが飛来させた巨大な隕石(メテオ)が、ゾイドたちを叩き潰すべく落下する。隕石(メテオ)は一発だけではない。空中で分解し、さながら流星群(コメット)と化してトローヤの周辺を崩壊させる。それは、世界の終わり(ラグナロク)の光景といっても違和感がない。

 

 生半可な覚悟ではあっさり蹂躙される現状。しかし、集ったゾイドたちはそれに抗っていた。

 

「残弾を気にするな! 諸君、ここが正念場だ!」

「帝国に後れを取るな! 大火力の重砲撃、我ら(共和国)の十八番だろうが!」

 

 ガーデッシュ・クレイドとロン・アイソップ。二人の指示で遠距離からの砲撃が叩き込まれる。後方に控えたゴルドスと、戦場近辺に散らばったゲーターからの情報を元に、正確な射撃がギルベイダー周辺の大気を揺るがし続ける。降り注ぐ流星群(コメット)を、少しずつ削り、破壊する。

 そして、大気を揺るがす大砲撃を全て叩き潰し飛来する隕石(メテオ)には、二つの光線が突き込まれていた。ジェノリッターにバーサークフューラー。二体の強力なゾイドによる、最大出力の荷電粒子砲だ。両機ともボロボロで、パイロットたちも肉体的・精神的疲労がピークに達している。

 

「古代の遺物が、あたしたちの夢を踏みにじるんじゃない!」

「はっはっは、俺様たちは最強の部隊だぞ。魔龍の攻撃の一発や二発、粉砕するなど容易いことよ!」

 

 それだけでない。

 ニクスの兵を指揮するオスカーが、戦いに復帰したアーサーが、高速戦闘隊の臨時指揮官にされたパリスが、ギルベイダーの破壊的な攻勢を退けるべく攻勢に転じている。

 

 そして、ヴォルフ。

 この場の全ての兵を纏め上げ、彼女たちの我侭を通させたのは彼だ。犠牲を最小限に食い止めるべき総指揮官としてはあるまじき愚行。自ら犠牲を強いてきたと自覚しつつ、さらに血に塗れた道を突き進む悲壮な覚悟。その全てを持って、ヴォルフは最後の一押しの瞬間を待ち続ける。

 エナジーチャージャーの稼働限界は当に過ぎていたが、それでも待ち続けた。

 

 

 

 その状況は、足らず口ながら、ローレンジからもたらされた。彼自身も、ニュートを単身乗り込ませたのち、地上でギルベイダーの攻勢に対する防空網に参加している。一歩も油断できない状況ながら、絶望を纏う少女たちを叱咤すべく、通信機に言葉を叩きつける。

 

『みんながお前らの我侭に付き合ってんだ。魔龍とかいう惑星Ziの危機に際して、お前らの我侭一つのために時間稼いでんだ! 誰のためか分かってんな、マリエス――いや、リエン! ……後はお前らの口で説得しろ!!!!』

 

 通信終わり、とばかりに乱暴な切断音が通信機から聞こえた。僅かな沈黙、それをはたと気づき、フェイトが破る。

 

「リエン、みんながやってくれてるって言ってるけど、今は考えないで。わたしは、あなたの答えが訊きたいの」

「私たちは、もう一度会おうって約束したわ。こんな形じゃなくて、あの時みたいにみんなで笑い合えるように。あなたが死んだら、それも叶わない」

 

 フィーネが言葉を引き継ぎ、フェイトは懐からナイフを取り出した。そして二人は、最後の選択を突きつける。

 

「リエン! 言って」

「あなたは、まだ終われない」

「「(わたし)たちと一緒に、これからも生きよう」」

 

 

 

 マリエスの頬を、滴が流れた。ギルベイダーと同化しつつあったマリエスからは、流れる筈の無い、澄んだ滴――涙。そして、マリエスは頷く。肯定の意志を籠めて。

 

 フェイトは、それを見届けると「にこっ」と笑った。それは、マリエスとフェイトが初めて会った時にも見せた、太陽のような笑み。マリエスが記憶する、フェイトの母(ユーノ・ユピート)と同じ、優しく暖かな笑み。

 

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してねっ! 行くよ!」

 

 ローレンジから託されたナイフを、フェイトは振りかぶり、突き刺す。青く脈打つ、ギルベイダーのコアに。

 

 ――わたしの友達を、返して! 魔龍ギルベイダー!

 

 弾けるような、想いを切っ先に籠めて。

 

 

 

【ソレガ、オマエノネガイカ】

 

 その時だった、フェイトの心臓に直接殴りつけるような声が響く。初めて――いや、フェイトはこれを経験したことがあった。以前にも、そして、何度も。何度も聞いて来たゾイドの声。そしてこれは……

 

 ――ギルベイダー?

 

 魔龍と名付けられた、ギルベイダーの声だ。直感的に、そう感じとった。

 

【ナンジガノゾムナラ、ソレモヨイ。“惨禍”トヨバレシワレ二、ネムリヲ】

 

 そして、少ない言葉から理解した。ギルベイダーは、復活を望んでいたこと。その末に、自らの滅びを願っていたこと。

 

【ワレラハ、イズレキエル。始祖トトモニ。ソノ時ハ……モウ、スグダ】

 ――ギルベイダー……あなた、もしかしてずっとこの時を……。

【最後ニ、破滅ヲ継ギシ、ソナタ二アエタコト、(サイワイ)ヨ。破滅ノチカラ、誤ルナ。……サラバダ】

 ――待って、あなた、何か知ってるの? 私の事、お母さんにもあった秘密を……。

 

 その答えは、沈黙だった。

 

 同時に、フィーネを掴まらせたジークの小さな腕が、フィーネの片手と一緒にマリエスの身体を握りしめる。

 

「帰りましょう。みんなの元に」

「……うん。ありがとう」

 

 そして、マリエスの身体はギルベイダーのコアから分離する。フェイトが突き刺したナイフの切り口から、はがれるようにして、マリエスはフィーネに倒れ込んだ。

 

「……あっ、……ニュート! 今!」

「ギィイ!」

 

 ニュートが埋め込まれかけたフェイトの足を咥え、引き摺り出す。ジークも力を振り絞ってフィーネをコアから引きはがす。

 後は、言葉もない。大急ぎでシュトルヒに乗り込み、三人は脱出する。二体のオーガノイドをコアに据えたシュトルヒは、最後の一仕事とばかりにギルベイダーの内部から脱出した。

 

 

 

***

 

 

 

 上空。対空砲火とギルベイダーの嵐の砲撃の中。サファイアのレドラーはその隙間を潜る様に飛び続けた。そして、サファイアが待ち望んだシュトルヒの姿が見えた時、通信機にそれを伝える指示を送った。

 

「シュトルヒの脱出を確認。ヴォルフ様!」

 

 それは、ヴォルフだけでなく、戦いに出ていたすべてのゾイド、全ての兵に伝えられた。ズィグナー、ロン、ガーデッシュは事前に打ち合わせされた通り、砲撃の中断を指示する。

 脱出するシュトルヒ。その目前で、飛来する隕石(メテオ)が砕けた。二つの荷電粒子砲が、ついに隕石(メテオ)を打ち砕いたのだ。

 

「ヴォルフ!」

「ヴォルフ様よぉ!」

 

 アンナが、ウィンザーが叫ぶ。

 隕石(メテオ)が崩壊する衝撃が、大気を揺らした。脱出するシュトルヒが、耐えかねるほどのそれに晒され、急速に力を失い墜落する。

 

「あれは俺が。後は頼むぜヴォルフ。それから、あんたも」

 

 シュトルヒを確認し、真っ先に救助に向かったのはレイのシールドライガーDCS-Jだ。この場に留まるより、それを成すのが自分の役目と悟ったのだろう、実際、エナジーライガーと共に最前線に立ったシールドライガーDCS-Jに戦う力は残されていない。

 その代わりを務めるのは、獅子皇を駆る男の懐刀。漆黒の雷獣が、赤き獅子皇の横に立つ。

 

「癪だな。俺が行きたかったのにさ……」

「適材適所です。あなたは、魔龍の足掻きを退ける役でしょう?」

「うるっせぇなお前は、ちったぁ黙れ。で、ヴォルフ」

 

 背後から聞こえる、この戦いで慣れてしまった彼女の声に野暮ったく返し、ローレンジはヴォルフの合図を待った。

 

「よし、行くぞ! ローレンジ!」

「ああ! これでトドメだ!」

 

 二体の獣が、大地を蹴った。獅子皇は赤く輝く翼を広げ、一直線に魔龍の元へ。漆黒の雷獣は、そのまま地を駆け、銃口を上空に向ける。

 

『……来るか、皇よ!』

 

 ギルベイダーの短針弾頭(ニードルガン)が一斉に撃ち出される。すぐさまグレートサーベルのミサイルとソリッドライフルが迎撃に走るが、数発ほど逃した。しかし、それはエナジーライガーのガトリングの前に砕け散る。

 次はプラズマ粒子砲だ。四門の砲塔から放たれるそれは、しかし空中で巧みに姿勢制御を行うエナジーライガーを捉えられない。

 

 獅子皇エナジーライガーはギルベイダーを倒すために古代人が生み出したゾイドだ。その脅威を理解しているのか、ギルベイダーは意識の全てをエナジーライガーに向ける。ゴジュラスを一閃の元に両断した翼の回転鋸が輝き、ビームスマッシャーが襲いかかる。

 だが、それも想定の上だった。エナジーライガーの背中に配置されたエナジーチャージャーが光を放つ。()()()()()()を無視して発せられたエネルギーは翼に充填され、ビームスマッシャーを一息に引き裂いた。

 エナジーチャージャーは、装備されたエナジーライガーにとっても、過負荷なエネルギーを生み出す。それを二度も使うことの意味は、ヴォルフも承知の上だ。

 

【我のこのチカラ、一度目を無駄に使い、まだ酷使しようと言うのか】

 

 ヴォルフの頭に言葉が響いた。エナジーライガーからの思念だ。

 

「そうだ。ふがいない皇を許せよ、獅子皇」

【かまわん。貴様は、奴を思い出させる。嘗て我を従えようとした、あの少年を……。奴は癪に障ったが、貴様に使われるのは、面白い!】

 

 ビームスマッシャーは翼だけでない。背中のそれも輝きを纏い撃ち出された。これの撃墜にエネルギーを消費すれば、ギルベイダーを仕留めることは叶わない。回避は叶ったものの、これではさらなる犠牲を強いてしまう。痛恨のミスだ。

 

 しかし、そのエネルギーの刃は奇妙な逸れ方をした。明後日の方向から撃ちこまれたビームキャノンが、その進路を微妙に変え、その微妙な変化が犠牲を伴わずに済ませる。

 それを成したのは、シールドライガーだ。レイのライガーではない。共和国部隊のものでもなかった。一機だけ離れた所に立つ、燃えるような()()()()()、シールドライガーコマンダータイプ。

 気にかかる存在ではあったが、ヴォルフはそれを無視した。気を散らしている余裕がない。

 

 ――これで!

 

 ヴォルフの意気込みに同調するように、エナジーライガーの角が黄金の輝きを纏う。翼と同じ輝きのそれは、それぞれの頂点をエネルギーでつなぎ合わせ、三角形の姿を形作る。

 

 ギルベイダーはまだ諦めない。翼の砲塔――重力砲が轟音を立てて放たれようとし……しかし、それは地上から迸った雷撃によって防がれた。

 今度はタイガータイプのゾイドだ。青い機体色に黄色のラインが走った、未来的な造形のゾイド。ヴォルフには、見覚えがある機体だ。

 

『余計な力を使ってしまった。これでは、来るときに全力を出せないな』

 

 そのタイガーに乗る壮年の男は、ため息交じりに呟いた。その意味は分からないが、これでギルベイダーを破壊する邪魔はすべて消えた。

 ヴォルフ=エナジーライガーの眼前で徐々に大きくなる丸腰の惨禍の魔龍。エナジーライガーが古代に与えられ、意志の力で放棄してきた使命を果たす時が来た。

 

【皇よ、見るがいい。これこそ、我の全力だ!】

「ああ、エナジーライガー。見せてくれ、私たちにお前の、私たちの力を! お前を礎に築く、我が帝国の力を!」

【減らず口を。だが、我は貴様に従うのみ。なればこれは、お前の力だ!】

 

 グングニルホーンとエナジーウィング。それぞれの装備の頂点に注ぎ込まれた力が、三角形を形成し、エナジーライガーの必殺の一撃が、ギルベイダーを貫く。

 

「【これで、終わりだぁああああああああっっっ!!!!】」

 

 

 

『み、見事だ…………ムー、ロア――皇帝、これで……』

 

 ……試練は、達せられた。

 

 

 

 それが、ギルベイダーの――ドルフ・グラッファーの、最後の言葉だった。

 




さぁ、暗黒大陸編も残すところあと三回です。
戦いは無事決着ですが、まだ話が残ってますので、残りわずか、お楽しみに。

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