Second battleはサーベラとオルディオスです。
古代都市トローヤは、その名の通り古代人たちが作り上げた都市だ。ゴジュラス十体分はあろうかという高さのビル群がいくつも立ち並び。その中心に祭壇が。そして、その地下には『惨禍の魔龍』が眠りについていた巨大な縦穴がぽっかり口を開けている。
惨禍の魔龍、ギル・ベイダーが目覚めたことで竪穴は崩れ、また、ビル群も魔龍が放った砲撃の影響で崩壊を始めている個所があった。しかし、古代都市トローヤはギル・ベイダーが五十体は収まるのではないかと思うほどの広さを持っていた。ギル・ベイダーが暴れたとて、そう簡単に荒野に変り果てるほど脆くはない。
トローヤは、言ってしまえば、滅び去った嘗ての市街だ。嘗てのゾイド人たちも力と力をぶつけ合い、その果てに戦争を起こしている。もしかしたら、このトローヤも戦場になった時期があったのかもしれない。
今現在のように。
市街地をミサイルが乱れ飛ぶ。グレートサーベルの背中から発射された8発の弾頭は敵対者の意志を散らすように散らばり、しかし高度に制御されたそれらは一点を目指して集束した。
迎え撃つのは天を駆ける馬だ。煌びやかな鉄の鬣をたなびかせ、翼竜ゾイドもかくやと、自由自在に空を舞い、機体の横に装備された大型砲塔から光を放った。スパークを纏った光はシールドライガーDCSのビームキャノンを上回る力を示し、攪乱するミサイルをまとめて薙ぎ払い、射線上のビルに風穴を開けた。
オルディオスの主砲――グレートバスターだ。ガン・ギャラドのハイパー荷電粒子砲に及ばずとも、その威力は見ただけで分かる。光が纏うスパークを見れば、それが光学兵器ではなく電磁エネルギーを注ぎ込んだ兵器だと判断できる。しかし、その威力は同じく電磁攻撃を持つジェノザウラーすら比べ物にならない。
尤も、ジェノザウラーのそれは格闘戦で応用する補助的な装備であるのに対して、オルディオスの砲は主砲だ。攻撃方法も、機体の出自も違う以上比べても仕方がない。だが、そうやって推し量らなければ対処できないほど、オルディオスの情報は不足していた。
オルディオスが初めて姿を見せたのはローレンジの目の前だ。生身でフェニスに掴まれ、空を舞った時、オルディオスは自らに落雷を落とし、その力を一身に受け輝いていた。今もそうだ。オルディオスの戦場には不可解な雷雲が立ち込め、発される電気エネルギーがオルディオスの翼と一角に蓄えられていく。
ローレンジ以外が遭遇したのも、アンナとジェノリッターが相対しただけだ。しかも、直接爪牙や砲を交えることなく撤退したという。つまるところ、
「まったくよぉ、兵器の基本無視してんじゃねぇの? 俺は何時からファンタジーの化け物とやりあってんだ?」
自らを奮い立たせるように
「凄まじいエネルギーですね。気を付けてくださいよローレンジ。グレートサーベルの装甲では、一発貰っただけで大破は免れません」
ローレンジの後ろから聞こえる声は、いつも自分を気遣ってくれる幼い少女の元気な声音ではない。戦場を俯瞰し、冷静にローレンジを煽る、戦友の妹だ。
「自分が操縦してねぇからって軽口叩いてくれるなぁオイ。こっちは冷汗ものなんだぞ!」
「なら、諦めて援軍を待ちますか?」
「……いんや。こいつは、一発殴らねぇと気がすまねぇ!」
彼女の煽り口調に乗せられたわけではない。ただ、冷え切っていた所に油と着火させたマッチを投げ込まれただけだ。己が標的と定めていることを再認識し、ローレンジはビルの穴からその先に滞空する天馬を見据えた。
天馬のパイロットは、ほんの少しすれ違っただけ、たった一回刃を突きつけただけの相手だ。だが、部下から訊き出した話は無視するなど到底できなかった。それが真実であれ嘘であれ、ローレンジが牙を剥くには十分過ぎた。
「私との約束、忘れないでくださいよ。私怨で戦うのは構いませんが、そのまま修羅に落ちない。あなたが決めた事でしょう」
「分かってらぁ! グチグチうるせぇんだよお前は!」
「グチグチ言わないと訊かないでしょう? 荒れ狂う暴風の前では、一言などあっさり掻き消されますから」
「へいへい!」
操縦桿を一気に前へ倒し、ローレンジはグレートサーベルを穿たれたビルの穴の中へと突き進ませた。当然、上空のオルディオスは「飛んで火に入る夏の虫」とグレートバスターの照準を合わせた。
だが、それは当たり前のことだ。ならば、ローレンジが取るべき手段は決まっている。
「ニュート、照準合わせろ。ソリッドライフル、喰らえ!」
グレートサーベルの右肩から突き出したライフルが弾丸を吐き出す。一直線に飛んだ鉄塊の生む線は、瞬きほどの時間で合わせられたグレートバスターの銃口に突き刺さる。銃口の内部に弾丸を叩きこまれ、堪らず火の手を上げるグレートバスターの片側。オルディオスは体勢を整え、すぐにもう片方の照準を合わせるが、それより早くビルを駆け上がったグレートサーベルがオルディオスに飛び掛かった。
駆け上がりながら輝かせた爪は、鈍い銀色の光を纏っている。注ぎ込まれたエネルギーにグレートサーベルが吠え、オレンジの瞳を鋭く輝かせた。
天馬の元は馬だ。草食獣は肉食獣に狩られる定め。照準が間に合わないと判断したのか、天馬は一角を翳し迎撃態勢をとった。グレートバスターと同じ、青いスパークを纏った一角は、嘗ての相棒ヘルキャットと共に電撃に焼かれた瞬間を想起させた。
――構うか!
手招きする電撃の苦痛と恐怖。それを振り払い、サーベラとローレンジは天馬に肉薄する。滞空する天馬には回避という考えがないのか、真っ向から叩き伏せる構えだ。
「これで、どうだっ!」
鈍いストライクレーザークローの輝きが、オルディオスの一角――サンダーブレードと衝突し――――
刹那、二度目となる衝撃波がトローヤを襲った。
空中で、全神経を互いの相手に向けていたグレートサーベルとオルディオスにそれを回避する余裕はない。弾けるような衝撃波が二体のゾイドを打ち据え、吹き飛ばした。
「――……くっそ! タリス、生きてるか?」
「いたた……ええ、どうにか。しかし、後部座席は狭いですね」
「そりゃ、フェイトに合わせて増設したんだからな。って、お前ならピッタリだと思ったんだが?」
「……なんと?」
背後からわずかながら殺気が漏れた。場を和ませようかとしたのだが、どうやら触れてはいけない箇所を刺激したらしい。ハイデルの拷問よりも気が抜けないな、と苦笑を洩らし、ローレンジはグレートサーベルを起き上がらせた。
中空で衝撃波に晒され、機体は大地に叩きつけられた。だが、高速ゾイドでの格闘戦ではこのような事態は意外と多い。接敵すれば、機体を激しく揺らしての格闘戦が常だ。
むしろ、以前はハンマーロックに乗っていたタリスが、上へ下へと振り回される機体に相乗りし、それについてこれる方が異常と思う。
「ご心配なく。PKに所属する前は、賭博レースのレーサーをやっていました。シンカーで錐揉み回転の末に墜落した経験もありますよ」
ローレンジの視線でそれを察したのだろう。タリスは澄ました表情で言った。
「なら、案外
高速ゾイドでの戦闘は人体への負担も大きい。本人が鍛えていたり、元々それに耐性があったとしても、高速ゾイドが地を駆ける衝撃に耐え、その上襲いかかる加速度に耐えることは並の人間ではかなり厳しい。一般人が乗れば、襲い来る加速度や衝撃で気を失ってもおかしくないのだ。高速ゾイドの扱いが難しい理由は、ゾイドの操縦自体の難しさもあるが、これに耐えうることのできる強靭な肉体や耐性を持ち合わせているか否かも影響する。
バンのような少年が初めてのゾイドでシールドライガーを乗り回せるのも、はっきり言って異例なのだ。
タリスはその高速ゾイドの戦闘、それもゾイドと一緒に吹き飛ばされてなお耐えうる強靭さを見せている。これなら、本気でサーベラと共に振り回しても問題はないだろう。
そう思考を巡らせ、改めてローレンジはオルディオスを見据える。己が定めたこの戦いの
倒すべき相手を睨みつけながら、しかしローレンジは不思議な感覚を覚えていた。
――なんだろうな。のびのびとできる。
これまでなら、私怨の混ざった相手に対して情けをかけることなど一切なかった。その上、命のやり取りをする瞬間にはいつも、暗く血生臭い狂気に駆られていた感覚があった。
それは、きっと過去に犯した罪の苦悩だ。
たった一年という短い期間、しかし、ローレンジにとっては、
ローレンジは、それに正当性を求めるように暗殺業の深淵へと踏み込んでいった。
殺されて『当然』の相手。それを侵しても『仕方ない』心理的状況。そんな状況を、自ら作り、成していった。教えに従い、目標以外は殺さなかった。だが、『目標である』『目的を邪魔する』という状況を作ってやれば、教えに反することなく狂気を振りかざせた。実際、そうしていた頃があった。
そうして、湧き上がる『殺人への脅迫』を逸らしてきた。だが、その状況下ではいつも、暗く血生臭い狂気の中にあった。
オルディオスのパイロット――ユニア・コーリンはローレンジの妹を傷つけた。下手すれば死ぬかもしれない状況に追い込んだのだ。普段のローレンジだったら、軽口の一つも叩かず、ひたすら無を貫き、殺しにかかっていた。
だが、今は違う。背後の座席に座るのはいつもの少女ではない。射撃を任せられるほどの信頼もなく、付き合いも短い。なのに、ローレンジの狂気を洗い流してくれた。
いつもの少女がいらないと言う訳ではない。少女がいるからローレンジは己に枷を作り、今に至った。
なら、今後ろにいる
――ああ、そういうことか。
――結局俺は、
ニクスに来てできた一時的な部下たち。PKが健在の頃から潜入捜査を続けていたコンチョとズィーガー。そしてジョイス。ニクスで共に作戦に当たったメンバーは、またしてもローレンジの守りたい人に変わっている。
怒り、恨み、憎しみ。それは、まだ残っている。部下たちに苦汁を舐めさせ、ジョイスの人生を終わらせる切っ掛けを作ったPKと、それに組するものに刃を向けない謂れはない。そして、この
だが、それを含んでなお、こうしてすがすがしく戦いに臨めるのなら……悪くない。
ローレンジは、旅の日々と
***
ギルベイダーが翼を振わせて飛び立った。荒野に降り立ち、己の力を見せつけるために撃ち放った
立ち並ぶビル群。その中空に、再び天馬が舞った。衝撃波は天馬――オルディオスすらも吹き飛ばしたが、それで機能不全に陥るほどオルディオスは柔なゾイドではない。
――いない?
何もない虚空に吹き飛ばされながらも、ユニアはそれを見た。襲いかかったグレートサーベルが、衝撃波に飛ばされて大地に叩きつけられる姿を。
それで
なのに、グレートサーベルの姿はどこにもなかった。叩きつけられたことを示す大地の凹みはあるが、そこにあるはずの損傷した機体は消え失せていた。
「……ビル群のどこかに隠れましたか」
グレートサーベルはオルディオスを倒すために現れた。ならば、このまま尻尾を巻いて逃げるなどありえない。
中空を駆けるように、オルディオスは四肢を走らせトローヤを巡回する。
――そう言えば、以前もこのような時が……。
ふと、ユニアは思い返すことがあった。
昔のことだ。
ジーニアスと共に、初めてこのトローヤの大地を踏んだ時。その時の乗機は、ジーニアスはガルタイガー、ユニアは『キングライガー』という中型の獅子型のゾイドだった。
互いに初めての護衛任務。態々トローヤに出向いたと言うに、
――あの日から、ジーニアスとはどこかすれ違うんですよね。
ジーニアスと友人らしい会話をしたのはあれが最後だ。ジーニアスはあの日以来、妙に敵対し、その後に行われたニクス大陸の決闘大会でユニアに勝利しても、以前のような関係には戻らなかった。
ずっと、もうずっと、すれ違ったままだ。
ジーニアスは常々最強を求めていた。それこそが己の存在意義の全てであるように、ひたすらそれを求め続けたのだ。彼の夢とも取れるそれは、いつしか
だが、ジーニアスを縛り付けるものがあった。ニクスの掟だ。
『惨禍の魔龍』の存在を公表しないためにも、ニクスの民は世間に出てはならない。
排他的、そして内向的な掟だ。ニクスの民は何百、何千という時の中で、常にこの掟を守ってきた。外から来た者は排除し、内から出ることは一切許さず。
その掟は、最強を目指す彼の目を曇らせた。ほんの小さな世界しか、彼の視界に映させないのだ。
それでは、ダメだ。同じように内側に居ながら、しかし世界の広さを
転機が訪れたのは、はるか南、西方大陸エウロペで蘇った『破滅の魔獣』だ。
『惨禍の魔龍』に匹敵する存在の復活が示唆されたことは、内輪で物事を収めてきたニクスの人々の重い腰を上げさせた。魔龍が封じられて以来、いくつの時が経ったかも知らぬその日、ニクスから魔獣の調査に向かう男が発った。ジーニアスである。
そのジーニアスがニクスに帰還し、マリエスに報告に出向く一週間前の事だ。ユニアはジーニアスと接触した。
襲う者もいないのに護衛を続ける毎日に鬱屈していたジーニアスは、PKという脅威を呼び込んだ。刺激を求めて、である。
だが、彼らの目的を知ったユニアには一つの未来が見えた。魔龍が蘇り、惑星Ziそのものが危機に晒されたその時こそ、ジーニアスが世界を知り、真の最強を目指せるのではないか、と。
ジーニアスの夢は、ユニアの望みの成就だ。そのためなら、これまで共に生きてきた
決意し、ユニアが動くのは早かった。表面上は攻め込んだPKに抵抗するフリを取り、裏でジーニアスを通じてPKの協力者となった。PKがニクスの民を縛り付ける掟を取り払ってくれる。それが伝わり、動き出す若い衆も多かった。ひょっとすると、皆も同じく鬱屈していたのかもしれない。
ともかく、ユニアはこの一大動乱の成就のために戦った。必要となる天馬を目覚めさせ、泳がせていたマリエスを取り戻し、目覚めた魔龍のために露払いを行う。全ては、ジーニアスが最強のゾイド乗りであることを証明するため。
だが、それは本当に求めた事なのだろうか。
ジーニアスとユニアの距離は縮まらず、目覚めた『惨禍の魔龍』は世界を破壊し尽くすべく動こうとしている。今はへリック・ガイロス連合軍と
魔龍が目覚めたことで、枷は外れた。ニクスを飛びだすだろう魔龍はいずれ惑星Ziを破壊し尽くす。ユニアとしては、ニクスを破壊してくれれば十分だった。魔龍はまだ
破壊の術を用いて魔龍を滅ぼし、魔龍を亡くすことでニクスの掟に縛られる必要を切り捨てる。それで、ユニアの目的は成就したも同然。
ジーニアスを縛る掟の必要性を失くせば。十分だった。
――なら、わたしはなぜ魔龍を守るために戦っているのでしょう。
疑問がある。目覚めさせ、封印という半端ではなく、完膚なきまでに破壊するのが目的なら、なぜ魔龍を守らねばならないのか。だが、逆らえない、胸の奥から湧き上がる
――まさか……魔龍の意志に取り込まれかけている?
それを自覚した時、ユニアに激しい頭痛が襲いかかった。思わず操縦桿から手を離す。それが、致命的な隙を晒すこととなる。ユニアの敵に対して、天馬に対して。
ビルの一角が破壊され、中から漆黒の雷獣が飛び込んできた。
必殺の一撃に反応しきれなかったユニアは、機体を襲う衝撃で強く頭を打った。桃色の髪から血が垂れ、片目の上を流れた。一瞬途切れた意識の中、夢想の中で、ユニアは悟る。
――これは……オルディオス?
オルディオスは、抗っていた。己と己の主を飲み込もうとする邪悪な影に。コアを肥大化させ、パイロットすら飲み込み、魔龍の力に変わろうとする己を抑え込んだ。そして、ユニアを襲っていた痛みも、オルディオスの抗いと共に治まって行く。
――オルディオス……魔龍に組した私を、助けるのですか?
むろん、返答はない。オーガノイドというゾイドとの繋がりを強めてくれる存在を持たないユニアに、オルディオスの思考を読み取る術はない。ジーニアスのように、その思考を無理やり引きずり出す古代の力も持たない。
だが、ユニアは確かに感じ取った。オルディオスの意志を。
『間違っていようと、彼のために努力したお前の意志を尊重しよう。そして、その意思が生きているのなら、共にぶつけよう』と。
――ありがとう、ございます。オルディオス。
心の中で言葉を告げ、ユニアは向き合った。己を抑える漆黒の雷獣に。そのパイロットに。戦う必要などないだろう相手に、己の意志を見せつけるために。
***
「オォーーーーーンッッッ!!!!」
天馬が吠えた。長く尾を引く雄叫びは、馬のものとしては雄々しく、また凛々しい。だが、天馬を踏みしめた雷獣を駆る青年には、なぜだが隠された感覚が見えた。
「なんだ? この禍々しさ」
爪と足で押えつけた天馬は、身をよじらせながら吠えていた。その声は高く、凛々しく、神々しい。白と青の機体色から予想できる、天馬の光を見せつけていた。
「禍々しい? 目がおかしいのでは? そんなことは――!?」
すっと口を吐いた言葉を、タリスは思わず飲み込んだ。オルディオスの機体に力が戻り、天馬の蹄がグレートサーベルの足裏を蹴飛ばす。跳躍し、地面に着地したグレートサーベルの前で、天馬は立ち上がった。真紅の角を掲げ、その力を見せつけるように落雷をその身に浴びる。
オォーーーーーンッッッ!!!!
変わらぬ真紅の一角を翳し、天馬は身を低くした。突進の構えだ。前の蹄が地面をひっかき、こちらを挑発する。
「やる気だな、ユニア・コーリン!」
通信マイクに向けて怒鳴りつける。ここまで死闘を演じながら、一言も言葉を交わさなかった敵へ。
『ローレンジ・コーヴ』
通信機を通じて、ユニアの声が届く。同時に、モニターにその姿が映された。桃色の長髪はすっかり乱れ、美しかっただろう姿は見る影もない。しかし、強い闘志を宿した凛々しい表情だ。
『あなたは、なぜ私と戦うのです?』
言葉と共に、オルディオスのグレートバスターが光を放つ。グレートサーベルの左側を通過したそれは、掠っただけで肩と後ろ足の付け根の装甲を弾いた。バラバラと砕け散る装甲が、一撃の重さを物語る。
「なぜ? 決まってる。お前は俺の妹を傷つけた。嘘でも事実でも、その疑惑があるだけで、十分だ」
己の目の届かないところで失うのを恐れ、ローレンジは少女を鍛えた。だが、それが通じず傷ついたとなれば、怒りを覚えない理由はない。それが、今ローレンジが戦う理由。
「逆に聞こうか。なぜ、お前は魔龍を守り、俺たちと戦う?」
挑まれたから迎撃する。それが尤もだろうが、ローレンジはあえて問う。それは、ユニアが求めているように思ったから、それに応えたのだ。
『私は、ジーニアスのために戦う。彼を、彼が目指す到達点に導くため、私はあなたと戦う。いずれ、私を倒させるために』
ユニアは、嘗てジーニアスに負けた。だが、それでよしとはしなかった。ジーニアスが最強を目指すなら、いつか自分も追いつき、最後の障害として立ちはだかる。幼なじみへの、友への信頼を示すために。
不器用な奴だ。そう、ローレンジは思った。その姿は、またしても己と重なる。共に育ち、共に成長し、そして、己を歪めることになった『友殺し』。その先を、ローレンジは知っている。
「やらせるわけにはいかねぇな。どうしてそう思ったかは別として、俺みたいなバカを増やすのは寝覚めが悪い」
『どちらでも構いません。私は、あなたを倒すだけ』
成り行き上戦うことになった二人だが、そこには確かな想いがある。凹み、歪み、歪に変質しようと、本人が胸に据えた想いは確かだ。
「時間かけるのは得策じゃねぇ、一撃で決める」
『望むところです。返り討ちにして見せましょう』
二人がそれぞれ言葉を吐き出したところで、二体のゾイドが駆けた。オルディオスは雷撃を帯びた一角で貫くために、グレートサーベルは口から突出す二本の牙という名の剣で喉を掻き斬るために。
二体の雷獣が、激突する。
その瞬間、ユニアの意識は、一瞬で闇に溶けた。
白銀の影が躍った。
宙を舞う白銀は、銀色の粉雪を機体に溶け込ませ、熱を帯びた金色の爪をオルディオスの頭に叩きつける。そして、オルディオスの頭部を一撃の下、粉砕する。
最後の攻勢に出る刹那の出来事に、ローレンジは言葉を失くした。その前に、野性味あふれた白い獅子が現れる。頭の鬣を止まり木代わりに掴む猛禽型オーガノイドの姿に、獅子のコックピットの中で笑みを深めているだろう少年の姿に、ローレンジの精神が沸騰する。
「……てめぇ、コブラス!」
『やぁ、ローレンジ』
オルディオスを踏みしめ、目の前の漆黒の雷獣など気にも留めず、ライガーゼロはオルディオスの腹部を切り裂き、そこに頭を突っ込む。何度か頭を振り、そして口に咥えながら引っ張り出したのは、黒く、怪しく明滅する球体――オルディオスのゾイドコアだ。
『魔龍は目覚め、そのデータは得られた。復活のシステムも把握できた。お土産に封印のゾイドのコアまで手に入った。今回のノルマは達成さ。ありがと、君がオルディオスを弱めたから、こうして回収が楽になった』
無垢な笑顔で、にっこりと笑いながらコブラスは言った。ローレンジのそれとは違う、純真無垢なまでの狂気を端々に放ちながら。
ローレンジの指がトリガーに伸びた。引き絞られたそれに合わせ、ソリッドライフルが唸りを上げて光弾を発する。だが、さっとその場を離れたライガーゼロには届かない。
「彼は?」
「俺のクソみてぇな知り合いだ! タリス! 約束はなしだ! アイツだけは――」
『ゴメン。君とは、またいつか、相応しい場所で雌雄を決したいんだ。そう――魔獣の膝元、始原の都市で』
そう言うと、コブラスとライガーゼロは踵を返した。ビル群を華麗に飛び交い、あっという間にその姿はどこかへと消え去った。
「逃がすか! テメェは、テメェだけは!」
「ダメです! 今は、魔龍を鎮めることに集中してください! これ以上被害が出る前に、あなたの守りたい人が居なくなってしまう前に!」
「くそっ、コブラス……コブラァァァァァアアアアアアス!!!!」
湧き上がる感情を怒号と共に放出し、ローレンジはビル群の彼方を睨みつける。
その背後、上空では、魔龍の蹂躙が始まっている。そして、挑みかかる小さな翼竜の決死行も。